ただより高いものはないといいますが、先人の教訓は正しいです。

でもそれにもめげずその話に乗ってしまう自分がいたのであります。

どんな旅行になったのでしょうか。




無料日帰り旅行

伊豆・修禅寺


 川崎 山本食品三島わさび工場

  → 修禅寺 伊豆の国パノラマパーク

 → 沼津味工房 ビーナス宝石

→ 川崎




庭のもぐら-修禅寺の扁額   庭のもぐら-修禅寺本堂前のハス

 伊豆修禅寺本堂の扁額          本堂前のハスの花









2013年 8月 27日(火)







出発

 イトーヨーカドーの「無料日帰り旅行」に応募したら見事に当選したというので、それに5800円を支払って同行することになった。旅行の希望日をいうと8月27日(火)だというので、その日を空けることにした。

集合は川崎駅東口に6時50分、バスは7時00分に出発するというので、6時31分の電車に乗ることにした。日帰りなので持つ物もほとんどなく、水と若干のお菓子だけだ。念のためカサの準備だけはしておいたのだが。

当日の朝、いつも通りに起床すると、外は雨が降ったようで濡れている。しかし空は既に晴れていて今日も暑くなりそうだ。バナナを一本食べて家を出たのは6時15分だった。

駅には早めに着いてしまったので、21分の電車に乗ることが出来、川崎に着いたのは24分。トイレを済ませて集合場所に着いたのは40分。既にバスが停まっていて、「ホリデー」と書いた緑の旗と名簿と袋を持った添乗員さんが待っていた。

そこで、名前をチェックしてもらい、2人目の料金5800円を払うと「座席は入口側7列目です。出発しますと1時間30分はノンストップですので、トイレを済ませておいて下さい」といわれて乗車をした。

そのうち50分になったがまだ全員が集合していない。

55分になった。既に30名以上乗車しているが、その中には朝の食事をしている人もちらほら見える。そのうち7時になったが、バスは出発しない。すると添乗員さんがマイクで「すみませんが、まだ2名の方がいらっしゃっていませんので、5分ほど待ちたいと思います。」とのことだった。その2人は7時05分に到着し一番前の座席に座って、全員集合完了。ようやくバスは7時06分に出発した。

添乗員朝の挨拶

庭のもぐら-添乗員の廣岡さん  庭のもぐら-宮浦観光バス

添乗員の廣岡さん        この日のバスは宮浦観光 

 「皆さんおはようございます。本日はホリデーツアーをご利用頂きましたありがとうございます。本日添乗させて頂きます私は“廣岡由美子”と申します。また本日一日バスを運転して下さいますドライバーは宮浦観光の北野さんです。よろしくお願いします。」

この後、シートベルト、車内禁煙、座席のリクライニングはしないように、車内で出たゴミは途中で処理して車内清掃に協力してほしい、といった諸注意を受けるのはいつものことだ。その間バスは少し南下して左折し、横羽高速に向かっていく。

「今回の旅行は39名様の参加となっております。早速ですが、本日の予定の変更をお知らせします。最初に行く予定でしたビーナス宝石を最後にいたします。バスは最初に三島のわさび工場へ行き20分間過ごします。そこへの到着は10時頃を予定していますので、途中でトイレ休憩をとります。20分ほど走って修禅寺に行きます。そこの観光時間は50分を予定しています。その後パノラマパークへ移動しますが、そこには100分を予定し、昼食を取ります。その後、味工房に20分、ビーナス宝石に90分の時間を予定し、6時30分に川崎に戻ってくるように考えています。」と話している間にバスは、7時15分に高速道路横羽線に入っていった。宝石屋に90分?なぜ観光旅行に宝石屋なんだ??


スタートしてすぐに、「エッ!何で!」ということに直面したのですが、一日楽しく過ごしてくればいいかと、気持ちを切り替えたのです。

何度も言うようですが、今度の旅行はお天気に恵まれませんでした。だから、この時期は旅行会社も安いツアーを組んでいるのでしょう。文句は言えません。お天気は運ですから。


ロビーで雑談

 暇になったのでホテルのフロント係の青年と四方山話を始めた。「どこで日本語を習ったの?」「こちらで日本語を勉強していたのですが、チャンスがあったので日本の“吉備国際大学”に行って勉強してきました。」「何もないところだよね」「そうです。何もなくて、アルバイトも結構離れたところまで行かないと出来ませんでした。」「このホテルのそばにはきれいなお姉さんがいるけど・・・」「そうなんです。以前はもっと大規模で今より2倍以上もありました。ソウル市やこの辺りの人たちが、町をきれいにしようと運動をしているので現在の規模になっているのです。しかし一遍になくすことも出来ないのです。なぜならこの商売で生活している人が結構いますから、追い出してしまうとその人達は生活が出来なくなってしまうのです。もし追い出すとすれば結構な補償金を払わなければなりません。でも徐々にですがその規模が小さくなっていることは確かです。」「若い人の就職は大変なんでしょう」「そうですね。僕は、日本から帰ってきて、最初ホテルに勤めたのですが嫌になって辞めてしまったんです。でも他に仕事がなくて、又このホテルに勤めることになりました。日本語が話せたからです。でも帰国すると日本語を話す機会が減りますからずいぶん話せなくなりました。」

