尊敬できる上司シリーズ。その3。
この方は、ある事業部を一から立ち上げた。米国のNY大のMBAを取り、頭の切れは抜群。丸ドメ(丸でドメスチック)の当社では、やや浮いた存在だった。ただ、どんなに勉強をしても、永遠にこの方を抜くことはできないというくらい優秀な方だった。
能力・実績ともに右に出る人がいない。こちらが困って相談したときには、瞬間に判断、瞬時に電話をかけて問題は即解。「かっこいい~」と思える上司であった。
ある日、役員会に付議するのに、いつもの「根回し」。ふーふー言いながら、それぞれの役員に事前説明(根回し)をやるのだが、「君、いったい何をそんなに忙しそうにしているんだ」とご指摘。何気に、事前説明のことを報告すると、「そんなことは一切やらなくていい。役員は、書面で決裁を求められたら、30秒で決めるのが役員だ。その分の報酬はシッカリもらっているのだから、そんな事前説明など不要。俺がすべてやるから、今後そんなことに時間を費やすな。」と言われた。そして、この方の付議した案件は、全て根回しなしで通っていた。あれやこれや言われて消耗していた自分は、本当に惚れ惚れとしたものだ。
決断力とリーダーシップ 。上司として、この二つを兼ね備えた人ほど、「かっこいい」ものはない。どう頑張っても追い抜くことはできないが、いまでも自分にとっての上司の理想像だ。
尊敬できる上司シリーズ。
この方もかなり年齢は離れていた(自分が担当のときの本部長)。とても小柄で、とにかく本が好き。知識量は並外れていたにもかかわらず、いつもニコニコしながら「ほー」と人の話に耳を傾けた。
上司に迎合することなく、常に自分の良心に従った発言をする。時に疎まれ、関連会社への出向となったりもしたが、「これで本がたくさん読める」と全く意に介しない。
再び本体に戻ったとき、ある大型の投資案件が浮上した。周りの雰囲気に流されることなく一人反対。その結果、一時は干されたものの、その投資案件が失敗に終わり、堂々と反対したが故に副社長に就かれた。
淡々とした態度は変わらず、任期がくれば「これでゆっくり本が読める」とサバサバと退任。恐らく、大量の読書から、権力構造のはかなさを知り、自らの良心に反したことはしないと決めていたのであろう。あるいは、自らの運命は天に任せ、淡々と責務を果たすことを本分としたのかもしれない。「私心がない」ということを体現された方であった。
この方もかなり年齢は離れていた(自分が担当のときの本部長)。とても小柄で、とにかく本が好き。知識量は並外れていたにもかかわらず、いつもニコニコしながら「ほー」と人の話に耳を傾けた。
上司に迎合することなく、常に自分の良心に従った発言をする。時に疎まれ、関連会社への出向となったりもしたが、「これで本がたくさん読める」と全く意に介しない。
再び本体に戻ったとき、ある大型の投資案件が浮上した。周りの雰囲気に流されることなく一人反対。その結果、一時は干されたものの、その投資案件が失敗に終わり、堂々と反対したが故に副社長に就かれた。
淡々とした態度は変わらず、任期がくれば「これでゆっくり本が読める」とサバサバと退任。恐らく、大量の読書から、権力構造のはかなさを知り、自らの良心に反したことはしないと決めていたのであろう。あるいは、自らの運命は天に任せ、淡々と責務を果たすことを本分としたのかもしれない。「私心がない」ということを体現された方であった。
尊敬できる上司が何人かいる。そのうちの一人。年齢はかなり離れていたが、いつも「ウン、ウン」と話を聞いてくれる方がいた。敢えて知らないフリをし、部下に話をさせることに気を配っていた。性格も明るく、考え方も常に前向き。若くして禿げあがっていたが、何故か女性にもてた。
役員になられたが、それから所管の部門で数々の不祥事が発覚。誰もが「あいつの仕業だ」と言って右往左往するなか、社長に申し入れ、全ての責任を負って退任された。「誰かが責任をとらなければ、このままでは収拾がつかない」と申し入れたそうだ。一連の不祥事には一切かかわっていないにも拘らずである。
退任後、関連会社の社長に就かれた。新商品が出ずにシェアも奪われ、赤字が続いて、手の施しようがないと誰もが考えた会社だ。社長就任後、「もう一度、コア事業を見直そう」と社員に訴え、あれよあれよと利益を出す会社に「変身」した。いまでは、利益率などで親会社をはるかに凌ぐ優良企業だ。
企業はトップで変わると言われるが、まさにそのとおりだ。いかに古臭い製品とは言え、自分の強みを徹底的に見直すことで、この会社は蘇った。恐らく、この社長であればこそ、可能だったのだろう。社員の気持ちがひとつになると不可能なことはない。
そして、自分はここにもう一つの側面を見る。責任の取り方だ。
責任を逃れようと右往左往していた人たちの行く末はパッとしない。如何に逃げ回っても、わかる人にはわかる。誰よりも、自分自身がよくわかっているはずである。「出世コース」から外れたとか、そういう問題ではなく、人間として自らの魂を汚してしまった。一方の元・上司は、全責任を負って会社を去ったが、魂の純潔を守った。
この方は、先日、業績を急回復させたことから、社内の「関連会社・社長賞」を受賞された。たかだか、企業の一行事に過ぎない。それでも、見ていて涙が出そうになった。「責任は取るべき時にはシッカリと取る。その上で、気持ちを切り替えて、やるべきことをやる。」 その姿勢を、神様はシッカリ見ていると思う。例え見ていないとしても、少なくとも、自分の人生や仕事の進め方に、大きな影響を残したことは確かだ。
役員になられたが、それから所管の部門で数々の不祥事が発覚。誰もが「あいつの仕業だ」と言って右往左往するなか、社長に申し入れ、全ての責任を負って退任された。「誰かが責任をとらなければ、このままでは収拾がつかない」と申し入れたそうだ。一連の不祥事には一切かかわっていないにも拘らずである。
退任後、関連会社の社長に就かれた。新商品が出ずにシェアも奪われ、赤字が続いて、手の施しようがないと誰もが考えた会社だ。社長就任後、「もう一度、コア事業を見直そう」と社員に訴え、あれよあれよと利益を出す会社に「変身」した。いまでは、利益率などで親会社をはるかに凌ぐ優良企業だ。
