元・経済財政諮問会議と金融庁の長官をやっていた某・経済学者(と言えばほとんど誰かわかるが・・・)の講演を聴いた。経済古典について書いた新書の発行記念セミナーで、経済学説の展開が中心だった。
それはそれで勉強になったが、最後にあった会場からの質問、「経済改革の実施を阻むものは何か。日本におけるリーダーシップの不足ではないのか。」に対する回答が面白かった。その回答はおおよそ以下のとおり。
「先日、小泉元首相と自民党大物幹事長と食事をした。『もう一度小泉さんが出るべきだ』と元・幹事長経験者が言った。これに対し小泉氏は、『国民が本当に望めば、その時、リーダーは現れる』と語った。国民は、いま本当に改革が必要とは思っていない。これはマスコミの報道にも大きな問題がある。」
確かに、誰も本当に改革してほしいとは思っていないのかもしれない。もし、本当に全員がそう考えれば、日本の歴史が証明するように、その時にはリーダーが現れるはずだ。
歴史学者カーは、「歴史において真に重要な力は社会的な動きの力であり、たとえそれが個人によって引き起こされたものであっても、それが大勢の人間を巻き込むからこそ重要なのだ」と考えていた。また、ヘーゲルも「偉人とは、その時代の意志を表し、その意志が何かを時代に語りかけ、そしてそれを達成できる人物である。その人物の行うことは、その時代の核心であり本質である。偉人が時代を実現させるのだ。」と言っている。社会の要請に応じてリーダーが現れるのであって、リーダー個人が社会を変革するのではないと看過している(勿論、これと逆の考え方もある)。
現在の政治の空白状況や、TPPや東アジアの緊張関係が高まっていても、白鵬や海老蔵がまず報道されるのは、「多くの人がそれを好むから」だ。それに便乗して、メディアも、きちんと現状を報道していないためでもある。これでは、本当の危機感は生まれない。
同じことは、企業でも言える。いくらトップが「変革」を叫んでも、従業員に危機感が醸成され、これを解決しようという社内世論が形成されていなければ、如何なるアクションも効力を発揮しない。リーダーが変革を実行するには、健全な「危機感」という土壌が必要だ。そして、その土壌を育むのは、国家におけるメディアと同様、社内広報が重要な役割を担っているのかもしれない。
ある外国人のセミナーに参加した。米国と日本の企業モデルの比較が面白かった。
米国では雇用の流動性が高いため、国がセイフティ・ネットを張って失業対策を行う。国が目指す役割は「福祉国家」ということだ。
これに対し、日本では労働市場に流動性がない。十分なセイフティ・ネットに乏しい上、同業間では、「エンジニアの賃金上昇の要因になるので、競合他社で退職者が出ても、お互い採用を控える」という「暗黙の了解」があるそうだ。そのため、自分のキャリアを他社で生かすことが難しく、ある企業に就職すれば、そのまま同じ企業に勤めることになる。業績悪化から解雇をしようとしても、解雇されれば労働者は次の就職先を探すことは困難なので、企業経営者も解雇・レイオフなどは控えることとなる。その結果、企業がロー・パーフォマーも囲い込まざるを得ず、日本では、企業そのものが「福祉企業」になっているという。
これは慧眼と言える。
ちょうど確定申告のシーズンであるが、多くの日本企業では、国に代わってこの膨大な事務作業を請け負っている。税金そのものも、他国とは異なり、国に代わって企業が源泉徴収を行っている(よって、日本人は徴税感が低く、国の支出に対して意識が低いと言われる)。国のセイフティー・ネットが十分ではないため、多くの企業でかなりの社内失業者を抱えているのが現実である。こうした事実は、世界的に見て日本企業の競争力を減退させる。
それにしても、これほど企業が国の事務を請け負っていながら、国の借金が止まらないというのには、何かがおかしいと言わざるを得ない。一般に日本の公務員比率(国民における公務員の比率)は低いと言われているが、企業に事務負担を押し付けているためでもあり、また天下り先機関などを設置して準公務員のようなものを多数抱えているためとも思われる。いきなりどこかの法人に天下るのは批判を受けやすいと、企業をつくってそこに民間企業に出資させるという裏技もあるようだ。
ここで、いくら公務員体制について云々をしても全く意味をなさない。しかし、消費税引き上げの前になすべきは多々あるのではないかと思う。
米国では雇用の流動性が高いため、国がセイフティ・ネットを張って失業対策を行う。国が目指す役割は「福祉国家」ということだ。
これに対し、日本では労働市場に流動性がない。十分なセイフティ・ネットに乏しい上、同業間では、「エンジニアの賃金上昇の要因になるので、競合他社で退職者が出ても、お互い採用を控える」という「暗黙の了解」があるそうだ。そのため、自分のキャリアを他社で生かすことが難しく、ある企業に就職すれば、そのまま同じ企業に勤めることになる。業績悪化から解雇をしようとしても、解雇されれば労働者は次の就職先を探すことは困難なので、企業経営者も解雇・レイオフなどは控えることとなる。その結果、企業がロー・パーフォマーも囲い込まざるを得ず、日本では、企業そのものが「福祉企業」になっているという。
