Gooブログからアメーバブログに引越ししました。
Gooブログの記事はそのままにしてありますので、古い記事のコメントなどは、Gooを参照ください。
旧 http://blog.goo.ne.jp/tablaboy/
今後ともよろしくお願いします。
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マイミクのひろさんの記事の中に、祈りの功徳についての記事があり、初めて読んだのですが、「なるほどー、そうだろうな」と感心しましたので、紹介します。
ところが、どこにその記事があったのか、後で探してもわからず、ちょっと記憶していることだけ書いてみます。
白光の故村田先生に私も3回くらい個人指導していただいたことがあるのですが、とても深く、穏やかで、無心な感じが伝わってきました。完全に悟りの境地にいらっしゃいました。
その村田先生は、「一日150回、『世界人類が平和でありますように』とお祈りして、60日、9000回に達すると、霊界の位(霊格)が3段階上がる」とお話されたということです。
とすると、一生に3億回祈ると、1万段階霊格があがることになります。
そして、神霊の世界の階層は無限に続き、同じ人間でも動物以下のような人もいれば、仏陀やキリストのような人もいて、同じ肉体をもっているのですが、中身、内容がまったく違っているのです。
村田先生は、すごい霊能の方で、霊界通信という本も5冊でていますが、霊界のことがとても深くわかられている方でした。
今の江原さんのような能力と、しかも深さがあったように思います。
一口に霊格が3段階上がる、といいますが、それは大変なことだということです。
神とか仏の存在を信じないで、また霊魂の生まれ変わりを存在を信じず、普通にこの世の目に見える生活だけを生きていると、幽界という迷いの世界に往き、ふらふらして、生きていた時の記憶をたどって、身内や親しかった人の生活圏にさまよっていることが多いので、霊界で地位があがるというところまで、まったく行かないみたいです。また、どんなにこの世で慈善事業、愛行、善行に命を捧げても、なかなか簡単に霊界の地位が上がるということは、普通ありえないそうです。
そう考えると、いかに祈りが特別な行いであるか、理解できると思います。
本当に祈り続ければ、その功徳は計り知れないものになるでしょう。
やがて、そういことがオーラの分析を精密にできる機械が発明され(オーラには、現在の感情想念の状態だけでなく、その人の魂の歴史が記されおり、人によっては他の星での経験も記されている。イエスや釈尊などは、他の星でのたくさんの経験を持っており、多くの肉体経験の中で学び取ったものが光やシンボルとなって、オーラに記されていたと言われている)、霊界という波動の微妙な世界の存在が、科学的に証明され、今日の宇宙観が未熟で幼いのもであったことが自覚されると、たぶん、一瞬の時間をも惜しんで数多く祈ろうとする多くの人々がでてくるでしょう。
時間があったら祈る、暇があったら祈るということはよく聞くのですが、時間を惜しんで祈るのが本当のようです。
そして、過去の自分の行為に罪悪感をお持ちの方は、この祈りを時間を惜しんで繰り返されることをお勧めします。私も「あの時こうすればよかった。こうしなければよかった。あの人にこうしてあげればよかった」と悔いることが多くあるので、この祈りを時間を惜しんで祈っています。
過去の罪滅ぼしであり、未来の自分への投資であり、この地球への奉仕の意味で、実践しております。
今日の世界において、ほかのことはそんなに重要なこととは思えないので、「祈りが最重要課題」と常に、自覚はそこにあります。
参考まで
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
いつもご訪問ありがとうございます。
いやー、昨年は本当に個人的にも、世界的にも激動の年でした。
特に世界の経済は、崩壊してしまったといっても過言でないでしょう。
それによって、多くの会社が倒産に、失業者が増え、景気が後退してしまいました。それは、あらゆる個人に及んでいます。
この世界のすべての出来事は、過去に言ったこと、想ったこと、行ったことの結果ですので、昨年の出来事は、実はもうだいぶ前に決まっていたことになります。世界恐慌の発端となったサブプライムローンは、そういう商品を考え出した瞬間に、実は今日の危機を迎えることに決まっていたので、その通りになってしまったということです。
2012年末まで、こういうような過去のうみを出すような動き、変化、激動が続くと思います。
