言わなきゃ始まらん
「けっこうモテるでしょ?」
と、言って貰いはするが、
現実として
ここしばらく
恋人がいない。
モテるでしょ?
の言葉が
ベタなお世辞じゃなく、
それなりの妥当性があるとして、
(注:ここ、ツッコミ禁止です。)
現実は違う ・・・ ということは、
原因と問題はすべて僕の内側にある
って事だ。
で、
その理由もわかってる。
それは
誰かに「好きだ!!」って伝えてないから。
細かいことはココでは書かないけど
「自分自身がこの線をクリアしないと
誰かに気持ちを伝えてはいけない」
という「縛り」を自分に与えてるんだな。
その点では
自分を不自由にしている
って事だが、
今は
その「縛り」を外すとき
じゃない。
と、思ってるんだ。
モテモテ考察
「けっこうモテるでしょ?」
と、言ってくれる人がいる。
これは
出会って直ぐに言われる
というより、
いろいろと話をしたり
一緒に飲みに行ったりした時、
つまり
知り合って、しばらくしてから
言われる。
早い話が
ヴィジュアル的にウケてる
という訳ではないのだ。
ちと、寂しいけど。![]()
でも
男女問わず
「モテるでしょ?」と
言ってもらえるのは嬉しい。
それは、
僕の中に
人を惹きつけるものがある
と、思ってくれてるって事だから。
そりゃ、
中にはモチロン
社交辞令というか、お世辞も
あると思う。
でも、それだって
少なくとも
僕の気分を良くしてやりたい
って、思いやりからだと思う。
だとしたら、
それも有難いじゃないか。
どんな言葉にしろ
「お前はOKだ」
と、肯定されるのは嬉しいのだ。
さて、
僕は同じくらい
他の誰かに「OKだよ!」と
認めているだろうか。。。
性犯罪被害にあうということ
先週 、購入した本。
- 性犯罪被害にあうということ/小林 美佳
- ¥1,260
- Amazon.co.jp
この日曜日に
読もうと思ってたんだけど、
いざ、
手に取ると
怖いような気がして
読めなかった。
ごく普通の24歳の女性が
いつもと同じ一日に
存在を全否定される被害に遭う。
その
日常と非日常が隣り合ってること
が、怖くて
購入したものの
手を出せずにいたのだ。
理解しておいた方がよい。
理解すべきだ。
と、どこかで感じたからこそ
買ったのに
僕の友人や同僚も含めた
大切な人たちに
同じことが起ったら?!と
想像したくない気持ち。
そんなものが
「読む」という向き合う行為から
遠ざけてた。
今日は
先ず最初の一章だけ
読んだ。
事件と
警察での取調べの様子を中心に
綴られているパート。
文章は
淡々と述べられていて
過剰な表現も無く
むしろ
アッサリとした文体だ。
それだけに
伝わってくるものがある。
抜け落ちた記憶
相反する感情の対立
突然の災禍といつも通りの日常
事実と嘘のごちゃ混ぜ
『私にとっては、
レイプされたという事実は、
過去のことでも乗り越えたことでもない。
「私」という人間を構成する一部になってしまったのだ。
それに伴う感情も、身体反応も。
誤解を招きそうなので伝えておきたいのが、
これは寂しいことでも辛いことでもない。
だから、消す必要も、忘れる必要もない。
乗り越える必要もない、ということ。 』
~ 冒頭の言葉より引用 ~
続々 エステとフィギュアスケート
スピードスケートの選手なら
誰より早く滑ること
を目指して努力すれば良い。
「職人」や「芸術家」 も
良い作品さえ
創ることが出来れば良いのだ。
笑顔を振りまきながら
スケートする必要もないし
作品を作りながら
観る者を楽しませる必要もない。
フィギュアスケート選手は
どんなに負荷の大きな技を繰り出しても
表情は穏やかに
時には笑顔さえ浮かべ
優雅に舞ってみせる。
仏頂面では充分な評価を得られないのだ。
ファンを楽しませるために
全てを出し切った
疲労も溜まってるであろう翌日に
エキシビションを
果たすのだ。
エステティシャンも
技術だけでなく
同時に<接客>を求められる。
ただ
良いトリートメント技術を提供するだけでなく
奥行きも幅もある接客、が必要だ。
そのどちらにも
高いレベルが必要なのだ。
そして
それは、
体裁を整える程度では不足なのだ。
エステティシャンの内側から
湧き出てくるような
あふれ出すような・・・。
エステティシャンが自分自身を
ただの「技術者」と捉えるか
人間をまるごと扱う「技術者」と捉えるか
サロンで提供されるものは
大きく違っているのだ。
続 エステとフィギュアスケート
前回 からのつづき。
エステは
フィギュアスケートと似ている。
つまり、
エステティシャンは
フィギュアスケートの選手と
類似点が多い
と、思うのだ。
エステティシャンは
その手技によって
クライアントに
様々なトリートメントを施す。
エステティシャンは
技術者だ。
技術者だから
顧客から
より高い、より良い
「技術」を求められる。
技術者だから
エステティシャン自身も
より高みを目指して
技術力を磨いていかなければ
ならない。
技術力を高めること。
これは
フィギュアスケート選手に限らず
どのアスリートにも共通
したことだろう。
それは
例えどんな職種でも
技術者と呼ばれる人は同じだろう。
しかし、
ふつう、「技術者」と呼ばれる人は
技術を
ひたすら実直に
磨き、高めていけば良いのだ。
無愛想でも、クチ下手でも
構わないのだ。
だが、
フィギュアスケート選手も
エステティシャンも
そーはいかない。
そこが
両者が持つ
独特の奥深さとも
いえるのだ。