これは慧眼と言える。
ちょうど確定申告のシーズンであるが、多くの日本企業では、国に代わってこの膨大な事務作業を請け負っている。税金そのものも、他国とは異なり、国に代わって企業が源泉徴収を行っている(よって、日本人は徴税感が低く、国の支出に対して意識が低いと言われる)。国のセイフティー・ネットが十分ではないため、多くの企業でかなりの社内失業者を抱えているのが現実である。こうした事実は、世界的に見て日本企業の競争力を減退させる。
それにしても、これほど企業が国の事務を請け負っていながら、国の借金が止まらないというのには、何かがおかしいと言わざるを得ない。一般に日本の公務員比率(国民における公務員の比率)は低いと言われているが、企業に事務負担を押し付けているためでもあり、また天下り先機関などを設置して準公務員のようなものを多数抱えているためとも思われる。いきなりどこかの法人に天下るのは批判を受けやすいと、企業をつくってそこに民間企業に出資させるという裏技もあるようだ。
ここで、いくら公務員体制について云々をしても全く意味をなさない。しかし、消費税引き上げの前になすべきは多々あるのではないかと思う。
かつて、貨幣には、金が決められた分量含まれていた。改鋳の際に、通貨の発行母体が金を手元に残しておきたいなどで、額面金額はそのままにして、金の含有量を減らしたことがあった。市場には、規定の金が含まれた通貨と、少ない金の含有量の2つの通貨が流通することとなる。やがて、貨幣を手にした人々も、2種類の通貨が流通していることを知る。そして、金がきちんと含まれる貨幣は自分で保有し、それ以外のものを市場に放出する。こうして「悪貨」が市場を席巻する。「悪貨は良貨を駆逐する」と当時のイギリス財政顧問の名前にちなんで名付けられたのが「グレシャムの法則」である。
この「悪貨」と「良貨」はさまざまな言葉に置き換えられる。
例えば、企業の人事。「使えない」と言われる人材は社内をグルグルと異動を繰り返すが、「使える」人材はひとつの部門に長く居がちだ。また、良い判断をする人は全体を俯瞰して何かを実行する。しかし、その判断によって誰かの身や既得権を壊すことが多い。被害を受けた方は陰に回って暗躍し、良い判断をした人材の放逐を企てる。良心に従って行動する人材は、往々にして権謀術策で徒党を組んだ人たちによって駆逐される。
仕事においても同様だ。重要な仕事遂行のためには練り上げる時間が必要だ。しかし、通常は切迫性のある報告事項や会議のアレンジなど、付加価値を生まない業務に時間を費やされる。「重要性」を縦軸、「緊急性」を横軸として4象限に区切った場合、最初に手をつけなければならないものは、「重要性」がありかつ「緊急性」の高いもののはずだ。しかし、現実には、多くの職場で「重要性」より「緊急性」が優先される。その結果、バタバタと仕事をしている割りには成果が上がらないということになってしまう。「緊急性は重要性を駆逐する」のである。
人の動きであれ、業務遂行のことであれ、ある程度やむを得ない。これを防ぐには、こうした法則があるのだということを踏まえ、上位の人は、「良貨」を駆逐しないよう心掛けるしかない。
この「悪貨」と「良貨」はさまざまな言葉に置き換えられる。
例えば、企業の人事。「使えない」と言われる人材は社内をグルグルと異動を繰り返すが、「使える」人材はひとつの部門に長く居がちだ。また、良い判断をする人は全体を俯瞰して何かを実行する。しかし、その判断によって誰かの身や既得権を壊すことが多い。被害を受けた方は陰に回って暗躍し、良い判断をした人材の放逐を企てる。良心に従って行動する人材は、往々にして権謀術策で徒党を組んだ人たちによって駆逐される。
仕事においても同様だ。重要な仕事遂行のためには練り上げる時間が必要だ。しかし、通常は切迫性のある報告事項や会議のアレンジなど、付加価値を生まない業務に時間を費やされる。「重要性」を縦軸、「緊急性」を横軸として4象限に区切った場合、最初に手をつけなければならないものは、「重要性」がありかつ「緊急性」の高いもののはずだ。しかし、現実には、多くの職場で「重要性」より「緊急性」が優先される。その結果、バタバタと仕事をしている割りには成果が上がらないということになってしまう。「緊急性は重要性を駆逐する」のである。
人の動きであれ、業務遂行のことであれ、ある程度やむを得ない。これを防ぐには、こうした法則があるのだということを踏まえ、上位の人は、「良貨」を駆逐しないよう心掛けるしかない。
学生時代、ある試合に参加したときのことだ。
相手は強豪チームで、とてもかなう相手ではない。善戦はしたものの結果は「惜敗」。その後の反省会で、尊敬するあるS先輩が口火を切った。「強豪チームを相手にいい試合をした。結果は残念なものであったが、互角に戦えた。この経験をこれからの試合に生かしてもらいたい。」 クラブ一同からの信認が厚いS先輩の暖かい言葉は、チームに少しだけ元気を与えてくれた。