企業はトップで変わると言われるが、まさにそのとおりだ。いかに古臭い製品とは言え、自分の強みを徹底的に見直すことで、この会社は蘇った。恐らく、この社長であればこそ、可能だったのだろう。社員の気持ちがひとつになると不可能なことはない。
そして、自分はここにもう一つの側面を見る。責任の取り方だ。
責任を逃れようと右往左往していた人たちの行く末はパッとしない。如何に逃げ回っても、わかる人にはわかる。誰よりも、自分自身がよくわかっているはずである。「出世コース」から外れたとか、そういう問題ではなく、人間として自らの魂を汚してしまった。一方の元・上司は、全責任を負って会社を去ったが、魂の純潔を守った。
この方は、先日、業績を急回復させたことから、社内の「関連会社・社長賞」を受賞された。たかだか、企業の一行事に過ぎない。それでも、見ていて涙が出そうになった。「責任は取るべき時にはシッカリと取る。その上で、気持ちを切り替えて、やるべきことをやる。」 その姿勢を、神様はシッカリ見ていると思う。例え見ていないとしても、少なくとも、自分の人生や仕事の進め方に、大きな影響を残したことは確かだ。
小沢氏起訴について驚きをもって記事を読んだ。2度も検察で不起訴となりながら、「強制起訴」とは・・・。強制起訴という言葉も初めて聞いたが、既に3人も強制起訴を受けているということも知らなかった。
以前、検察審査会は一般の民間人から構成されるため、「提言」に留まると書いた。しかし、検察審査会は結構な力をもっているようだ。ネット上の反応を見ていると、「審査会メンバーの選出段階で検察庁の意向にあったものだけが面接を受けられる(恣意的だ)」「検察庁による委員会の名を借りた強制起訴」「『普通の国』を目指すなど米国が許すはずはなく、米国の意を受けた小沢つぶしだ」などの文言が踊っている。
これらについては「憶測」の域を出ず、自分自身、正しいことかどうかをジャッジできる根拠を持ち合わせていない。しかし、正直な印象は「残念」である。
今回の事件の違法度は弱い。しかし、「政治とカネ」と騒がれると、「真っ黒」というイメージからできあがり、それまでの貢献度や良いところは吹っ飛ばされてしまう。小沢氏は「列島改造論」を打ち上げ、物事を鳥瞰できる上に実行力のある政治家と考えていたが、ダーティーなイメージは払拭されなかった。
かつて、英語でのスピーチ大会に出場した際、文章を読めばプアだと思った相手に負けたことがある。ジャッジ(判定者)に得点表を見せてもらったところ、配点は、
①コンテンツ(内容) :40点
②デリバリー(プレゼン):40点
③イングリッシュ(英語):20点
となっていた。コンテンツでは勝っていたが、デリバリーは相手の点数のほうが圧倒的に高かった。如何に内容が良かろうが、それをうまく運ぶ(デリバリー)ことができなければダメなのだ。
小沢氏も、コンテンツが如何に良くとも、デリバリーが悪いということかもしれない。
人を判断する立場の人間もしょせん「人」。時の権力者からの圧力などで判断がぶれることを警戒し、一般の市民の意見を取り入れる形で、検察審査会や陪審員制度が導入されたと聞いている。その意味で、今回の「強制捜査」は市民の判断が通ったということである。本当の権力をもつ者は市民となりつつあり、如何なる権力者もその監視下に置かれるようになった。その実権者である市民の目線で考え、発言もしなければならないということを、今回の強制捜査は思い知らせたのではないだろうか。
国も企業も個人も、普通の市民に理解される言葉で、きちんとデリバリーをしていくことが重要になってくる。
PS
市民の側も、多くの情報から優良な情報を拾い集め、自らの頭で考えるということが重要となるだろう。その意味で、一方的な価値観で情報を流すいまの新聞は、もっと複眼的な記事を書かなければ、ますます多様な情報のあるネットの方へ人は流れると思う。
小沢氏の問題とは、全く関係がなくなるが、ツイッター上で紹介されたいた「尖閣問題」について以下。本来、新聞はこうした内容をきちんと伝え、市民に正しい判断を促すのが使命と思う。
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2
以前、検察審査会は一般の民間人から構成されるため、「提言」に留まると書いた。しかし、検察審査会は結構な力をもっているようだ。ネット上の反応を見ていると、「審査会メンバーの選出段階で検察庁の意向にあったものだけが面接を受けられる(恣意的だ)」「検察庁による委員会の名を借りた強制起訴」「『普通の国』を目指すなど米国が許すはずはなく、米国の意を受けた小沢つぶしだ」などの文言が踊っている。
これらについては「憶測」の域を出ず、自分自身、正しいことかどうかをジャッジできる根拠を持ち合わせていない。しかし、正直な印象は「残念」である。
今回の事件の違法度は弱い。しかし、「政治とカネ」と騒がれると、「真っ黒」というイメージからできあがり、それまでの貢献度や良いところは吹っ飛ばされてしまう。小沢氏は「列島改造論」を打ち上げ、物事を鳥瞰できる上に実行力のある政治家と考えていたが、ダーティーなイメージは払拭されなかった。
かつて、英語でのスピーチ大会に出場した際、文章を読めばプアだと思った相手に負けたことがある。ジャッジ(判定者)に得点表を見せてもらったところ、配点は、
①コンテンツ(内容) :40点
②デリバリー(プレゼン):40点
③イングリッシュ(英語):20点
となっていた。コンテンツでは勝っていたが、デリバリーは相手の点数のほうが圧倒的に高かった。如何に内容が良かろうが、それをうまく運ぶ(デリバリー)ことができなければダメなのだ。
小沢氏も、コンテンツが如何に良くとも、デリバリーが悪いということかもしれない。
人を判断する立場の人間もしょせん「人」。時の権力者からの圧力などで判断がぶれることを警戒し、一般の市民の意見を取り入れる形で、検察審査会や陪審員制度が導入されたと聞いている。その意味で、今回の「強制捜査」は市民の判断が通ったということである。本当の権力をもつ者は市民となりつつあり、如何なる権力者もその監視下に置かれるようになった。その実権者である市民の目線で考え、発言もしなければならないということを、今回の強制捜査は思い知らせたのではないだろうか。
