今日までの2年間、この日を夢見てきた。


まだ見ぬ波と、父を求めて、成田空港の出発ロビーに佇む。


母、兄ィ、仲間たちが一様に笑っている。

この2年間の僕の、死に物狂いで明け暮れた日々を知っているからこそ、早く行けと顔が言っている。


旅の先々で兄ィが合流してくれるので、一人旅も心配ない。片道切符は決意の証。

さぁ出発だ。


体中の血管が震える感覚のまま、飛行機に乗り込む。


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南国の楽園タヒチと並び称されるフィジー


大小様々な島が散りばめられたこの島が、僕の旅のスタート地点。

空港に降り立つと、フィジアンの身体の大きさに驚く。

欧米人とは違った、骨格の太さ、腕、足。ラグビーの強さに納得。


一路、南へ下り、海沿いの小さなコテージに辿りつく。


2年間のアルバイト代は、大切に切りつめて使うつもり。

だから、共用の2段ベッドでも、全く苦にならない。


1週間は滞在したけれど、何かが盗まれたという事は無かった。

この先の旅でも、安宿で被害に合う事は無く、どこかココロが救われた気がする。


朝食を済ませると、希望者が募られ、皆小舟に乗り込む。

名も知らない同士から始まり、共通の夢を持ち、寝食を共にする。合宿生活のようなものだ。


今日は30分先のポイント、Desperationが船の停留所。


360度陸を遥か遠くにのぞみながら、波が立つ神秘的な場所。

生まれて初めての経験に僕は五感をフルに働かせ、サーフィンに没頭した。


すると、、風が止み、静寂が訪れる。

ウネリだけが、ただただ良質な波を運び、僕らは無言で鏡のような波に乗る。


サーフトリップのススメ


自分がどこにいるのかさえわからなくなるように、空と海の境が無くなっていく。


そう、海のど真ん中で、自分が消されるようだ。


船が出発するギリギリまでサーフィンをし、ひとり、またひとりと船に帰ってくる。

そんな中、最後の最後まで海の中にいるカナダ人の若者がいた。


船頭が、じっと待つ。


「ごめんな、皆。今日が俺にとって最終日なんだ。カナダに戻れば、海へは片道8時間。

だから、身体に焼き付けたかったんだ。」


一同、優しい笑みを浮かべて迎える。


君だけじゃないよ、皆が焼き付けたんだ。

僕は心の中で呟いた。


サーフトリップのススメ



帰りの船の中、右手に世界屈指のサーフポイント タバルア島が見える。

完全にリゾート化された島内にはホテルがひとつのみ、そのホテルに泊まる者だけが、その波に乗れる。


無断で入ったサーファーが、銃を突きつけられたというエピソードが、本当かは知らない。


でも、皆の遠い目線が静かに真理を物語っている。。


『海の真ん中で、

国籍も肌の色も違う人々と、

自然の雄大さに包まれる、


そこには 時間も、争いも、境界線も感じない。


そこには 変わらず 地球がひとつ あるだけなんだ。』

























タヒチから帰国した僕を、母は強く抱きしめた。


「なんだか、また一歩本物の男になったね。」


目を赤くした母は、両腕を掴み、声を弾ませる。


僕が海と向き合い、人生と向き合い、前向きになっていく中で、

母の愛情表現はストレートになっていく。


母と子の無条件の愛とは格別に違う、

敬愛を親子でかみしめていた。


相手を敬まえば敬うほど、気持ちが通じ合い、

尊ぶ心で、気持ちを包み合う。


何が起こっても不思議でない、先の見えない未来、人、こころ。


そんな毎日を唯一救えるのは、未来への確信でも通り過ぎる人でも自分自身でもない。

敬愛する相手だ。


僕は、母や兄ィ達を敬愛する毎日に心底、幸せを感じていた。

でも、もう一人、敬愛を確かめたい相手がいる。



お父さん



サーフトリップのススメ


手を繋いで公園に行く夢を見ない日はない。

眠りにつくまで僕の髪をなでる姿を想い浮かべない日はない。

おぼろげな記憶の中の父は、いつも僕を優しく見守ってくれた。



いまだにわからないんだ。

お父さんのことを考えると、何もわからなくなるんだ。


頬を伝う涙にまかせて、まだ見ぬ波と父の足跡を追う旅を誓った。



- 2年間、バイトと海に明け暮れ、その日をじっと待った。。















僕らはバスでさらに南下し、道の果てTeahupooに辿りついた。

バスは終着点を迎え折り返すが、僕らの旅はさらにその奥へ行く。


Teahupooを求めて世界各国から集まったサーファー達の為の安宿が、

静かな村に佇む。


兄ィが指差す向こう側にTeahupooの波があった。

サンゴに守られた内海とは別世界の太平洋の荒波が沖合で割れている。


波が全く無い内海から静かにパドルアウトし、500m先のポイントを目指す。

そこは異様な世界だった。。


すり鉢のように凹んだ海面。


波が砕ける音が雷鳴のように轟く。


山のようなウネリが、浅い海底の直前で壊れ落ちる。



サーファーは道の果てを目の前に、2パターンに分かれる。

道の果てを遠目に見守る者と、道の果てを確かめる者。


腕に自信のあるサーファーも異次元の波を目の前にして、萎縮する。
サーフトリップのススメ


当然僕は前者だ。


カイト兄ィとマサト兄ィですら、躊躇して波をとらえることができない。

遠くからも悔しさが見てとれるくらいだ。


ふいに心の中で何かがうごめく。


僕は何千kmも離れたこの南洋に来て、何をしに来たんだろう。

母は必死に働いて捻出したお金で、何を学ばせようとしたんだろう。

あの道の果てを確かめた者達は、どんな世界観で生きていくんだろう。


僕は無意識にLine Upに加わっていた。


カイト兄ィとマサト兄ィは静かに迎える。プロ達も僕の目を見て本気である事を悟り、迎える。


山は幾度となく襲ってくる。ひとり、またひとり、暗黙の了解のようにPeakから波に乗っていく。


僕の番だ、その雰囲気が僕を強烈に後押しする。


「セットだ!」誰かが叫んだのと同時に、僕はその日一番大きな波に既に向かっていた。


「カナル!」兄ィ達の声がスローモーションのように聞こえる。

「Go Go Go Go!!」遠目に見守っていた者達の声がこだまし、悪魔のささやきのように聞こえる。

プロ達は衝動を抑えて、波を譲っている。


力の限りパドルし加速する。次第に山はみるみる僕を持ち上げていく。頭は真っ白だ。


サンゴが海底の浅さを強調する。


充分勢いがついたと感じ、板の上に立つ。。よし、立った!



しかし、波はいともかんたんに僕を振りほどく。ビルから飛び降りるかのごとく、真っ逆さまに落ちた。



そこから先は覚えていない。幸運にもサンゴに身体は打ちつけなかったようだ。

Localのジェットスキーヤーに助けられたところまでが、記憶の片隅を飾った。


ベッドの横でカイト兄ィが手を握りささやく。


「生きる果てを見た気分はどうだ。

おまえは一生、あの瞬間を忘れないだろう。


脳は日常なんていともたやすく忘れ去る。

だが生きてきた証は必ず残していくものだ。


おまえが自分の過去を振り返り、生を授かった事に感謝できるのは、そうした証達のおかげなんだ。」


僕の世界観がこの日を境に変わったのは言うまでもない。



「BOY, おまえは昔ここにいたJapaneseにそっくりだな。サーフィンに魂を感じるよ。」

ジェットスキーヤーにフランス語で言われた言葉を胸に、帰路に着いたのだった。