続いて、クラブ・リーダーの発言。
「いまSからいい試合内容だったという発言があった。しかし、どんなにいい試合内容をしようとも、負けは負け。負けた試合にいいも悪いもない。そこに勝負があるのなら、勝たなければならないんだ。」
いつもシビアな発言をするクラブ・リーダーで、部員から慕われているというわけではない。こんな発言をしては、S先輩のメンツもつぶれ、少し元気になったメンバーの気持ちも萎えさせる。誰もが無言でその場を立ち去った。しかし、この言葉が実はズッシリときた。
人生は楽しむことと定義すれば、この言葉は空虚かもしれない。しかし、誰しも、人生の局面・局面で必ず何らかの「勝負」にぶつかるはずである。異性、仕事、ポスト、自分のたてた企画の承認など。こうした場面において、負けてばかりでは楽しくないはずだ。
「勝ち」にこだわれば、負けても次で「勝ち」にいける。「勝ち」を続ければ、精神的にも前向きになれるし、いい循環を生み出すことができる。勝ちを目指し、実現することは大切なことなのだ。
「そこに勝負があるのなら、勝たなければならない」。
相手は強豪チームで、とてもかなう相手ではない。善戦はしたものの結果は「惜敗」。その後の反省会で、尊敬するあるS先輩が口火を切った。「強豪チームを相手にいい試合をした。結果は残念なものであったが、互角に戦えた。この経験をこれからの試合に生かしてもらいたい。」 クラブ一同からの信認が厚いS先輩の暖かい言葉は、チームに少しだけ元気を与えてくれた。
続いて、クラブ・リーダーの発言。
「いまSからいい試合内容だったという発言があった。しかし、どんなにいい試合内容をしようとも、負けは負け。負けた試合にいいも悪いもない。そこに勝負があるのなら、勝たなければならないんだ。」
いつもシビアな発言をするクラブ・リーダーで、部員から慕われているというわけではない。こんな発言をしては、S先輩のメンツもつぶれ、少し元気になったメンバーの気持ちも萎えさせる。誰もが無言でその場を立ち去った。しかし、この言葉が実はズッシリときた。
人生は楽しむことと定義すれば、この言葉は空虚かもしれない。しかし、誰しも、人生の局面・局面で必ず何らかの「勝負」にぶつかるはずである。異性、仕事、ポスト、自分のたてた企画の承認など。こうした場面において、負けてばかりでは楽しくないはずだ。
「勝ち」にこだわれば、負けても次で「勝ち」にいける。「勝ち」を続ければ、精神的にも前向きになれるし、いい循環を生み出すことができる。勝ちを目指し、実現することは大切なことなのだ。
「そこに勝負があるのなら、勝たなければならない」。
ある個人株主と雑談をしていて、以下のことを話された。
「兵庫で自営業をやっている。駅前は閑散としており、商店街もシャッターを下ろしたまま。若いものは次々と都会へ出ていき、人口は年々減少。このままでは限界集落となるのも間近。よって自分の事業も利益を出すのが大変。しかし、利益を出さないと銀行が金を借してくれないので、なんとか利益を出している。ところが、利益を出すと、今度は税務署がほとんどをもっていく。その税金も何に使われているのかサッパリわからない。近くに空港ができたが、伊丹空港へプロペラ機が1日1往復しか飛んでいない。誰も空港が欲しいなどと言っていないのに、いつの間にか空港ができた。1往復では運営費も賄えないだろう。自分の税金もそれに使われているのではないか。生活保護の人は日がな釣りをして、たまに出かけては何がしかをもらっている。必死に働いてもほとんど資産は残せず、こうした福利にまわっていく。これでは生活保護の方がよっぽどまし。事業もやめてしまいたいが、借金があってやめられない。働く者が報われない日本の経済が、復活するはずがない。」
自分は自営業をやっているわけではないので、このことが定かであるのか判断できない。しかし、おおいにありそうな話である。
過去には空港を地元に誘致することが活発であった。一時的に公共工事で潤うものの、どれも小粒で役に立たない。空港さえあれば人の行き来も盛んとなり、地元経済も復興すると考えたのであろう。空港さえあれば、後は何とかなるという発想だ。しかし、その土地に魅力がなければ人も集まらない。その結果、成田・羽田が地方空港の運営費をカバーするため、着陸料が高くなり、国際的な競争力がなくなった(いま慌てて羽田のハブ化を進めているが)。それでも足らずに、不足分を地元の税金で賄っているのだろう。
この風景は、財政難が続いた幕藩体制末期に似ていないか。過去の華美な使いこみの埋め合わせのために、重税が課される。
まじめに働いている人がコストを払わされる一方で、本当の金持ちは、弁護士を雇い、合法的に海外に資金を逃避させている。香港に巨額口座を持つ著名な経済評論家、自らの企業を崩壊させながら米国に多大な資産をもつ企業経営者(誰とは書けないが・・・)。本当は、こちらから徴収したほうが効率的だろう。
