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原水爆禁止2012年世界大会-広島⑥

 8月6日に開催された原水爆禁止2012年世界大会・広島大会閉会総会

 少し間が空いてしまいましたが、8月12日の記事の続きです。

 なにぶん、僕にはお盆休みがないので・・・


 連帯あいさつが終了したあと、被爆者からの訴えがありました。


 広島県被団協 吉岡幸雄 副理事長

 私は当時16歳。商業学校の2年生でした。授業はなく、軍需工場で働かされる毎日でした。

 8月に、軍の命令で空襲による火災の延焼を防ぐために、防火地帯を造る建物疎開が行われました。

 クラスに、5日と6日の動員命令がありました。どちらに出るか、級長の私と副級長のじゃんけんで決め、勝った私は5日を選びました。

 負けた20数人は、爆心地から約800mのところへ作業に出かけて被爆し、一週間以内に全員が亡くなりました。

 じゃんけんが生死を分けたことは、私の心の重荷になりました。

 あのとき、同級生と一緒になぜ死ななかったのか、生き残ったことへの罪悪感にさいなまれ続けました。

 その日、休みだった私は、父と爆心地から1.7kmのところで作業中、被爆しました。

 瞬間、目のくらむようなせん光を感じ、気を失いました。

 気が付くと、辺りは火の海。まともな服を着た者はなく、女性・老人が叫び声を上げ、地獄絵のようでした。

 のどが渇き、川へ飛び込み、海水混じりの水を飲み、ただ無我夢中で逃げたことをおぼえています。

 山陰(やまかげ)で倒壊をまぬがれた家に帰り、10日間40℃近い高熱にうなされましたが、家族の賢明な看護で生き残ることができました。

 父と私は髪が抜け、下痢を繰り返しました。

 体中に紫色の斑点が出、父は3ヵ月後に56歳で亡くなりました。

 背中・右足・両腕のやけどは、化膿してウジがわき、傷はケロイドとして今も残っています。

 体はだるく、意欲もわかず、殻に閉じこもり、何度か自殺を図りました。

 その後、国家公務員として労働組合運動に参加する中で、生きる希望を持つことができたのです。

 「再び、被爆者を作らない」との願いにもかかわらず、福島原発事故で新しい被爆者が作られました。

 67年たっても、黒い雨が降った地域で被爆者と認められない人がたくさんいます。

 原因は、政府がこれ以上被爆地域を広げたくないこと、そして内部被爆を認めないことにあります。

 戦争は国による最大の犯罪です。人権も心の自由も破壊し、被爆者を作り出したのが戦争です。

 再び広島の悲劇を起こさせてはなりません。核兵器も、人類が制御できない原発もなくし、不安や恐怖から解放されなければなりません。


次に、海外代表からの報告です。


マーシャル諸島ロンゲラップ島民代表 ジェルトン・アンジャインさん

 アメリカ議会は、2010年、アメリカ内務省の島嶼(とうしょ)問題事務所に手紙を送り、ロンゲラップ島民を避難地のあるクェゼリン環礁のメジャット島からロンゲラップに戻すよう要請しました。

 島はまだ汚染されていて、入る準備もできていないのに、アメリカ議会は私達に戻れと迫っているのです。

 アメリカ政府は、ロンゲラップに帰島しない人は、もう補償を受けられないと脅かしています。

 2011年10月が帰島の期限でしたが、私達は島の汚染除去がされていないと分かっているので、非常に不安です。

 アメリカは、財政難だから帰島しなければならないと言っています。

 科学者たちは、島は安全で住むことができると言い、帰島は法的・経済的必要性から進められようとしています。

 科学者が「これらの島に戻るのは安全だ」と言うなら、なぜ彼らは私達に「食べ物のうち島でとれたものは30%にして、70%は外から運んできたものを食べろ」と言うのでしょうか。

 この発言だけでも、島が依然として汚染されていることが明らかです。

 たとえ彼らが法的・経済的必要性を口にしても、私達の命は彼らのお金や法制度より尊いのです。

 私達には人間として満ち足りた健康的な生活を営む権利があります。

 今私達がいるメジャット島は、イバイ島からわずか60マイルのところにあり、そこから食料を調達しています。

 それでも、イバイ島への交通手段は限られており、特に天候や海が荒れているときは厳しい状態です。

 もし、これが私達のふるさとであるロンゲラップへ戻ったとして、島の食べ物を食べることを制限されたら、ロンゲラップから200マイル近く離れ、船で1日半かかるイバイからどうやって食べ物を運べばいいんでしょうか。