国も企業も個人も、普通の市民に理解される言葉で、きちんとデリバリーをしていくことが重要になってくる。
PS
市民の側も、多くの情報から優良な情報を拾い集め、自らの頭で考えるということが重要となるだろう。その意味で、一方的な価値観で情報を流すいまの新聞は、もっと複眼的な記事を書かなければ、ますます多様な情報のあるネットの方へ人は流れると思う。
小沢氏の問題とは、全く関係がなくなるが、ツイッター上で紹介されたいた「尖閣問題」について以下。本来、新聞はこうした内容をきちんと伝え、市民に正しい判断を促すのが使命と思う。
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2
ここに原価100円のモノがあるとする。
日本人であれば、この原価をもとに(例えば)「150円」を売値とする。中国であれば「1,000円」とするであろう。
「原価」という概念が希薄ということもあるが、中国では売値は相手との交渉で決まると考えている。定価で表示された金額をそのまま支払う日本人と、値札などあてにしない中国人とでは、交渉のスタイルがそもそも異なる(デパートで価格交渉をすることが、「変」と思われる日本と、交渉しない人を「バカ」と思う中国)。
中国の交渉方法は「初期要求値最大化の原則」である。交渉事は、こちらが提示した以上のものをゲットすることはできない。「150円」とすれば、価格交渉は150円でスタートしなければならない(従って、値決めは80円とか90円になる可能性がある)。一方、スタートを「1,000円」とすれば半分に折れても「500円」、更に折れても「250円」。つまり、初期の要求値は限りなく上げておいた方が絶対に「得」なのだ(よって、当初の要求に激昂することなく冷静に交渉をすることが大事)。
続いて、交渉をすれば、「落とし所」が必要となる。中国での交渉はまさに「口角泡を飛ばす」状況。まるで喧嘩のようだ。中国との交渉を通じた経験からすると、「本当にもうダメ!」となって、机をひっくり返してやろうかと思った時に妥結する。会社でそのような話をしたら、同様の経験をしている先輩がいた。あまりに理不尽な要求を出され、「そこまでできるか!」と交渉を打ち切って空港に向かったところ、「先ほどの条件で進めたい」と相手が先に空港で待っていたというのだ。「もうこれまで」というところまで、ギリギリと交渉を重ね、顔つきや表情などから(それこそ「4000年の歴史」で)「落とし所」を判断していると思う。飽くまでも「人」対「人」なのである。
WTOがどうだろうが、国際ルールがどうだろうが、まず「初期要求値」を上げる。その後、交渉することが前提だからだ。そして、ギリギリと交渉して、「落とし所」を探る。ルール云々というより、「人」対「人」の肉弾戦である。
自分の経験から書いており、正しいかどうかは異論もあろう。しかし、少なくとも思考や交渉方法が、中国と日本では異なる。「相手は自分とは違う」というスタンスにたって議論に臨む。その姿勢が重要と思う。
日本人であれば、この原価をもとに(例えば)「150円」を売値とする。中国であれば「1,000円」とするであろう。
「原価」という概念が希薄ということもあるが、中国では売値は相手との交渉で決まると考えている。定価で表示された金額をそのまま支払う日本人と、値札などあてにしない中国人とでは、交渉のスタイルがそもそも異なる(デパートで価格交渉をすることが、「変」と思われる日本と、交渉しない人を「バカ」と思う中国)。
中国の交渉方法は「初期要求値最大化の原則」である。交渉事は、こちらが提示した以上のものをゲットすることはできない。「150円」とすれば、価格交渉は150円でスタートしなければならない(従って、値決めは80円とか90円になる可能性がある)。一方、スタートを「1,000円」とすれば半分に折れても「500円」、更に折れても「250円」。つまり、初期の要求値は限りなく上げておいた方が絶対に「得」なのだ(よって、当初の要求に激昂することなく冷静に交渉をすることが大事)。
続いて、交渉をすれば、「落とし所」が必要となる。中国での交渉はまさに「口角泡を飛ばす」状況。まるで喧嘩のようだ。中国との交渉を通じた経験からすると、「本当にもうダメ!」となって、机をひっくり返してやろうかと思った時に妥結する。会社でそのような話をしたら、同様の経験をしている先輩がいた。あまりに理不尽な要求を出され、「そこまでできるか!」と交渉を打ち切って空港に向かったところ、「先ほどの条件で進めたい」と相手が先に空港で待っていたというのだ。「もうこれまで」というところまで、ギリギリと交渉を重ね、顔つきや表情などから(それこそ「4000年の歴史」で)「落とし所」を判断していると思う。飽くまでも「人」対「人」なのである。
WTOがどうだろうが、国際ルールがどうだろうが、まず「初期要求値」を上げる。その後、交渉することが前提だからだ。そして、ギリギリと交渉して、「落とし所」を探る。ルール云々というより、「人」対「人」の肉弾戦である。
自分の経験から書いており、正しいかどうかは異論もあろう。しかし、少なくとも思考や交渉方法が、中国と日本では異なる。「相手は自分とは違う」というスタンスにたって議論に臨む。その姿勢が重要と思う。
かつて中国に合弁会社を設立する仕事に携わった。中方との交渉経緯は「一冊の本になる」とも言われたものだ。
(1)初めての打合せで、昼間から白酒(アルコール度60%以上)で乾杯攻撃。午後の打合せは酔い潰れてしまい爆睡。夕方5時ころに起こされ、それからまた「乾杯!」。夜は乾杯専門の肝臓の強い人が表れ、浴びるように飲まされる。翌日の午前に打合せはあるが、頭が働かないまま、また昼から乾杯。そして、同じパターンが続く・・・。
(2)契約交渉はかなり緻密に行ったつもりだが、相手は内容を読みもせずサイン。「お前を信じているから」と言われ、「それとこれとは別だろ~」と何度交渉してもその一点張り。やがて、また乾杯。