過去の日本の歴史がそうであったように、ひずみはマグマとなって大きな地震を起こす。問題は、そのきっかけが何かということだ。
「兵庫で自営業をやっている。駅前は閑散としており、商店街もシャッターを下ろしたまま。若いものは次々と都会へ出ていき、人口は年々減少。このままでは限界集落となるのも間近。よって自分の事業も利益を出すのが大変。しかし、利益を出さないと銀行が金を借してくれないので、なんとか利益を出している。ところが、利益を出すと、今度は税務署がほとんどをもっていく。その税金も何に使われているのかサッパリわからない。近くに空港ができたが、伊丹空港へプロペラ機が1日1往復しか飛んでいない。誰も空港が欲しいなどと言っていないのに、いつの間にか空港ができた。1往復では運営費も賄えないだろう。自分の税金もそれに使われているのではないか。生活保護の人は日がな釣りをして、たまに出かけては何がしかをもらっている。必死に働いてもほとんど資産は残せず、こうした福利にまわっていく。これでは生活保護の方がよっぽどまし。事業もやめてしまいたいが、借金があってやめられない。働く者が報われない日本の経済が、復活するはずがない。」
自分は自営業をやっているわけではないので、このことが定かであるのか判断できない。しかし、おおいにありそうな話である。
過去には空港を地元に誘致することが活発であった。一時的に公共工事で潤うものの、どれも小粒で役に立たない。空港さえあれば人の行き来も盛んとなり、地元経済も復興すると考えたのであろう。空港さえあれば、後は何とかなるという発想だ。しかし、その土地に魅力がなければ人も集まらない。その結果、成田・羽田が地方空港の運営費をカバーするため、着陸料が高くなり、国際的な競争力がなくなった(いま慌てて羽田のハブ化を進めているが)。それでも足らずに、不足分を地元の税金で賄っているのだろう。
この風景は、財政難が続いた幕藩体制末期に似ていないか。過去の華美な使いこみの埋め合わせのために、重税が課される。
まじめに働いている人がコストを払わされる一方で、本当の金持ちは、弁護士を雇い、合法的に海外に資金を逃避させている。香港に巨額口座を持つ著名な経済評論家、自らの企業を崩壊させながら米国に多大な資産をもつ企業経営者(誰とは書けないが・・・)。本当は、こちらから徴収したほうが効率的だろう。
過去の日本の歴史がそうであったように、ひずみはマグマとなって大きな地震を起こす。問題は、そのきっかけが何かということだ。
豊富な読書量が重要と前の日記で書いた。しかし、1点、注意が必要だ。如何にバランスのとれた食事がよいといっても、食べすぎればメタボになる。これと同じで、如何に読書がよいといっても、読み過ぎれば「知的メタボリック」になってしまう。そのためには、知的カロリーを消費することが大切だ。
「読むこと」をインプットとすると、対するアウトプットは「書くこと」と「話すこと」だ。昔から「読み・書き・そろばん」と言われているが、まずは読んで、書く。これが基本と思う。
本を読むと知識が溜まってくる。これが頭の中でグルグルと回り始めると厄介である。「書く」とは、知識を体系的にまとめ、それを表現する作業だ。頭の中を整理するには「まず書いてみる」こと。これで、思考の整理に役立つ。実際に指を動かし、文字にあらわすことで、かなり頭がすっきりしてくる(知的カロリーを消費する)。
勿論、自分の考えをまとめるためだけであれば、殴り書きでもよいが、人に読んでもらうのであれば、以下の留意が必要だ。
①文章はなるべく短く書く(理想は45字前後でワードであれば1行~1行半程度)。
②1行にはひとつの意味のみを含める(「~ながら、」や「~だが、」が入ると読みづらい)。
③漢字よりもひらがなを使う(ひらがなのほうが読みやすい印象を与える)
④形容詞・副詞などは多用しない(特に修飾語は使わない)
⑤とにかく、わかりやすい言葉を使う。
一方、「話す」ことも同様に考え、表現する知的カロリー消費だ。しかし、こちらのほうは、読み返す時間がないので、むしろ難しい。IRをやっていると、株主・投資家向け説明会などがあるが、まず「上がってしまう」のと、どう短い時間に的確な説明をするか、いつも苦慮する。まだ十分ではないが、気をつけなければならない点は以下の通りだ。
①まずは結論を述べ、その背景・経緯を後に話す(「Yes」「No」を先に言う方がテンポが良い)
②1センテンスを短く、1つの意味だけで通す(これは書き言葉と同様)。
③質問にあれこれ答えようとせず、質問内容に絞って短く回答する(不足であれば次の質問が来ることを想定する)。
④形容詞・副詞・修飾語を多用せず、なるべく数値化する(自分にとって「凄い」ということが他人にとっては「大したことがない」こともある)。
⑤専門用語や難しい言葉は避け、平易な言いまわしや比喩を使う。
十分にできてはいないが、書き残して自戒としたい。