 人々は、食料をのせて年に3回だけやってくる船便に頼らざるをえません。

 もし、船が予定どおり運航されなかったら、汚染された島の食料を食べざるを得ないんです。

 人類の幸福のためと言って行われたアメリカの核実験によって、私達も、皆さん方と同じように社会的・経済的に、健康的にも苦しめられています。

 私達は、社会的・文化的に不安定な奴隷であり、毎日子供たちや老人が病気で苦しんでいます。

 私達は、この奴隷制度を防ぐのに必要な経済的安定がないため、奴隷のままなのです。

 今日、私は島民の声を届けるためにここへやってきました。

 皆さん、私達の声を代弁して世界に拡げてください。

 私達が、朝起きてどのような苦しみに毎日直面しているか、世界に知らせてください。ともに立ち上がり、この不正義と闘ってください。


 このほか、ロシアから参加された方は、核兵器の製造過程で日本の原爆被害者に匹敵するほどの犠牲者が出ていることなどの報告がありました。


アニ・トレ!-クミコさん

 海外代表からの報告が終わったところで、被爆者擁護・連帯募金の訴えがあり、続けて歌手クミコさんのミニコンサートが行われました。

 クミコさんは昨年に引き続いての出演。

 コンサートの中では、原発再稼働反対のデモに参加したときの状況も話されていました。

 また、新曲「きっとツナガル」では、歌をつくるきっかけとなった被爆者の方との出会いや石巻を訪れたときの想いを話されました。

アニ・トレ!-舞台に上がった国内代表の方々

 たくさんの方が壇上に上がり、さびの部分を合唱されてたんですが、やっぱりね、こういう活動の中にも文化活動って大切だと思うんですよ。すばらしいステージでした!o(^-^)o

 お買い得価格の2枚組で販売されていたCD、僕も買わせていただきました。良い歌です(o^-')b~♪


 ミニコンサートのあとは、被災地からの訴えとして福島県浪江町の馬場有町長と福島県の高校生が登壇。次のように訴えられました。


福島県浪江町 馬場有 町長

アニ・トレ!-被災地代表団

 世界全体が複雑に絡み合い、戦争と革命の連続であった20世紀で、もっとも悲惨な出来事は広島・長崎への原爆投下でした。

 人類を破滅させる核の恐怖を十分かみしめていたはずの日本において、昨年人類史上最悪の原子力発電事故が起こり、放射能の恐怖が再び福島県で起こってしまいました。

 理不尽にも、現在福島県人16万人、私達浪江町の全町民2万1千人が流浪生活を強いられ、日々の平穏な生活と生業が崩壊され、家族・知人・友人が離散して生活しております。

 私達には、日本国憲法で保障されている幸福追求権・生存権・財産権がないのでしょうか。幸せになることが許されないのでしょうか。健康的で文化的な最低限の生活をする権利はないのでしょうか。

 私達の祖先は、数々の枯淡の苦しみを味わってきましたが、そのどん底から何度もはい上がり、独自の文化と伝統を営々と築いてきました。

 この尊い財産をあっさり葬り去るわけにはいきません。

 昨年3月11日、事故発生から5日間は、まさに見えない敵、放射能に取り込まれた籠城戦でした。

 国・県・東電からは助けも知らせもなく、自分たちの力で、取り囲まれた城から脱出・避難致しました。

 事故から1年5ヵ月、515日が経過した今日でも、放射能との闘いは続いています。

 こうした中、全国・全世界からいただいた励ましのお言葉や援助物資、人的支援の数々。どれだけ生きる力をいただいたか、計りしれません。

 この場をお借りして、衷心より御礼申し上げます。

 さて、私はさまざまな現実を直視した上で、人類が変わるべきとき。運命の岐路に立たされている現在の重要性を痛感して病みません。

 世界の至る所で自らの利権を保持し、拡大するため、核開発や核兵器を保有する国が続出する昨今、日本は原子力関連の研究開発を放棄し、方向転換すべきと考えております。

 これほどまでに我々の生活と社会全体を破壊した原発は、まさに原子爆弾そのものです。

 エネルギー供給が切迫している状況を十分理解しておりますが、「エネルギー転換には時間がかかる」と言っている間に、いかに自然再生エネルギー産業を全国に普及させるかという方法論を、全国民で知恵を出し合い、即時に実践すべきです。

