1.はじめに

公務員の労働基本権に係る改革が頓挫しようとしている。

民主党政権下で進められてきた国家公務員の労働基本権については、国家公務員の労働関係に関する法律案を含めた国家公務員制度改革関連4法案 を平成2363日に国会に提出されましたが、実質的な審議は行われず、法案は棚上げ状態にある。 国家公務員の労働基本権については、連合傘下の官公労の長年の悲願であり、最大の懸案事項でありました。

 行政改革推進本部専門調査会は15回にわたる審議の結果、平成191019日に「公務員の労働基本権のあり方について(報告)」を取りまとめた。同報告では、改革の方向性として、「一定の非現業職員に協約締結権を新たに付与するとともに第三者機関の勧告制度を廃止して、労使双方の権限の制約を取り払い、使用者が主体的に組織パフォーマンス向上の観点から勤務条件を考え、職員の意見を聞いて決定できる機動的かつ柔軟なシステムを確立すべきである」とし、さらに「使用者として人事行政における十分な権限と責任を持つ機関を確立するとともに、国民に対してその責任者を明確にすべきである」とした。しかし、労使交渉に伴う費用の増大等「改革に伴うコスト等に十分留意しつつ、慎重に決断する必要がある」としている。そして、改革に対する国民の理解を得ることが何より重要であることから、「改革に先立ち、その改革の全体像を国民に提示して、その理解を得ることが必要不可欠である」と結んでいます。

 この改革により、多くの情報が公開されるとともに、組織自体にも自覚が求められ、社会情勢や経済情勢の変化に対応せざるを得なくなると思われる。

そして、当該組織には更なる情勢対応能力や市民サービス向上のための政策立案能力など様々な努力や研鑽が必要となる。

今回の改革の方向性としては、(1) 非現業国家公務員に協約締結権を付与することとし、団体交渉の対象事項、当事者及び手続、団体協約の効力、中央労働委員会によるあっせん、調停、仲裁の手続等を規定(2) 国家公務員の制度に関する事務その他の人事行政に関する事務等を担う公務員庁(仮称)を設置(3) 人事院勧告制度及び人事院を廃止。人事行政の公正の確保等の事務を担う第三者機関として人事公正委員会(仮称)を設置となっている。

 この法案については、「メリット」「デメリット」があり、組織として自律が求められていることはもちろんだが、組織を構成する組合員個々にも自律が求められ従来の考え方(志向)では持続不可能であるということが要請されており、今後の持続可能な組織の運営は困難が予想される。

2.現状と課題

就労や雇用の問題は、日本経済が直面するもっとも重要な問題である。就労や雇用は狭義の経済問題を超えて、国民生活の様々な面に関わる問題でもある。就労についての世の中で取り上げられる様々な問題を見ても、日本の雇用や就労の仕組みが大きな資源配分の歪みをもたらしていることが分かる。

失業率は増加の傾向にあり、とりわけ新卒や若年層の雇用環境が厳しい。

諸外国に比べて日本の20代や30代の若者の自殺率が高いのは、雇用の問題と無関係ではないであろう。

高い失業率にも関わらず、多くの労働者の労働時間は長く、有給休暇を十分に取得できない人が多く存在している。労働現場のストレスは高まるばかりであり、職場のストレスから精神疾患になる人も増加傾向にあるようだ。

 マクロ的に見ても、こうした状況から脱することができれば、経済的に大きな利益が得られることは明らかだ。就労している人たちはもう少しゆったりと仕事をし、より好ましい形のワーク・ライフ・バランスを実現する。

それでより多くの人に就業の機会を提供できる。より多くの人が就業機会を得られれば供給能力が高まるだけではない。一人ひとりの国民が労働時間以外の時間を有効に使うことができれば、それでサービスを中心とした消費需要が期待できるだろう。国民が余暇の時間を使ってスキルアップへの投資をすれば、社会全体としての生産性も高まるはずなのである。

 就労の問題は一方では企業組織や経済の仕組みに関わるものであり、他方では一人ひとりの就労者の選択の自由の問題でもある。雇用制度や雇用に関わる社会的な仕組みを改革していくことが求められると同時に、一人ひとりの国民の労働観やライフスタイルの選択とも深く関わってくる。この両面からの改革が求められる。上からの改革だけでうまくいくものでもないし、国民の意識の変化だけで変化を実現することにも限界がある。