(3)色々な問題を想定し、将来の損益計画を詰めていても、「没有問題(問題ない)」とさっさと次に進む。しかし、やがて、想定通りの問題が浮上。「問題ないと言ったではないか!」と詰問しても、「それより、これからどうするかを考えよう」と場当たり的で計画性がない。
(4)契約交渉は終わり、政府承認を得るのに1カ月待ったところ、いきなり「今日、中国に出張してほしい」と連絡がある。聞けば、政府承認がこの文言では「×」なので、文言を変えてくれと言う(それも含めてこれまで交渉したではないか!)。しかも、提出期限が2日後というのだ。いくら交渉しても埒があかず、現地で徹夜して全文を作り直し。サイドレター(覚書)を作ったものの、中方は目を通すこともなくサイン。またまた「お前を信じている」だ。更に、契約書のサイン欄が空欄になっているが、「社長のサインを真似てここにサインしてくれ」と言う。そんなことはできないと言うと、「わかった」と言って、自分たちで勝手にサインをして持って行ってしまった。
(5)契約は発効し、合弁会社は無事(?)設立。ところが工期に間に合わない。こちらは顧客への納入責任があるので、焦って騒いでも、「心配するな」とまた飲みに連れて行かれる(結局、間に合ったが・・・)。
(6)合弁会社での、業者への支払いが滞っている。「どうして期日通りに支払わないのか」と聞けば、「何故、支払う必要があるのか」と聞き返されて絶句。中国の購買は、「業者に如何にお金を支払わないか」で評価されるらしい。日本では「約束通り支払いをすることが重要だ」と言って逆に仰天された。
(7)操業開始後にも想定の問題が浮上。しっかりと覚書を残しておいたので、これを見せて実行を迫った。「その覚書の日付は2年前ではないか。いまと2年前とでは状況が違う。」と反故にされ、怒り心頭。「いくら言われても、できないものはできない」と言われるばかり。
(8)その後、部署を異動し、この合弁会社に関わることはなくなった。ところが、先日ドンパチやった中方交渉担当者が会社にやってきた。「中国人は井戸を掘った人を決して忘れない」のだそうだ。
一連の交渉を通じてわかったこと。
日本人は、①計画性を重視し、②細部にわたって物事を詰め、③文書を重視する。一方、無計画に見える中国のやり方も、①先のことはわからないので現時点での判断を重視する、②大枠を決め細部はその時々で対応する、③文書より人間関係、ということがわかってきた。戦乱の世をくぐり抜けた彼らにとっては、「今」を重視し、飲んで腹を割って「人物」を重視するということに力点があるようだ。
大型の資本投下が中国や韓国でバンバン行われるが、日本では役員会の付議に時間・労力を要す。先の読めないなかで事業計画を作るが、投下資本の回収ができないような「絵」が付議されることはない。一旦「Go」をすればなかなか撤収をできない日本企業に比べ、チャンスがあるとすればドンドン投資し、ダメとわかればさっさと途中で撤退する中国。
長々と書いたのは、合弁交渉のドタバタを残したいわけではない。日本と中国とでは、思考・価値観・考え方がそもそも「違う」のだ。これは「違いがある」というだけで、どちらが優れているかではない。
始めは、こちらの価値観で物事を考えるため、違う価値観の人間を「全くわかっていない!」と見下しがちだ。しかし、何度も怒り心頭なりながら交渉を行っていると、基本的に思考構造が「違う」ことがわかってくる(この点、「中国に人民元はない(田代秀敏氏著)」は参考になる)。
「違い」を「違い」として、まずは認識すること。それから本当に理知的な交渉が始まる。思い返せば、自分は何度も「切れた」が、中方は常に淡々としていた。中方は、まさに「粛々と」その場その場に起こることを処理していたのだ。長年の交渉を踏まえたもので、もしかしたら、一枚上手だったのかもしれない。
同じ価値観だけのものが集まっても、相手を攻撃してヒステリックになるばかりだ。全ての人には「違い」がある。このことを出発点として、交渉を行うことが重要だ。
(1)初めての打合せで、昼間から白酒(アルコール度60%以上)で乾杯攻撃。午後の打合せは酔い潰れてしまい爆睡。夕方5時ころに起こされ、それからまた「乾杯!」。夜は乾杯専門の肝臓の強い人が表れ、浴びるように飲まされる。翌日の午前に打合せはあるが、頭が働かないまま、また昼から乾杯。そして、同じパターンが続く・・・。
(2)契約交渉はかなり緻密に行ったつもりだが、相手は内容を読みもせずサイン。「お前を信じているから」と言われ、「それとこれとは別だろ~」と何度交渉してもその一点張り。やがて、また乾杯。
(3)色々な問題を想定し、将来の損益計画を詰めていても、「没有問題(問題ない)」とさっさと次に進む。しかし、やがて、想定通りの問題が浮上。「問題ないと言ったではないか!」と詰問しても、「それより、これからどうするかを考えよう」と場当たり的で計画性がない。
(4)契約交渉は終わり、政府承認を得るのに1カ月待ったところ、いきなり「今日、中国に出張してほしい」と連絡がある。聞けば、政府承認がこの文言では「×」なので、文言を変えてくれと言う(それも含めてこれまで交渉したではないか!)。しかも、提出期限が2日後というのだ。いくら交渉しても埒があかず、現地で徹夜して全文を作り直し。サイドレター(覚書)を作ったものの、中方は目を通すこともなくサイン。またまた「お前を信じている」だ。更に、契約書のサイン欄が空欄になっているが、「社長のサインを真似てここにサインしてくれ」と言う。そんなことはできないと言うと、「わかった」と言って、自分たちで勝手にサインをして持って行ってしまった。
(5)契約は発効し、合弁会社は無事(?)設立。ところが工期に間に合わない。こちらは顧客への納入責任があるので、焦って騒いでも、「心配するな」とまた飲みに連れて行かれる(結局、間に合ったが・・・)。
(6)合弁会社での、業者への支払いが滞っている。「どうして期日通りに支払わないのか」と聞けば、「何故、支払う必要があるのか」と聞き返されて絶句。中国の購買は、「業者に如何にお金を支払わないか」で評価されるらしい。日本では「約束通り支払いをすることが重要だ」と言って逆に仰天された。