等と宿泊客が来る合間に話しをしたのだが、彼は久しぶりに日本語を連続して使ったので勉強になったことだろうと勝手に思っている。

金浦空港へ
庭のもぐら-搭乗  36番ゲート 20分遅れの搭乗開始
 ホテルの隣がパン屋さんだったので、夕食代わりにパンを買って待っていると、3時30分頃に添乗員のソさんが迎えに来たので荷物を積み込み、ホテルをあとにした。36分。

どの道を走ったか分からないが、4時17分に明洞の「世宗ホテル」で4人を、4時30分に同じく明洞の「ナインツリーホテル明洞」で2人を拾って4時57分に「金剛山・祐昌」というお土産店に立ち寄った。ここで最後のウォンをはき出させるのだが、誰も興味を示さない。2人の同行者と、どこへ行ってきたかの話しをしている間に時間が来たので5時12分に出発。50分に漢江を渡り、江南を走っていくと間もなく、金浦空港の管制塔が見えてきた。間もなく6時になろうとしている。

出発ロビーに入って、アシアナ航空のカウンターでチケットをもらいスーツケースを預けると21kgもあった。追加料金かなと思ったら、サービスしますとお姉さんが言ってくれる。こういう時のお姉さんはとっても美人に見えるから不思議だ。ここでソさんと別れ、2階へ上がって手荷物検査をしたが、ベルトまで取ったのにピーピーと機械がなるではないか。何でだろう?再検査は問題なし。出国審査でパスポートにスタンプを押してもらい36番ゲートに向かった。

チケットにはOZ1085便 36番ゲート 41FG席 7:30搭乗開始となっている。あと1時間待たねばならない。その間にホテルで買ってきたパンを食べて一段落。

ところが7時30分になっても搭乗開始にならない。そのうち「飛行機の到着が遅れているので、搭乗開始時刻は追って連絡する」と何度も放送が入り始めた。“まったく・・・”と思っていると、7時49分にようやく搭乗が開始になり、56分に席に着くことが出来た。

離陸

 飛行機も急いでいるのだろう。8時10分にはスポットを離れ、21分には35秒の滑走で離陸をした。3分後には梅雨末期の梅雨前線の雲に突入したので、ソウルの夜景はほとんど見ることができない。

庭のもぐら-帰りの機内食  食べるのがちょっと忙しい機内食

早いもので46分になったら機内食と飲み物が同時に配られ始めた。
メニューは①牛肉と野菜のピリ辛風弁当、②野菜サラダ、③パン、④デザート(ケーキ)、⑤水、⑥ビールMax 350cc

ビールは飲み慣れた味で無難なところだ。もちろんラガータイプ。お弁当は今日初めてのご飯だったので味も良く美味しく、9時10分に完食。

モニターを見るとそろそろ能登半島にかかるところだ。既に夜の闇なので地上の明かりが見えるがどの辺りなのかが分からない。東京湾の北側から進入し、千葉県上空でユーターンをして羽田へ向かっていった。

着陸・帰宅

 10時05分ドスンと着陸。この前の事故があったから進入スピードを速めにしているのかもしれない。

ところが、10時17分にスポットでないところに飛行機が止まってしまった。まさかタラップとバスじゃないだろうな。と思っていたらそうなってしまった。29分にバスで国際線のビルへ移動し検疫、入国審査を終わってスーツケースを受け取りに行ったらなかなか出てこない。我々の前がハワイ便だったので、金浦便は後回しにされたようだ。46分にようやくスーツケースが出てきて税関通過。今回は全くついていない羽田空港だ。

そのため、家に着いたのは11時35分になっていた。

塩辛をそのままにしておくことは出来ないので、夜中に荷物を解体して、冷蔵庫に詰め込みベッドに潜り込んだ時は日付が変わっていた。でも身体が疲れて興奮しているために寝付けそうにない。おまけに蒸し暑いし。この疲労感が取れるのにあと何日かかることだろう。


これで、今回の行き当たりばったりの韓国旅行は終わりです。

いよいよ手持ちのファイルも後1つになってしまいました。

このブログもそれが終わるとしばらく休憩になるでしょう。

雨もほとんどやんできたので、忠武カルグックスからの帰り道はのんびりしたものでした。

戻る途中の忠武路を西に進むとすぐに「ミョンドン聖堂」につくのです。


再び中部市場

庭のもぐら-中部市場のイシモチ通り  韓国では高価な乾燥イシモチ屋さん

 カルグックス屋さんで名刺をもらってから、マシッソヨと挨拶をして、中部市場に戻ってきた。途中、ソウルタワーが背後に見え中区役所を見てから忠武路を横断して脇道から市場に入ってきた。この市場は全体に素材を商っているお店がほとんどなので、一般の観光客が入ってくることはほとんどないようだ。だから売られている品々は地元の人たちや商店が日常消費するものばかりだ。印刷工場の通り、イシモチ専門の通り、山菜専門の通り、干し魚専門の通りといった具合だ。家具材料専門の通りもある。

