![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240516/14/susano-saito/f1/e5/j/o0400030015439431137.jpg?caw=800)
深夜のカエル。
『歴史探偵』清少納言編、NHK+で見ました。
『枕草子』の「春はあけぼの」の景色は、船岡山から眺めた夜明けとのこと。
船岡山は、僕の定番散歩コース。
こちらは船岡山からの「冬の夕暮れ」です。
さて、肝心の入院生活ですが、本日、血液検査をした結果、治療は順調に進んでいるとのこと。主治医の先生から。
この先生は、最初に耳の不調の精密検査をしてくれた方で、見つかった腫瘍が「悪性」と分かったときは、「残念ながら…」と、ほんとに気の毒そうに伝えてくれました。でもそのあとは、適格に今後の治療方針や計画を教えてくれて、とても安心しました。
ちなみにまだ若い女性の先生。いつも元気に明るい笑顔で応対してくれます。
ふだんの検査をしてくれる看護師の方たちも、みんなゆったりとした関西弁なので、
なんか安心しますね。このあいだは「おおきに~」とか「ほんまですか~~」とかの京ことばも。
副作用の吐き気とかはないのですが、シャックリがときどき止まらなくなる。これも抗がん剤の副作用のひとつ。
昨夜は夜中に、シャックリが出はじめて、初めて「ナースコール」をしました。
看護師さんが来たら、止まってしまった(笑)
それにしても深夜に、カエルみたいに「ヒック、ヒック」ってやっているのは、
これもなんとなく夢久ぽい。
思いっきり「休暇」気分
写真は、病室のまえの道。昼ごろの風景。
風をうけた新緑が美しいです。
この景色が目の前にあるだけで、なんか心も和みますね。
朝9時半の一番で、放射線治療を受けにいきます。
「お面」の取り付けを調整してもらいました。照射の時間は10分ぐらい。
「朝のお仕事」は、これだけ。
そのあとは、看護師さんたちによる体重測定や血糖値の測定とか、点滴の入れ替えとか。薬の関係で、どうしても血糖値はあがり気味になるとかで、抑える薬を注射。
腕でもお腹でもいいというので、お腹に打ってもらいました。
お昼ご飯のあとに、久しぶりにシャワー浴びました。お風呂はなし。
でもシャワーだけでもさっぱりしました。
夕方、妻が着替えや届いた『日本文学』、『蓮華寺佛教研究所 紀要』17号をもってきてくれました(鈴木耕太郎くんからの献呈)。ほんとは看護師に手渡すだけですが、
一階の受付の隅の椅子で、ちょっとだけお話。なんかブツを交換する「密会」ぽい。
放射線治療や抗がん剤の副作用は、まだありません。ちょっとシャックリが出ますが、すくにおさまる。夕方、すこし「ムカつき」を感じましたが、夕ご飯食べたら、鎮まった感じ。
という感じで、病室では、YouTubeで音楽聞いたり、あれこれと本を読んだりして、思いっきり「休暇」気分です。
そうそう、寝る前に『ドグラ・マグラ』読んでいたせいか、今朝、病室の物音で目がさめ、「あれここはどこ?」、「いつも隣で寝ている人は?」、「この左手のチューブはなに?」と、一瞬、「ドグラ・マグラ」状態に(笑)。
でもさすがに「自分は誰?」は、なかったです。
『ドグラ・マグラ』これは凄い作品です
ぶらぶら入院日記、続き。
いよいよ本日から本格的な治療がスタート。
お昼すぎから「抗がん剤」の投与。寝ながら、点滴です。
同時に「水分」の点滴も。薬が体内に残らずに、尿として出るように、ひたすら体内に「水」を補給するのでした。おかげで、トイレが頻繁…。
午後の三時半から本番の「放射線治療」スタート。悪いところを焼き切る、というので、なんか放射線が当たると熱いとか痛いとかがあるのか、と。
まったくなし。痛くも熱くもない。
そのかわりに顔面を固定するための「お面」がちょっときつかったので、明日は調整してくれるとのこと。
それ以外にも血糖値の検査とか、なんとかの検査とか、で至れり尽くせり、という感じです。
それにしても「点滴」をぶらさげたスタンドのこと「点滴棒」っていうのでした。知らなかった。
点滴棒をガラガラと押しながら、病院のあちこちを移動。入口の「外来」の患者さんたちのところに出ると、なんか急に「娑婆世界」にもどった感じ(笑)
でも点滴棒を押しながら、「ぼくは、ここに入院しているんだぜ」というちょっとした優越感?
読書は夢久の『ドグラ・マグラ』の続き。深夜に病室で、読書ランプをつけて読むと、すごいリアル。
スカラカ、チャカポコ、チャカポコ…
写真は、病室からの夕暮れ
点滴棒は、きっと看護師さんたちの内輪言葉。でも笑いました。たしかに「棒」。
『ドグラ・マグラ』。恥ずかしながら、まだ読んでなかったのでした。
この際、長期滞在で暇だから…という軽い気持ちで。
いやはや、これは凄い作品ですね。
「祭文」や心霊現象など、民俗学的にも重要。
今朝、起きたときに「ここはどこだ」「この左手についてるのは何?」と一瞬思ってしまいました。さすがに「自分はだれなのか」の疑問はなかった(笑)