これまで、「尊敬できる上司シリーズ」を書きつづった。
事例として、「責任感」「私心のなさ」「決断力とリーダーシップ」「人蕩し」「逃げない」「気配り」などをあげた。ここで、それぞれの方を思い描きながら、理想のリーダー像を語ってみたい。勿論、これは、あくまでも自分にとっての良いリーダーであり、一般化できるものではない。結局、ある人にとって良きリーダーとは、その人を拾い上げ、スポットを浴びせてくれる人とも言える。よって、人にとってどうかは考えず、「自分にとって」良ければそれでよいと割り切って書いてみる。
3つにまとめてみる。
1.「責任感」
ここでいう責任感とは、「部門で何かあれば(逃げずに)責任を取る」という姿勢だ。リーダーが責任を放棄することほど部下が困ることはない。
自分の経験でも、上司として本当に困ったのは、「権限は上に、責任は下に」というタイプだ。何かで揉めたとき、「それは彼に任せてあります」と、決裁は自分で下したくせに、都合が悪くなると部下に「振る」上司がいた。或いは、相談しても「そんなことはお前が考えろ!」と怒鳴る上司もいた。こうした上司は、「反面教師」として、「絶対に自分はああならない」というサンプルにさせていただいている。
「責任と批判は上に、権限と賞賛は下に」「上にも、横にも、下にも責任を取らせない」と決めてしまうと、腹がすわって決断が速くなる。「責任」を一身に背負うようになると、決断力・実行力という副産物までついてくる。
2.「人間力」
この言葉以外に、よい言葉が思い浮かばないが、他者をそのまま受け入れる包容力のようなものだ。
細かいことをネチネチ指摘することが上司の仕事と勘違いしている人は多い。しかし、「欠点を直すより長所を伸ばす」ことに注力してくれるほうが部下も組織もありがたい。また、こうした人には、他社や他部門からも人が寄ってくるため、情報が集まりやすい。部門間の軋轢も少なくなって部下も仕事がやりやすくなるというものだ。
一言で言えば「度量」の大きさといえるかもしれない。優秀と言われるリーダーであっても、自分より優れたものを排除するリーダーもいる。その人の器以下の人ばかりが集まり、お追従集団となると組織の悲劇である。自分より優れたもの、優れた意見を聞く耳をもつ。何よりも、そうした度量の大きさが求められる。組織は、そのリーダーの器以上に大きくならないと言われるが、上に立つ人物は、懐の大きさ・深さが必要だ。
3.「本質を見抜く力」
これまでの「事例」で、このことに触れたことはなかったため、唐突感はある。ただ、共通して言えることは、本質を瞬時に掴まえる能力があるということだ。
「神は細部に宿る」であり、細かいことをないがしろにするわけではないが、物事の決定にあたって、常に本質を捉えることだ。
いずれの方も、細々とした数値の整合性やつじつまにとらわれることなく、本質に切り込んでこられた。部下は、細かな知識の披露を求めているのではない。大きな方向性を知りたいのである(細々とした内容は、聞くべき人やテキストを教えてくれればよい)。その本質的な考え方に触れることで部下も成長できる。
ところで、こうした資質を持っている方に共通しているのは、豊富な「読書量」である。いずれの方も膨大な読書量がバックにあった。古今東西の書籍を通じ、「リーダーとはどう振る舞うべき」というイメージが出来上がったのであろう。また、本を読むという受動的ながら知的活動を要する行為を通じ、人の意見に耳を傾けるという習慣もできたものと思う。更に、読書を通じて視野を広げ、多くの引き出しをもつことによって、常にものごとの中心、即ち本質が見えるようになったのかもしれない。
まさに「Leaderは、Readerである」だ。
しかし、間違ってはならないのは、「知識量の豊富さ」や「頭の良さ」が、尊敬できるリーダーの要件ではないということだ。確かに、組織において上層部へ登ったのであるから、「バカ」ということはないと思う。しかし、「膨大な知識があるから凄い!」とか「頭がいいので尊敬できる」ということは絶対ない。「知識」は今やインターネットで簡単にとれ、「頭の良さ」も周囲にそうした人物を集めればよい。人物を「器」といったのは言い得て妙であり、リーダーの器量こそが重要な尺度である。