庭のもぐら-塩辛屋さんのある通り  お客がいる塩辛屋さんの綠饍物産」

そのような通りを見ながら1時頃に塩辛屋さんの見えるところに戻ってくると、塩辛屋さんには5~6人の日本人とおぼしきお客さんが来ている。するとアジュマが御主人を手招きしていたので、御主人は我々を近所の乾燥豆屋さんに預けて自分のお店に帰ってしまった。暫くの間、そのお店の方と日本語で話しをしていたのだが、いっこうに迎えに来ない。店の外に出ると誰もいないので、豆屋さんに挨拶をして塩辛屋に戻ってみると、ご主人はそこにいなかった。アジュマにご主人は?と聞くと、お客を案内してどこかへ行ってしまったという。

しょうがないご主人だ。胸に「仕事人」とプリントした赤いTシャツを着ていたのに、あまりに忙しくて我々を忘れてしまったようだ。善意に考えましょう。

1時10分になっていたので、注文してあった塩辛7kgを頂き、代金118000ウォンと先ほどのカルグックス代12000ウォンの計13万ウォンを払い、記念写真を撮った。また来ますと約束して名刺を何枚か頂き、ずしりと重くなったデイバックを背負って塩辛屋さんを出発した。

名刺によれば、このお店の正式名は「綠饍物産」(녹선물산・ノkッソンムルサン)、ご主人の名前は김순식キムスンシク)さん、アジュマは이정숙ジョンスク)さんと言うのかもしれない。店の住所は、ソウル市中区乙支路5街270-8号となっていた。

もちろん塩辛をおまけしてくれていたのは言うまでもない。

ホテルに戻る

 小雨が降る中、中部市場を出発し地下鉄2号線の「乙支路4街」駅に向かいエレベーターの所に行くと紙が貼ってある。ちょうどハルモニが来たので、紙を指さして手で×のゼスチャーをしたら頷いた。エレベーターは動いていなかったのだ。重いバックを背負って階段を下りなければならない。そして2号線、1号線と乗り継いでいかなければならない。

とにかく、1時56分に「清涼里」駅に到着し、Tカードの残高を確認したら3250ウォンになっていた。今回の旅行で地下鉄・電車に乗った料金は合計で8350ウォンだったのだ。日本円にしてザッと750円といったところだろうか。

2時頃にホテルに着き、今買ってきた塩辛7kgをスーツケースに詰めなければならない。目分量で、20kg程度に調整をして残りはデイバックなどに詰め込み、お迎えの車がくるのを待つことにした。雨の中を歩いてきたので疲れが倍増している。近くのロッテマートなどに行ってもいいのだがとてもその元気がないので、そのままホテルのロビーにある椅子に座って時間をつぶすことにした。


7kgの塩辛を背負っての帰りは、ちょっと肩の負担が大きいものがありました。

それにしてもですが、韓国の人はなぜか「イシモチ」という魚を珍重します。

先日も、イシモチの人工ふ化に成功したということが大きなニュースになっているくらいです。

友人に紹介されて、中部市場の塩辛屋さんのファンになりました。

このお店のイカの塩辛とタラコの塩辛は、安くてとても美味しいのでお勧めです。

でも美味しいので塩分取りすぎになるかもしれませんからご注意下さい。


中部市場

 10時22分に高麗大学を出発し、雨降る中を駅へ向かった。46分に「高麗大」駅に着き、54分発の電車に乗って「新堂」駅へ向かった。11時11分に「新堂」駅に着き2号線へ乗り換えることになるのだが、ここの乗り換えが又時間がかかる。18分にようやく2号線のホームにたどり着いたら電車が目の前を出発したところだ。全く踏んだり蹴ったりとはこのことだ。次の電車は24分発で、「乙支路4街」駅に着いたのは27分だった。乗っている時間より乗り換えの方に時間がかかるのだ。

7番口のエレベーターで地上に出ると、雨はほとんどやみ、中部市場の2番口から入っていった。そこは海産乾物のお店なのでもう一つ隣の通りに行き、11時47分にめざす塩辛屋さんにたどり着いた。そこの正式名は綠饍物産」という。「りょくぜんぶっさん」と読むのだろうか。ハングルでは「녹선물산」と書き「ノkツソンムルサン」と読むらしい。

ここのアジュマは昨年来たことを覚えていたようで、今、高麗大学から来たといったら、「この前は延世大に行きましたね」と片言の日本語で話してくれた。記憶のいいアジュマだ。ここへ来た目的は塩辛を買うことだったので、いかの塩辛4kgとクズタラコの塩辛3kgを日本へ運べるように1kgずつにパッキングしてもらった。するとエゴマの葉の塩辛もサービスすると言って勝手に詰めてくれた

そして、「この辺りにカルグックスのお店はありませんか」と聞くと、ご主人が出てきて案内をするという。お言葉に甘えて、後に付いていった。中部市場を南西に出るとそこには明洞聖堂へ続く忠武路との交差点があった。そこを西に20m進んだお店に案内してくれたが本日休業。そこで交差点を南に下り“中区役所”の前を通って「忠武カルグックス」というお店に案内してくれた。あとで、コネストというサイトの地図で調べるとそのお店の位置が載っていた。12時11分。

忠武カルグックス

庭のもぐら-忠武カルグックス店  庭のもぐら-忠武カルグックス

「忠武カルグックス」の店頭  美味しいカルグックスと辛いキムチ 

 このお店は表通りから一つ中に入った通りに面しているので分かりにくい。
もらった名刺には、「충무칼국수」と書いてあった。昼時とあってお店には、地元の人が40~50人くらいも入って満席状態。外に数名が並んでいる。塩辛屋さんのご主人が店の人に、日本から来た人でカルグックスを食べに来た。というようなことを話しているようだ。しばし待つうちに席が空いて名物のカルグックスを注文するとすぐにとっても熱い状態で運ばれてきた。その間も外には席待ちの人がいてお店は大繁盛だ。