(7)操業開始後にも想定の問題が浮上。しっかりと覚書を残しておいたので、これを見せて実行を迫った。「その覚書の日付は2年前ではないか。いまと2年前とでは状況が違う。」と反故にされ、怒り心頭。「いくら言われても、できないものはできない」と言われるばかり。
(8)その後、部署を異動し、この合弁会社に関わることはなくなった。ところが、先日ドンパチやった中方交渉担当者が会社にやってきた。「中国人は井戸を掘った人を決して忘れない」のだそうだ。
一連の交渉を通じてわかったこと。
日本人は、①計画性を重視し、②細部にわたって物事を詰め、③文書を重視する。一方、無計画に見える中国のやり方も、①先のことはわからないので現時点での判断を重視する、②大枠を決め細部はその時々で対応する、③文書より人間関係、ということがわかってきた。戦乱の世をくぐり抜けた彼らにとっては、「今」を重視し、飲んで腹を割って「人物」を重視するということに力点があるようだ。
大型の資本投下が中国や韓国でバンバン行われるが、日本では役員会の付議に時間・労力を要す。先の読めないなかで事業計画を作るが、投下資本の回収ができないような「絵」が付議されることはない。一旦「Go」をすればなかなか撤収をできない日本企業に比べ、チャンスがあるとすればドンドン投資し、ダメとわかればさっさと途中で撤退する中国。
長々と書いたのは、合弁交渉のドタバタを残したいわけではない。日本と中国とでは、思考・価値観・考え方がそもそも「違う」のだ。これは「違いがある」というだけで、どちらが優れているかではない。
始めは、こちらの価値観で物事を考えるため、違う価値観の人間を「全くわかっていない!」と見下しがちだ。しかし、何度も怒り心頭なりながら交渉を行っていると、基本的に思考構造が「違う」ことがわかってくる(この点、「中国に人民元はない(田代秀敏氏著)」は参考になる)。
「違い」を「違い」として、まずは認識すること。それから本当に理知的な交渉が始まる。思い返せば、自分は何度も「切れた」が、中方は常に淡々としていた。中方は、まさに「粛々と」その場その場に起こることを処理していたのだ。長年の交渉を踏まえたもので、もしかしたら、一枚上手だったのかもしれない。
同じ価値観だけのものが集まっても、相手を攻撃してヒステリックになるばかりだ。全ての人には「違い」がある。このことを出発点として、交渉を行うことが重要だ。
「むかし、ある行商人が荷車を曳いて商売をしていた。多くの荷を積んだまま、急な登り坂を上がらなければならず、行商人は周りに助けを求めた。しかし、いくら助けを求めても誰も助けてくれない。やむなく一人で荷車を引っ張って登ることにした。すると、周りの人たちが「一人で引き上げるのは大変だ」と手伝ってくれた。『掛け声ではなく、自らがまず動けば人も動く』と、その行商人(のちに木下藤吉郎と名付けられた)は悟った。」
ある本で読んだ物語で、事実かどうかの確証がない。仮に、たとえ話としても、良い話として記憶している。
「独立自尊」も、単に批判・批評をしているのみでは、本当の意味の「独立自尊」とは言えない。「批判された人物の銅像は立つが、批判した人間の銅像が立った試しがない」というのは真実である。しっかりとした自己の見識を築いたら、やはり自らが行動するしかない。
「蟷螂(とうろう)の斧」という中国の言葉がある。蟷螂はカマキリのことで、巨大な敵にカマキリの斧で立ち向かう。ある意味では勇敢だが、自分の力量もわきまえないことをするという例えである。
これまでの自分のブログ・ツイッターなどを読み返しても、天下国家を語るところもあった。また、現在の日中問題や検察、経済政策などについて、ネット上でさまざまな意見が出されている。まずはきちんとした見識をもつことが重要ではある。しかし、「着眼大局 着手小局」。いくらネットで天下国家を論じたところで(このブログは自分の思考の整理のために書いているので提言などではないが)まさに「蟷螂の斧」と言えよう。
個人の「独立自尊」とは、周りが如何なる状況であろうと、個人自らの責務を果たすことだ。日本や民主党がどうだとか、会社がどうだとかいうことは超越して、「個人として何ができるか」を問うことである。
福沢諭吉は、「個人の独立なくして、国家の独立なし」と残している。ケネディは「国が諸君に何をしてくれるかを問う勿れ。諸君が国に何をできるのかを問い給え(Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.)」と就任演説で語った。個人の自立を図り、例え小さなことであっても、一人ひとりが(いまの流行語となっている)「粛々と」実行することが、全体を良くしていく。
アラブのことわざに、「百の予言より、一滴の雨」というものがある。ワーワー言うより、良きひとつの「実行」こそが大事なのだ。
ある本で読んだ物語で、事実かどうかの確証がない。仮に、たとえ話としても、良い話として記憶している。
「独立自尊」も、単に批判・批評をしているのみでは、本当の意味の「独立自尊」とは言えない。「批判された人物の銅像は立つが、批判した人間の銅像が立った試しがない」というのは真実である。しっかりとした自己の見識を築いたら、やはり自らが行動するしかない。
「蟷螂(とうろう)の斧」という中国の言葉がある。蟷螂はカマキリのことで、巨大な敵にカマキリの斧で立ち向かう。ある意味では勇敢だが、自分の力量もわきまえないことをするという例えである。
これまでの自分のブログ・ツイッターなどを読み返しても、天下国家を語るところもあった。また、現在の日中問題や検察、経済政策などについて、ネット上でさまざまな意見が出されている。まずはきちんとした見識をもつことが重要ではある。しかし、「着眼大局 着手小局」。いくらネットで天下国家を論じたところで(このブログは自分の思考の整理のために書いているので提言などではないが)まさに「蟷螂の斧」と言えよう。
個人の「独立自尊」とは、周りが如何なる状況であろうと、個人自らの責務を果たすことだ。日本や民主党がどうだとか、会社がどうだとかいうことは超越して、「個人として何ができるか」を問うことである。
