真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

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ハードに参道を踊り続けた鹿たちは、次の演目までひと休み。特に中学生たちはこの後相撲を取らなければならないため、少しでも体力を回復して欲しいところだ。


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少しの休憩を挟み、本殿前では幼稚園児たちの踊り披露が始まろうとしていた。

神輿を中心に円陣を組み、動きの確認などをしている。

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子供の体力には恐れ入るばかりだ。

そして曲目はまさかのもったいないばあさん音頭。調べたらこの年の新曲だったのか。しかしこの場面でこの曲を選んでくるとは、チャレンジングである。

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子供たちはそれぞれ元気に踊りながら神輿の周りをまわっていた。

輪から外れようとしたり、勝手に変な踊りを始める子供には大人が助け船を出していたのだが、そんな大人も子供たちもとても楽しそうなのだ。この笑顔は決して誰かが作ったものではなく、心の奥底から自然に湧き出て来る紛れもない本物。

こんな子供たちの笑顔が見られただけで、附馬牛の未来は明るいと思えて俺も幸せな気分になれるのだ。



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鳥居の前では最後のゴンゲサマの舞が奉納された。

ゴンゲサマが歯をガチガチと激しく打ち鳴らし、降り注ぐ日差しの中で激しく踊る様は息を呑む迫力である。元来遠野のゴンゲサマは、他の領地のゴンゲサマと喧嘩するほど荒々しい一面も持っており、大きく口を開けた表情からは「お前を食ってやるぞ!」という勢いすら感じる。


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舞が終わる頃になり、やっと神輿たちが本殿に戻って来た。中学生神輿の担ぎ手は流石に疲れた様子だが、しっかりした足取りで朱塗りの鳥居をくぐって本殿に向かっている。

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幼稚園の子供たちは体力が有り余っている。参道周回を3周もした後だというのに、物凄いスピードで鳥居をくぐって行った。

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鹿踊りの踊り手たちも次々に本殿へ。祭囃子に鮮やかな扇子が舞い踊りながら一ヶ所に集まって来る様子は、まさに神々が祭の中心に集いつつあるかのような光景だ。

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鹿たちも長かった踊りをようやく終え、本殿に参拝してその役目にひと区切りを付ける。

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鹿たちは鳥居の前で頭を下げ、恭しく本殿に向けて歩みを進めて行く。まるで鹿たちにも捧げるべき祈りがあるかのように。


これで最初の神事は終わり、続いて境内で奉納相撲をはじめ、附馬牛のいろいろなグループが趣向を凝らした出しものを神前に奉納する。これは地域住民の憩いの場でもあり、どのような出しものが見られるのか楽しみだ。



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行列は屋台のすぐ側も通り、観衆だけでなく屋台の主たちからも声援を受けている。


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神輿は体力的にもうかなりきつそうだが、表情は何処か楽しそうだ。

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子供たちは流石に体力に溢れており、3周目に突入してもなお大きな声を出して行列を盛り上げている。

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その後ろに鹿踊りの扇子がひらひらと華やかに舞う。

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夏の日差しに照らされて、鹿たちの白い衣装が眩いばかり。

百年も前から、変わらない光景が繰り広げられて来たのだろう。今、俺は遠野物語の始まりの光景をこの目で見ている。


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もう少しで行列は鳥居の前に辿り着き、長かった行進も終わる。皆流石に疲労が顔に表れ始めているが、それ以上にこの日を迎え、この光景の一部を成していることに対する情熱が勝っている。この熱量は祭以外では滅多に見られるものではないだろう。

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俺もとある祭で神輿を担いで街を歩いた経験があるので、少しだけわかる。やはり祭とは特別なものであり、その担い手たちはこの日のために一年を過ごして来たと言っても過言ではないのだ。



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行列の2周目は杉並木の中で待ち構えてみた。


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時間が経ち気温はどんどん上がっており、特に神輿の担ぎ手たちの疲労は最早隠し切れない。


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その後ろに続く鹿踊りの一団は、ゴンゲサマの舞の間だけは休息を入れる余裕があったものの、ずっと踊り続けているわけだから既に疲労困憊だろう。

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鹿たちも疲れている筈だが、表情も変えずに踊りを披露してくれる。

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供えものを持って歩いているだけでも、この暑さだから疲労は溜まって来る。太鼓を叩いたり、笛を吹いたりしている人たちも此処までに相当体力を消耗している筈だ。それでも誰も歩みを緩めないのは、彼等自身がそれ以上にこの祭に懸ける情熱を持っているからに他ならない。

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尤も、子供たちに関しては大人がコントロールしてやらなければダメだということで、一旦神輿を置いて休息を取っていた。彼等が一番元気そうではあるが……。

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何処かが休息を取っている間は行列全体も停止するので、少しは息が入るだろう。祭を盛り上げるのも大切だが、それ以上に彼等の健康が大切だ。

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2周目の参道周回も終わりに近付き、いよいよ最終周に突入。何時もと変わらない筈の鹿の顔も、何処か気合いに満ちているように見える。



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本殿の裏手に先回りして行列が来るのを待ち構えていたら、程無くして先導の男たちが姿を見せた。


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旗手を先頭に、太鼓手、笛吹き、そしてゴンゲサマを掲げた青年が練り歩いて来る。

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その後ろに供えものを持った男たちが続き、さらに中学生神輿、子供御輿が威勢良く声を上げながら行進する。

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殿を務める鹿踊りの一団は、本当に踊りながら行進して来た。広場で踊るような激しい踊りをそのままに、さらに行列のペースに合わせて周回するのはかなり大変そうだ。

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しかし、夏の日差しの下で繰り広げられる扇子の舞は、華やかで美しく、この天神の森だけが天上の世界へ昇華されたかのような夢見心地である。

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太鼓手に続き、鹿たちも踊りながらやって来た。ひとりでは踊り切れないとさえ言われる激しい踊りを、参道を3周もしながらずっと踊り続けなければならないのだから本当に凄まじいことだ。

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そして、鹿たちが殿だと思っていたら、さらに後ろに妙齢のお姉さま方が続いていた。この人たちは、手踊りを披露する婦人会の方々。俺は鹿が鳥居を出て行くのを見届けた後、勇んで先回りしてしまったが、その後にもまだ出発する人が待ち構えていたようだ。

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そのうちに行列の先頭は再び鳥居に辿り着き、2周目に入る前に鳥居の前で踊りを奉納している。

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先程のゴンゲサマを掲げていた青年が先頭に立ち、勇ましい踊りを披露している。

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ガチガチと歯を打ち鳴らすゴンゲサマの舞は、鹿踊りとは違う迫力がある。背後に踊り手が居るとはいえゴンゲサマは単独での踊りだが、食われてしまいそうな迫力に思わず息を呑む。

しかし彼らはこの激しい踊りの後、すぐに参道の周回へ戻らなければならないのだ。


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