森山未来主演「PLUTO」を観てきました。 | 建築家 田口知子の日常をつづったブログ

森山未来主演「PLUTO」を観てきました。

今、シアターコクーンでやっている「PLUTO」を観ました。本当におもしろかったです!


原作は手塚治虫の鉄腕アトムの中の物語のひとつで、浦沢直樹がリメークした漫画PLUTOは全8巻の壮大の物語。




そして、近年のダンス界大注目の演出家シディラルビ・シェルカウイが演出・振付したという、演劇でもありダンスでり、漫画の世界でもある、分野の境界をはちゃめちゃに越えてしまうのですが、とても美しく緻密にまとめられた作品です。

そのダイナミックでチャーミングな舞台は、予想を大幅に上回るこのでした。主役の森山未来のアトム君は彼の魅力が存分に発揮されていて思わず感情移入してしまうし、永作博美や柄本明、寺脇康文などの俳優も、難しい役柄をさまざまな形で絶妙に表現していてすばらしかった。



日本の漫画が大好きなシェルカウイ氏。舞台に漫画のような立体的、同時多発的なコマ割り仕立てのようなシーンがあるかと思うと、コマ割りのはずの台形プレートが階段になったり、壁になったり岩になったり、CGや音楽もすばらしく。

完璧な人工知能が手に入ったロボットは、人間と同じように感情も持つようになるのかもしれない。しかし人間はロボットをモノとして扱ってしってガラクタのように処分することがロボットを悲しませている、という設定。人種差別ならぬロボットアパルトヘイトが起きてしまう。

人間がロボットに求める「完璧さ」はいったい何を作り出すのだろうか、と考えさせられました。 完璧な知能をもったロボットが喜怒哀楽の感情を持つことはありうるでしょう。
でも、ロボットは、人間のように「嘘」をついたり、「役割を果たす」ことをやめたり、裏切ったり、することができない。憎しみという感情も、ある時点まで理解することができない。という設定。イノセントな存在であるということを発見します。

 アトムみたいな心優しいロボットというものが存在するとしたら?人間より優れたヒーローです。そして、この舞台では、地球上の高性能ロボットを次々殺害するようにデザインされた「PLUTO」が主役。有能なロボットたちを次々殺していくPLUTOが最後に倒そうとするのはアトムです。ところが、アトムの心に共鳴し、最後に自らを犠牲にしてアトムを助け、人間を裏切って砕け散る「PLUTO」。
 人間の欲望は限りなく、憎しみと争いが終わらない世界の中で、ロボットの役割とは?不完全な人間の姿をロボットを通じてあぶりだします。心とは何か?人間とは何か?ロボットの向こうに壮大な神の采配を感じる、という聖書のような壮大な物語なのでした。

手塚ワールドのすばらしさを、楽しく、美しい舞台で表現としたシェルカウイの天才に惜しみなく感動の嵐でした。