"Food for Thought"

"Food for Thought"

日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

【こころは遺伝する】 ロバート・プロミン 著

 

 「ガーディアン紙」の「一度本書を読んでしまえば、二度と同じ目で世界を見れなくなる」という禁断の書。近年、注目されている「行動遺伝学」の本です。

 

 一言で言うと、「個人差のほとんどは遺伝によって説明され、DNAこそが『自分らしさ』の青写真だ」というもの(原文タイトルも“Blueprint; How DNA Makes US Who We Are”)。「氏か育ちか」の議論で言えば「氏(DNA)」の決定要因が大きいと言います。遺伝率の平均は50%で残りは環境要因に影響を受けるそうですが、環境からどういった影響を受けるか(=本人がどう感じるか)もDNAによるもので、「心理学で用いられる環境要因のほとんどが、大きな遺伝的影響」であると断じます。年齢を経るごとにDNA影響が発現し、親の接し方や教育云々よりDNAだと言います。

 

 訳者の安藤寿康もこの行動遺伝学の信奉者ですが、並行して読んだ『運は遺伝する』(橘玲、安藤寿康)の方が分かりやすいかも知れません。ただ、個人的な経験でも環境から影響を受けたこともあり(どう感じたかはDNAによるのかもしれませんが)、また周囲を見渡しても遺伝では全てを語り尽くせないないと思うのですが如何でしょうか。仏教の「縁起」を信奉していた自分には、本書の「DNA推し」に接し、「同じ目で世界を見れなく」なったのですが、別の立場の人の論評も聞いてみたいと思った一冊です。

【狭間国家の地政学】 廣瀬 陽子 著

 

 「狭間国家」とは、大国に挟まれた環境にあって、独自の戦略・思考をもって生き抜く国々のこと。本書では、「南コーカサス三国、東欧、中央アジア、バルト三国と周辺国」の章立てを設け、ロシア周辺の16ヵ国の動きを描出されています。地政学では、「ハートランド(ロシア)」と「リムランド(周辺国)」という概念がありますが、「単に大国に翻弄される存在としてではなく、地理的・歴史的な制約の中でも、自ら選択肢を作り、大国との関係を調整しながら生き抜いていく主体」として描きたかったとのこと。

 

本書が素晴らしい点は、大国に挟まれた各国の思考・行動パターンが詳述されるのに加え、隣国・周辺国とは必ず物議・紛争・係争が起こるということも論評されている点です。得てして日本だけが周辺国と揉めているように感じてしまうのですが、国境を挟み、力のある国々と対峙すれば何がしかの軋轢が生じるということがよく理解でき、大変示唆に富みます。また、ロシアと国境を長距離に接しているスウェーデンでは、「包括的安全保障」と称して、万一の場合の備え、食料・エネルギー・核シェルターが万全に準備され、ポーランドでも、訓練やサイバー対策など、驚くほどの対策をとっている点にも驚かされました。

 

廣瀬先生は、こうした「狭間国家」の分析を行った上で、何か一つに頼ることなく、「複線化」することを提唱されています。ロシア・ウクライナの関係では、よく小泉悠氏とともにTVなどで論評されますが、実はこの二国に留まらず、とてもダイナミックなご研究をされていることがよくわかる一冊です。

 

【ブティック】 池井戸 潤 著

 

 「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ(始めは弱火で温め、一気に強火にして沸騰)」の本。前半戦で「どうもな~」と思っても、最後まで読むと凄さがわかります。因みに、この「ブティック」というのは衣料関係ではなく、小規模なM&Aブティック(アドバイザー)のこと。

 

 大手銀行に愛想をつかし、15人ほどのM&Aブティックに転職した主人公を軸に、M&Aストーリーが展開。第6章までは章ごとに案件が異なりますが、それぞれ前振りが長いわりに終わり方は簡潔(まだ弱火で温め中)。ところが、ここが伏線にもなっていて、第7章~最終章は、本格的な「ディール」となります(強火で沸騰)。ここの部分は、さすが池井戸潤の本領発揮というところでしょうか。

 

 用語には作中の人物が解説を入れ、分かりやすくできています。(実は自分も経験があるのですが)後半の「ディール」部分はまさにM&Aの圧巻シーンと思います。執筆協力をしたM&Aブティックの経験・知見をもとに書かれたと思いますが、まさに手に汗握る展開(「うわ~、そうきたか~!」の場面)。M&Aに関心のある方は、ややこしい専門書を手に取る前に、こうしたドロドロとした人間関係が物を言う本書をまずは手に取ることをお薦めします。新聞・ニュースに出ているM&A案件や委任状争奪戦も「実態は、きっとこんな感じなのだろうな」と、その意味でも勉強になった一冊です。

 