(1)制度的補完

 すべての社会的仕組みは相互に補完的である。長期間かけて進化してきた仕組みは、社会の他の仕組みと補完的な関係にある。就労における個々人の行動は、補完的関係にある様々な仕組みの制約に縛られている。教育制度やそこで提供される教育の内容、就職市場、企業組織と労働者の関係、労働組合の機能、政府による雇用政策、労働者のライフスタイルなど、すべてのものが相互に密接に関わっていると言える。

 こうした中で、これらの制度や慣行のどこかに問題が生じても、他の部分が制約になってなかなか変化を実現することは難しい。就労者がより強い自律性を持ちたいと考えても、企業組織の運営のあり方や労働市場の仕組みなどが、それを許さないことが多い。

 特に公務員の労働市場においては、戦後の高度経済成長期に確立しその後の日本経済の発展を支えてきたと言われる終身雇用や年功賃金などの制度は、今の時代に合わなくなっていると多くの人が感じているはずなのだが、その労働慣行を変えることなく現代においても続けているのが現状である。

今後、少子高齢化が進み、産業構造の変化のスピードが速くなり、そしてグローバル競争が激しくなっている今日、旧来型の雇用制度や慣行には問題点が多く目につくようになり、益々そうした問題点を修正しようにも、個々の労働者や組織にはいかんともしがたい制度的補完の壁が立ちはだかり、時代にあった改革は進むことがないのかもしれない。

(2)地方自治体の現状

地方自治体に任用されている臨時・非常勤職員数は、総務省調査で約50万人(2008年4月現在)自治労調査で推定約60万人(2008年6月1日基準日)と報告されている。

いわゆる定数にカウントされる正規の地方公務員数は、同年4月1日現在、約290万人であるから、臨時・非常勤職員は当該職員を含む地方公務員全体のなかで1517%を占めることとなる。民間事業所では、2008年度平均統計で、事業所規模30人以上のパートタイム労働者比率は約22%となっており、公務職場も民間事業所におけるパート労働者比率に近づきつつある。

総務省調査によれば、2005年4月から2008年4月までに自治体の臨時・非常勤職員数は4万3,462人増え3年間で約1割も増加した。

この間、正規の地方公務員数は142,744人減少していることからすると

アウトソーシングされなかった業務について、常勤職員から臨時・非常勤職員への置き換えが進行したこととなる。

結果として、臨時・非常勤職員は、自治体の公共サービス提供の主要な担い手といえる存在となっている。にもかかわらず臨時・非常勤職員の法的位置づけは、いまもってあいまいなままである。地方自治法(以下、自治法と略す)や地方公務員法(以下、地公法と略す)に非常勤職員の定義すらない。法適用関係も入り組み、例えば、地公法3条3項3号に基づき採用されたと称される特別職非常勤職員は、地方公務員でありながら地公法が適用されない。では民間労働諸法が全面的に適用されるのかといえば、パート労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)、労働契約法、育児・介護休業法(育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)などは適用されない。

自治体の臨時・非常勤職員が、「法の狭間の存在」にあると称される所以である。

3.課題の解決へ向けて

 働く場で様々な不都合があり、個々の労働者が自律性を持って自らにとっても、そして組織や社会にとっても、好ましい選択ができないとしてみよう。

こうした場合、何ができるだろうか。アルバート・ハーシュマンは「声と退出」という含蓄の深い考え方を提起している。

 働く場に問題があるとき、「声」を出して組織内の改革をするのが「声」のメカニズムである。

その方法とは①労働組合を通じて改善を求めてもよいし、②直接上司や同僚に相談することもできる。③組織内の話し合いの中で改善の道を検討することもできる。こうした「声」のメカニズムなしには、組織は一日たりとも動かないだろう。

 しかし、「声」だけで組織の問題が解決されるとは限らない。現実問題としても就労の場で個の自律が制約されているとすれば、それは、「声」という組織内の自浄作用のメカニズムだけで十分ではないからだろう。

 そこで「退出」のメカニズムが重要となってくる。就労の場で問題があれば、より好ましい就労環境を求めて他の職域や職種、外部企業等に移ることが「退出」のメカニズムである。労働者に多くの退出オプションがあれば、それだけ労働者の選択の幅が広がるはずだ。