熱すぎて、入れ物から直接は食べられないので、取り皿に移し、さましながら食べ始めた。定番の白菜キムチは自由に食べてもいいのだが、辛くてとても食べられない。カルグックスの汁は牛骨の薄味だがちょっと辛味が付けてある。カボチャなどの野菜が入っていて甘い味もするので人気があるのだろう。もちろん麺の量はとても多く満腹になってしまった。値段は1杯6000ウォンで代金を払おうとしたら塩辛屋さんのご主人が先に払ってしまった。12時34分に完食。


「忠武カルグックス」というお店のカルグックスはとてもマシッソヨです。

マシッソヨでなければ地元の人はきませんしね。

ただ、ここで食べるとき、キムチには十分ご注意です。

韓国・日本で経験したキムチのうちで一番辛く、さすがの私でも食べられませんでした。

地元の人はお代わりをしていましたから、恐るべしです。

何しろ雨が・・・・。梅雨だからしょうがないのですが、13日の土曜日はとどめを刺すような雨になってしまいました。


ロッテマート

 「清涼里」駅に着くとTカードの残量が少ないので、5000ウォンをチャージしたら、6400ウォンになった。6時34分に部屋に荷物を置き、夕食の買い物をするためにロッテマートへ出かけた。

庭のもぐら-レモン牛乳  韓国へ行ったらバナナ牛乳

牛乳、ヨーグルト4つ、バナナ牛乳、サンドウィッチ3つ(1300ウォン×3)、チャミソル(1080ウォン)コチュジャン2つ(1000ウォン×2)合計10110ウォン

を買ってロッテマートを出たのが7時28分。ところが外へ出ると雨が強くなっていて傘の花だ。こういう時に限って傘を持ってきていない。ビルの軒下を伝ってようやく7時38分にホテルに戻ってきた。

ホテル
 今日買ってきたものなどを取り出して確認をし、シャワーを浴びてから簡単な夕食を始めた。いまだに昨日の全州ビビンバの影響が残っているので、牛乳やヨーグルトなどで油分の少ない、トウガラシなどの刺激物の少ないものを食べることにしているのだ。チャミソルは350cc20度なので日本酒よりも少し強い程度の焼酎ということになる。しかし日本の焼酎よりも刺激が強くないので飲みやすい感じだ。

食事をしながら、明日はどうするか考えることにした。

今日は徳寿宮に行く予定であったが、京義線での待ち時間などで行けなくなってしまったので、その代わりを廣藏市場にしたのだ。そこで明日は朝、スーツケースをホテルのカウンターに預け、最初に1号線で「市庁」駅へ行きお粥を食べる。徳寿宮へ行って見学する。高麗大学へ行く。中部市場へ行く。ホテルへ戻る。というちょっときつめの予定を立てた。

もし無理ならどこかを割愛すればよいのだから。ということで寝ることにした。

7月13日(土)


 それは夜中のことであった。雨音がするがどのくらい降っているのかは分からない。

明日はやんでくれるといいのだが、と願いながら夢の中に入っていった。

朝6時頃には目が覚めた。窓から外を見るとあまり雨が降っていない感じがするので、予定通り徳寿宮に行くことにして、スーツケースに荷物を詰め込んだ。昨日のサンドウィッチや牛乳、ヨーグルトを食べてからロビーへ降りていった。スーツケースを預けて振り返ると外は雨がたくさん降っている。フロントの人に聞くと、「昨夜のソウルは220mmも降ったそうで、不通になった道路もあったようです。今日も100mm降るそうです。」と言うではないか。ホテルのドアを出てからしばし茫然とし、「徳寿宮へ行くのは辞めて、高麗大学と中部市場だけにしよう。」と計画を変更して8時35分に出発した。

高麗大学

庭のもぐら-高麗大学横門  庭のもぐら-高麗大学自習室

地下鉄高麗大駅そばの脇門   地下にある自習室の入口ゲート

庭のもぐら-学生会館の雨漏り  地下の新しい学生会館だが、雨漏り

 1号線「清涼里」駅の6番口に行くのは定番になった。8時50分発の電車で「東廟」駅へ行き、複雑な乗り換え通路を経て9時00分に6号線のホームにたどり着いた。

実に蒸し暑い。やがて来た電車に乗り9時10分に「高麗大」駅に着いた。1番口にエスカレーターがあるのでそこから外に出るとそこは高麗大学の横門だった。雨がだんだん強くなるので正門へ行くことよりも学生会館を探すことにして、警備員の人にブックストアーはどこですかと聞くともう少し先だという。いわれた道を歩いていくと、地下へ降りる階段があり、西江大学と同じように学生会館は地下構造になっていた。9時30分。