「読むこと」をインプットとすると、対するアウトプットは「書くこと」と「話すこと」だ。昔から「読み・書き・そろばん」と言われているが、まずは読んで、書く。これが基本と思う。
本を読むと知識が溜まってくる。これが頭の中でグルグルと回り始めると厄介である。「書く」とは、知識を体系的にまとめ、それを表現する作業だ。頭の中を整理するには「まず書いてみる」こと。これで、思考の整理に役立つ。実際に指を動かし、文字にあらわすことで、かなり頭がすっきりしてくる(知的カロリーを消費する)。
勿論、自分の考えをまとめるためだけであれば、殴り書きでもよいが、人に読んでもらうのであれば、以下の留意が必要だ。
①文章はなるべく短く書く(理想は45字前後でワードであれば1行~1行半程度)。
②1行にはひとつの意味のみを含める(「~ながら、」や「~だが、」が入ると読みづらい)。
③漢字よりもひらがなを使う(ひらがなのほうが読みやすい印象を与える)
④形容詞・副詞などは多用しない(特に修飾語は使わない)
⑤とにかく、わかりやすい言葉を使う。
一方、「話す」ことも同様に考え、表現する知的カロリー消費だ。しかし、こちらのほうは、読み返す時間がないので、むしろ難しい。IRをやっていると、株主・投資家向け説明会などがあるが、まず「上がってしまう」のと、どう短い時間に的確な説明をするか、いつも苦慮する。まだ十分ではないが、気をつけなければならない点は以下の通りだ。
①まずは結論を述べ、その背景・経緯を後に話す(「Yes」「No」を先に言う方がテンポが良い)
②1センテンスを短く、1つの意味だけで通す(これは書き言葉と同様)。
③質問にあれこれ答えようとせず、質問内容に絞って短く回答する(不足であれば次の質問が来ることを想定する)。
④形容詞・副詞・修飾語を多用せず、なるべく数値化する(自分にとって「凄い」ということが他人にとっては「大したことがない」こともある)。
⑤専門用語や難しい言葉は避け、平易な言いまわしや比喩を使う。
十分にできてはいないが、書き残して自戒としたい。
これまで、「尊敬できる上司シリーズ」を書きつづった。
事例として、「責任感」「私心のなさ」「決断力とリーダーシップ」「人蕩し」「逃げない」「気配り」などをあげた。ここで、それぞれの方を思い描きながら、理想のリーダー像を語ってみたい。勿論、これは、あくまでも自分にとっての良いリーダーであり、一般化できるものではない。結局、ある人にとって良きリーダーとは、その人を拾い上げ、スポットを浴びせてくれる人とも言える。よって、人にとってどうかは考えず、「自分にとって」良ければそれでよいと割り切って書いてみる。
3つにまとめてみる。
1.「責任感」
ここでいう責任感とは、「部門で何かあれば(逃げずに)責任を取る」という姿勢だ。リーダーが責任を放棄することほど部下が困ることはない。
自分の経験でも、上司として本当に困ったのは、「権限は上に、責任は下に」というタイプだ。何かで揉めたとき、「それは彼に任せてあります」と、決裁は自分で下したくせに、都合が悪くなると部下に「振る」上司がいた。或いは、相談しても「そんなことはお前が考えろ!」と怒鳴る上司もいた。こうした上司は、「反面教師」として、「絶対に自分はああならない」というサンプルにさせていただいている。
「責任と批判は上に、権限と賞賛は下に」「上にも、横にも、下にも責任を取らせない」と決めてしまうと、腹がすわって決断が速くなる。「責任」を一身に背負うようになると、決断力・実行力という副産物までついてくる。
2.「人間力」
この言葉以外に、よい言葉が思い浮かばないが、他者をそのまま受け入れる包容力のようなものだ。
細かいことをネチネチ指摘することが上司の仕事と勘違いしている人は多い。しかし、「欠点を直すより長所を伸ばす」ことに注力してくれるほうが部下も組織もありがたい。また、こうした人には、他社や他部門からも人が寄ってくるため、情報が集まりやすい。部門間の軋轢も少なくなって部下も仕事がやりやすくなるというものだ。
一言で言えば「度量」の大きさといえるかもしれない。優秀と言われるリーダーであっても、自分より優れたものを排除するリーダーもいる。その人の器以下の人ばかりが集まり、お追従集団となると組織の悲劇である。自分より優れたもの、優れた意見を聞く耳をもつ。何よりも、そうした度量の大きさが求められる。組織は、そのリーダーの器以上に大きくならないと言われるが、上に立つ人物は、懐の大きさ・深さが必要だ。
3.「本質を見抜く力」
これまでの「事例」で、このことに触れたことはなかったため、唐突感はある。ただ、共通して言えることは、本質を瞬時に掴まえる能力があるということだ。
「神は細部に宿る」であり、細かいことをないがしろにするわけではないが、物事の決定にあたって、常に本質を捉えることだ。
