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tablaboyの道日記

祈りによる世界平和運動、祈り研究をライフワークとし、音楽、散歩が趣味です。音楽に関する記事、スピリチュアリティーに関する記事、祈りに関する記事、随時アップしてゆきますので、楽しんでください(^^♪ 世界人類が平和でありますように

お待たせ致しました。
『愛』という言葉は、巷に氾濫しておりますが、愛を行ずるということは、並大抵のことではない、と実感しております。
最近、世間をにぎわせている各省庁の官僚の腐敗ですが、これなども愛の不足、欠如がその根幹にあるのではないか、と思います。
要するに、「自分さえよければ、人はどうなってもいい」、という自己中心意識、自己保身意識ですね。
国家同志では、この意識が戦争となり、テロとなり、独裁政治となり、今日までずーっと人類を苦しめてきているのです。
それでは、どうしたら人間一人一人は、愛を深めることができるのか、自己中心意識をこえることができるのか?
その方法をくわしく解説してくださっています。

 

『愛行について』

 

いつも見てくださってありがとうございます。
いやー、あっという間の5ヶ月でした。
毎日、新しいことばかりの連続でした。
7月には、アウランガバードでタブラの演奏大会があり、一緒に行って、一緒に寝泊りして、練習からずっと見させていただきました。先生のお兄さんで、
故ラメッシュ・サマント師の功績を称える意味のある大会で、私の兄弟弟子のアモール・マリ君、14歳が、16歳以下の部で優勝したり、みんなめちゃくちゃレベルが高くて、びっくりすることばかりでした。
太鼓の文化は、インドでは、とても深く浸透していて、趣味として習っている人、プロとして活躍している人、いわゆるタブラ人口を先生に聞くと、全インドで「50万人以上」ということでした。

ですから、当然レベルが高いわけです。
また、いろいろ先生に連れられて、カタックダンスのコンサートや、タブラのソロコンサートなどいろいろ経験させてもらいました。
カタックダンスとタブラのサットサングは、とてもおもしろかったです。
身体の動きとタブラの伴奏が、ぴったり一つになって調和して、なんともいえない絶妙な感じでした。
親父が3月になくなりましたので、供養ということもあり、しばらく日本にいて、インドで十分練習できなかったコンポジションやら、指の訓練やら、練習したいと思います。

いつもごらんいただいてありがとうございます。
日本でのサラリーマン生活から足を洗って、早いのもで半年・・
まるで夢のような感じです。
時間に追われ、満員電車にもまれ、常に睡眠不足で・・時間が不規則な仕事してましたから(^^♪
こちらでの生活は、アスリートみたいな感じで、タブラという楽器は、とても指を速く動かさないと、話にならないので、普通の人が普段使う筋肉では、それだけのスピードはでません。
そこで、短距離走の人が、足でやるような、トレーニングを、指と腕のスイングで、やることになります。

100m15秒で走る人が、10秒台に持ってゆかなくてはいけないのです。

それには、筋力、リズム、左右のバランス、ポジション、自分の手にあったフォームの研究、柔軟性、スタミナ、こちらは音楽ですから、楽曲の構成、スピード(Laya)の安定・・どれ一つ欠けても、いいものができない。
だから、毎日やることが山ほどあって、ブログにまで神経がいかない、というのが本当です。
何千というパターンの曲を、即興で演奏できるようになるには、ことばを覚えるように、時間をかけて、慣れ親しんで、体に覚えさせる必要があります。
まあ、そんなことをやっております。
ということで、またご無沙汰することになります。


SEE YOU!

「松岡農相が自殺」というニュースを聞いて驚いた。
すぐに、「彼の霊界での天命が完うされますように」、と祈った。
インドにいてもインターネットで即時に日本のことがわかるのだ。
お金があり、地位があり、屋敷があり、車があっても、こんなに哀しい死に方をしなければいけない人生・・
でも何かが足りなかったに違いない。
何かを疎かにしていたに違いない。
人間は、一瞬一瞬、虚栄を捨てて、素直に、シンプルに、心が曇らないように、裸の心で生きてゆかなければいけない。
立場が大きくなればなるほど、身を修め、律してゆかねばならない。
そして、煩わしい想いを、神仏への感謝を根底にした祈りの中に消し去ってゆく習慣をつけなければならない。
人生においては、心が曇ることが、どんなことよりも命を汚すことになる。
故松岡氏から、そんなことを教わった感じがしたのだった。