ところが、中に入ったところのロビーは雨漏りがしていてバケツがいくつか置いてある。

椅子に座って周りを見ると、「マルキシズム」と書いたポスターが貼られていた。シンポジウムでも行うのだろうか。韓国でこのようなポスターを見るとは思わなかった。

少し進むと左右に幅が広い長い廊下がありその左右に様々な施設が配置されていた。左手へ進むと廊下の両側に学生の自習室が4つあり、IDカードがないと入れないようになっていた。覗いてみると定員130名のものが2つ、160名のものが2つと580名分が用意されている。それ以外にも特別自習室があり、図書館は別の建物になっていた。ロッカー室なども別に完備されている。さらに進んでいくと学食や文房具・本屋があり記念に高麗大学のTシャツを10000ウォンで購入。店員さんは日本語が話せるので全く問題なし。そこを出て戻ろうとすると、ロビーの所に高校生とおぼしき一団がここの学生に案内されて入ってきた。別の建物への通路を入っていったのでそちらにも行ってみると、そこの天井からも雨漏りがしていてバケツやたくさんの雑巾が置かれている。一体どういう工事をしたのだろうか。


一番の驚きは、韓国の大学にあった”マルキシズム”のポスターです。

はじめの予定をクルクル変えて、西江大学の後は廣藏市場に行くことにしました。


地下鉄6号線・1号線

 雨に濡れた石畳の急坂を注意深く下り、右手の緩い坂を登ってから少し下るとそこに「大興」駅があった。長い階段を下り、エスカレーターで下り、エレベーターで下りるとそこがホームでちょうど電車が発車したばかりだった。数分待ってから4時36分発の電車に乗り、「東廟」駅へ向かった。「三角地」、「ノクサピョン」、「梨泰院」、「薬水」といった懐かしい駅を通過して4時54分に「東廟」駅に着き、1号線に乗り換えて「鐘路5街」駅へ行くことにした。「東廟」駅で階段を上がってから、連絡通路を110m(と書いてある)歩いて、エレベーターで降りると1号線のホームに着いたが、ちょうど電車が目の前を走り始めていた。しかし5時04分発の電車に乗り5時10分に「鐘路5街」駅に着いた。

8番口にエレベーターがあるのでその数字を追っていくことにした。エレベーターで上の階に上がり、トイレを探して90m歩き、再びエレベーターで上がり5時19分に地上へ出ることが出来た。

廣藏市場(カンジャンシジャン)
庭のもぐら-廣藏市場 中央通路  庭のもぐら-廣藏市場 屋台のアジュマ
廣藏市場の中央通路      屋台のアジュマ 
庭のもぐら-廣藏市場  廣藏市場の看板

 時刻も夕方に近くなっていたので、廣藏市場の明かりが目の前に見え、人々のざわめきが聞こえてくる。5時20分に廣藏市場に入った。上を見るとアーケードになっているので雨を心配しなくても良い。そこにこの市場の人気があるのだろう。幅の広い通路が東西と南北に何本か通り、その間を狭い路地が無数に通っている。自分の位置が分からなくなったら、真っ直ぐ歩いて一度外に出るのがよいだろう。南側に真っ直ぐ歩いていくと5分もかからずに、必ず「清渓川」にたどり着く。幅の広い通路の中央にはアジュマが大きな声を張り上げている屋台が軒を接して並んでいる。これら屋台には必ず青いプレートが掲げられていて、それが営業許可証となっているようだ。食べ物を売る屋台には長椅子と机が置かれ、そこの料理を肴にチャミソルやマッコリを傾け、仕事帰りのアジョッシやネクタイ・ワイシャツのオッパ、ハイヒールのオンニが話しに熱中している。その脇を通りかかると、「マシッソヨ」「美味しいよ」と何人ものアジュマがこちらを手招きする。売られているものを見るとキンパ、果物、日本のお菓子、野菜、高麗人参、乾燥野菜、キノコ、魚、干物、肉、テビチ、チュラガ、スンデ、チヂミ、グックス等多種多彩だ。大きな通路の交差点では、石臼で豆をひき、それを多めの油でチヂミのように焼いて売っている。これはなかなか人気があるようでたくさんの人が集まっている。どうせ見るならと脇道も歩いてみたが、繊維関係の区域はあまり人がいない。5時30分頃だったので店じまいをしているところも何軒かあり、裏路地にはいるとシャッター通りになっていて空の屋台の台車がずらっと並んでいた。中心部の喧噪とはあまりの違いだ。

工芸品や靴や鞄、化粧品、寝具などを売っている区域・商店も客はほとんどいない。最もこのころはお腹が空いているから食べ物屋台が主役となって繁盛する時間なのだろう。細巻きキンパが8本で2500ウォンというのが目についた。

40分以上「廣藏市場」の中を歩いてから、「鐘路5街」駅に戻り、6時10分の電車に乗って「清涼里」駅に着いたのは6時23分だった。


ソウルには、たくさんの市場があります。カンジャンシジャンもその一つですが、そこではたくさんのアジュマが元気に声を張り上げています。韓国は女性で成り立っているのでは中と思わされてしまいます。

