Pt Suresh Samant(パンディット・スレッシュ・サマント)
インド、マハラシュトラ州プーナ在住、61歳
タブラという楽器は、師匠がいないととても進歩してゆけないので、タブラを習う人は、誰に師事するかが、とても大きなポイントになると思います。
私の場合は、プーナにご縁がありましたので、その近くで、一番実績のある、人望の篤い人、と思っていましたので、近くに住んでいた兄弟弟子のスワパン・グルダス(兄弟弟子といっても、もう20年以上も先生について習っているので、師匠みたいなもんですが)さんに、いろいろ聞いて、彼の師であるサマント先生を紹介してくれたのでした。
はじめて会って見ると、とても人のよさそうな、庶民的な、気さくな感じで、車団吉さんのような感じでした。
そしてお弟子さんが老若男女たくさんいて、5歳くらいから70歳くらいまで、たぶん今現在で50人はいると思います。
みんな、もう2、3年でとてもうまくなってゆきます。
先生は、タブラに関しては、お父さん(G L Samant)から習ったのですが、お父さんはとても研究熱心で、タブラの流派をいろいろ研究して、それに独自の発想を加えて、ラクノウ、デリー、ファルカバッド、バラナシ、プロバツ、パンジャブの6つの流派を自分のものにして、生徒さんたちに教え、また息子たち(兄 ラメッシュ・サマント、弟 スレッシュ・サマント)に教えました。
そして、サムタ・プラサッドというタブラの巨匠と晩年、親交が深くなり、自分もレッスンを受け、息子さんたちもまた、彼から手ほどきを受け、そのすばらしい演奏スタイルをいつしか自分の理想の演奏とするようになったということです。
先生は、タブラの演奏家としてではなく、弟子を育てることを自分の使命と感じているようで、そのすばらしい功績は、ザキールさん、アニンドさんはじめ、多くのインド古典音楽家、舞踊家、タブラアーティストが認めるところです。
61歳のお祝いには、多くの有能な弟子を育てた功績をたたえる祝電が、数多く寄せられました。
また、ムンバイとプーナは近いので、お父さんの代から、亡くなられたパンジャブ流派のアララカさんや、息子さんのザキールさん、ファゼルクレシさんともとても親交が厚かったようで、家族ぐるみのお付き合いをしていたようです。
先生のお父さん








