菅首相と「世に棲む日々」(司馬遼太郎著)
今、日本で一番話題の人・菅直人首相は、山口県宇部に生まれ、育った。
長男は源太郎という名前だが、これは日露戦争などで有名な児玉源太郎大将(長州出身)にあやかったらしい。
また、首相に就任時には、自ら「奇兵隊内閣」と呼んだし、早々に宇部にお国入りした。(ただし、奇兵隊内閣という言葉は、受けなかった)
こういうことからみると、ふるさと「長州」への思い入れは特に強いものがあるようだ。
だから、長州の精神的支柱・吉田松陰と、奇兵の創始者・高杉晋作を主人公とした「世に棲む日々」は、きっと読んだことだろう。
「世に棲む日々」は、松陰にまつわる「公」と「私」のエピソードから始まり、この冒頭は非常に印象的で、記憶に残る。
さて、最近、菅首相の言う「燃え尽きるまでやりたい」を聞いて、それはごく「私事(わたくしごと)」ではないかと感じた。
今や「奇兵隊内閣」という言葉も完全にどこかへ行ってしまったが、司馬氏が「世に棲む日々」で強調した「公」ということも、菅首相の頭から離れたようだ。
「峠の群像」/堺屋太一著/1981~82年刊
NHKの大河ドラマ「峠の群像」(1982年)の原作だ。
「忠臣蔵」のあった時代と人の話である。
しかし、昔の東映映画のような勧善懲悪の「忠臣蔵」ではない。
この世のすべての基盤である「経済」のことが、著者独自の視点とその博覧強記でもって詳しく語られている。
「お米の経済」から「貨幣経済」への移行が進んでいく時代である。
赤穂の塩はその典型例だ。
大坂の商人も、販路開拓などに知恵をしぼり、汗をかく。
また、吉良上野介の冠位はともかく、経済力が弱かったことは大きなポイントだ。
特に、歴史的にも有名な荻原重秀考案の「金銀改鋳」(貨幣の金銀含有量の低下による貨幣流通量の増加/景気浮揚策)の情報を入手した大坂の塩商人・竹島喜助が、「これからどうなるか」を沈思熟考する場面には、鬼気迫るものを感じた。
現代でも、ニクソンショック(1971年)やプラザ合意(1985年)といった通貨の大変化のあと、株価や地価がバブル的に上昇したが、一般的な「円高不況」という空気のなかで、先行きを上手く見通した人もかなりいたのかなあと思ったりもする。
「峠の群像」は、小説だが、経済史について目を開かされたような思いがする。
大した著者だ。
吉本興業 と 笑福亭仁鶴
今や全国的に有名になった吉本興業は、来年で「百年企業」になる。
芸能の世界での百年企業だから、吉本興業についての書かれたものも多く、特に関西で子どもの頃を過ごした「団塊世代」やその周辺の世代には、吉本興業は非常に興味深い。
戦前でも東京にかなりの地盤を築いていた吉本も、戦後、低迷していた時期もあった。
40数年前には、花月よりも角座、中座のほうがはるかに格調高かったことは今も記憶にあるし、藤山寛美の「松竹新喜劇」と比べて、「吉本新喜劇」はストレートで低俗な笑いであった。
ただ、今となっては、その低俗さや他愛のなさも、もの凄く懐かしい。
ところで、関係本をみると、低迷期の吉本を飛躍させるのに大いに貢献したのが、この笑福亭仁鶴だったそうだ。
仁鶴さんは、師匠の笑福亭松鶴やその弟子が吉本のライバル・松竹芸能に所属していたにもかかわらず、「仁鶴は吉本向き」という、ある落語家のすすめで最初から吉本入りしたそうだ。
後に両者が大成し、また円満な関係を維持し続けていることを考えると、両者には余程いい「縁」とか「運」があったと感じさせられる。