キッズタウン東十条 「生活発表会」の一日
今日は、キッズタウン東十条の「生活発表会」にお招きいただき、お邪魔してきました。

3階の保育室に舞台をセットし、この日のために演目を練習してきた0歳児から5歳児の子供たちが、舞台に立って元気に演技、演奏してくれました。
3階から4階への外階段が舞台の控室になっていて、外から見てびっくり。子供たちがお行儀よくならんで待っているのが見えます。

なるほど、限られたスペースも最大有効利用して保育園流だな、と感心しました。お天気でよかった。
園舎が狭いので、保護者の方もスペースいっぱいで、発表する組によって入れ替え制での観覧でした。でも、小さな場所での発表会は、舞台の上で突然子供が「お母さーん」とさけんで、応えて手を振るお母さん。ちょっとした一コマがほほえましく、このぐらいの小さい空間での発表会はいいものだ、とも思います。

演目も、鍵盤ハーモニカや、「3匹のヤギとトロル」「おしゃべりなたまごやき」など、衣装や舞台セットも楽しく工夫されていて、飽きずに楽しめる内容になっていました。3匹のヤギのはずが20匹いたり、卵の好きな王様が8人いたり、主役がたくさんいるのが保育園的です。

園長先生のお話しでおもしろかったのは、0才児の親御さんに「一番前で見てはだめですよ、目をあわせないで」とアドバイスしている、というお話しです。0才児は舞台の上でお母さんの顔を見つけると、おもわず泣いてしまうそう。小さい子供にとって、舞台に立つというのは一大イベントなんだろうなあ、と想像します。何をやってもかわいらしく、ほほえましい子供たち。
地域の方も観覧に来られていて、いつも、外に向かって開かれた園を支える、園長先生と保育士のみなさんの努力には感動させられます。
ほかほかとあたたかな気持ちになれる、素敵なひとときでした。

3階の保育室に舞台をセットし、この日のために演目を練習してきた0歳児から5歳児の子供たちが、舞台に立って元気に演技、演奏してくれました。
3階から4階への外階段が舞台の控室になっていて、外から見てびっくり。子供たちがお行儀よくならんで待っているのが見えます。

なるほど、限られたスペースも最大有効利用して保育園流だな、と感心しました。お天気でよかった。
園舎が狭いので、保護者の方もスペースいっぱいで、発表する組によって入れ替え制での観覧でした。でも、小さな場所での発表会は、舞台の上で突然子供が「お母さーん」とさけんで、応えて手を振るお母さん。ちょっとした一コマがほほえましく、このぐらいの小さい空間での発表会はいいものだ、とも思います。

演目も、鍵盤ハーモニカや、「3匹のヤギとトロル」「おしゃべりなたまごやき」など、衣装や舞台セットも楽しく工夫されていて、飽きずに楽しめる内容になっていました。3匹のヤギのはずが20匹いたり、卵の好きな王様が8人いたり、主役がたくさんいるのが保育園的です。

園長先生のお話しでおもしろかったのは、0才児の親御さんに「一番前で見てはだめですよ、目をあわせないで」とアドバイスしている、というお話しです。0才児は舞台の上でお母さんの顔を見つけると、おもわず泣いてしまうそう。小さい子供にとって、舞台に立つというのは一大イベントなんだろうなあ、と想像します。何をやってもかわいらしく、ほほえましい子供たち。
地域の方も観覧に来られていて、いつも、外に向かって開かれた園を支える、園長先生と保育士のみなさんの努力には感動させられます。
ほかほかとあたたかな気持ちになれる、素敵なひとときでした。
「白隠フォーラムin TOKYO」 禅の思想はおもしろい
先週新宿紀伊国屋で開催された「白隠フォーラムinTokyo」に行ってきました。
白隠禅師は江戸時代中期に仏教の禅の思想を庶民に広め、同時にたくさんの墨画を描いて教えを広めた有名な高僧です。
フォーラムでは、白隠研究の第一人者 芳澤勝弘先生と、宇宙物理学の最先端の研究者、佐藤勝彦先生が、それぞれの世界をお話しくださり、禅の世界の深遠を浮き彫りにしようという内容でした。それぞれの先生方の緻密な深い研究の内容を、一般人向けにわかりやすく楽しく解説してくださるという、贅沢な時間でした。
佐々木先生の話で、宇宙130億光年の創生のお話しや、ヒグス粒子や真空のふるまい、同時多発的宇宙、ワームホールなど、宇宙物理学の最先端の話は、ファンタジーより壮大で、人知を超える難解さ。それを佐々木先生の謙虚な語り口で「自然科学はデータを提供するだけで「価値」を教えない、価値を決めるのはご自身です。」とおっしゃる。そのクールな概念の世界は悟りを開かれた仏僧のようにも見えます。
一方、芳澤先生の話で、仏教と禅について興味深いお話しを聞きました。「悟り」を英語で約すと、Mind of Enlightment というような表現になるのですが、英訳は十分ではないと。英語の悟りは、個人の意識が開かれるという解釈だけが聞こえてくる。しかし、仏教の修行とは、「上求菩提・下化衆生」この後半に力点がある、というお話しでした。「煩悩を裁断するためには、無辺の衆生を利済すべし」。
禅の教えは、自分を探求することでありますが、自分が悟ることを目的に座禅を組む修行は、全体の半分しか示していない。