我々人類が、過去にやってきたことの結果を摘み取っている形なので、団体責任ですので、誰もが人類の一員として、個々人の運命として背負うことになっています。2013年には、方向性が決まり、飛躍が起こることになっていますが、今は、じっと耐えながら前進していかなければならないですね。
しかし、なんといっても、人間の意識は永遠なので、常に永遠を意識して、真、善、美だけを心に住まわせ、現れてくるものにとらわれないようにしてゆきたいものです。
それでは、皆様のご健康、ご多幸をお祈りしています。
世界人類が平和でありますように
すべての人が幸せでありますように
すべての人が健康でありますように
私達の天命が完うされますように
平成二十一年元旦
私の生活は、常に祈りが中心になっていますが、もう30年近くになりますので、いろんな気づきが自然にあります。
最近は、「祈りとは個人がなくなり、大生命と合体することなんだなー」という感じがあります。
個人としては、肉体を持ち、日本に住み、男性で、こういう性格で、こういう欠点があり、こういう経験が不足して・・・という、いろいろ限定された動きしかできないんですが、祈りという次元に入ると、もう個人という過去の習慣性から開放され、あるいは忘れて、たちまち宇宙の一員に復帰します。
どんな星でも飛んで行ける、自由自在の魂になれる感じですかね。
確かに、誰でも完全な自分を内に持っていて、それを忘れ、あるいは否定して、{肉体のこれこれこうこうが自分という人間で}と思い込んでしまって、それが習慣になって、カチカチに固まっていると思います。
それを一度忘れるのが、祈りなんだなー、と実感するのです。
祈りとは、自由自在心に帰る こと、本心を思い出すこと、大生命と合体すること。
そこにはなんの理論も理屈もなく、それを感じるだけでいいんですね。
ここ何週間は、経済がものすごい勢いで悪化している。
これは、経済戦争という感じかもしれない。
人間が、お金というものを発明し、そのお金をいかに多く獲得するか、というマネーゲームが経済全体を支配するシステムの上に、資本主義が築かれている。
いずれこうなる運命にあったと思うが、いよいよ来たな、という感じです。
まさに経済戦争ということなのでしょう。
経済も精神もそうですが、いざというときのためにたくさん貯金をしていなければ、戸惑うことになります。
積み立て貯金みたいなもんですかね。
焦って大金をつかもうとすると、大損することになります。
精神の貯金とは、陰徳といわれています。
潜在意識にいっぱいいい意識を、いい想念、祈りを蓄えておくこと、それがやがて自己の自然な行為としてあふれてく るようになれば、「無為自然」「悟り」といわれている境地に達っし、また神霊の世界に移行した際には、高い地位につくことになります。
経済も精神も技術も毎日の積み重ねが大事だな、と最近しみじみ思っています。
これは、和尚の講和の中の一説ですが、翻訳していたのですが、そのファイルがなくなってしまって、私の記憶の中だけにあるお話です。
「昔、ある王様が栄華を極め、贅を尽くしていました。そこに、王様が信頼し、尊敬していたスーフィーの聖者から箱に入った贈り物が届きました。ただし、箱は生命に危険が迫ったときだけ開けるように、聖者から伝言されていました。箱を開けたい誘惑を抑え、いつしか年月が経ちましたが、王様は約束を守り、その箱を開けることはなく、その贈り物のことも忘れていましたが、あるとき、隣国との領土争いが起こり、戦争になり、王様が最前線で指揮を執ることになったとき、王様はあの箱のことを思い出しました。万が一、わが軍が負け、私の身に死が迫るかも知れまい。そこで、前線にその箱を持っていくことにしました。
案の定、部下が殺され、自分も追い詰められ、もうそこまで敵軍が迫り、敵の馬の足音が、岩場に身を潜めていた王様に聞こえ、死を覚悟した瞬間、あの箱のことが思い出されました。そうだ、聖者がいっていた時が来た。この箱を開けよう。いつも胸元にしまっていた箱を開けました。そこには薄っぺらい紙が入っており、なにやら文字か書かれていました。そこには{これもまた過ぎ去ってゆく}と書かれてありました。王様は深く悟るものがありました。そして、敵の馬の足音は王様から遠ざかり、王様は部下に助けられ、戦にも勝利し、無事お城へと戻ることができたのでした。その凱旋パレードで、王様の心の中には{これもまた過ぎ去ってゆく、人生も世界もただ夢のように現れて消えてゆくだけ}という響きがマントラのように心の中でこだまし、その後、どんなことにも執着がなくなり、動揺することなく、大王となって、多くの民に愛され、敬われ、天寿を全うしたのだった」
この人生に起こるすべてのこと・・病気、貧乏、苦しみ、悲しみ、寂しさ、不安、幸せ、喜び、戦争、勝利、敗北、当選、落選、複雑な人間関係、結婚、離婚、再婚・・・