機会があったら、他の市場にも行ってみようかと思っています。

京義線の現在の終点ムンサン駅からソウルに戻ってきました。次の訪問地は「梨花女子大」と「西江大学」です。


梨花女子大学

庭のもぐら-梨花女子大学正門  庭のもぐら-梨花女子大学学生会館

梨花女子大学正門       学生会館   

庭のもぐら-梨花女子大学学食  学生食堂

 「新村」駅の北側に昨年訪れた延世大学が、その東側に梨花女子大学が並んでいる。駅を降り2番口に出るところを、南側の1番口に出てしまった。雨が少し強く降りだし、道路にはあちこちに水たまりが出来ている。周辺には大学の雰囲気は何もない。そこで近くにいた人に「イファテハッキョ」と聞いたら左方向を指さしてくれたのでそちらに進んでいった。100mほど歩いて左に曲がると、正面に梨花女子大学の正門が見えている。校内に入って、案内図を見ると学生会館の位置が分からない。それらしい名前の建物が目の前の丘の向こう側にあるようだ。見ると、長―――い登りの坂道が丘の上の林の中に続いている。
途方に暮れて歩き始めると、目の前に幅が約40m、長さ約150m、最深部が約20mもの溝が現れた。最深部への長い坂道を降り切ると今度は長い登り階段になっている。この巨大な溝の左右には巨大な地下建築物があり、様々な施設が設置されていた。これが梨花女子大学の新しい学生会館なのだ。中にはヒュンダイの大きなロゴが貼り付けてあったのは寄付なのだろうか。中に入ってみたが何がどこにあるのか分からない。ガランとしている感じなのだ。1時29分に、ようやく学生食堂を探して冷麺5500ウォンを注文した。あまり美味しくなく、値段も高い感じだが1時50分に完食。

学食を出て隣を見るとそこには文房具・本屋があった。安いものを見るとメイドインチャイナ。梨花女子大的な可愛い感じのノートを10冊8000ウォンで購入し2時20分に本屋を出発した。

校内を歩いている女子学生は、服装やファッションなどをお互いに競っている感じがしてならない。それが女子大の宿命なのだろうか。又高校生も大学見学に来ているのだろうかちらほら見える。傘を差して正門から出て、真っ直ぐに銀杏並木の登り坂を歩いていくと道の左右には女性のファッション向けの服、化粧品、バック、履き物、洒落たコーヒーショップなどのテナントが軒を並べている。その中で歩道の屋台でトッポギを食べている女子大生を見て少し安心。やはり女子大はお金がかかるようだ。

坂を200mほど登ってから下ると地下鉄の「梨大」駅。ホームへ降りようと改札口でTカードをタッチするとエラー表示。係の人に来てもらうと脇から入っていいという??

2時55分の電車に乗り、隣の「新村」駅へ。「新村」駅の改札では0ウォンと表示されたが本当に無料なのだろうか?7番口のエスカレーターで地上に出て西江大学へ向かうことにした。

西江大学

庭のもぐら-西江大学正門  西江大学正門

 駅から南に向かっていく道は、急な登り坂で200mも歩かなければならない。登り切って100mほど下っていくと左手に西江大学の正門があった。何で韓国の大学はこんな急坂の傾斜地に建っているんだ。

案内図があったので見ると右前方に学生会館がある。そこに通りかかった学生に、“ブックストアはどこか”と聞くと、案内図の緑の部分を指さすではないか。“グラウンドではないか”と聞くと、そこにブックストアがあるというので、図の通りにそこへ行ってみることにした。以前の学生会館は老朽化したようで今では学食しか置いてないそうだ。少しきつい登り坂を200m以上も歩くと今度は滑り落ちそうな急な下り坂になり、降りたところにサッカー場があった。どこを見渡しても本屋さんらしきものは見えない。グランドの脇を歩いていくとポツンと小さな建物が建っている。入るとエレベーターがあり、その地下に施設が作られているようだ。地下2階と3階は駐車場で地下1階に結婚式場と倉庫のような空間があり、その右手に本屋がひっそりとあった。構造的には梨花女子大と同じだ。ここに来た目的はハングルのテキストを買うことなので、店員さんに“ハングルテキストブックフォアジャパニーズ”と聞くと案内され、本は、レベル1A、1Bからレベル4まで8つに分かれ、教科書と問題集のセットになっていること、レベル5以上は別の建物にあることを教えてくれた。カムサムニダ。

良く吟味してレベル2A、2B、3Aを買うことに決定した。大学なので、26000ウォンが22100に、23000が19550に値引きされ、定価の合計75000ウォンのところが63750になった。レジの店員さんに東大門の方に戻りたいと地図を示したら、裏門から出て6号線の「大興」(テフン)駅から行くのがよいと教えてくれた。お礼を言って、4時15分に本屋を出発し、ノート10冊とハングルの本6冊を背負って裏門を出た。


ずっと小雨が降っている中を、駅から大学へ、そして駅へ歩いたのです。だんだん体が重くなります。

一番辛いのは、大学が傾斜地に建っていることです。

ソウルは狭いので、勢い大学は周辺の傾斜地に建てざるを得ないのでしょう。

最近は傾斜地を利用して、大学の学生会館を新築するのがはやりのようです。

京義線は名前が知られている割には、その運行本数が少なすぎますし、列車や線路が立派すぎました。将来を見据えているのでしょう。


京義線〔山~加佐経由~新村〕

 11時40分発の「孔徳」行きに乗車した。この電車は「加佐」から南に分岐して「孔徳」に行くので、「加佐」で「ソウル」行きに乗り換えることを忘れてはならない。外は相変わらず雨がショボショボと降っている。大雨でないことが何よりだ。途中の駅で次々に人が乗ってきて、車内は多くの乗客で混んできた。立っている人もでてきているくらいだ。乗客を見ていると、スマホを見ている人が多く、一様に頭を下に落とし、指で画面を右に左にこすっている。いわゆるガラケーを持っている人は誰もいない。

