学生時代、ある試合に参加したときのことだ。
相手は強豪チームで、とてもかなう相手ではない。善戦はしたものの結果は「惜敗」。その後の反省会で、尊敬するあるS先輩が口火を切った。「強豪チームを相手にいい試合をした。結果は残念なものであったが、互角に戦えた。この経験をこれからの試合に生かしてもらいたい。」 クラブ一同からの信認が厚いS先輩の暖かい言葉は、チームに少しだけ元気を与えてくれた。
続いて、クラブ・リーダーの発言。
「いまSからいい試合内容だったという発言があった。しかし、どんなにいい試合内容をしようとも、負けは負け。負けた試合にいいも悪いもない。そこに勝負があるのなら、勝たなければならないんだ。」
いつもシビアな発言をするクラブ・リーダーで、部員から慕われているというわけではない。こんな発言をしては、S先輩のメンツもつぶれ、少し元気になったメンバーの気持ちも萎えさせる。誰もが無言でその場を立ち去った。しかし、この言葉が実はズッシリときた。
人生は楽しむことと定義すれば、この言葉は空虚かもしれない。しかし、誰しも、人生の局面・局面で必ず何らかの「勝負」にぶつかるはずである。異性、仕事、ポスト、自分のたてた企画の承認など。こうした場面において、負けてばかりでは楽しくないはずだ。
「勝ち」にこだわれば、負けても次で「勝ち」にいける。「勝ち」を続ければ、精神的にも前向きになれるし、いい循環を生み出すことができる。勝ちを目指し、実現することは大切なことなのだ。
「そこに勝負があるのなら、勝たなければならない」。