【大洋に一粒の卵を求めて】 塚本 勝巳 著

 

 8月1日の日経「リーダーの本棚」で、資金運用会社のトップが筆頭にあげた本。うなぎの卵がどこにあるかを綴った本と言えばそれまでですが、自他ともに認める「うなぎフェチ」としては是非とも読まなくてはなりません。筆頭にあげられた本だけに、これは確かに面白いです。

 

 地球の歴史に始まり、何故うなぎと同様の回遊魚(サケ、アユ、スズキなど)が海と川を巡るのか(著者は何かで居心地が悪くなって移動する「脱出理論」を提唱)、うなぎが卵を産む場所を、「海山域仮説」「新月仮説」「塩分フロント仮説(故郷の匂い「マリンスノー」)」などの仮説を立てて実験・検証。14年もかけて、南太平洋の10m2(2階建ての家一軒相当)という狭小エリアにしかないという卵を見つけ出します。この狭い場所で、産卵から36時間で孵化する卵を見つけ出すプロセスは、手懸りをもとに犯人探しをするミステリー小説のようです(文章もとても読みやすい)。

 

 卵を見つけるためだけに14年もかけたという、この根性には脱帽です。うなぎの名著と言えば、『旅するウナギ』(黒木真理)もありますが、およそ3,000kmも泳いで目の前で蒲焼になっていると思うと、「お疲れさまでした」と手を合わせていただかなければと思った一冊です。

 

【つないだ手】 植松 三千里 著

 

 7月7日のNHK「知恵泉」で紹介された澤田美喜。あまり知らなかったので、出演していた著者の本を読んでみました。

 

 祖父は岩崎弥太郎、夫は外交官の澤田廉三という「上流階級」にいながら、戦後の米軍兵士と日本人女性の間にできた孤児たちを、私財を投げうって設立した「エリザベス・サンダース・ホーム」という施設に収容・育成。これだけを聞くと美談ながら、孤児たちが成長するにつれて受ける差別や澤田美喜自身やホームに対する嫉妬・偏見などで、ほぼ苦闘の連続。最後には、これが報われるような形とはなるもの、よくぞここまで不屈の精神でやり終えたものと感心しました。

 

 不勉強ながら、澤田美喜は、日経「私の履歴書」でも連載し、これをもとにした『黒い肌と白い心』という書籍もあるそうです。因みに、「知恵泉」に出演したサヘル・ローズもイラン・イラク戦争での戦争孤児。この経験から、女優業の傍ら、人権活動家として世界を渡った記録、『生きることから、すべては始まる』という書籍も上梓。(一投稿で二つ紹介してはいけないのかも知れませんが…)併せて読んでみましたが、古今東西の思想家の言葉が引用され、知性派女優という印象を持ちました。

 

【炎と水】 山岡 淳一郎 著

 

 本書は、著者による現地や関係者へのインタビューをもとに、外部から中村哲を浮かび上がらせたノンフィクションです。中村哲の考え・活動に加え、当時の経済・政治動向、関係者の経歴や証言などが多数盛り込まれ、多角的に見ることができます。

 

 医療から井戸掘り、そしてクナール川の灌漑活動と、後半に向けて盛り上がってきます。クナール川の水をガンペリ砂漠に引き込み、人口は3万人から15万人に増え、ここでとれる食料は今や65万人の生活を支えるに至ります。因みに、並行して見たドキュメンタリー映画「良心の実弾~医師・中村哲が遺したもの」では、このビフォー・アフターが映し出されますがこれは圧巻。さらに、「百鬼夜行の街」で身の危険を感じながら事業に邁進したにも拘らず、凶弾に倒れる本書の最終章も圧巻です。

 

 中村哲は、村民が意見を出し合いながら長老が差配する「民主的な」現地事情をわきまえずに多くの混乱を生じさせる「三つのU(USA、UK、UN)が嫌い」だったと言います。一方、JICA理事長だった緒方貞子とは意見を戦わせる相手ながら、JICAとの共同事業は良好で、国ごとに異なる状況に合わせる重要性を知らされました。

 

 最終章では、日本に戻った元メンバーが、「こんなに水と緑があふれた国ってないですよ」と呟きますが、ここまで読むと納得できます。また、ガンペリ砂漠の灌漑工事には、江戸時代に構築された中村哲の地元・山田堰を参考にしたそうですが、中村哲の事績のみならず、先人の知恵や日本とは異なる現地事情など、さまざまに考えさせられた一冊です。

 

【旅して学ぶ台湾】 赤松 美和子ほか 著

 

 「これ、本当に『ジュニア版』ですか?」と言いたくなるほど、しっかりした内容です。修学旅行や個人旅行の際の参考にとのことですが、平易な文章で台湾の歴史とお薦めスポットが紹介されています。

 