 重要なことは、「退出」のメカニズムが有効に働くことは、結果的に組織を改善する圧力にもなる。優秀な労働者を失うことは組織にとっても大きな損失であるからだ。労働者に「退出」のオプションがあれば、それだけ組織に対する「声」の影響力も増す。「声」と「退出」という二つのメカニズムが両方機能するとき、就労の場は労働者にとってより好ましいものとなるはずだ。

 日本で外部労働市場が未発達であることは、労働者にとって「退出」のメカニズムが十分に使えないことを意味する。それだけ就労における個の自由度は制限され、組織に問題があったとしてもそれを是正する「声」の力も弱くなるのだ。

 日本の労働市場は、明らかに旧来の内部労働市場中心の姿から、外部労働市場が広がる方向に変化している。

こうした動きは必然的なものであると同時に、好ましいものでもある。こうした外部労働市場の広がりが、同時に内部労働市場の機能をより強化するような力となることが理想である。旧来の年功賃金と終身雇用の中での内部労働市場の機能をすべて保持する必要はない。ただ、企業活動は多くの労働者の協調が前提となっており、スキルを磨く上で企業という場は今後とも重要な役割を果たすはずである。

4.公務員の場合

公務労働市場においては、さらに厳しく内部流動性や外部流動性にかなりの制約がある。

 一度任用されてしまえば、ほぼ生涯をその職域で過ごすことになり、個々の潜在的な能力を引き出していくことなどありえないのである。

 当然のごとく、個々に高い「志」を持ちえている人材も存在する中、年功序列型のシステムにより、ある一定の処遇が保障されていることで、その「志」が薄れ、組織の単なる一員となっていくことになるケースが多くある。

 かつては、時代の潮流に対して問題意識をもち、組織の変革を唱えた人材でも数年も経過すれば体制の中に組み込まれた人材でしかない。

これは、 いわゆる日本的経営、日本型雇用の代名詞ともいうべき終身雇用や年功制、それに社宅や各種手当などの福利厚生制度は、会社が社員を経済的にも精神的な面でも内部に囲い込む役割を果たしてきた。より直接的な制度と

して、社員の兼業を禁止する規定や、会社・上司への忠誠心を重視する人事評価制度(とりわけ情意考課)などもある。こうした囲い込み型のマネジメントは、元をたどれば明治以降、産業社会発展の過程で企業が人材を確保し、育成する必要から生まれたものである。

 こういった文化や風土に対して、挑戦できるかいなかが労働組合存続の生命線だといえよう。

5.自律することは良いことなのか悪いことなのか。

  この自律的な労使関係法案の目的には次のように記してあります「1.目的→この法律は、国家公務員の勤務条件について、透明性を確保しつつ、国民の理解の下に、社会経済情勢の変化及び政策課題の変化に柔軟かつ的確に対応して定めることができるよう、政府と労働組合との間の団体交渉及び団体協約等に関する制度を確立することにより、職員が国民の立場に立ち責任を自覚し誇りを持って職務を遂行することを促進するとともに、職員の能力の向上及び優秀な人材の国の行政機関への確保を図り、もって公務の能率的な運営に資することを目的とするものであること」とある。

 ここでは、透明性の確保が非常に重要であり、さらに社会情勢上に照らし合わせながら労働条件の決定が必要となる。

(1)市民に理解をしてもらうためにはどのようにすればいいのか?

これは公務員に対するある種の国民的な感情が存在していることもあり、民間の給与と比較した場合における水準の高さの問題があると思われます。

 その前提に立てば、給与水準の引き下げは「やむなし」となる訳でありますが、単純に水準を引き下げたからといってサービスの向上は見込めないのであります。

 しかしながら、適正な水準というものを模索し、地域の事情や実情を考慮し決定していくことになるものであると思います。

 その給与決定については労使交渉での決定事項となる訳でありますから、十分な地域経済の実態を分析し、市民理解が得られるような内容にしていかなければならないのであります。

(2)市民サービスの向上を

 よく「市民サービスの向上」とした考え方があるが、このことを今一度考えてみる必要がある。なぜならば、現行のサービス水準が本当の意味において住民のニーズに即しているか疑問があるからです。

 組織利益を優先させてきたことにより、個々のサービスがおざなりになっている可能性があり、実情とのかい離が生じているのではないか。こういったことを検証し、住民に対して、その検証結果を公表していくことこそ、開かれた組織になるための第一歩であると思います。