みーんな{現れては過ぎ去り、消えてゆくだけ}
消えないのは自己の本心、鏡のような意識だけ
王様からそんなことを学んだのでした。
久しぶりの書き込みでーす。
いやー、オリンピックが終わりますね。
ずーっと、テレビに釘付けになっていました。
100m、200mではジャマイカのボルト選手がすごい記録を出しましたね。
私はタブラをライフワークにしていますので、どうしてもボルト選手を見ると、タブラを連想してしまいます。
たぶん、練習方法が同じではないかと思うのです。
まず、自分より速い選手、先に進んでいる選手を観察して、「自分にも絶対できる」と信じ込む。
そのフォームをしっかりイメージする。
教わった基本動作を繰り返す。自分の身体にあったフォームを試行錯誤で見つけ出す。
後は継続と忍耐です。
まさに、タブラと同じです。
14歳の兄弟子、マリ君が私の前で、模範演奏してくれた録音があるので、参考までに、興味がある人は聞いてみてください。こういう風に先生の前で練習しているというのがわかると思います。
彼だけが特別ではなく、いろいろ演奏を見聞きましたが、だいたい同じ、それ以上のお弟子さんも多数おります。オールインディアラジオのAグレードのタブラ奏者のお弟子さんもおられました。
近くで見ると、すさまじい指の速さ、正確さなのです。
人間の内に潜んでいる無限なる能力、無限なる可能性、その凄さに感嘆いたします。
大体、50曲位の練習曲をいただいて、練習方法を教わり、基本を繰り返し、正確に音をだせるようになったら、伴奏の音楽に合わせてスピードを自由に変化させる。2,3年分の練習課題をもらって、今、せっせと毎日、練習いたしております。
「道は遠いがぜったいあきらめないぞー」、ってな感じですかね。
楽譜は下記のような感じです。
マリ君は、正確に楽譜の通り演奏していますが、恐ろしく速いです。
Dha Tirikidataka Tirikida Dha Tirikidataka Tirikida Dhinagina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
Ta Tirikidataka Tirikida Ta Tirikidataka Tirikida Tinakina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
2.-Fast Speed and Slow Speed-
-Fast Speed-
Dha Tirikidataka Tirikida Dha Tirikidataka Tirikida Dhinagina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
-Slow Speed-
Dha Tirikidataka Taka Dha Tirikidataka Dhat Dhag Tinakina
-Fast Speed-
Ta Tirikidataka Tirikida Ta Tirikidataka Tirikida Tinakina
Tati Tag Tinakina Tati Tag Tinakina
-Slow Speed-
Dha Tirikidataka Taka Dha Tirikidataka Dhat Dhag Tak kdan
3. -Fast Speed-
Dha Tirikidataka Tirikida Dha Tirikidataka Tirikida Dhinagina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
Dha Tirikidataka Tirikida Dha Tirikidataka Tirikida Dhinagina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
Ta Tirikidataka Tirikida Ta Tirikidataka Tirikida Tinakina
Tati Tag Tinakina Tati Tag Tinakina
Dha Tirikidataka Tirikida Dha Tirikidataka Tirikida Dhinagina
Dhati Dhag Dhinagina Dhati Dhag Tinakina
つづく・・・・
今、秋葉原の事件が世界中で話題になっている。
インドの友達から「大丈夫か?」というメールが来たり、むこうでも新聞、テレビで大きく報道されているみたいだ。
