真・遠野物語2 -3ページ目

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

学校で特にやることがあるわけではないので、ひと目拝んだら満足して街に戻る。

建物がまだ形を保っている限り、俺は今後も折を見て此処に足を運ぶだろう……。

 

 

 

 

釜石街道まで戻ると、先程まで冷たく止まっていた空気が、少しだけ対流を始めたように感じる。

 

 

まるでタイミングを合わせたかのように、明るい日差しまで地面に届き始めた。

我々が次に目指すのは、あの光の下にあるめがね橋だ。

 

 

 

めがね橋を越えると、宮守の“街の内側”に入ったような感覚がある。

 

 

遠野から来て、我々と時を同じくして宮守の街に入る汽車を見送った。

 

 

 

めがね橋の冷たく重厚な橋脚を潜ると、その先は光に溢れた暖かな宮守の市街地だ。

 

 

何故か定期的に宮守を訪れたくなるし、めがね橋に会いたくもなる。

かつて銀河鉄道が走った橋梁から見えるのは、地上に瞬く星の光の様な人々の生活の灯りだ。

 

 

 

不思議と遠野側の空は晴れ渡っている。まあ、山間の冬の天気などこんなものなのだろう。

 

 

めがね橋前の広場は、何時の間に恋人の聖地に指定されている。塞さんと胡桃ちゃんがここでナニかをしていたことはつとに知られているが、一般人でもラブラブなハートの椅子に座り、記念撮影が出来る。

 

 

 

読者諸氏も是非、この場所でラブラブな写真を撮り、そして宮守の経済に貢献していただきたい。

 

田園はこの時期なので、当然土が剥き出しになり、荒涼とした姿を見せている。しかし目を凝らすと、その表面がキラキラと輝いている。

これは水ではなく、夜のうちに降りた霜がそのまま固まり、白く凍り付いたものだ。

 

 

年末が迫っても雪が殆ど無く、何だか冬の宮守という感じもしない。もの足りない感覚は抱きつつも、やはりこの小さな田園の中を歩く時間が愛おしい。

 

 

 

足元を見ると、方々に稲の籾殻が撒かれている。雪が降ったときや霜が降りそうな日に、地面の凍結を緩和するためのものだろうか。

 

 

田園地帯を貫く目抜き通りから、未舗装の脇道に入る。

 

 

 

あっという間に先程まで歩いていた道が遠くなり、坂の上から小さな田園地帯を一望出来る。

 

 

 

 

この道の先に、かつて高校の分校があった。このような景色の中で三年間を過ごし得られるものは、都会では得難いものだっただろう。

 

 

此処まで来ると、我々の脚は自然と学校に向かう。

グラウンドは所々草が蔓延っているものの、今でも少々整備するだけで使えそうな様子だ。

 

 

 

グラウンドの奥に、懐かしい校舎が見えて来た。

 

 

此処にはもう何度も足を運んでいるが、今は役目を終えた建物を見るにつけ悲しみが湧き上がって来る一方で、未だこの場所に暖かみが残っているような気もして、心が静かになるのを感じる。

 

 

地元を離れずに学べる場所があることを素晴らしいと考える人たちがいる一方で、より多くの友人や出来事に触れる場所を用意することが子供たちの成長に繋がると考え、涙を呑んで学校の統合を良しとする人たちもいる。そのどちらの考えも理解出来るだけに、少子化の時代にいったいどうすることが正しいのか、もの言わぬ校舎を前にすると考えてしまうのだ。

 

宮守川の内側にある小さな田園地帯を歩く。俺はこの場所の風景が大好きなのだ。

晩春の水鏡、実りの秋の黄金色、と季節の移り変わりを最も感じられる場所が水田なのだが、春を待つ荒涼とした光景も美しい。

 

 

 

 

何処へ向かおうかと考えたが、時間もまだあるし、田園を抜けて学校まで歩いてみることにした。

 

 

 

年末にしては寒くなく、雪もなく散策には良い日だ。

ゆるゆると道を歩いていると、釜石線の汽車が走り去って行った。宮守駅に到着するところだ。

 

 

 

 

 

 

静かで人通りも殆ど無い場所で、汽車が鉄路を踏んで走って行く、その規則正しい音を聞くと安心する。

 

 

暫くすると、今度は宮守駅を出発した汽車が花巻へ向けて走って行った。

 

 

 

 

 

勇ましい鉄路の音は、汽車が山影に消えた後も暫くは谷間に木霊して残っていたが、やがて小さくなって、消えて行った。

 

エイスリンの水道橋はこれまで何度も見て来たが、実際に水が流れているところを見たことはなかった。

 

 

斜面をよじ登り、橋を上から覗き込める高さにまで上がる。

 

 

 

昔からある木製の電信柱がすぐ目の前にそそり立っている。歩き慣れた小さな道が眼下に、心なしかさらに小さく見えた。

 

 

 

水道橋には今も豊富な水が流れているといったことはなかったが、集水桝には静かに水が佇み、表面に微かな波紋が出来ている。

 

 

斜面から下り、もう一度下から水道橋を見上げる。

 

 

近くには除雪用と思われるスコップや、水路を掃除する道具が置かれている。この道、そしてこの水道橋が、この場所で暮らす人にとって重要なものであることの証左だろう。

 

 

エイスリンの残り香を名残惜しみつつ、次の目的地に向かうことにした。

 

 

 

 

釜石街道と並行して宮守川が流れ、川に架かる橋を渡ると小さな田園が広がっている。俺は其処を歩くのが結構好きだ。

 

 

様々な季節にこの場所を訪れて来たが、年の瀬に未だ雪がない荒涼とした景色に出会うのも良い。

 

宮守駅前の民家と民家の間には細い階段の道があり、下ると釜石街道に出る。目の前には焼肉レストランみまつがある。

 

 

我々はこの階段ではなく、駅前通りを下って釜石街道へ。

 

 

かつては商店や飲食店、もっと多くの民家が立ち並び賑わいを見せていた通りだが、それも今は昔、汽車が着く時間帯を除いてすっかり静かになってしまった。

 

 

釜石街道は宮守川と並走している。川に架かる橋には、銀河鉄道をイメージしたステンドグラス風の装飾が施されている。

 

 

我々は駅から1km程歩き、今日最初の目的地へ。

 

 

 

釜石線の高架を潜り、知る人ぞ知る宮守の名所へ。

 

 

この高架は、かつては2mの高さがあったのか薄っすらと「2」の文字が見えるが、その後低くなったらしく、今は1.7mの高さであるとされている。

 

 

 

嫁は頭をぶつけることなく高架を潜れるが、俺は普通に歩くと頭が擦れてしまう。このせいか最近頭頂部の様子が幾分か怪しい。

 

 

 

宮守の街の谷間のように形成されたこの場所では、全てのものごとの流れが止まっているように感じられ、宮守の中でも取り分け好きな場所だ。

ドクペとケーキでエイスリンちゃんの誕生日を祝ったことを思い出す。

 

 

今日は自分の理想を描き出すためにこの場所に来た。わけではなく、何とはなしに宮守を訪れたら、此処まで歩いて来たくなったのだ。