 つい400年前まで文字がなく、台湾の「古代史」については謎が多いようですが、それ以降から現代までの台湾の通史が理解できる入門書と言えます。何となく、「国民党が台湾に逃れて…」程度しか知らなかったのですが、地理的に微妙な位置にある上、多くの先住民がいて、統治や民主化についての多くの事件が発生。それが故に、日本よりも進んだジェンダーやマイノリティへの配慮が行き届いている実態もわかりました。各パートでは、関連した「お薦めスポット」が紹介され、これ1冊持っていけば、台湾の歴史と共に観光がばっちり楽しめる工夫がなされています。

 

 台湾には1度しか行ったことがなく、当面、予定もないのですが、台湾の中華料理はガチ美味しいと聞いており、その際には必携したい1冊です。

【なぜ米国はイランに負けたのか】 齊藤 貢 著

 

 このところ、よくメディアに登場される元・駐イラン大使の最新著。外交官として、イランのみならず、エジプト、サウジアラビア、イスラエル、イラク、UAE、オマーン(大使)に勤務し、独特の分析をされています。漫画・アニメ好きで、「トムとジェリー」「呪術廻戦」などを例に挙げて解説されるのでとても分かりやすいです。

 

 本書は普段話されていることをまとめた内容。①トランプは名前だけにブラフをかけて短期間でケリをつけようとする「ポーカー」に対しイランはじっと盤上を眺めて先手を読む「チェス」、②「ニューヨークの不動産屋」(即断即決型)対「ペルシャ絨毯の商人」(絨毯を買うのには半年かかる)、で両者の戦い方は全く違うとの指摘。「軍事」大国に真っ向から対抗するのではなく、「石油」という「非対称」の武器で戦っているとも分析しています。イラン人は長い歴史を通じて知的・合理的で、現時点ではイラン側に軍配が上がりそうながら、ときに傲慢・強欲となって失敗することもあると予見します。

 

 察するに、出版社からホテルに缶詰めにされて短期間で書き上げたようで、繰り返しが多い点はありますが、普段、米国発の情報に接することが多い中、イランという国の考え方や中東情勢を知るには格好の一冊です。

 

【それでも息子を日本の小学校に通わせたい】 山崎 エマ 著

 

 著者は、英国人の父親と日本人の母親の間に生まれた「ハーフ」。小学校までは大阪で育ち、中学校からはインターナショナルスクールへ。その後、ニューヨーク大学映画制作学部で映画について学び、卒業後は「モンキービジネス」「甲子園」などの映画監督としてドキュメンタリー映画を制作。「小学校~それは小さな社会」から生まれた「Instruments of a Beating Heart」は、第97回(2025年)米アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネート。本書からの著者の経歴は以上のとおりです。

 

 見た目からも「ハーフ」として扱われ、小さい頃からアイデンティティに悩んだと言います。日本の小学校では、「横の比較」が当たり前なのに対し、インターナショナルスクールでは「縦の成長」(各自がどれだけ成長できたか)を重視するのにショックを受け、こうした本人の経歴を通じて、日米の教育方法や文化の違いがわかります。その後の米国での体験を通じ、日本の小学校で学ぶ当たり前のこと(「他者との共生を実現する」「組織の中で自分の役割を果たす」)が、実は極めて優れた価値を持っていることを体感し、これを「小学校」という映画で表現するに至っています。

 

 米国で生き残るために自己主張の固まりとなって、米国人の夫から逆に諫められる場面もあったようで、やや本人の自叙伝的な内容であることは否めません。ただ、これを割り引いても、日本の学校教育の良さや日米間の文化・価値観の違い、映画業界の内情などを知る上では興味深い内容が盛りだくさんです。日本の小学校教育は、「どのシステムより優れている」とベタ褒めで、現在、世界中で取り入れられつつあるようですが、問題は大学以上の高等教育なのかなという思いをもった一冊です。

 

「Instruments of a Beating Heart」(約23分)

https://www.youtube.com/watch?v=DRW0auOiqm4

 

【フロイトの灯】 西 見奈子 著

 

 某Podcastで著者の話を聞いて読んでみたもので、フロイトの生涯を関係する人や思索とともにたどっていくものです。

 

フロイトというと、夢判断や無意識が思い浮かぶのですが、本書は、「精神分析は性愛なしには語ることはできない」とのことで、主にこちらに焦点をあてた内容。「誘惑理論」という初耳の言葉が出てきて、後半では男性器・女性器について縷々語られるのですが、これらがそれほど人間の精神に影響を与えるものなのか、「う~ん」という感じでした。

 

 文章は平易で、フロイトの生い立ちや思考がわかる「フロイト入門」とも言えますが、お子ちゃまの自分には、どうもピンとこないところもある一冊でした。