福沢諭吉は、「個人の独立なくして、国家の独立なし」と残している。ケネディは「国が諸君に何をしてくれるかを問う勿れ。諸君が国に何をできるのかを問い給え(Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.)」と就任演説で語った。個人の自立を図り、例え小さなことであっても、一人ひとりが(いまの流行語となっている)「粛々と」実行することが、全体を良くしていく。
アラブのことわざに、「百の予言より、一滴の雨」というものがある。ワーワー言うより、良きひとつの「実行」こそが大事なのだ。
最近の竹中平蔵氏のツイッター。
「明日から秋学期の授業が始まる。しっかりと自立した人間になるために、若い人たちには思いっきり勉強してほしい。ひたすら政府に頼る一部の国民と、それに媚びる政治家の相互作用が、いまの停滞した社会を作ってしまった。自助自立の精神でいこう。」
氏が勤める慶應義塾大学の基本思想は「独立自尊」。上の「自助自立」と同様の考え方と思う。個人自らを高め、自らの判断を重視し、自らに誇りをもって生きようという、いい意味での「個人主義」の確立だ。
データ改ざん事件、尖閣問題などから、暴走検察やら弱腰外交といった言葉が踊るようになった。「場」や「空気の論理」が従来から支配する日本では、何か起こったときに、その「場」の雰囲気で一方向に流れやすい(これは国のみならず企業でも同じ)。欧米では、一方的に流れる議論のなかで、敢えて反対意見を述べる「devil's advocate」という役回りが演じられることもあるが、なぜか日本の場合、「場」が白熱すると、一方的な流れに押し切られやすい(戦前の「貴様、非国民か!」的となって思考停止)。
今日のサンデー・フロントラインでは、朱教授を中国側の意見の代弁者として登場させていた。日本人ばかりの「場」の雰囲気が占める中で、言いたいことも十分に言えなかったように見受けられるが、日本人だけで議論をするのではなく、こうして先方の立場を「一旦は聞く」ことからスタートすることは良いことだと思う。感情よりもファクトを重視し、論理を積み上げたディベートとなると理想的だ。
多様な意見を取り入れ、多角的に分析し、一旦引いて冷徹に考える。その「場」の雰囲気ではなく、それぞれが思考する個人となり、それぞれが独自の意見を展開する。異なる意見にも、「異なる意見がある」というだけでこれを重視し、冷静に意見を聞いて自らの判断を行う。こうした「独立自尊」の個人が増えることで、本当に豊かな市民社会ができるのだと思う。
「明日から秋学期の授業が始まる。しっかりと自立した人間になるために、若い人たちには思いっきり勉強してほしい。ひたすら政府に頼る一部の国民と、それに媚びる政治家の相互作用が、いまの停滞した社会を作ってしまった。自助自立の精神でいこう。」
氏が勤める慶應義塾大学の基本思想は「独立自尊」。上の「自助自立」と同様の考え方と思う。個人自らを高め、自らの判断を重視し、自らに誇りをもって生きようという、いい意味での「個人主義」の確立だ。
データ改ざん事件、尖閣問題などから、暴走検察やら弱腰外交といった言葉が踊るようになった。「場」や「空気の論理」が従来から支配する日本では、何か起こったときに、その「場」の雰囲気で一方向に流れやすい(これは国のみならず企業でも同じ)。欧米では、一方的に流れる議論のなかで、敢えて反対意見を述べる「devil's advocate」という役回りが演じられることもあるが、なぜか日本の場合、「場」が白熱すると、一方的な流れに押し切られやすい(戦前の「貴様、非国民か!」的となって思考停止)。
今日のサンデー・フロントラインでは、朱教授を中国側の意見の代弁者として登場させていた。日本人ばかりの「場」の雰囲気が占める中で、言いたいことも十分に言えなかったように見受けられるが、日本人だけで議論をするのではなく、こうして先方の立場を「一旦は聞く」ことからスタートすることは良いことだと思う。感情よりもファクトを重視し、論理を積み上げたディベートとなると理想的だ。
多様な意見を取り入れ、多角的に分析し、一旦引いて冷徹に考える。その「場」の雰囲気ではなく、それぞれが思考する個人となり、それぞれが独自の意見を展開する。異なる意見にも、「異なる意見がある」というだけでこれを重視し、冷静に意見を聞いて自らの判断を行う。こうした「独立自尊」の個人が増えることで、本当に豊かな市民社会ができるのだと思う。
北京郊外の盧溝橋には2度訪れたことがある。1度目はかなり以前で、そのころ周辺は出入り自由。近くに掘っ立て小屋のような記念館があった。2度目は2年前だったが、きれいに外装が施され、近くに巨大な「抗日戦線記念博物館」ができていた(高校生が多数見学)。盧溝橋への入場には料金が必要となり、フィーを払って中に入ると、「リューベン!(日本)」と指をさされ、やや慄然とした。新たにできたプレートには「日中両軍が対峙していたが、突然日本軍が攻撃をしかけた」とある。一方、日本の教科書では「中国側から1発の銃声が聞かれ、狼狽した日本軍が動いて紛争が始まった」と教えられたと記憶している。
かつて、小泉元首相が、靖国神社を訪問し、日中関係が悪化したことがあった。「なぜこのような内政干渉を行うのか」と、当時、(テレビにもよく出演する)在日の某中国人大学教授に聞いたことがある。曰く、「第二次大戦前に、中国は日本へ多大な賠償金を支払い辛酸をなめた。大戦後、当然、多額の賠償金を請求するべしという議論が中国国内にあった。しかし、当時の中国指導者は(将来的な日中関係を見越して)賠償請求を放棄した。『一部の日本人(A級戦犯)が日本国民を扇動して起こした戦争であり、日本国民に責はない』と説得したのだ。その一部の日本人(A級戦犯)が奉納されている神社に、首相が頭を垂れられると、つじつまが合わなくなり、国内の暴発を押さえきれない」と語っていた(よって分祀されれば参拝は問題ない)。