最近、こういう事件が多発している。
いろいろ考えさせられる。一番の問題は、教育だと思う。
親が子供に対する教育、教師が生徒に対する教育、大人たちが子供たちに対する教育といろいろあるが、やはり親が子供に対する教育が一番大きな比重を占める。
親が自分の望みを達成しようと、子供を道具として使った(無意識であれ、善意であれ)場合、子供は感性が鋭いので、「俺のことを愛しているのではなく、俺を自分の野望達成の道具として使ったな」と感じており、「今に見ていろ、復習してやる!」と自然の感情でそうなります。
期待を裏切ることで復習すること、親が困るようなことをやることで復習すること・・そういう心理が働いていたと思います。
誰でも、こういう教育をされれば、同じになる可能性が高いと思います。
愛情が不足している、あるいはその愛情が不純であれば、子供は、生きる力を失います。
生きていていいのかわかりません。
愛される価値が自分の中にあるのか、みいだせません。
それで悲観的、否定的になり、投げやりになり、自分を抹殺したくなります。
でもそれでは寂しいので、最後に誰かに自分が存在していたことを知ってもらいたい。
注目(愛)してもらいたい。
十分理解できます。誰でも程度の差はあれ、必然的にこういう流れが生まれます。
加藤被告の天命が完うされますように。(彼を弁護するつもりはありません。でも哀れです。)
実験するといいと思います。
学校で全員に無視され、職場で全員に無視され、家庭で全員に無視され、愛されることがない状態を、3ヶ月、本人には伝えないで、まわりの人に協力して演技してもらえば・・・大概、ノイローゼになるか、自殺するか、自暴自棄になるか、病気になるかするでしょう。
現在の教育プログラムで一番足りないのは、「愛を充実させる」ということ、もうひとつが「自立」だと思います。
「愛を充実させる」というのは、一体化の練習という方が適切かもしれません。
動物でも、植物でも、鉱物でも、人間でも、宇宙そのものでも、見る対象そのものになる練習。
それは感謝です。
一体化です。
次は、「自立」ですが、これが、自らの言葉、想念、行為の結果を、受けて立つということ。
精神的にも魂的にも依存しない、人のせいにしない。
自分の人生に現れてくる現象は、すべて自分が、じゃべり、行い、思ったことの結果であって、誰のせいでもない、ということをはっきり自覚すること。
次が経済的に依存しないということ。大人でも、ほとんどの人は再教育が必要になるでしょうね。
その二つの柱を根本にして、真善美に貢献する知識を少し足してゆくような教育ができなければ、こういう犯罪はなくならないし、この星の未来はない、と感じています。
世界人類が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
先日、テレビではじめて、ポール・ポッツというオペラ歌手の歌を聴き、彼が表舞台に立つまでの物語を知ったのですが、彼の歌を聴いて、鳥肌が立ち、涙が出てしょうがなかったのでした。
技術より、彼のハートが聴衆のハートを打ったのだと思います。
誰でも彼のように才能を開花することができると思います。
大切なのは、
夢を持ち、
こつこつ努力すること、
焦らず、
慌てず、
悲観せず、
チャンスを待つこと。
そうすれば、かならずタイミングがやってきます。
今生でやってこないかもしれません。
来生でもやってこないかもしれません。
しかし来来生でやってくるかもしれないのです。
焦りは禁物です。
彼は、過去生でも声楽の勉強をさんざんやってきていて、それが、今生で実っている形だと思います。
誰でも、その人にしかできない、その人の代役は誰もできないような仕事 、貢献があると思います。
それを開花させるには、信じて、努力して、焦らず、待つこと・・楽しみながら、否定的な想いを祈りに変えながら。
人間は、一生で物事を完結しようとするから焦ります。
もがきます。
悩みます。
彼を見て、「いい見本だなー。誰でも彼のようになれる」と心で思っていたのでした。
人間の一番重要テーマは、時と場所を越えて、「愛」だと思うのですが、ほんとうに愛の本質を理解し、行うことは、とても難しいものです。
真実の愛は、自他一体感の発露であり、無償です。
本心が顕現されている姿です。
しかし、ちまたの愛は、感情的な満足、自己本位の想念意識が根底に流れていると感じています。
そこで、「愛しさあまって憎さ100倍」というような言葉があるのでしょう。
また、人から愛されることで、自分の価値を計ろうとする傾向も、人間の中 にあると思います。
ここでは、どうすれば自他ともに活かす真実の愛の人となれるのか、お話くださっています。