蝉も疲れを見せ始める、8月31日。


僕が、千葉県の南端 和田町でサーフィンデビューを果たした日。



「サーファーにとって、サーフィンデビューをする場所は重要な意味を持つんだ。

いつまでも、記憶に残るからだ。そしていつか帰ってきたくなる、原点に戻りたい時に。


カイト兄ぃは、僕が生まれてから 3才まで和田町に住んでいた事を、知っているかのように選んだ。


僕は幼い頃の事を全く覚えていない。

だから、田舎町で生まれた事実は、学校では明かしていない。

そんな屁理屈で、今までごまかしてきた。


勝浦の入り組んだ海岸線を抜け、緑々しい鴨川の山々を右に見て、

海の蒼さが色とりどりに変化していく。

漁師町と別荘地が交互に並び、人々が素朴に、しかし力強く生活している。


海の深さに魅せられた僕が、この地に哀愁を感じ、皆に話したいと思うのに時間はかからなかった。


白渚海岸には、白亜の橋【サーフ橋】が架かり、海沿いの幸せな自転車道が、3kmにおよぶ。

九十九里の遠浅の海と違い、急激に深くなった後、また浅くなる。

うねりは、海底が浅くなると、ためていたパワーを吐き出すかのように、われて白波になる。


サーフトリップのススメ


夏休みの全てをかけて泳ぎ、パドルを繰り返したおかげで、海底の地形、波のくずれ方に敏感になっていた。



「カナル、誕生日にプレゼントは当然だよな。このボード、大切にしろよ。」


目が涙で霞んで、デザインも色もわからない。

兄ぃ、、夏休みのバイト代は、試合の為のボードを買うって言ってたじゃないか。


母は誕生日になると、いつも申し訳なさそうに僕らを食べ放題の焼き肉屋に連れて行く。

だから、僕にとって物をプレゼントされるのは、初めての事。


真新しいボードの上に "K"の文字。もったいないけど、WAXをたっぷり塗った。

砂が嫌がるくらいに飛び跳ねて、海に向かう。


「もうおまえに、パドルで教えることはない。

波がきたら、波の速さに身体を重ねるんだ。そして、波が身体を押してくれた時、立ち上がるんだぞ。

その波に乗ると決めたら、躊躇をするな。迷いが動きの全てを狂わせる。」


一本目。

波においていかれる。


十本目。

波の速さには追いついた。でも躊躇して立てない。


二十本目。

波の速さには追いついた、躊躇もしない、でも立った瞬間、ボードが前に滑って行く。


三十本目。

波の速さに追いついた、躊躇は微塵もない、立てた、でも波に巻き上げられる。


- カナル、サーフィンをしている自分に迷いがあるんじゃないのか - 兄ィの声にハッとした。


何をしていても黒い何かがいつも自分を覆い、何も決めてこれなかった今までの15年間が浮かんだ。

辺りはもう暗い。


三十三本目。

その瞬間が僕の新たな人生の始まり。

音を立てて走るボードの先が、明るい光を放っているように見えるのは、その日2度目の涙のせいではない。




第2の誕生日として刻まれた、暑い熱い夏の終わり。


九十九里の南端、太東。


1960年代、まだサーフィンが知られていなかった頃、在日米軍がこの地で波に乗り、

岬町のサーフシーンが始まる。


今日は、初めてサーフボードに乗れる日。


陽が昇る前から、胸の高鳴りをおさえられなかった。


運命を変える、そう自分に約束してから、全力で生きている。

穴が開いたウェットスーツで泳ぎ、コケにされても、そんな自分が好きになりつつあった。


少なくとも中1の夏よりは。。。


教室の隅で、腕を組んでは伏し目がちにクラスメートを眺める。

無口で心を開かない、僕はいつしか"孤独という空間"を友達にしていた。


話したい事はたくさんある。聞いてほしい事もたくさん。でも、この寂しさは埋められない、そんな

諦めに似た思いが、僕をますますひとりぼっちにさせる。



家に帰ってから、母に強がる自分が一番つらい。

「学校は楽しい?友達と遊んでるの?」 ああ、とうなずく。

勉強も部活も、しろとは言わない。ただ普通の、中学生であれば、それが母の幸せなのだ。


でも、僕は、普通じゃないよ、母さん。


こんな時、父がいたら、相談していただろうか。そして助けてくれただろうか。