やがて、12時30分に「加佐」駅に到着した。相変わらず雨が降っている。35分に「ソウル」行きのホームで待っていると10分後に電車がやってきた。48分に隣の「新村」駅で降り改札を出ると700ウォンが引かれていた。それにしても安い。

京義線体験感想

 京義線は本来「ソウル」と北朝鮮と中国の国境にある平安北道の「シニジュ」(新義州)を結ぶ重要路線であった。だから京義線と呼ぶ。しかし、朝鮮戦争後分断され韓国側では現在は「ソウル(又はガンドク)」-「ムンサン」間が定時運行されている。その沿線には多くの住宅団地が建設され、ソウルへの通勤圏になっている。「ムンサン」からは北朝鮮との国境まで10km、板門店まで15km、開城工業団地まで20kmしかない。

最近の歴史を調べると、2000年に金大中と金正日が南北首脳会談を開き、京義線の再連結に合意した。その後工事を進め、2006年6月25日に試運転をする予定だったのだが、24日になって北が急に中止を通告してきた。2007年5月にソウル-開城工業団地間で試運転が行われ、1年間続いたが又中止されているという。

これも北朝鮮のギリギリ外交なのだろうか。

とにかく、現在の京義線に乗った感想を述べてみよう。

車両が新しく全て電化・複線化されている。日本のJRや私鉄の電車は1500Vが一般的でたまに2000Vで運行しているのに対して京義線は2500V60ヘルツの電気を流している。これは日本の新幹線と同じであるから、相当強いモーターを取り付けることも可能となっている。

事実モーターの音を聞いていても相当強いものを付けている印象だ。最高時速は110kmとなっているが、それ以上出ている感じがする。また、京義線だけかどうかは分からないが、駅舎やホームなどが全て新設されていた。レールも枕木も最近敷設されたように新しく感じる。これは北との再連結に対する政治的パフォーマンスではないのだろうか。急いで工事をおこなった結果が「ムンサン」駅の雨漏りに現れているような気がしてならない。又、将来、朝鮮半島が統一された時に備えて、京義線の規格をKTX仕様にしているのではないだろうか。しかし、どこかで無理をしている印象がするのは、うがった見方だろうか。


とにかく雨が降っていますので、心が湿ってきます。

なるべき室内を見ることを考え、次は梨花女子大学へ行くことにしました。

京義線で北朝鮮に向かうというのは、どこか心に緊張感が生じてきます。

早くこのような緊張感を持たずに北朝鮮にも行けるようになると良いのですが。

北朝鮮が国際社会に普通に登場し、普通に開かれた国になることを心から願うのです。


京義線沿線

線路の左右は工事中の所も多く、古き良き韓国鉄道の雰囲気が出ている。

韓国の鉄道線路の幅は1435mmの標準軌だ。それにしても電車が揺れないし、ポイントを除いてレールの継ぎ目のガタンゴトンという音も聞こえない。これは韓国鉄道の線路敷設技術が相当高いことと、ロングレールを使っていることを示しているのだろう。静かな車内には電動モーターの音のみがブーンと強力に響いている。

車体が揺れないからあまりスピード感はないが、軽く100km以上で走っていることは確かだ。途中の停車駅は全て改修されてきれいだ。さらにどの駅も乗客が線路に落ちないよう落下防止の柵が設けられている。出発して20分ほどした10時38分頃になると左側に農村が広がり始めた。「大谷」(テグク)駅で乗り込んだのだろうか、ビニールカッパ売りのアジョッシが乗り込んできた。車内で“このカッパは役に立つ”とでも言っているのだろうかカッパを着て売り始めた。すると1つ売れた。価格は5000ウォンだそうだ。44分に「谷山」(グクサン)駅でこのアジョッシは降りていった。

この辺りの駅にかかわらず、京義線の沿線には30階建てくらいの高層マンションが林立している。そのため、そのマンションが壁になって遠くの景色が見えないくらいだ。

11時、「金陵」(グムニュン)駅に着いたが、この辺りの西側は川が蛇行し広い水田地帯になっている。3分後には「金村」(クムチョン)駅に着いた。ここはかなり大きな町でマンションが林立している。全州へ行った時の沿線農家と同じで、この辺りの農家も水田の他にたくさんのビニールハウスを持っているようだ。農村部を見た時に視野から水田・ビニールハウスが消えることはない。その他にも黒い覆いを張った高麗人参畑、ブドウ畑(棚仕立て)をよく見ることができる。

