国民性(日中)の違いについて(2) | "Food for Thought"

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日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

ここに原価100円のモノがあるとする。

日本人であれば、この原価をもとに(例えば)「150円」を売値とする。中国であれば「1,000円」とするであろう。

「原価」という概念が希薄ということもあるが、中国では売値は相手との交渉で決まると考えている。定価で表示された金額をそのまま支払う日本人と、値札などあてにしない中国人とでは、交渉のスタイルがそもそも異なる(デパートで価格交渉をすることが、「変」と思われる日本と、交渉しない人を「バカ」と思う中国)。

中国の交渉方法は「初期要求値最大化の原則」である。交渉事は、こちらが提示した以上のものをゲットすることはできない。「150円」とすれば、価格交渉は150円でスタートしなければならない(従って、値決めは80円とか90円になる可能性がある)。一方、スタートを「1,000円」とすれば半分に折れても「500円」、更に折れても「250円」。つまり、初期の要求値は限りなく上げておいた方が絶対に「得」なのだ(よって、当初の要求に激昂することなく冷静に交渉をすることが大事)。

続いて、交渉をすれば、「落とし所」が必要となる。中国での交渉はまさに「口角泡を飛ばす」状況。まるで喧嘩のようだ。中国との交渉を通じた経験からすると、「本当にもうダメ!」となって、机をひっくり返してやろうかと思った時に妥結する。会社でそのような話をしたら、同様の経験をしている先輩がいた。あまりに理不尽な要求を出され、「そこまでできるか!」と交渉を打ち切って空港に向かったところ、「先ほどの条件で進めたい」と相手が先に空港で待っていたというのだ。「もうこれまで」というところまで、ギリギリと交渉を重ね、顔つきや表情などから(それこそ「4000年の歴史」で)「落とし所」を判断していると思う。飽くまでも「人」対「人」なのである。

WTOがどうだろうが、国際ルールがどうだろうが、まず「初期要求値」を上げる。その後、交渉することが前提だからだ。そして、ギリギリと交渉して、「落とし所」を探る。ルール云々というより、「人」対「人」の肉弾戦である。

自分の経験から書いており、正しいかどうかは異論もあろう。しかし、少なくとも思考や交渉方法が、中国と日本では異なる。「相手は自分とは違う」というスタンスにたって議論に臨む。その姿勢が重要と思う。