 戦後67年になろうとする広島・長崎の平和の祈りを、単なる祈りに終始させることなく、いかにして世界平和を実現するか。広島・長崎に続く被災地となった浪江町も真剣にその議論に参加し、行動すれば世界が変わるということを実践します。

 全ての人々が共に喜びを分かち合える世界を実現するため、我々福島県浪江町は、広島の皆様と連携し、心ある全国及び全世界の人々からのお力を賜りながら、これからも長く厳しい道のりを歩む所存です。


福島県の高校生の訴え

 「ふるさとに帰りたい。」何度その言葉を繰り返したでしょうか。

 原発事故から約1年5ヵ月。未だに福島は放射能で汚染され、被災者というレッテルを貼られている私達は、うそか本当か分からない情報に左右される生活を送っています。

 当時、高校1年生のごく普通の学生生活を送っていた私達は、東日本大震災で起こった原発事故のせいで、生まれ育ったふるさとを離れ、避難を余儀なくされました。

 避難所での生活は過酷なものでした。偏った食事、毎日お風呂に入れず、プライバシーはなく、目に見えない放射能におびえ、安心して眠れない夜を過ごす日々。

 先が見えない生活を送る中、転校が決まりました。

 学校生活が送れる喜びと、新しい学校への不安、前の学校への後ろめたさ。あらゆる感情が交差していました。

 今回広島を訪れ、全国高校生平和集会や原水爆禁止世界大会に参加できたことは、私達にとって良い経験になりました。

 同じ放射能という目に見えないものに苦しめられていること、かたちは違ってもわかり合うことがあると思います。

 同じ辛い過去があるからこそ、私達はお互いに助け合い、毎日進まなければならないと感じました。

 最後に、これだけははっきり言えます!私達の未来に、核兵器や原発はいらない!


 浪江町長の熱弁、すばらしかったです!

 高校生お二人の訴え、涙が出そうになりました!

 会場全体から大きな拍手が送られていました!


 このような被災地の声を日本政府は誠実に聞いているのか!

 お~い!野田~!お前はメルトダウンだぜぇ!


 さて・・・記事が長くなってるなぁ。次回で何とか終わらせたいと思ってます。

 とりあえず、今日はここまで!

六本木兎夏祭り~牧野由依さんの日 夜の部

 8月11日に行われた「六本木兎夏祭り 牧野由依さんの日 夜の部」、昼の部に続き、僕も参加しました。


 昼の部では意味が無くなった整理番号(ちなみに52番)でしたが、夜の部は開場前に並び、43番で入場。前から4列目あたりの位置でしたが、前の方の背が高く、ステージが全然見えなかったので、場所を少し移動して後ろに下がって観ることにしました。

 それでも、会場全体が小さいですから、コンサートに比べればゆっちとの距離は格段に近かったですね。


 イベントは18時50分頃(時間を正確に見てなかった)に開演。

 会場が暗くなり、ステージにゆっちが登場。

 このとき、ステージは青い照明が点いていたので、「1曲目は『碧の香り』かなぁ?」と思ったんですが、ハズレ(笑)

 1曲目は、夏だけど「春待ち風」。来年の春を待つということで、明るく始まりました。


 曲が終わったところで司会者、菊井彰子さん入場!

 ゆっちの衣裳は昼と夜と同じだったんですが、今回いかにも夏娘って感じのおしゃれな衣裳。(すでに、ゆっちのブログでお写真出てますね)

 昼の部もそうですが、おみ足がまぶしすぎる(+_+)!僕にとっては整理番号が若すぎなくて良かったかもしれません。

 あまりステージに近いと、イカロスの翼みたいに溶けます(///∇//)ゞ・・・


 さて、ゆっちと菊地さんのトークのあと、ゲストとして登場されたのは、「D.C.Ⅲ」キャストの海保絵果さんと加瀬愛奈さん。そしてtororo団長は昼に続いて意味深な帽子を3段重ね(笑)。


 出演者紹介が行われたあと、早速夜の部の生ボイスドラマが開幕!

 今回のドラマは、確か作品名が発表されなかったと思うんですが、役の名前や設定を考えれば、昼間と同じ作品なんでしょうね。

 ただ、昼間とは全く異なる展開で、振り付けがかなり多かった。ボイスドラマと寸劇を足して2で割ったような感じ?