今回、中国船長があっという間に釈放された。かつて、ある新聞社の編集委員から、「実は、日本と中国の東シナ海(中国では「東海」)周辺の国境は明確に決まっていない」と伺ったことがある。日本の主張する国境と中国とではその境界が異なり、国際法上は「どちらも正しい」と解釈されている。このこと自体は新聞各社の編集委員の間では常識化しているが、そのようなことを書いてもデスクが取り上げないし、仮に取り上げれば騒動になるので、日本側の主張で全ての原稿を書く「慣わし」になっているそうだ。
立場が異なれば見える景色も異なる。
別に、中国側に同調・擁護しているのではない。要は、それぞれの国、或いはそれぞれの立場で、異なる視点があるということだ。
本来、新聞の使命とは、こうした複眼的な意見・見解をきちんと「市民」に提示し、「市民」の議論・判断を促すことである。
検察も国際法上のことを勘案して釈放したの「かも」しれない。外交には機密事項があることは理解できるが、やはり責任の所在を明確にして「透明度」をあげ、外交を勘案したのであれば政府が、法解釈を勘案したのであれば最高検察が、記者会見で説明を行うべきであろう。一地検が外交を勘案して方針を覆すなど、あってはならないし、あるはずもない。
個人的には、東シナ海でのガス田開発に中国が着手したということのほうが気がかりである。今回のものは1年もしたら紙面には載らなくなる。しかし、ガス田開発は1年後も続けられる。「強硬に対処する」とのことだが、どう対抗するのであろうか。いずれ、領土問題にも真正面から向かわざるを得なくなるであろう。
かつて、小泉元首相が、靖国神社を訪問し、日中関係が悪化したことがあった。「なぜこのような内政干渉を行うのか」と、当時、(テレビにもよく出演する)在日の某中国人大学教授に聞いたことがある。曰く、「第二次大戦前に、中国は日本へ多大な賠償金を支払い辛酸をなめた。大戦後、当然、多額の賠償金を請求するべしという議論が中国国内にあった。しかし、当時の中国指導者は(将来的な日中関係を見越して)賠償請求を放棄した。『一部の日本人(A級戦犯)が日本国民を扇動して起こした戦争であり、日本国民に責はない』と説得したのだ。その一部の日本人(A級戦犯)が奉納されている神社に、首相が頭を垂れられると、つじつまが合わなくなり、国内の暴発を押さえきれない」と語っていた(よって分祀されれば参拝は問題ない)。
今回、中国船長があっという間に釈放された。かつて、ある新聞社の編集委員から、「実は、日本と中国の東シナ海(中国では「東海」)周辺の国境は明確に決まっていない」と伺ったことがある。日本の主張する国境と中国とではその境界が異なり、国際法上は「どちらも正しい」と解釈されている。このこと自体は新聞各社の編集委員の間では常識化しているが、そのようなことを書いてもデスクが取り上げないし、仮に取り上げれば騒動になるので、日本側の主張で全ての原稿を書く「慣わし」になっているそうだ。
立場が異なれば見える景色も異なる。
別に、中国側に同調・擁護しているのではない。要は、それぞれの国、或いはそれぞれの立場で、異なる視点があるということだ。
本来、新聞の使命とは、こうした複眼的な意見・見解をきちんと「市民」に提示し、「市民」の議論・判断を促すことである。
検察も国際法上のことを勘案して釈放したの「かも」しれない。外交には機密事項があることは理解できるが、やはり責任の所在を明確にして「透明度」をあげ、外交を勘案したのであれば政府が、法解釈を勘案したのであれば最高検察が、記者会見で説明を行うべきであろう。一地検が外交を勘案して方針を覆すなど、あってはならないし、あるはずもない。
個人的には、東シナ海でのガス田開発に中国が着手したということのほうが気がかりである。今回のものは1年もしたら紙面には載らなくなる。しかし、ガス田開発は1年後も続けられる。「強硬に対処する」とのことだが、どう対抗するのであろうか。いずれ、領土問題にも真正面から向かわざるを得なくなるであろう。
昨日は、高校同窓の集まりで飲んだ。そこでふと話題となったのが、「日給月給」「月給」制。
明治時代に創業した企業には、「日給月給」制と「月給」制がある(勿論、全ての企業にある訳ではなく、またあったとしても人事系のみが知っている場合もある)。この言葉を知っていたのは、明治創業の企業に勤めている2名のみで、あとは「?」。
「日給月給」とは「日雇い」である。かつて工場で働く人たちは「日給」を集計して週の終わりに一週間分の給料をもらった。「日給」者は、週末に給料をもらうとそのまま飲み明かして給料を使い果たし、翌週、また土日に飲むことを目指して仕事についた。いまでも、インドをはじめ多くの国・地域で「Dry Day」(禁酒の日)がある。給料日以降数日間、酒屋での酒類の販売を法律で禁止するのであるが、同様の事態を防ぐためである。
一方の「月給」は文字通り月にまとめて給料をもらう人で、主にホワイトカラー。「月給」者は当時名誉なことで、「日給」から「月給」に移行した家では、赤飯を炊いて祝ったそうだ。時代とともに、「日給」者では近所にも格好が悪いということで、給与計算は一日単位で行い、給与支払いは月単位で行うこととなった。これが「日給月給」である。
今ではこのような言葉は聞かれない。しかし、明治・大正創業の企業では給与計算として残っている企業も多い(当社も残っている)。裁量労働・フレックスといっても、間接部門の話であって、工場勤務者には適用できないのである。
なぜこの話を持ち出しているかと言うと、「日本の様々な制度にはまだ明治のものが多く残っている」ということだ。民間企業でさえ、このような状態であり、日本の法体系は、明治時代の大陸法中心で、法律類も教育基本法・労働基準法など、明治のものがベースとなっている(但し、会社法はようやく最近見直され、経理基準はIFRSの影響で国際基準に変更されつつある)。
おりしも特捜検察がFDディスクを書き換えたことが報じられている。検察のやり方についても明治時代のものが踏襲されているのではないか。