終点ムンサン駅

庭のもぐら-ムンサン駅ホーム  庭のもぐら-ムンサン駅のホーム

京義線終点ムンサン駅ホーム  ムンサン駅の売店のおでん

 11時15分、ちょうど1時間をかけて、現在の終点「山」(ムンサン)駅に停車した。北朝鮮はすぐそこなのだ。

この駅周辺にもマンションが林立している。このあと再びソウル方面に戻るのだが、一度改札を出ないと行けない。降りたホームで戻りの電車の時刻表を探していると、そこにいたアジョッシがこちらだと教えてくれた。見ると1時間に4本も出ているではないか。しかし、「ソウル」行きは1本だけで残りの3本は「孔徳」(ゴンドク)行きだという。そこで「孔徳」行きに乗り途中の「加佐」(カジャ)駅で「ソウル」行きに乗り換えることにした。実は乗り換える電車は「山」(ムンサン)発「ソウル」行きの電車だからそれまで待てばいいのだが、何事も経験で乗ることにした。階段を上がって連絡通路にある改札でTカードをタッチするとソウルからの料金は900ウォン(80円)だと表示された。あまりの安さに驚き。トイレを済ませて戻ろうとすると、駅の売店からいい匂いがしてくる。魚のつみれをジグザグに串刺しにした“おでん”600ウォンを立ち食いし、ホームへ降りていった。ところがこの駅舎は雨漏りがしている。通路の真ん中にバケツが置いてあるのだ。最初はゴミ入れかと思ってそばで見ると、天井から水滴が落ちていたのだ。一体どういう工事をしているの?


京義線の沿線は、どこといって変化もなくごくごく普通の韓国の田園風景が広がっているのです。でもどこかに緊張感を感じてしまうのは、こちらの思いこみすぎでしょうか。

行き当たりばったりの旅行なのです。一応計画は立てるのですが、予定は未定ですから柔軟に変更をして行かざるを得ないのです。今日は京義線で行けるところまで行くことにしたのです。


7月12日(金)


 朝は4時30分に目が覚めてしまった。トイレのせいもあるが、しょうがないのでベッドの中でグダグダしているうちに7時30分になったので起きだした。外は小雨が降っていて嫌な感じだ。今日は昨日の全州の疲れであまり歩きたくないので計画を練り直しておいた。それは、京義線で終点まで行って帰ってくる。「新村」駅で降りて梨花女子大学へ行く。地下鉄「梨大」駅から隣の「新村」駅へ行く。歩いて西江大学へ行きハングルの教科書を買う。その後2時30分までに「徳寿宮」へ行き、時間があったら東大門市場を見る。というものだが、西江大学以後は不明なところもある。そして明日の土曜日は高麗大学、廣藏市場、中部市場にいくことにした。

朝食は昨日買ってきた牛乳、ヨーグルト、饅頭を部屋で食べて軽く済ませた。まだ昨日のビビンバの味が身体に残っていたからだ。ビビンバが悪いのではない。意地汚い自分が悪かったのだ。

出発

庭のもぐら-地下鉄のホーム 地下鉄清涼里駅のホーム

 朝食をすませたあと、空っぽのデイバッグを背負い、8時50分に部屋を出て、雨上がりの道を地下鉄1号線の「清涼里」駅6番口へ向かった。

ホテルを出るとそこには売春宿がある。まだ朝の9時前だというのに客待ちの女性が妖しい明かりの部屋の中に居るではないか。きつい化粧をして鋭い目でこちらを見ているが、あんな目で見られたら親しみなどわかない。しかし、こんな朝からお客がいるというのが驚きだ。路地を通り過ぎ、病院の前を通って表通りの6番口のエスカレーターで地下へ下りていった。しかし次は階段を歩いて下りねばならない。病院への連絡口なのだから全部エスカレーターにすべきではないかと思う。

9時03分発の1号線に乗り、22分にソウル駅に着いた。

京義線に乗る

庭のもぐら-ソウル駅のKTX  庭のもぐら-京義線ホームと電車

ソウル駅のKTX        京義線ホーム

庭のもぐら-京義線車内 京義線の電車車内

 地下鉄ソウル駅では1番口に行き、長い上りのエスカレーターを2つ乗ってソウル駅改札口とロッテマートの階に出た。すると京義線は右前方へ行くような矢印が小さく出ていた。ソウル駅の名前は大きいが、その役割はそれほど大きくないようだ。ソウル市周辺の駅に地方への始発が分散されているので、ソウルから韓国の各都市に行くにはその路線を知っておかないと不便なようだ。矢印に従って50m進んで右へ曲がり、左へ曲がって階段を下り、ユーターンをして前方を見るとそこが京義線の改札口だった。ところが、時刻表を見てビックリ。何と1時間に1本しか出ていないではないか。今は9時35分なので次の電車は10時15分だという。京義線はその名前ほど重要路線ではないようだ。

案内係のアジョッシに聞いてみてもこれしかないという。Tカードは使えるかと聞くと大丈夫だという。どこから発車するのか聞くと、改札を入ったところのホームだという。カムサハニダとお礼を言って、改札を入り待つことになった。隣のホームには仁川行き16両編成のKTXが停まっている。フランスのTGVだから座席数は少ない。日本の新幹線にすればいいのに複雑な気持ちがあるから選ばなかったのだろう。

やがて9時55分になったら上りの京義線が到着した。たくさんの人が降車し、下りを利用する人は各車両10名程度乗車したが、出発間際には30名程度になっていた。

京義線の車内はとても明るくしゃれている。各列車は全て最近作られたような感じがする。

10時15分、終点の山(ムンサン)へ向けて京義線は小雨の中をゆっくりと発車した。


くことにしたのです。この後、京義線の沿線を車窓観光し、終点のムンサンを目指します。今日のアメブロの調子が悪いのでしょうか。文字の色を変えることが出来なかったのですが何とかHTMLを修正して完成しました。