 ゆっちの、孫悟空誕生の物まね【西遊記(堺正章さん主演)】は、いいものを拝見させていただきました!(。-人-。)アリガタヤ、アリガタヤ

 昼の部も、夜の部も、アニメのいろんな名台詞などが盛り込まれており、(それを分かってる人は)かなり笑えたんですが、オチは夜の部の方が切れがあったw

 「哀・戦士編」から「愛・おぼえていますか」につなげたのは笑た!つっこみがそろってたのもすばらしい!(笑)


 やっぱり、ゆっちの声優さんとしての活躍も見たい!改めてそう感じましたよ。

 2013年1月から「D.CⅢ」がテレビアニメ化されるそうですから、ゆっちにもぜひレギュラーで出てもらいましょう!

 サーカスさん、よろしくお願いします!(Σ\( ̄ー ̄;)ここで言ってどうする!)


 ボイスドラマのあとは、引き続きゲストのミニライブ。

 はじめに、海保絵果さんが登場。

 歌われたのは「あなたのNo.ワン!」

 すごく元気で可愛さあふれる曲でしたが、左斜め後方からすごい勢いで声援が飛んできちゃって、びっくりしたのなんの!Σ(・ω・ノ)ノ!

 なんか、あおられちゃって、手拍子とか手を上げるタイミングとか分かんなくて、グダグダになってしまいました。

 もう、「ギアいじったっけ、ロー入っちゃって、もうウィリーさ!(by水どう)」ってな感じで(Σ\( ̄ー ̄;)分かる人にしか分からへんがな!)

 ちょっとね、置いてかれてしまった((((((ノ゚⊿゚)ノマッテ~!


 続いて、No Life Negotiatorさんが登場。

 加瀬愛奈さんは、このバンドのボーカルでもあるんですね。

 1曲目は「shiny steps!!」

 2曲目は「ハジマリノウタ」

 どちらもアップテンポで盛り上がりました!


 ゲストの皆さんの歌が終わると、ゆっちふたたび登場。

 「乗った?じゃぁ、整理体操しようか!」って、ゆっち、その自虐ネタはいいです(笑)


 ゆっちの2曲目は、「ウンディーネ」

 3曲目は、「お願いジュンブライド」

 4曲目は、「もどかしい世界の上で」


 「ウンディーネ」は、CDが秋に発売されたため、「秋をイメージする曲」と思われているかもしれないけれど、「アムリタ」発売記念イベントで初めて披露したとき、海風に吹かれながら演奏したので夏の印象が強いとおっしゃってました。

 僕としては、秋というより夏の方がしっくりきます^^

 それから「お願いジュンブライド」は、昼の部でキラ!キラ!キラ!キラ!シャー!っていう振り付け指導がありましたので、僕も振り付けデビューさせていただきました(^-^)

 タメとまっすぐ下ろすのがコツと!

 まだぎこちないので、練習しなければ!(笑)


 そして、最後の曲、5曲目は「Cluster」

 実は、昼の部で「未来の瞳を開くとき」をみんなで歌ったため、夜の部は「ユメノツバサ」でくるかなぁと思ってたんですが、こちらも予想が外れてしまいました。

 けど、「Cluster」のさびの部分でみんなが一斉に右手を上げるという振り付けも板に付いてきましたね。

 こうしてゆっちの歌に参加できるってことも、楽しみの一つなんですねぇ。


 さて、曲が終わったあとは、昼の部と同じくプレゼントコーナー

 今回もゆっちとじゃんけんして、最後まで残った方3名に、直筆サイン入り扇子をプレゼント。

 ということで、僕はというと、昼の部に続いて1回戦で敗退!無念・・・(´_`。)


 ところが、今回最後まで残った方が2名だったので、残る1名をめぐって全員敗者復活戦!

 ゆっちを相手に再びじゃんけんして、僕はというと、またまた1回戦で敗退!・・・弱!(´□`。)


 ところがところが、さすがサクラ姫を演じられたゆっち!今度は参加者全員負けてしまい、ゆっちの一人勝ちになってしまったため、三度全員敗者復活戦!