白隠さんの戯画でメビウスの輪にのような布にかかれた「在青州作領布杉 重七斤」という公案と布袋様の絵、3人の童子。童とは衆生をあらわしているそうで、永遠に繰り返されるメビウスの輪が「上求菩提・下化衆生」という修行の世界を表現していると思うと、なるほど、とイメージしやすくなります。
傘をさした布袋様が3人の童を従える絵も象徴的です。

禅の公案は難しい、と考えていた自分ですが、こんなふうにユーモアをまじえて墨絵で表現した白隠さんの世界は、奥深く、すばらしい世界だなと感動しました。
白隠禅師は江戸時代中期に仏教の禅の思想を庶民に広め、同時にたくさんの墨画を描いて教えを広めた有名な高僧です。
フォーラムでは、白隠研究の第一人者 芳澤勝弘先生と、宇宙物理学の最先端の研究者、佐藤勝彦先生が、それぞれの世界をお話しくださり、禅の世界の深遠を浮き彫りにしようという内容でした。それぞれの先生方の緻密な深い研究の内容を、一般人向けにわかりやすく楽しく解説してくださるという、贅沢な時間でした。
佐々木先生の話で、宇宙130億光年の創生のお話しや、ヒグス粒子や真空のふるまい、同時多発的宇宙、ワームホールなど、宇宙物理学の最先端の話は、ファンタジーより壮大で、人知を超える難解さ。それを佐々木先生の謙虚な語り口で「自然科学はデータを提供するだけで「価値」を教えない、価値を決めるのはご自身です。」とおっしゃる。そのクールな概念の世界は悟りを開かれた仏僧のようにも見えます。
一方、芳澤先生の話で、仏教と禅について興味深いお話しを聞きました。「悟り」を英語で約すと、Mind of Enlightment というような表現になるのですが、英訳は十分ではないと。英語の悟りは、個人の意識が開かれるという解釈だけが聞こえてくる。しかし、仏教の修行とは、「上求菩提・下化衆生」この後半に力点がある、というお話しでした。「煩悩を裁断するためには、無辺の衆生を利済すべし」。
禅の教えは、自分を探求することでありますが、自分が悟ることを目的に座禅を組む修行は、全体の半分しか示していない。

白隠さんの戯画でメビウスの輪にのような布にかかれた「在青州作領布杉 重七斤」という公案と布袋様の絵、3人の童子。童とは衆生をあらわしているそうで、永遠に繰り返されるメビウスの輪が「上求菩提・下化衆生」という修行の世界を表現していると思うと、なるほど、とイメージしやすくなります。
傘をさした布袋様が3人の童を従える絵も象徴的です。

禅の公案は難しい、と考えていた自分ですが、こんなふうにユーモアをまじえて墨絵で表現した白隠さんの世界は、奥深く、すばらしい世界だなと感動しました。
森山未来主演「PLUTO」を観てきました。
今、シアターコクーンでやっている「PLUTO」を観ました。本当におもしろかったです!
原作は手塚治虫の鉄腕アトムの中の物語のひとつで、浦沢直樹がリメークした漫画PLUTOは全8巻の壮大の物語。

そして、近年のダンス界大注目の演出家シディラルビ・シェルカウイが演出・振付したという、演劇でもありダンスでり、漫画の世界でもある、分野の境界をはちゃめちゃに越えてしまうのですが、とても美しく緻密にまとめられた作品です。
そのダイナミックでチャーミングな舞台は、予想を大幅に上回るこのでした。主役の森山未来のアトム君は彼の魅力が存分に発揮されていて思わず感情移入してしまうし、永作博美や柄本明、寺脇康文などの俳優も、難しい役柄をさまざまな形で絶妙に表現していてすばらしかった。

