10月10日、カイト兄ぃが決まって行く場所がある。


平砂浦海岸を見渡す高台、

どうしても僕を連れてきたかった場所。


波もそこそこ良い。

なのに兄ぃは動こうとせず、一点を見つめたまま懐かしんでいるようだ。


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「すげー。今日も良い波だな!」

俺がおまえの分まで乗ってやるから、覚悟しておけ!


タクマも負けじと、高台を駆け下りる。


その日は、台風が過ぎ去ったあとのウネリが、しっかりと届いていた。

幼い頃から海に通っていたふたりにとって、恐がるほどでもない。


屈託のない笑顔に、誰からも好かれる愛きょう。

それでいて、俺には家族同然に心情をさらけ出す。幾度となく苦楽を共に味わった親友だ。


いつものようにクタクタになるまで海に入る。

夕暮れが迫り、人影もおぼろげ。。



「カイトっ!!」


一瞬、あいつの声が聞こえた気がした。気のせいか。

浜辺で待っているであろうタクマに、会心のライディングを見せようと、沖合の波を必死に探した。


10分は経っただろうか。ふいに浜辺を見る。。


 .............あいつのサーフボードが水面から垂直にのびている。


「なにやってんだよっ」 涙で前が霞む中、水をゴボゴボさせながら、叫び潜る。


リーシュコードが岩棚に挟まり、海藻のようにタクマの体が揺らめいている。


水の中のアイツの体が一層冷たく感じられ、俺の心臓が急激に青くなるのを感じた。


世界にいる全ての神様、お願いします。頼むから、、


俺はいい、こいつを頼みます。。何でもします。。。。


浜辺に額をこすりつけ、砂を引きちぎる。天と地が逆になるくらい、コブシを叩きつける。

ありったけの涙と唾が、あいつの体に振りかかる。


でも、戻らない


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「今でも、あの時に、後ろを振りかえっていれば、と思う。」


気丈な兄ぃがサングラス越しに涙を浮かべている。



「おまえがパートナーに出逢えた時、


その人は、血が繋がっている家族でもない。

でも、世界が終わろうとしても、相棒を先ず助けろ。


その人は、育ってきた環境も違う。

でも、世界で一番深く、その価値観を共有しろ。


その人が、間違ったことをしている。

それでも、世界でただひとり、うなずいて抱き締めてやれ。


その人が、何かに挑戦しようとしている。

だから、同じ方向を向いて、一緒に歩むんだ。未来をプレゼントするために。」


サーフトリップのススメ


兄ぃがいつも後ろを振り向くのは、癖だと思っていた。


今日も海で振りかえっては、かすかに微笑みを浮かべる。



兄ぃのバディは永遠にそこに居る。



























台風を知る。


僕が出逢った兄ぃ達は、皆 風の動きや天気に敏感でいつも天気図を眺めていた。


それもそのはず、この時期は一年で最もサーファーが落ち着かなくなる季節。



ある9月の週末、久しぶりに兄ぃからの連絡。


「台風8号が近づいている。勝浦に行くぞ。」


南太平洋から近づく台風は、父島を暴風圏に巻き込みながら、北上していた。

九十九里の湾岸道路、海はゴーという地響きを立て、荒れ狂っている。

いくつかのトンネルを抜け、南房総の山あいを縫い、勝浦の湾に辿りつく。



「俺と一緒にここからパドルして、沖でじっとしていろ。」



はい。。カイト兄ぃがいつもより言葉少なだから、僕まで声が震える。


その湾は家の中の金魚鉢のように、外海からシャットダウンされているように静かだ。

パドルでしっかりとついていき、岬の先から景色が開けた瞬間。。


巨大で見た事もないような波がそそり立っている。

それでいて僕のいる、この場所には波が来ない。そうか、あそこだけ急激に浅くなっているのか!



サーフトリップのススメ

波は官能的なほどに口をあけ、サーファーを呑みこんでいく。


波を待つ屈強な男たちは、俺が海の恋人と言わんばかりに、遠くをみつめている。


そして、裏腹に皆 静かだ。


兄ぃが無言で岸に上がり、服に着替えた後、ゆっくりと力強く話始めた。


「誰も死にたくはない。でも、死んでもいい。

そんな覚悟で皆 臨んでいるんだ。


生きていく中で、こいつの為なら俺はどんな犠牲もいとわない。

そんな好きなこと・好きな人に出逢えたなら、こころゆくまで身を捧げろ。


そこには、その人にしか見えない幸せが待っている。」



僕は今、その幸せに向かって歩を進めている。

全てをかけるだけで、幸せが手に入るなら、そんな簡単なことはない。



僕の細く弱かった15年間の人生という火が、急激に燃え上がるのを感じた一日だった。














海の家が、早々とシャッターを打ちつける。


都会の喧噪ならぬ、砂浜の喧噪は長い冬眠を迎えようとしている。


9月も立派な夏だ、そう言いたい。



新学期に入り、僕を巡る環境は明らかに変わっていく。


日焼けした肌に、ひとまわり大きくなった上半身。

無口に変わりはないけれど、僕は教室の隅から、皆に心を開いている。


クラスにはもう一人、無口な男がいる。

喧嘩で負けなし、たまにしか学校に来ない、シュウマ。


一度、些細なことでつかみ合いになったことがあるが、クラスメートとの接点があったのも、その一度だけだ。

こんなことを言うのもおかしいが、僕はその思い出を大切にしまっている。


週末、僕の第2の学校、海への通学が待っている。

サーフボードをケースに入れ、JRと江ノ電をのりつぎ、由比ヶ浜へと出る。


車もお金もない、ゆえにチョコチップスティックをコンビニで買い、始発の電車に乗り込むのだ。

言いようのない孤独を感じる僕にとって、いろんなジャンルの人々が、ただただ肩を寄せ合う車内が

妙に落ち着く。


何からも捨てられていない、社会から、学校から、仲間から、家族から、、、父から。

電車はどこか、そんな不安を埋めてくれる。


今日もキャップを深めにかぶり、朝一の電車を待っていた。

「カナル、俺も連れて行ってくれないか?」


シュウマだ。


うなずき、のりこみ、沈黙。景色が現れては、ふたりの間を通り過ぎていく。

海の中でも、シュウマはただ黙って、僕のサーフィンする姿を、見つめていた。

5時間は入っていただろうか、歯を鳴らし、小刻みに震えている。


ようやく納得の1本の波に乗り、浜辺に向かう。


心地よい疲れにつつまれ、海の優しさに抱かれ、ふたりの顔は微笑みを帯びている。


そして、ごく自然に無意識に手を差し伸べた。

力の限りではない、こころの限りにお互いの手を握った。。。「あの時は、すまなかった。」

お互い声になっていたかは、わからない。

サーフトリップのススメ




ただ、帰りの車中、ふたり 肩を寄せ合い眠りに落ちたことは、はっきりと覚えている。


海がまたひとつ、僕を救ってくれたひとときだった。