真・遠野物語2

真・遠野物語2

この街で過ごす時間は、間違いなく幸せだった。

夜が更けても一向に雪は降り止まないが、我々は駅前に一台だけ屯していたタクシーを確保し、宿に帰り着いた。

 

 

荷解きをし、炬燵に入って寛ぐ筆者の姿が部屋の中にはあった。

 

 

夏ならばシャワー付きの部屋でも良いが、流石に厳冬期となると風呂に入って暖まりたい。

湯船に湯が溜まるのをワクワクしながら待った。

 

 

風呂を済ませたら、後は寝るだけ。暖かい布団に入り、嵐のような一日(直喩)が終わった。

 

 

このままこの話を終えても良いが、ちょっと短いので、宮守の街で買った土産を紹介。

先ずは純米酒の「めがねばし」。重めの飲み口で、肉料理等に合いそうだ。

 

 

そして、宮守地域の名所の名前が付いた銘菓の数々。屏風岩、飛竜、うまんじゅう(=寺沢高原の馬)……それぞれの場所に足を運んだ思い出も蘇って来る。

 

 

旅先の名物をいただくのも、旅の楽しい目的のひとつだ。

 

 

さて明日は晴れるのかどうなのか、夜明けが楽しみだ。

 

食事は駅前のDeんへ。

 


Deんはお通しが極めて上質。お通しだけでこの店に来た値打ちがあると言っても過言ではない。

 

 

 

いつものカウンター席へ。ボスや店に立つ皆と喋りながらいただく酒と食事が美味い。

 

 

理想の唐揚げに加え、今日は最近すっかり遠野の名産としての地位を確立しつつあるパドロンのフリッター、沿岸から入荷した海宝漬け等がカウンターに並ぶ。ボスはその日入荷した食材で料理を作ってくれるので、ボスに会えば遠野の旬も把握出来る。

 

 

 

野菜も食べないと栄養が偏るので、ジンギスカンの野菜炒めも発注。甘辛のたれが食欲を増進し、幾らでも野菜がおなかに入る。

 

 

締めにボスのおむすびも発注。以前の俺ならばひとりで2個くらい平らげていたが……。

このおむすびには独り身の頃の思い出もあり、俺の中では仮におむすびに理想のかたちがあるとするならば、最もその理想に近いおむすびなのだ。

 

 

思い出と共におむすびを平らげ、ボスに別れを告げて店を出た。

外の吹雪は益々強くなり、遠野の夜は真っ白に更けて行った。

 

そうこうしているうちに雪はどんどん強くなる。数十分ですっかり街は雪に埋もれ、我々もじっと立っていればすぐに雪の塊と同化してしまうだろう。

 

 

吹雪に逆らい、何とか宮守駅に辿り着いた。

 

 

 

すぐに釜石行きの汽車が来る筈の時間だったが、其処は風が吹けば止まってしまう釜石線……案の定一時間近く遅れていた。

遠野まで向かえるだけ有り難いと思い、待合室で茶でも飲みながらゆっくり待つことにした。

 

 

 

 

 

 

その間、客は誰も宮守駅に来なかった。

雪が降ると、周囲の音を吸い取ってしまうかの如く、本当に静かになる。人の足音も声もせず、闇に駅の灯りだけが浮かぶ無音の夜に、永遠に此処に居ても良いのではないかと思えてしまう。しかしそんな沈黙の夜を引き裂くように、遅れていた汽車がけたたましい汽笛の音を響かせ、漸く宮守駅に到着した。

 

 

先程まで「永遠に此処に居ても良い」等と言っていたのに、汽車が走り出すと安心してしまうものだ。暖かい車内で席に座り、雪に埋まって行く宮守の街を眺めながら旅を続ける。

 

 

やっと遠野駅に辿り着いたところ、雪の勢いは留まるところを知らず、ひと晩かけて街を飲み込まんばかりの様相を呈していた。

 

 

本来であればもっと早くに到着し、宿に荷物を置いてから食事に繰り出す予定だったが、こんな天候ではどうしようもないので、宿に連絡して先に食事を済ませることにした。

 

雪はどんどん強くなる。道の駅の建物ももう霞んでしまい、看板や街灯の光だけが吹雪の中に浮かんでいる。

 

 

めがね橋に一度別れを告げ、丘の上の目抜き通りへ。

 

 

 

 

こちらにももうたっぷりと雪が積もっている。真新しい積雪の上に、車の轍や人の足跡が残されているが、その上にもさらに新しい雪が積もり始めている。この足跡も夜半には消えるだろう。

 

 

 

我々はもう一度線路の脇を抜け、めがね橋をフラットに眺めることが出来る崖の上へ。此処も当然、急速に積もる雪に埋もれようとしている。

 

 

 

めがね橋を照らすライトが雪にまで反射し、中空に青や橙、緑の光の筋が出来ている。吹雪と夜の闇に閉ざされた空に、一瞬だけ鮮やかな虹が架ったようだ。

 

 

 

 

やがてこの吹雪さえも切り裂くように、強烈な光が差し、そして我々を現実に引き戻す存在がすぐ目の前を駆け抜けて行った。

 

 

 

 

 

闇に浮かぶ光に絆される我々を覚醒させる鉄の車輪の音で、我々も帰らなければならない時間が近付いたことに気付く。

 

建物の中でゆったりと過ごしているうちに、外では何時の間にか雪が降り始めていた。天気は一気に変わり、ものの数十分のうちに吹雪になっていた。

 

 

我々はめがね橋のライトアップが見たくて日が暮れるのを待っていたのだが、橋を照らすライトが雪にも反射し、写真で見てもかなりの雪が降っていることがわかる。

冬の遠野らしく、瞬きをする毎に天気が移り変わって行くようだ。

 

 

 

 

 

17時台の汽車が宮守駅を発ち、向かい風に抵抗して遠野へ走って行く。吹雪の中でも、旅人は文明の利器のおかげで安心して旅が出来るようになった。そしてそれを川面から見守る我々とのコントラストによって、どうしようもないノスタルジイに満たされる。

 

 

 

汽車が行ってしまえば、川の流れる音さえも雪に吸収されてしまったかのように、周囲は静寂に包まれる。時折、街道を走る車の音が遠くに聞こえ、後方に流れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我々は雪が積もりつつある斜面をよじ登り、街道に上る。駅に向かって歩きながら、もう少しめがね橋の姿を堪能したい。