いずれの方も、細々とした数値の整合性やつじつまにとらわれることなく、本質に切り込んでこられた。部下は、細かな知識の披露を求めているのではない。大きな方向性を知りたいのである(細々とした内容は、聞くべき人やテキストを教えてくれればよい)。その本質的な考え方に触れることで部下も成長できる。
ところで、こうした資質を持っている方に共通しているのは、豊富な「読書量」である。いずれの方も膨大な読書量がバックにあった。古今東西の書籍を通じ、「リーダーとはどう振る舞うべき」というイメージが出来上がったのであろう。また、本を読むという受動的ながら知的活動を要する行為を通じ、人の意見に耳を傾けるという習慣もできたものと思う。更に、読書を通じて視野を広げ、多くの引き出しをもつことによって、常にものごとの中心、即ち本質が見えるようになったのかもしれない。
まさに「Leaderは、Readerである」だ。
しかし、間違ってはならないのは、「知識量の豊富さ」や「頭の良さ」が、尊敬できるリーダーの要件ではないということだ。確かに、組織において上層部へ登ったのであるから、「バカ」ということはないと思う。しかし、「膨大な知識があるから凄い!」とか「頭がいいので尊敬できる」ということは絶対ない。「知識」は今やインターネットで簡単にとれ、「頭の良さ」も周囲にそうした人物を集めればよい。人物を「器」といったのは言い得て妙であり、リーダーの器量こそが重要な尺度である。
事例として、「責任感」「私心のなさ」「決断力とリーダーシップ」「人蕩し」「逃げない」「気配り」などをあげた。ここで、それぞれの方を思い描きながら、理想のリーダー像を語ってみたい。勿論、これは、あくまでも自分にとっての良いリーダーであり、一般化できるものではない。結局、ある人にとって良きリーダーとは、その人を拾い上げ、スポットを浴びせてくれる人とも言える。よって、人にとってどうかは考えず、「自分にとって」良ければそれでよいと割り切って書いてみる。
3つにまとめてみる。
1.「責任感」
ここでいう責任感とは、「部門で何かあれば(逃げずに)責任を取る」という姿勢だ。リーダーが責任を放棄することほど部下が困ることはない。
自分の経験でも、上司として本当に困ったのは、「権限は上に、責任は下に」というタイプだ。何かで揉めたとき、「それは彼に任せてあります」と、決裁は自分で下したくせに、都合が悪くなると部下に「振る」上司がいた。或いは、相談しても「そんなことはお前が考えろ!」と怒鳴る上司もいた。こうした上司は、「反面教師」として、「絶対に自分はああならない」というサンプルにさせていただいている。
「責任と批判は上に、権限と賞賛は下に」「上にも、横にも、下にも責任を取らせない」と決めてしまうと、腹がすわって決断が速くなる。「責任」を一身に背負うようになると、決断力・実行力という副産物までついてくる。
2.「人間力」
この言葉以外に、よい言葉が思い浮かばないが、他者をそのまま受け入れる包容力のようなものだ。
細かいことをネチネチ指摘することが上司の仕事と勘違いしている人は多い。しかし、「欠点を直すより長所を伸ばす」ことに注力してくれるほうが部下も組織もありがたい。また、こうした人には、他社や他部門からも人が寄ってくるため、情報が集まりやすい。部門間の軋轢も少なくなって部下も仕事がやりやすくなるというものだ。
一言で言えば「度量」の大きさといえるかもしれない。優秀と言われるリーダーであっても、自分より優れたものを排除するリーダーもいる。その人の器以下の人ばかりが集まり、お追従集団となると組織の悲劇である。自分より優れたもの、優れた意見を聞く耳をもつ。何よりも、そうした度量の大きさが求められる。組織は、そのリーダーの器以上に大きくならないと言われるが、上に立つ人物は、懐の大きさ・深さが必要だ。
3.「本質を見抜く力」
これまでの「事例」で、このことに触れたことはなかったため、唐突感はある。ただ、共通して言えることは、本質を瞬時に掴まえる能力があるということだ。
「神は細部に宿る」であり、細かいことをないがしろにするわけではないが、物事の決定にあたって、常に本質を捉えることだ。
いずれの方も、細々とした数値の整合性やつじつまにとらわれることなく、本質に切り込んでこられた。部下は、細かな知識の披露を求めているのではない。大きな方向性を知りたいのである(細々とした内容は、聞くべき人やテキストを教えてくれればよい)。その本質的な考え方に触れることで部下も成長できる。
ところで、こうした資質を持っている方に共通しているのは、豊富な「読書量」である。いずれの方も膨大な読書量がバックにあった。古今東西の書籍を通じ、「リーダーとはどう振る舞うべき」というイメージが出来上がったのであろう。また、本を読むという受動的ながら知的活動を要する行為を通じ、人の意見に耳を傾けるという習慣もできたものと思う。更に、読書を通じて視野を広げ、多くの引き出しをもつことによって、常にものごとの中心、即ち本質が見えるようになったのかもしれない。
まさに「Leaderは、Readerである」だ。