「全託」という言葉は、宗教を知らない人、精神世界に興味がない人には、なかなか聞く機会がない言葉だと思います。
英語に翻訳すると「surrender」という言葉が、一番近いのかな、と思います。
自分の力をすべて出し切って、すべての努力をして、それでもだめだ、とあきらめきったところに、展開する境地というのでしょうか、自分の力では何事もなしえない、と悟り、ただ感謝一念になって、すべてを神仏から頂きなおすんだ、と心に定めた境地。

そんな境地が『全託』といわれています。

合気道の開祖、植芝盛平翁やその他、あらゆる聖者、賢者は、道は違えど、この境地に到達し、神仏にすべてをお任せして、み心のままに使命を完うしたということが、できると思います。

ここでは、どうしたらそういう境地に到達するか、解説してくださっています。


『全託への道』

あすはいよいよ、富士にて世界平和交響曲というセレモニーが行われる。
宗教宗派に関係なく、祈りを結集しよう、という呼びかけに賛同した人たち、団体が集まる。祈りは時空を超えて聞き届けられる。結果が現れるには時間がかかるかもしれない。しかし、無駄な祈り、聞き届けられない祈りなど一つもない。
ヒーラーの中西研二さんも紹介してくださっている。


下記リンク

http://joy-healing.jp/column/kevin/2007/2007_05.html


これから2012年までは、大きな大きな統合の動きがあることになっている。
明日。5月20日、午前10時から午後2時半までのご都合のよい時間に、ご自由な長さで、世界平和をお祈りいただければ、幸いです。


http://www.byakko.or.jp/sopp2007/index.html ・・・『世界平和交響曲』


宗教の世界では、よく、人間は「神の子」、「仏の子」といわれます。
では、どうして殺しあったり、妬んだり、恨んだり、憎んだり、戦争ばかりしているのでしょう。おかしいですね。
それは、人間がこの世に使命を持って働いているからなんですね。
神が、自分の命を多くに分裂させて、それでこの宇宙を開発している姿が、不完全なように見えているわけです。しかし、その奥には、尽十方光明燦然たる世界があるわけなのです。
そこを詳しく解説してくださっています。


『煩悩即菩提について』

よく平和という言葉を耳にしますが、果たして、本当に平和というものを、自己の心身で体得している人がいるかどうか、はなはだ疑問です。

また、戦争や災害がないことだけで、平和とすることはできません。

真に魂の充足がなければ、どんなにすばらしい環境に恵まれていても、どんなに健康であっても、どんなに才能があっても、その人の心は平和な状態ではないでしょう。

ここでは、霊性の開発、本心の顕現、守護の神霊との一体感なくして、世界の平和も個人の安心立命もない、ということをお話くださっています。


『霊性の開発』

こちらのことがだんだん分かってくると、言葉が生活の中でとても大きな役割、比重を持っていることを感じる。

先生には27歳になる息子さん(すばらしいタブラ奏者)がいるのですが、なかなか結婚相手が見つからなくて困っているという。
インドは、とても広く言葉によって文化圏が形成されていて、またかなり慣習がちがうので、違う言葉をしゃべる地方の人とは結婚できないらしい。
また、そこに宗教的な背景と100のカーストが加わる。
インドは実は、27の国が一つになっているとおなじなのだ。
結婚に関しては、男性は30歳、女性も28歳を超えると結婚相手を見つけることはとてもむずかしいらしい。

その文化圏のなかでいろいろ細かいルールがあって、はたから見ると、とても狭い不自由なかんじがする。
インドでは、カルキという聖者が「ゴールデンエイジムーブメント」</a>といって、自他一体感を体得する運動をやっているが、世界が一つになるには、まだまだ問題が山積している。人間の中に、限定する想いや差別心、自己保身の想い、頑迷な信念、そういうものがある限り世界は一つにならない。

そこで祈りによって、一度そういう想いを消し去ることが、いまこの時点での人類の最重要課題なのだ。


世界人類が平和でありますように
私達の天命が完うされますように

こちらにきてもうすぐ2ヶ月
あっというまもない
練習三昧の日々
日本食がこいしいなー
鮭のおにぎりにソーメンと豆腐のお味噌汁・・・
夢にでてくるね
ざるそばも食べたい
お好み焼きなんかもいいなー
うまいコーヒーも飲みたい
なんかそんなことを考えながら、タブラの練習をしているこのごろです