 市民サービスの向上を目指していくためには、住民との交流機会を増やし、様々な意見を聞くところから始めなければならない。

このことを避けていくことで住民との距離が拡大し、信頼が失墜するであろう。

(3)交渉能力が鍵

各組織ごとに執行役員体制を構成し運営している訳であるが、その役員を構成している人材の質的な要素が鍵となる可能性がある。

 まず①発想力②創造性③独創性④政策的方向性への理解⑤現代情勢分析能力⑥市民ニーズへの理解など多岐にわたる能力形成をおこなっていかないと時代に後れをとり、他の組織との格差が広がることになる。

 従来であれば、非公開で行われ、ある種の利益誘導的なことで済んできたかもしれないが、このような改革が進むことにより、従来的な考え方では息詰まることになるだろう。

6.組織の二極化?

第三章 団体交渉では、以下のように定めています。

(団体交渉の範囲)

第十条 当局は、認証された労働組合から次に掲げる事項について適法な団体交渉の申入れがあった場合においては、その申入れに応ずべき地位に立つものとする。

一 職員の俸給その他の給与、勤務時間、休憩、休日及び休暇に関する事項

二 職員の昇任、降任、転任、休職、免職及び懲戒の基準に関する事項

三 職員の保健、安全保持及び災害補償に関する事項

四 前三号に掲げるもののほか、職員の勤務条件に関する事項

五 団体交渉の手続その他の労働組合と当局との間の労使関係に関する事項(以下「労使関係事項」という。)

2 国の事務の管理及び運営に関する事項は、団体交渉の対象とすることができない。

ここで重要なことは、戦略である。従来のような発想に基づくものであれば市民理解を得れない可能性がある。

ここではかなり広範な課題が設定できるため、各執行役員の力量が試されるのである。

執行役員に力量がある組織とない組織との二極化が進行していく可能性がある。

7.執行役員のモラルが問われる。

(団体交渉の手続等)では以下のように定めてある。

第十二条 団体交渉は、労働組合と当局があらかじめ取り決めた員数の範囲内で、労働組合がその役員の中から指名する者と当局の指名する者との間において行わなければならない。団体交渉に当たっては、労働組合と当局との間において、議題、時間、場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行うものとする。

2 前項の場合において、特別の事情があるときは、労働組合は、役員以外の者を指名することができるものとする。ただし、その指名する者は、当該団体交渉の対象である特定の事項について団体交渉をする適法な委任を当該労働組合の執行機関から受けたことを文書によって証明できる者でなければならない。

3 団体交渉は、前二項の規定に適合しないこととなったとき、又は他の職員の職務の遂行を妨げ、若しくは国の事務の正常な運営を阻害することとなったときは、これを打ち切ることができる。

4 この条に規定する適法な団体交渉は、勤務時間中においても行うことができるものとする。

5 第一項又は第二項の規定により労働組合が指名した職員は、勤務時間中に適法な団体交渉に参加することについて、政令で定めるところにより、所轄庁の長の許可を受けなければならない。この場合において、所轄庁の長は、公務の運営に支障がないと認めるときは、これを許可するものとする。

6 当局は、労働組合と団体交渉を行ったときは、その議事の概要を、インターネットの利用その他の適切な方法により、速やかに公表しなければならない。

7 職員は、労働組合に属していないという理由で、第十条第一項第一号から第四号までに掲げる事項に関し、不満を表明し、又は意見を申し出る自由を否定されてはならない。

 ここでは、勤務時間中においても指名がされれば、団体交渉に参加ができる。

しかしながら、一方では、6項の定めにあるように、すべてを情報公開されるのである。したがって執行役員個々のモラル形成が必要なのである。

8.おわりに

情勢にあるように、労働者も2極化傾向が進んできており、今後益々進むことが予測されるなか、「ワークシェアリング」の考え方を基本とし、臨時的な職員の処遇の改善が必要なのだが、そこにも「自律」を基礎とした様々な機会を構築・提供しながらすすめていくべきであろう。

 さらに、自己研鑽(自己投資)についてのシステム化を推進しながら、自律を促していく必要性があると考える。

 したがって、個々の志向の多様化に耐えうる制度の構築が急務の課題であると考える。