しかし、間違ってはならないのは、「知識量の豊富さ」や「頭の良さ」が、尊敬できるリーダーの要件ではないということだ。確かに、組織において上層部へ登ったのであるから、「バカ」ということはないと思う。しかし、「膨大な知識があるから凄い!」とか「頭がいいので尊敬できる」ということは絶対ない。「知識」は今やインターネットで簡単にとれ、「頭の良さ」も周囲にそうした人物を集めればよい。人物を「器」といったのは言い得て妙であり、リーダーの器量こそが重要な尺度である。
尊敬できる上司シリーズ。その6。
考えてみると、これだけ尊敬できる上司に恵まれていたとは書いていて初めて気がついた。
この方は、誰もが知っている名家のご出身。そのせいか、とても鷹揚で細かいことに忖度しない。とても、ファッションに気を使われる方で、本部のベスト・ドレッサー(女子社員がコッソリ投票していたようだ)に選ばれた。鷹揚なためか、持ち前の明るさのせいか、社内外に人脈が豊富で、多くの人が寄ってきた。
更に、部下となったら、とことん面倒をみた。直属の部下が転職を決めた時も、自腹で送別会を開催するほどだ。その後、その部下の転職先にわざわざ足を運び、上司に「彼をよろしく」と一席設けてたほどだ。
自分の場合も、直属のときはもちろん、その後、別の部署に異動してからも、自分の上司を招いては一席設け、「こいつをよろしく」と頭を下げてくれた。また、いつでも陰ながらにサポートをしてくれていた。いま自分があるのも、この方のお陰と、頭が上がらない。
エゴをむき出しにすることなく、周囲への配慮を欠かさない。人や人間関係を大事にする「気配り」の方であった。
考えてみると、これだけ尊敬できる上司に恵まれていたとは書いていて初めて気がついた。
この方は、誰もが知っている名家のご出身。そのせいか、とても鷹揚で細かいことに忖度しない。とても、ファッションに気を使われる方で、本部のベスト・ドレッサー(女子社員がコッソリ投票していたようだ)に選ばれた。鷹揚なためか、持ち前の明るさのせいか、社内外に人脈が豊富で、多くの人が寄ってきた。
更に、部下となったら、とことん面倒をみた。直属の部下が転職を決めた時も、自腹で送別会を開催するほどだ。その後、その部下の転職先にわざわざ足を運び、上司に「彼をよろしく」と一席設けてたほどだ。
自分の場合も、直属のときはもちろん、その後、別の部署に異動してからも、自分の上司を招いては一席設け、「こいつをよろしく」と頭を下げてくれた。また、いつでも陰ながらにサポートをしてくれていた。いま自分があるのも、この方のお陰と、頭が上がらない。
エゴをむき出しにすることなく、周囲への配慮を欠かさない。人や人間関係を大事にする「気配り」の方であった。
尊敬できる上司シリーズ。その5。
この方は、前の社長。急激に業績が落ち込んだ時に、社長の座をバトンタッチされた。一時は潰れるのではないかと思われたほどの業績悪化を立て直した。ただ、そのために(自分が起こした業績悪化ではないにもかかわらず)全てを背負って邁進されていた。
仕事がら社長の予定を入れざるを得ないが、なかなか入らない。土日も一杯だった。「会社の業績を引き上げるためならプライベートはない」と秘書に言っていたそうだ。土曜に顧客とゴルフ、日曜も接客と続き、月に休めるのは1日あったかどうかであった。その休みにも、海外からのミーティングの話を恐る恐る持っていくと、「会うよ」と一言で即決してくれた。
企業のトップがここまでからだを張って奮闘されれば、その下の社員も何とかしてあげたいと思う。その後、 業績は2年で回復したが、社員の尽力あればこそだ。しかし、その尽力も、トップ自らの禁欲的な奮闘なしにはなしえない。
ある日、たまたま個人的にお話をする機会があった。もう十分に業績は回復して、気持にも余裕ができたと思えたので、「仕事をするうえで、心がけていらっしゃることは何ですか?」と、不躾ながら聞いてみた。
唐突な質問に、しばらく沈黙されていたが、ぽつりと一言。
「逃げない」
まさに、この一言を体現された方であった。
この方は、前の社長。急激に業績が落ち込んだ時に、社長の座をバトンタッチされた。一時は潰れるのではないかと思われたほどの業績悪化を立て直した。ただ、そのために(自分が起こした業績悪化ではないにもかかわらず)全てを背負って邁進されていた。
仕事がら社長の予定を入れざるを得ないが、なかなか入らない。土日も一杯だった。「会社の業績を引き上げるためならプライベートはない」と秘書に言っていたそうだ。土曜に顧客とゴルフ、日曜も接客と続き、月に休めるのは1日あったかどうかであった。その休みにも、海外からのミーティングの話を恐る恐る持っていくと、「会うよ」と一言で即決してくれた。
企業のトップがここまでからだを張って奮闘されれば、その下の社員も何とかしてあげたいと思う。その後、 業績は2年で回復したが、社員の尽力あればこそだ。しかし、その尽力も、トップ自らの禁欲的な奮闘なしにはなしえない。
