今、秋葉原の事件が世界中で話題になっている。
インドの友達から「大丈夫か?」というメールが来たり、むこうでも新聞、テレビで大きく報道されているみたいだ。
最近、こういう事件が多発している。
いろいろ考えさせられる。一番の問題は、教育だと思う。
親が子供に対する教育、教師が生徒に対する教育、大人たちが子供たちに対する教育といろいろあるが、やはり親が子供に対する教育が一番大きな比重を占める。
親が自分の望みを達成しようと、子供を道具として使った(無意識であれ、善意であれ)場合、子供は感性が鋭いので、「俺のことを愛しているのではなく、俺を自分の野望達成の道具として使ったな」と感じており、「今に見ていろ、復習してやる!」と自然の感情でそうなります。
期待を裏切ることで復習すること、親が困るようなことをやることで復習すること・・そういう心理が働いていたと思います。
誰でも、こういう教育をされれば、同じになる可能性が高いと思います。
愛情が不足している、あるいはその愛情が不純であれば、子供は、生きる力を失います。
生きていていいのかわかりません。
愛される価値が自分の中にあるのか、みいだせません。
それで悲観的、否定的になり、投げやりになり、自分を抹殺したくなります。
でもそれでは寂しいので、最後に誰かに自分が存在していたことを知ってもらいたい。
注目(愛)してもらいたい。
十分理解できます。誰でも程度の差はあれ、必然的にこういう流れが生まれます。
加藤被告の天命が完うされますように。(彼を弁護するつもりはありません。でも哀れです。)
実験するといいと思います。
学校で全員に無視され、職場で全員に無視され、家庭で全員に無視され、愛されることがない状態を、3ヶ月、本人には伝えないで、まわりの人に協力して演技してもらえば・・・大概、ノイローゼになるか、自殺するか、自暴自棄になるか、病気になるかするでしょう。
現在の教育プログラムで一番足りないのは、「愛を充実させる」ということ、もうひとつが「自立」だと思います。
「愛を充実させる」というのは、一体化の練習という方が適切かもしれません。
動物でも、植物でも、鉱物でも、人間でも、宇宙そのものでも、見る対象そのものになる練習。
それは感謝です。
一体化です。
次は、「自立」ですが、これが、自らの言葉、想念、行為の結果を、受けて立つということ。
精神的にも魂的にも依存しない、人のせいにしない。
自分の人生に現れてくる現象は、すべて自分が、じゃべり、行い、思ったことの結果であって、誰のせいでもない、ということをはっきり自覚すること。
次が経済的に依存しないということ。大人でも、ほとんどの人は再教育が必要になるでしょうね。
その二つの柱を根本にして、真善美に貢献する知識を少し足してゆくような教育ができなければ、こういう犯罪はなくならないし、この星の未来はない、と感じています。
世界人類が平和でありますように
私達の天命が完うされますように