1月1日、お参りでも、親戚の家でも、こたつの中でもなく、

僕は海の中にいた。


「元旦サーフ」


サーファーにとって、今年の一年を占う重要な行事である。


紅白やら、カウントダウンTVやらを見た後、興奮して眠れない僕を

カイト兄ぃが迎えに来る。


車は夜の帳を突き破り、海へと疾走していた。


茨城県南端の波崎海岸。

堤防に守られた遠浅の海岸は、上質なサンドブレイクを誇っている。


ローカルの屈強な連携でも有名な場所だ。


浜辺に着くと、水平線から上がる初日の出を見ようと、たくさんの人々がたたずんでいる。

真冬の極寒の海に入ろうとする僕らを見て、好奇の目が注がれているのがわかる。


「カナル、気にするな。サーファーであることに誇りを持て。」


海の中に飛び込むと僕の恥じらいは消えた。

どこからともなく集まったサーファーが、声を上げ、今年初めの波の恩恵を味わっていたからだ。


しかも、太陽に一番近い場所で。


サーフトリップのススメ


「海や太陽は際限なく、俺達を迎えてくれる。


人生も際限なく時を刻む。

でもな、スタートラインを自分で設けることはできるだろ。覚悟を決めてスタートを踏み出す。

今日が始まりだと思えば、待っているのは豊かな未来だけだ。


海や太陽は逃げないだろ、おまえも逃げ道を作るな。信じて真っすぐ進めば、それが道になる。」


か細く、不確かな未来が、日の出に照らされて光輝いていく。


僕の人生は始まったばかりだ。









僕が好きな和田町のポイントに、渋い雰囲気を放つ大好きな人がいる。



霜柱が立ち始める12月、僕とカイト兄ぃは、いつものようにサーファーの列にラインナップしていた。


そこに白髪のおじいさんがゆっくりと加わる。

誰しもが振りかえり、尊敬の念を込めて目でお辞儀する。


「カナル、挨拶してこい。」


兄ぃに言われるがままに、僕はか細い声で、しかし目を見てはっきりと挨拶した。


『おはよう。』


しゃがれた声に、年輪の刻まれた額、黒くかさついた眉間から覗く、純粋な目。


「カナル、海で偉いのは、波乗りがうまいやつでも、ケンカが強いやつでもない。

お金を持っていたって、ここでは何の意味もない。


唯一、尊敬に値するのが年の功だ。」


年功序列?古いよ、兄ぃ。

時代を先どるカッコいい若者や、サーフィンのうまい人が尊敬に値すると思うよ。


頷きつつも、スタイリッシュなサーフィンを魅せる人の動きを目で追っていた。



その日のセットの間隔は長く、沖には誰もいない。


*セット=いくつかの波が重なり、1.5倍ほどの高さの波が2.3本まとまって、やってくること。

通常10~20分に1度くる。1日に数回、2倍ほどの高さの波がくることを、お化けセットと言う。



突然、背中の曲がったおじいさんが、すーっと沖に出る。


お化けセットだ!一斉に皆、沖を目指すが時すでに遅し。


その日一番大きな波を悠然と乗り、皆は波に呑みこまれながらも、笑顔で迎える。


サーフトリップのススメ



「俺達が生まれる前から、あの人はこの海を知っているんだろう。

自然と向き合う時、信じられるものは経験でしかない。


都会の人間社会だってそうだ。年輩者は、俺達が生まれる前から、この社会を見てきている。

だから尊敬を込めて、挨拶をしろ。」


自分の浅はかだった態度が恥ずかしくなり、もう一度、挨拶をする。


『良い波乗れよ、見てるからな。』



僕はあのおじいさんの年輪が羨ましかった。

幸も不幸も、振りかかる全ての出来事が経験として刻まれる。



これからの人生が楽しみで仕方ない。





















砂浜、また持ってかれたな。



千葉県屈指のサーフスポットとして知られる一宮海岸。

黒い砂と縦に伸びる堤防が印象的な、スポットだ。


防風林を抜けて海に出ると、砂浜の崖が待っている。



今日は久しぶりにマサト兄ぃが、僕のバディだ。


しかし、期待していた波はなく、紅葉の季節とあいまって、海は寂しさを感じさせる。


「今日は、砂をめぐる旅だな。」


ハンドルを切った車は、海とは反対の山へと、疾走する。

何の変哲もない小川、最近整備されたであろう、コンクリートの川岸が真新しい。


「砂は石や川岸が削られて、気の遠くなるような年月をかけて、小さな粒になる。

カナル、コンクリートが砂になるのは、何年かかる?」

僕はハッとした。

人の生活を守る為に整備された物が、自然の営みを変えている。


車は川を下り、河口へと向かう。

まるで砂が何年もかけて下ってきた道を、タイムスリップするかのように、車は駆け下りる。


「海に出た砂は、砂浜となる。当たり前だよな。」


見渡す限りの砂浜。。とはいかない。防風林から10mにも満たない狭いビーチ。

砂達はどこへいってしまったんだろう。


「日本の砂浜は消失の一途だ。海水面の上昇が一因と言われている。」


僕は行き場の無くなった砂を思い、絶滅に瀕する動物達と重ねた。


サーフトリップのススメ



地球という自然の中で、人間はちっぽけな存在だ。そう海に教わった。

なのに、人間の営みが自然の流れを変えている。



声なき自然は、今も人間のすることをじっと静観しているに違いない。


僕にはその姿勢が、強烈なメッセージを放っているように思えた。