 ゆっちを相手に更にじゃんけんして、僕はというと、またまたまた1回戦で敗退!・・・ダメ人間!(_ _。)

 結局僕は、ゆっちと4回じゃんけんして、1回も勝てませんでした・・・。


 そして、最後は出演者全員が再び登場し、お知らせや感想などを話しながら、20時41分、幕を閉じました。

 ゆっちは、昼の部と同様、出口で参加者一人一人にハイタッチ。こうして直に見送っていただけるのも、ほんとにうれしいんですよね。

 ただ、僕は帰りの新幹線の時間が迫っていたために、物販を覗かずにハイタッチの列2番手に並ばせていただきました。

 で、ゆっちにもたった一言しかお話しできなかったのが心残り。

 もっとも、スタッフさんから事前に「時間がありませんのでお話は一言でお願いします。」と言われていたので仕方ないのですが、せめて「また関西に来てください!」って言えば良かったなぁって(笑)


 最後はバタバタしましたが、とても楽しいイベントでした。


 ところで、毎回思っていたんですが、今回特に感じたゆっちのすごいなってところ。

 コンサートにしても必ず1度は目が合うんです・・・っていうか、合った気がするんですよ。

 どんなに歌がうまくても、ダンスがうまくても、ステージの上だけで完結してたら、観てる僕には遠い存在で終わっちゃうんですよね。

 ところが、ゆっちのコンサートに行くと、ゆっちがこちらを見てくれているように思えるし、合唱とか振りとかで、参加できる歌も取り入れられてる。

 すごく身近に感じられるから、また参加したいって思うんですねぇ。

 今回、会場が小さく、ゆっちとの距離が近かったので、歌っているときの豊かな表情も感じることができました。やっぱりね、すごいです。


 曲数が少なかったのは残念ですが、それ以外のいろんなゆっちを見ることができましたので、参加して良かったなぁと感じた1日でした。

 ということで、兎夏祭りの報告。遅くなりましたが終了~。

原水爆禁止2012年世界大会-広島⑤

アニ・トレ!-閉会総会①

 え~、報告ものが入り乱れます。今日はこちら。ご容赦のほどを。


 8月4日~6日まで開催された原水爆禁止2012年世界大会・広島大会。最終日となった6日には、県立総合体育館・グリーンアリーナで閉会総会が行われました。

 10時30分に開会した閉会総会のプログラムは、まず連帯あいさつから始まりました。

 それぞれの発言について、その一部を紹介します。


全国地域婦人団体連絡協議会 柿沼トミ子 会長

 命を生み育てる女性にとって平和は不可欠です。平和なくして人類の真の幸福はありません。

 平和は自らの力で築くという認識のもと、ヒロシマ・ナガサキの悲劇を風化させることなく世界中に伝えていかなければなりません。

 私達は、あらゆる国の核兵器廃絶を目指し、非核三原則の法制化を求めることをあらためて決意し、平和活動を強く進めます。


日本青年団協議会 戸嶋幸司 副会長

 戦後、青年は二度と銃を取らないという思いのもと、真に平和な社会を求めて各地で青年団を立ち上げてきました。

 私達青年団は、これからも戦争体験の継承に取り組みます。

 東日本大震災以降の日本に生きる私達にとって、被爆者の体験や思いを受け継ぐことはけして過去のことや他人事ではありません。

 これから私達青年が、戦争体験・被爆体験を伝えていくためにも、更なる学習と地域での呼びかけに全力を尽くします。


日本共産党 志位和夫 委員長

 核兵器禁止条約を求める声が世界政治の中でも市民社会の中でも今や圧倒的多数の声となっています。

 国連総会で核兵器禁止条約の交渉開始を求める国連決議に参加した国は、130ヵ国に上りました。

 あるNGOの概算では、投票では賛成に至らなくても、その考え方を支持している国を含めると、146ヵ国、世界人口の81%を抱える国々が核兵器禁止条約の交渉開始を支持しています。

 こうした圧倒的流れに逆らって、日本政府は今もこの決議を棄権し続け、「核抑止」と「核の傘」の呪縛にとらわれていることは、恥ずかしいことではないでしょうか。

 私達は、この態度をあらため、被爆国の政府にふさわしい行動を取ることを強く求めます。

 日米安保条約という核軍事同盟を解消し、非核、平和、独立の日本をめざし奮闘する決意を申し上げます。


国連軍縮問題担当上級代表 アンジェラ・ケインさん。

 潘基文国連事務総長のメッセージを代読したあと、次のように話されました。

 私は、広島を訪れるのも世界大会で発言させていただくのも今回が初めてです。

 この崇高な会議の未来は、運命や希望ではなく、一人一人の懸命な努力にかかっています。もっとも恐るべき大量破壊兵器をなくす闘いで、潘基文事務総長は皆さんのパートナーです。

 ヒロシマ、ナガサキの原爆による恐ろしい被害。原爆は軍事目標だけでなく、2つの都市を完全に破壊しました。

 皮肉なことに、原爆投下よりずっと前に核兵器の悪夢を推定した小説がありました。イギリスの作家で歴史家H.G.ウェルズの著書「解放された世界」です。

 彼が注目したのは丸い地球です。彼は核兵器廃絶が世界の人々に利すると言っています。驚くべきことに、彼はこの主張を核兵器実験の41年前に言ったのです。

 もしH.G.ウェルズが今生きていたら、私達の現状や未来をどう見るでしょうか?