かつて、沖縄での暴行事件で、米国は兵士の日本への引渡しを拒んだ。理由は「透明性がない」というもの。米国では、取調室にはカメラが設置してあり、調書に至るまでの経緯が全て保管され、要求すれば再現してもらえる。一方、今回の騒動でも話題となったとおり、日本での取調べは密室で行われ、これを「監視」する手立てはない。米国としても、一方的な裁きを受けても抗弁する監視手段がなく、そのようなところには引き渡せないというものだった。
また、現在、中国漁船問題についても、中国側が過敏に反応している。一般的には、中国の国内問題から目を背けるために対日姿勢を強めていると言われているが、(明治からの)密室での供述取得について抗弁したくなるのは当然である。何より中国こそ密室主義であり、その怖さをよく知っているのは中国なのだ。もし、供述記録の全てがカメラで撮られ、要求すれば見ることができれば、もう少し沈静化しているのではないか。いま求められているは、かつてと違って「透明性」である。
日本の歴史では、「天皇→貴族→武士→官僚」と権限が徐々に民間に落ちてきている。21世紀は、官僚から「市民」の時代である。市民がきちんと監視をし、市民のための政治を行う仕組みを市民が考える時代となるであろう。明治に確立された官主体の体制から、市民主体の体制への切り替えが胎動し始めている。「天皇→貴族→武士→官僚」という「→」のところでは、大きな体制変換があった。「武士→官僚」は「江戸→明治」となるが、この間に、日本は世界を見渡した体制を作り上げたのである。当然、当時の武士たちは反対し、明治には多くの武士が失業した。今度は、、官僚が反対し、官僚の失業もでよう。しかし、それでも、新しい世界を見渡した「新しい体制づくり」がなされなければならない。「明治との決別」である。
インターネット、ブログ、ツイッター、グローバル化などと言われ、見た目には世の中が急速に変化したように見える。しかし、それを支えるOSの部分は、まだ「MS-DOS」のようなものだ。急速な変化と明治からの制度疲労をもつOS。この2つの軋轢が閉塞感を生んでいる。英断をもって「明治(19世紀)との決別」ができるのか。これが、これからの日本の進路を決めるものと思う。
明治時代に創業した企業には、「日給月給」制と「月給」制がある(勿論、全ての企業にある訳ではなく、またあったとしても人事系のみが知っている場合もある)。この言葉を知っていたのは、明治創業の企業に勤めている2名のみで、あとは「?」。
「日給月給」とは「日雇い」である。かつて工場で働く人たちは「日給」を集計して週の終わりに一週間分の給料をもらった。「日給」者は、週末に給料をもらうとそのまま飲み明かして給料を使い果たし、翌週、また土日に飲むことを目指して仕事についた。いまでも、インドをはじめ多くの国・地域で「Dry Day」(禁酒の日)がある。給料日以降数日間、酒屋での酒類の販売を法律で禁止するのであるが、同様の事態を防ぐためである。
一方の「月給」は文字通り月にまとめて給料をもらう人で、主にホワイトカラー。「月給」者は当時名誉なことで、「日給」から「月給」に移行した家では、赤飯を炊いて祝ったそうだ。時代とともに、「日給」者では近所にも格好が悪いということで、給与計算は一日単位で行い、給与支払いは月単位で行うこととなった。これが「日給月給」である。
今ではこのような言葉は聞かれない。しかし、明治・大正創業の企業では給与計算として残っている企業も多い(当社も残っている)。裁量労働・フレックスといっても、間接部門の話であって、工場勤務者には適用できないのである。
なぜこの話を持ち出しているかと言うと、「日本の様々な制度にはまだ明治のものが多く残っている」ということだ。民間企業でさえ、このような状態であり、日本の法体系は、明治時代の大陸法中心で、法律類も教育基本法・労働基準法など、明治のものがベースとなっている(但し、会社法はようやく最近見直され、経理基準はIFRSの影響で国際基準に変更されつつある)。
おりしも特捜検察がFDディスクを書き換えたことが報じられている。検察のやり方についても明治時代のものが踏襲されているのではないか。
かつて、沖縄での暴行事件で、米国は兵士の日本への引渡しを拒んだ。理由は「透明性がない」というもの。米国では、取調室にはカメラが設置してあり、調書に至るまでの経緯が全て保管され、要求すれば再現してもらえる。一方、今回の騒動でも話題となったとおり、日本での取調べは密室で行われ、これを「監視」する手立てはない。米国としても、一方的な裁きを受けても抗弁する監視手段がなく、そのようなところには引き渡せないというものだった。
また、現在、中国漁船問題についても、中国側が過敏に反応している。一般的には、中国の国内問題から目を背けるために対日姿勢を強めていると言われているが、(明治からの)密室での供述取得について抗弁したくなるのは当然である。何より中国こそ密室主義であり、その怖さをよく知っているのは中国なのだ。もし、供述記録の全てがカメラで撮られ、要求すれば見ることができれば、もう少し沈静化しているのではないか。いま求められているは、かつてと違って「透明性」である。
日本の歴史では、「天皇→貴族→武士→官僚」と権限が徐々に民間に落ちてきている。21世紀は、官僚から「市民」の時代である。市民がきちんと監視をし、市民のための政治を行う仕組みを市民が考える時代となるであろう。明治に確立された官主体の体制から、市民主体の体制への切り替えが胎動し始めている。「天皇→貴族→武士→官僚」という「→」のところでは、大きな体制変換があった。「武士→官僚」は「江戸→明治」となるが、この間に、日本は世界を見渡した体制を作り上げたのである。当然、当時の武士たちは反対し、明治には多くの武士が失業した。今度は、、官僚が反対し、官僚の失業もでよう。しかし、それでも、新しい世界を見渡した「新しい体制づくり」がなされなければならない。「明治との決別」である。
インターネット、ブログ、ツイッター、グローバル化などと言われ、見た目には世の中が急速に変化したように見える。しかし、それを支えるOSの部分は、まだ「MS-DOS」のようなものだ。急速な変化と明治からの制度疲労をもつOS。この2つの軋轢が閉塞感を生んでいる。英断をもって「明治(19世紀)との決別」ができるのか。これが、これからの日本の進路を決めるものと思う。