真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

雪はどんどん強くなる。道の駅の建物ももう霞んでしまい、看板や街灯の光だけが吹雪の中に浮かんでいる。

 

 

めがね橋に一度別れを告げ、丘の上の目抜き通りへ。

 

 

 

 

こちらにももうたっぷりと雪が積もっている。真新しい積雪の上に、車の轍や人の足跡が残されているが、その上にもさらに新しい雪が積もり始めている。この足跡も夜半には消えるだろう。

 

 

 

我々はもう一度線路の脇を抜け、めがね橋をフラットに眺めることが出来る崖の上へ。此処も当然、急速に積もる雪に埋もれようとしている。

 

 

 

めがね橋を照らすライトが雪にまで反射し、中空に青や橙、緑の光の筋が出来ている。吹雪と夜の闇に閉ざされた空に、一瞬だけ鮮やかな虹が架ったようだ。

 

 

 

 

やがてこの吹雪さえも切り裂くように、強烈な光が差し、そして我々を現実に引き戻す存在がすぐ目の前を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

闇に浮かぶ光に絆される我々を覚醒させる鉄の車輪の音で、我々も帰らなければならない時間が近付いたことに気付く。

 

建物の中でゆったりと過ごしているうちに、外では何時の間にか雪が降り始めていた。天気は一気に変わり、ものの数十分のうちに吹雪になっていた。

 

 

我々はめがね橋のライトアップが見たくて日が暮れるのを待っていたのだが、橋を照らすライトが雪にも反射し、写真で見てもかなりの雪が降っていることがわかる。

冬の遠野らしく、瞬きをする毎に天気が移り変わって行くようだ。

 

 

 

 

 

17時台の汽車が宮守駅を発ち、向かい風に抵抗して遠野へ走って行く。吹雪の中でも、旅人は文明の利器のおかげで安心して旅が出来るようになった。そしてそれを川面から見守る我々とのコントラストによって、どうしようもないノスタルジイに満たされる。

 

 

 

汽車が行ってしまえば、川の流れる音さえも雪に吸収されてしまったかのように、周囲は静寂に包まれる。時折、街道を走る車の音が遠くに聞こえ、後方に流れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々は雪が積もりつつある斜面をよじ登り、街道に上る。駅に向かって歩きながら、もう少しめがね橋の姿を堪能したい。

 

日が陰り空気はだいぶ冷え込んで来た。遠野の冬の夜は早い。校庭で何時までも油を売らず足早に街に下りる。

 

 

 

正しい通学路(?)を下ると、幾分か街の中心近くに出る。

 

 

一度道の駅に戻るか、宮守駅で寒さを凌ぐかで迷うところだが、日が暮れる前にもう一ヶ所だけ行っておきたい場所があるので、一先ず踏切を目指すことにする。

 

 

そして踏切は渡らずに、山神様に挨拶してから線路沿いの小道へ。

 

 

人家の脇を抜けると、めがね橋から釜石街道を見下ろす景色に行き当たる。

この場所は意外に知られていないのか、たまに訪れているが他の人間に出くわしたことは一度もない。

 

 

 

 

宮守もめがね橋も好きだが、取り分けこの場所は本当に来たいときにだけ来る取って置きの場所だ。誰も居ない冬の風の中で、現実とそれを見下ろす非現実の境に少しだけ足を掛けた様な気分だ。

 

 

しかしこうしている間にもどんどん冷えて来ているので、足早に街道に下りて道の駅へ。まさにオアシスのような存在。

ひと息吐いた我々は、道の駅に来るとだいたい食べているわさびソフトを発注。どれだけ外が寒くても、これだけは止められない。

 

 

今日は暖かいチャイをポットに詰めて持参しているので、どれだけ冷たいものを食べても心配要らない。

 

 

 

子供と女子高生は冬でもアイスクリームを食べるという言説は俺が子供の頃からあるが、時代は進み今では誰でも冬でもアイスクリームを食べている気がする。当然俺も食べる。

暖かい建物に入り、冷たいアイスクリームを食べながら、冷えて来たら暖かい飲み物を飲むという行為がとても大好きだ。恐らく、読者諸氏の大部分もそうだろう。

 

目抜き通りに立ち並ぶ家と家の間に、ただ歩いているだけでは気付かずに通り過ぎてしまうような細い道が延びている。その先には狭い階段があり、街の高台に歩いて上れるようだ。

 

 

地元の住人でさえ、この階段を通る人はそう多くないだろう。芝と土に緩やかに覆われつつある階段は、今日も人知れずこの場所を訪れる人間を高い場所に導いている。

 

 

階段の途中の藪の中に、今も確かに人々がこの道を行き交っている証が眠っていた。

 

 

階段を上り切ると視界が開け、眼下に宮守の街や、遠く迷岡方面が見晴らせる。

空は厚い雲に覆われ始め、今にも雪が降り出しそうだ。この景色も明日には真っ白になっているだろう。

 

 

 

 

 

街の一番高い場所には小学校がある。校門というような校門はなく、休みの日には誰でも自由に校庭に入ることが出来る。

校庭の入り口から街に下りる坂道がある。登下校する子供たちはだいたいはこちらの道を通っているのだろう。

 

 

小学校は街の高台の更に土手の上にあり、一番良い景色が眺められそうだ。

 

 

 

校庭には流石に今日は誰も居ない……かと思いきや、子供が何人か来て野球をやっていた。

 

 

 

以前は都会の小学校でも、休日には自由に校庭に入って遊ぶことが出来ていた。何時の頃からか物騒な事件もあったりで、そのようなことは出来なくなってしまった。しかしまあ、では昭和の時代は平和だったかというとそれはそれでアバウトな時代だっただけだという気もするので、時代の流れだと思えば仕方ないことなのかも知れない。

 

空は薄曇りだが青空も見え、時折明るい太陽の光が地上まで届いていた。我々は懐かしい宮守の街の散策へ向かった。

 

 

 

 

 

 

目抜き通りは釜石街道よりも高台にあり、街の至るところから街道を見下ろせる。かつては宮守の街を抜けて行く道がメインの道だったのだろうが……。

 

 

 

街には酒屋や電器屋、衣料品店など、生活に必要な店がひととおり揃っている。そんな生活の合間に、昔からこの場所にあるのであろう古い建物が混在している。

 

 

街外れに一軒の食堂跡がある。看板には「御食事 出前迅速の店 たも乃木屋」と書かれている。もう営業を終えてからかなりの年月が経っていそうだ。

この建物が一時期、150万円で売りに出されているという情報が市の空き家バンクに登録されていた。かなり本気で購入するか迷っていたのだが、そのうちに売れてしまったのか情報が抹消されてしまった。かわいいブタの宮守移住計画は幻に終わった訳だが、今この建物はどうなっているのだろうか。

 

 

 

この先へ行くと街を出るだけなので、このあたりで引き返すことにした。

 

 

 

 

 

宮守の街にはまだ目抜き通りよりも高い場所があるので、今度は其処に行って見る。