 私は彼が核の基地ドクトリンが国際平和と安全の基礎として持続できないことが分かっていたと思います。

 核の報復に頼っていれば、核の恐怖をなくすことはできません。

 核保有国の周りに高い壁をつくり、拡散を防ごうとしても核の脅威はなくなりません。

 世界から核の脅威をなくす方法はただ一つ。核兵器を禁止し、完全になくすことです。

 核不拡散条約には、国連憲章に調印しているほとんどの国が加盟しており、5年ごとの再検討会議で最終文書をコンセンサスで採択できるなら大きな意味を持ちます。

 2000年、2010年の最終文書では、「核兵器の完全廃絶が核兵器の使用や威嚇を防ぐ唯一絶対の保障である」との共通見解が明記されいました。

 NPTには全ての国が加盟していないと言う人もいますが、2009年9月24日、安全保障理事会は、決議1887をコンセンサスで採択し、核軍縮交渉を誠実に追求するというNPT第6条の義務を再確認し、他の全ての国々にも同じ義務を求めています。

 国連総会は、1946年1月の第1号決議をはじめ、たくさんの核軍縮決議を上げています。

 潘基文事務総長は5項目の軍縮提案を行い、多くの賛同を得ています。

 核軍縮は、何十年もの間、国連の最優先課題なのです。


クロード・ヘレル駐日メキシコ大使

 メキシコは国際平和を保持する唯一の手段として有効な国際会議のもとに、大量破壊兵器、とりわけ核兵器のない世界の構築を、外交政策における最優先課題の1つに掲げ、NPT条約やCTBTなどの交渉に名を連ねてきました。

 人類史上初の非核地帯を1967年のトラテロルコ条約をラテンアメリカがカリブ地域に創設したことは、1962年のキューバ核ミサイル危機で浮上した核戦争の脅威に対する包括的・具体的な回答の一つとなりました。

 核兵器保有国が行ったポジティブな歩みと重要な二国間協定はあるものの、世界が危機にさらされていることを軽視できません。

 過去10年間に達成された進捗の全てを、我々が良い方向に決断しなければ脅かされることになります。

 極めて悲惨な結果をもたらす核兵器の使用に対する唯一の保障は、完全な廃絶です。

 問題は、核兵器のない安全な世界をつくることが望ましいか否かではなく、この目標をいかに達成するか、また国際安全システムの新たな構造をどんな基礎の上に確立できているのかということです。

 政治的意志の欠如と軍縮協定が政治的空白の中で機能しない事実は、今後の議論の中心課題です。

 軍縮のアジェンダは、近い将来決定される事項ではっきりしてきます。明らかと思われるものを列挙すると、

 ①NPTの普遍化を図ること。

 ②CTBTを最大関係国の批准によって発効すること。

 ③あいまいさを排除し全ての加盟国によるNPTの完全履行の実施を求めること。シリアの試みをはじめ、イラク、南アフリカ、リビアにおける過去の経験を生かすこと。

 ④2003年に決定した北朝鮮のNPT脱退から完全復帰を求めること。

 ⑤イランの核開発プログラムに関する論争の解決を図ること。

 ⑥2010年のNPTの決定事項に従い、中東における非核兵器地帯を創設する国際会議を2012年中に開催すること。

 ⑦核兵器国戦力の累進的かつ顕著な削減をめざすこと。

 ⑧IAEAで保障され、権利でもある核の安全保障と核エネルギーへの平和利用やアクセスを保障すること。

 ⑨国連安保理決議1540で規定されたテロ組織による核施設へのアクセスを予防する措置を採択すること。

 重要なポイントは、少なくとも中長期的な目標を含めたカットオフ条約への交渉へと導くアジェンダを議論する軍縮機構の再活性化です。


 ・・・( ̄□ ̄;)

 あかん、はしょると言いながら、こんなペースでやってたら終わらへん・・・

 え~、今日はここまで。

 まぁ、ここまで読まれている方はいらっしゃらないから大丈夫だろう(笑)