ある日、たまたま個人的にお話をする機会があった。もう十分に業績は回復して、気持にも余裕ができたと思えたので、「仕事をするうえで、心がけていらっしゃることは何ですか?」と、不躾ながら聞いてみた。
唐突な質問に、しばらく沈黙されていたが、ぽつりと一言。
「逃げない」
まさに、この一言を体現された方であった。
尊敬できる上司シリーズ。その4。元・直属の部長であった方だ。
この方は、人を操るのがうまい。おだてて、調子にのせて、そのくせシッカリと自分の意見は通す。この点、鼻につく人がいることは事実で、ある人は「小商人(こあきんど)」とも呼んでいた。
しかし、部下になってみると、不思議に力をもらえる。部下のいいところを認める、それを周りにも伝える、大げさにみんなの前で誉める、など、ビジネス書にあるとおりと言われればそれまでだが、それが嫌だという者はいない。山本五十六は、「言ってきかせ、やってみせ、やらせてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」と言ったが、まさに「褒める」ということを徹底的に実践した方であった。
多くの上司は、部下の欠点を正す指導をしがちだ。しかし、部下の方は、いつも欠点を指摘されると萎縮してしまう。欠点は欠点として認めるが、それより長所を徹底的に伸ばそうとする上司のもとでは、安心して大きな力を出せる。
また、褒めるのも直接本人に言うだけではなく、裏でもしっかりサポートすることも重要だ。間接話法と言うのは恐ろしいもので、たとえ本人には良いことを言っていても、陰で逆のことを言われていると(往々にしてちゃんと本人の耳に入る)、かなりショックを受けるものである。この点、この「小商人」は世知に長けていて、シッカリとサポートしてくれていた。
それから時間が経過して別々となったが、管理職に昇格したときにメールをいただいた。いまでも「座右の銘」として携行している。①年上の人には礼を忘れずに接する、②他の人でも出来ると思える仕事は決して自分でやらない(責任だけはこちらでとって、うまく進んだら成果はあちらの精神でと考え、下の人に振り分ける)、③上の人からの嫌な話や怒られることは頑張って逃げない、④周りにドンドン教えを乞う、という内容が簡潔に書かれている。そして、最後は、如何にもこの人らしい締め括りになっている(ここだけ全文掲載)。
「⑤絶対に守ること。酒の席でも第三者にも決して部下の悪口や不満を口にしないこと。したら自分の負けです。部下のいないところでは、うそでも良いから部下を褒め続けること。」
全て真似をすることはできないが、この⑤だけは「絶対に守る」ことにしている。人を引きつけ、人を鼓舞する、まさに「人蕩し(ひとたらし)」の方であった。
この方は、人を操るのがうまい。おだてて、調子にのせて、そのくせシッカリと自分の意見は通す。この点、鼻につく人がいることは事実で、ある人は「小商人(こあきんど)」とも呼んでいた。
しかし、部下になってみると、不思議に力をもらえる。部下のいいところを認める、それを周りにも伝える、大げさにみんなの前で誉める、など、ビジネス書にあるとおりと言われればそれまでだが、それが嫌だという者はいない。山本五十六は、「言ってきかせ、やってみせ、やらせてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」と言ったが、まさに「褒める」ということを徹底的に実践した方であった。
多くの上司は、部下の欠点を正す指導をしがちだ。しかし、部下の方は、いつも欠点を指摘されると萎縮してしまう。欠点は欠点として認めるが、それより長所を徹底的に伸ばそうとする上司のもとでは、安心して大きな力を出せる。
また、褒めるのも直接本人に言うだけではなく、裏でもしっかりサポートすることも重要だ。間接話法と言うのは恐ろしいもので、たとえ本人には良いことを言っていても、陰で逆のことを言われていると(往々にしてちゃんと本人の耳に入る)、かなりショックを受けるものである。この点、この「小商人」は世知に長けていて、シッカリとサポートしてくれていた。
それから時間が経過して別々となったが、管理職に昇格したときにメールをいただいた。いまでも「座右の銘」として携行している。①年上の人には礼を忘れずに接する、②他の人でも出来ると思える仕事は決して自分でやらない(責任だけはこちらでとって、うまく進んだら成果はあちらの精神でと考え、下の人に振り分ける)、③上の人からの嫌な話や怒られることは頑張って逃げない、④周りにドンドン教えを乞う、という内容が簡潔に書かれている。そして、最後は、如何にもこの人らしい締め括りになっている(ここだけ全文掲載)。
「⑤絶対に守ること。酒の席でも第三者にも決して部下の悪口や不満を口にしないこと。したら自分の負けです。部下のいないところでは、うそでも良いから部下を褒め続けること。」
全て真似をすることはできないが、この⑤だけは「絶対に守る」ことにしている。人を引きつけ、人を鼓舞する、まさに「人蕩し(ひとたらし)」の方であった。