建築家 田口知子の日常をつづったブログ -94ページ目

個人情報保護について考えたこと

建築の設計をしていると、契約の中に守秘義務という項目があって、クライアントの個人的な情報を第三者に話してはいけない、という約束が行われます。建築は確かにデリケートな情報を扱いますので当然なのですが、そのことが拡大解釈されて、この業界の人たちの微妙に閉じた感じをつくってしまうのかな、と考えたことがあります。

ところで、港区の再開発や街づくりなどに関わる機会ができ、社会性やコミュニティーというものについて考えることが多くなりました。 

個人情報の範囲や意味はいろいろなケースがありますが、ご近所の人、素性を明かしている悪意のない相手に対して、自分の「住所、連絡先」を隠すというケースに直面すると、私はかなり違和感を感じます。隠す側の人にどのような心配が隠れているのか、人によって違うと思いますが、自分の住所や電話番号が何かよくわからないものに悪用される?というような不透明な心理状態が、現代社会の深刻な病理でないかと感じています。

 都会で失われたと言われる「コミュニティー意識」成立の前提には、「ご近所さんはどんな人で、何かあったら声をかけられる、連絡を取ることができる」という風通しの良い人間関係があります。知られたくないことは隠す権利はありますが、住所や連絡先を隠すメリットがどこにあるのでしょうか?「自分が誰で、もし必要があれば連絡を取ってくれてかまいませんよ」というただ、それだけの開かれた心理があたりまえになったとき、近所の人たち、関わりのある人々をどれだけ力づけることだろう、と思います。



田口知子が日常をつづったブログ にゃに?ひみつ?

 


田口知子が日常をつづったブログ なーんにもないだにゃ。(りょうま)

猫の合いの手


最近ちょっと仕事に忙殺されがち。そんな日々の安らぎは、一緒に住む猫、竜馬君とのコミュニケーション。呼べば「にゃあ」と返事をする、言葉をわかる猫であります。


田口知子が日常をつづったブログ なんだにゃ?

ところが、「猫に相談だ」のタイトルと表紙のかわいさにつられ、ずいぶん前ですが、衝動買いした雑誌「シュシュ」。変顔の「まこ」やゴージャスな「うに」といったかわいい猫の紹介がたくさん紹介されていてうっとり・・。皆さん写真お上手ですよね。


その雑誌の中で猫評論家(?)の説によると、猫の絶妙な言葉の合いの手は、単に静けさのなかでの音に反応しているに過ぎないと、書いてありましたが、そうなのだろうか?

 「やいやい、猫や」「にゃあー?」

 「おまえは良い猫だね」「うにゃー」

 「りょうま~」「にゃ、にゃ、」


田口知子が日常をつづったブログ ふーん。それはよかった。

うーん、ここまでちゃんと返事をするのは、偶然とは思えない。テレビで坂本竜馬の歴史秘話ヒストリアを流していて、「竜馬率いる海援隊が…」と渡辺あゆみさんのナレーションの途中、やおら「にゃあー」と叫ぶりょうま氏。おーそうか、テレビの内容まで聞き分け、自分の話だと思ったのか、やっぱうちの猫はすごい!と親ばか妄想三昧です。言葉をわかっているかどうかはさておき、人間の気持ちは絶対伝わっていますよね。猫の奥深いかわいさは、なかなか言葉では語れませんねえ~。


田口知子が日常をつづったブログ 猫の手も借りたい?

 

 




かたちのデザイン、その先にあるもの


先日、建築家の西村浩氏がデザインされた岩見沢駅舎、GOOD DESIGN賞の大賞 を受賞されました。おめでとうございます!

 西村氏からメールをいただき、9日のNEWS ZEROで受賞のプレゼンテーションの様子がテレビに映し出されるということだったので、その時間にテレビをつけて見入ってしまいました。

 北海道の岩見沢市の駅舎は、平成17年に駅舎を再生する建築のデザインコンペが行われ、西村氏が最優秀賞に選ばれて今年竣工オープンしました。建築のデザインをするものとして、当初のコンペ案をみたときには、保守的で無難な感じなのかなあ、というのが正直な感想でした。

 その駅舎ですが、完成するまでの経緯を写真を、雑誌やWEBで拝見するにつれ、建築の持つ意味について深く考えさせられました。

 まず、外壁のレンガ。市民の方に広く参加者を求めて、「岩見沢ブリックプロジェクト」という企画を立ちあげ、5000個のレンガについて、一人1500円でレンガを購入いただき、そのレンガに名前を刻印していく、というものです。そのレンガはJRに寄付されますが、自分の名前が駅に刻まれている、とういう体験を残すことで、駅建設に参加したという市民の意識が生まれます。外壁のガラス面には、古い鉄道レールを再利用しているそうで、そのことは近くに寄ることで認識できます。駅舎というと、電車に乗るための機能的なものだと思われがちですが、岩見沢駅舎は、そこで結婚式をあげたり、スケッチに来たり、ただ散歩に来る、というようなたくさんの市民の憩いの場所になっているそうです。受賞を決めるプレゼンテーションにも、市民の有志の方が衣装を着て楽しそうにパフォーマンスをされている様子に、感動を覚えました

 建築のデザインというのが、美しい、かっこいい、という認識を超えて、建築がその地域のみなさんが参加して作り上げたものであるという意識をつくったこと、それにより多くの人に親しまれる駅となり、新しい街の再生、人と人をつなぐ事業として成功させていった、ということを理解しました。

 GOOD DESIGN賞といえば、デザインの美しさを競うものかと思いきや、岩見沢駅舎のデザインというのは、かたちのデザインを超えていました。建築のデザインが、町の再生、たくさんの人の心をつなぎ、人を動かすことにつながった、そのことを評価されて大賞を与えられたのだということは、素晴らしいと思いました。また同じ建築を志すものとして、力づけられました。