日本の漫画が大好きなシェルカウイ氏。舞台に漫画のような立体的、同時多発的なコマ割り仕立てのようなシーンがあるかと思うと、コマ割りのはずの台形プレートが階段になったり、壁になったり岩になったり、CGや音楽もすばらしく。
完璧な人工知能が手に入ったロボットは、人間と同じように感情も持つようになるのかもしれない。しかし人間はロボットをモノとして扱ってしってガラクタのように処分することがロボットを悲しませている、という設定。人種差別ならぬロボットアパルトヘイトが起きてしまう。
人間がロボットに求める「完璧さ」はいったい何を作り出すのだろうか、と考えさせられました。 完璧な知能をもったロボットが喜怒哀楽の感情を持つことはありうるでしょう。
でも、ロボットは、人間のように「嘘」をついたり、「役割を果たす」ことをやめたり、裏切ったり、することができない。憎しみという感情も、ある時点まで理解することができない。という設定。イノセントな存在であるということを発見します。
アトムみたいな心優しいロボットというものが存在するとしたら?人間より優れたヒーローです。そして、この舞台では、地球上の高性能ロボットを次々殺害するようにデザインされた「PLUTO」が主役。有能なロボットたちを次々殺していくPLUTOが最後に倒そうとするのはアトムです。ところが、アトムの心に共鳴し、最後に自らを犠牲にしてアトムを助け、人間を裏切って砕け散る「PLUTO」。
人間の欲望は限りなく、憎しみと争いが終わらない世界の中で、ロボットの役割とは?不完全な人間の姿をロボットを通じてあぶりだします。心とは何か?人間とは何か?ロボットの向こうに壮大な神の采配を感じる、という聖書のような壮大な物語なのでした。
手塚ワールドのすばらしさを、楽しく、美しい舞台で表現としたシェルカウイの天才に惜しみなく感動の嵐でした。
原作は手塚治虫の鉄腕アトムの中の物語のひとつで、浦沢直樹がリメークした漫画PLUTOは全8巻の壮大の物語。

そして、近年のダンス界大注目の演出家シディラルビ・シェルカウイが演出・振付したという、演劇でもありダンスでり、漫画の世界でもある、分野の境界をはちゃめちゃに越えてしまうのですが、とても美しく緻密にまとめられた作品です。
そのダイナミックでチャーミングな舞台は、予想を大幅に上回るこのでした。主役の森山未来のアトム君は彼の魅力が存分に発揮されていて思わず感情移入してしまうし、永作博美や柄本明、寺脇康文などの俳優も、難しい役柄をさまざまな形で絶妙に表現していてすばらしかった。

日本の漫画が大好きなシェルカウイ氏。舞台に漫画のような立体的、同時多発的なコマ割り仕立てのようなシーンがあるかと思うと、コマ割りのはずの台形プレートが階段になったり、壁になったり岩になったり、CGや音楽もすばらしく。
完璧な人工知能が手に入ったロボットは、人間と同じように感情も持つようになるのかもしれない。しかし人間はロボットをモノとして扱ってしってガラクタのように処分することがロボットを悲しませている、という設定。人種差別ならぬロボットアパルトヘイトが起きてしまう。
人間がロボットに求める「完璧さ」はいったい何を作り出すのだろうか、と考えさせられました。 完璧な知能をもったロボットが喜怒哀楽の感情を持つことはありうるでしょう。
でも、ロボットは、人間のように「嘘」をついたり、「役割を果たす」ことをやめたり、裏切ったり、することができない。憎しみという感情も、ある時点まで理解することができない。という設定。イノセントな存在であるということを発見します。
アトムみたいな心優しいロボットというものが存在するとしたら?人間より優れたヒーローです。そして、この舞台では、地球上の高性能ロボットを次々殺害するようにデザインされた「PLUTO」が主役。有能なロボットたちを次々殺していくPLUTOが最後に倒そうとするのはアトムです。ところが、アトムの心に共鳴し、最後に自らを犠牲にしてアトムを助け、人間を裏切って砕け散る「PLUTO」。
人間の欲望は限りなく、憎しみと争いが終わらない世界の中で、ロボットの役割とは?不完全な人間の姿をロボットを通じてあぶりだします。心とは何か?人間とは何か?ロボットの向こうに壮大な神の采配を感じる、という聖書のような壮大な物語なのでした。
手塚ワールドのすばらしさを、楽しく、美しい舞台で表現としたシェルカウイの天才に惜しみなく感動の嵐でした。