九十九里の南端、太東。


1960年代、まだサーフィンが知られていなかった頃、在日米軍がこの地で波に乗り、

岬町のサーフシーンが始まる。


今日は、初めてサーフボードに乗れる日。


陽が昇る前から、胸の高鳴りをおさえられなかった。


運命を変える、そう自分に約束してから、全力で生きている。

穴が開いたウェットスーツで泳ぎ、コケにされても、そんな自分が好きになりつつあった。


少なくとも中1の夏よりは。。。


教室の隅で、腕を組んでは伏し目がちにクラスメートを眺める。

無口で心を開かない、僕はいつしか"孤独という空間"を友達にしていた。


話したい事はたくさんある。聞いてほしい事もたくさん。でも、この寂しさは埋められない、そんな

諦めに似た思いが、僕をますますひとりぼっちにさせる。



家に帰ってから、母に強がる自分が一番つらい。

「学校は楽しい?友達と遊んでるの?」 ああ、とうなずく。

勉強も部活も、しろとは言わない。ただ普通の、中学生であれば、それが母の幸せなのだ。


でも、僕は、普通じゃないよ、母さん。


こんな時、父がいたら、相談していただろうか。そして助けてくれただろうか。


自分で解決しろ、なんて言わないでくれよ。僕は父さんに甘えたいんだ、幼い頃みたいに抱っこされたいんだ。

バカだろ。



。。。そんな中1の夏、今のように全力で駆け抜けていたら、友達の一人はできたかもしれない。


「待たせたな、カナル。今日の先生は、俺の親友マサトだ。」

「よろしく。」


兄ぃの隣には、伊藤英明似の大人。


「乗れると言っても、パドルだけだ。

腹ばいになって、手でこぐだけ。基本だからな。

マサトは、そのパドルだけでハワイの島と島の間60kmを渡った男だ。よく教われよ。」



surfutureのブログ


島と島?60km?

そんな人と知り合いになれただけで、僕のパドルだけのサーフィンデビューはテンションを増した。


胸をはり、背筋を伸ばす。しっかりと前の波を見据えて、腕がちぎれるまで漕げ。


その一言後、ひたすら太東の沖合をマサト兄ぃと行ったり来たりした。

腕が10分でちぎれそうになり、息は上がり、腕に酸素が届けと願う。

海や周りの全ての音が消え、自分の呼吸しか聞こえない世界........そこから先は覚えていない。


浜辺で倒れこむ僕の横でマサト兄ぃは呟いた。


「60kmを渡った時、海の蒼さに吐き気がした。でもな、人生と一緒、そう思った時、達成を確信した。

人生の深さにひるまず、胸をはり、背筋を伸ばして歩む。しっかりと前を見据えて、全力で歩め。

全力で闘ったものにしか見えない世界がある。いや、世界が全力で闘うものを手招きしているんだ。」


しみた。心にだけじゃない、疲労困憊で沸騰しそうな全身の血管にしみわたった。




母さん、もう一度訊いてくれ、「学校は楽しい?友達と遊んでるの?」って。

今なら目を見て、頷けるから。