自分で解決しろ、なんて言わないでくれよ。僕は父さんに甘えたいんだ、幼い頃みたいに抱っこされたいんだ。

バカだろ。



。。。そんな中1の夏、今のように全力で駆け抜けていたら、友達の一人はできたかもしれない。


「待たせたな、カナル。今日の先生は、俺の親友マサトだ。」

「よろしく。」


兄ぃの隣には、伊藤英明似の大人。


「乗れると言っても、パドルだけだ。

腹ばいになって、手でこぐだけ。基本だからな。

マサトは、そのパドルだけでハワイの島と島の間60kmを渡った男だ。よく教われよ。」



surfutureのブログ


島と島?60km?

そんな人と知り合いになれただけで、僕のパドルだけのサーフィンデビューはテンションを増した。


胸をはり、背筋を伸ばす。しっかりと前の波を見据えて、腕がちぎれるまで漕げ。


その一言後、ひたすら太東の沖合をマサト兄ぃと行ったり来たりした。

腕が10分でちぎれそうになり、息は上がり、腕に酸素が届けと願う。

海や周りの全ての音が消え、自分の呼吸しか聞こえない世界........そこから先は覚えていない。


浜辺で倒れこむ僕の横でマサト兄ぃは呟いた。


「60kmを渡った時、海の蒼さに吐き気がした。でもな、人生と一緒、そう思った時、達成を確信した。

人生の深さにひるまず、胸をはり、背筋を伸ばして歩む。しっかりと前を見据えて、全力で歩め。

全力で闘ったものにしか見えない世界がある。いや、世界が全力で闘うものを手招きしているんだ。」


しみた。心にだけじゃない、疲労困憊で沸騰しそうな全身の血管にしみわたった。




母さん、もう一度訊いてくれ、「学校は楽しい?友達と遊んでるの?」って。

今なら目を見て、頷けるから。



























痛。


体中の筋肉と関節が音を立てて痛む。顔は海底にこすりつけたせいか、すり傷だらけだ。

脇の下はウェットスーツがすれて、赤くなっている。


「だいぶ、黒くなったな。」


カイト兄ぃにはほど遠いが、顔と腕は真っ黒に、日に焼けている。

この海での生活も1週間になろうとしていた。


空と海の境界線がわからないように、現実と夢のハザマにいるような感じがする。


海での水泳はコツをつかみ、足のつかないところでも、慌てなくなった。


そんな僕の成長を見て、兄ぃが今日は成東海岸から南へ2kmほどの、作田海岸へ連れて行ってくれた。

堤防とテトラポットが伸び、砂浜は広大だ。


夏の天敵 南風をかわす、数少ないスポットらしい。


「今日は、ここで泳いでみろ。」


すっかり自信に充ち溢れた顔でうなずき、海へ飛び込む。

堤防に囲まれているせいか、波もおだやかじゃないか。いつものように、ラッコのようにして空に抱かれる。


気持ちがいい。



気付くと、、兄ぃの姿が遠くに見える。僕の方が沖にいる。砂浜がいつもよりずっと遠くに感じた。

ヤバイ。持てる力の全てで、泳いで泳いで、もがいてもがいた。


でも一向に砂浜が近くならない。

息が上がって、顔が真っ赤になっていくのがわかる。いよいよ焦って、平泳ぎかクロールなのか、わからない。がむしゃらに腕をまわした。


兄ぃっ!

言葉になっていないだろう、そしてこの広い海では届いていないだろう。


意識がモウロウとするなか、ふっと体が軽くなった。兄ぃのサーフボードにうつ伏せになったまでは覚えている。。


「海には川のような流れがあるんだよ。

カレントと言って、沖へ向かった流れのある場所がある。抵抗して逆流しようとしても無駄だ。

カレントにはまった時は、落ち着いて、弱まったと感じた時に真横に抜けろ。


いいか、運命という流れに翻弄されるのは仕方ない。逆らっても仕方ない。

でもな、流され続けるだけじゃ成長しない。今が抜け出るチャンスなんだ。」


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今が抜け出るチャンスだ。



砂を握りしめ、海を強く見つめた。座ってなんかいられない、仁王立ちしたつま先も、砂を握りしめている。



僕は運命を変えてみせる。絶対に。