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"Food for Thought"

日々考えていることを、自分の思考をまとめるためにも書きつづっています。

「ジェロントロジー」という言葉をご存知でしょうか。直訳すると「老年学」。日本ではまだほとんど知られていない言葉ですが、欧米では第二次世界大戦後から研究されています。人間の老化によるさまざまな影響をとらえ、「衰え」ではなく「生涯発達」の観点から向き合おうというものです。先週、「産業ジェロントロジスト」の方のお話しを伺いました。

 

人の能力には、「流動性能力」と「結晶性能力」とがあるそうです。①新しい知識取得をする「流動性能力」は年齢とともに伸びなくなるものの、②より深い思考を促す「結晶性能力」は加齢によっても向上する(これを書いている本人は別ですが…)、③日本全体が高齢化するのでシニアの「働き方」がこれから重要、とのことでした。

 

よく言われることですが、「働く」とは「『傍』(はた)を『楽』(らく)にすること」。身近な周りの人を楽にしてあげると、「働く」ことになります。これだと、年齢に関係なくできそうですね。

 

ところで、鳥取と島根は、「山陰のライバル」で超マイナーな戦いをしています。鳥取からは首相が出たことがなく、石破茂氏に期待したいところですが、どうも県民からは「目が怖い」と評判がよくありません。一方の島根からは、竹下登氏が首相になっています。「気働き」で偉くなったとも言われ、以下の名言が、いまでも自民党で語り継がれています。

 

   汗は自分でかきましょう 

 手柄は人にあげましょう

 

   

 

「傍楽」だけでなく「気傍楽」だと、こうなるのかもしれませんね。

かつて、「将来の夢は何?」と聞かれると、「漫画家!」と答えていました。小学校の時には藤子不二雄氏を訪問したり、大学のクラブの入部案内を漫画で描いていました。影響を受けたのは、やはり手塚治虫氏。「ブラックジャック」は今でも永遠の名作と思いますが、「火の鳥」も素晴らしいです(最近のでは「ワンピース」も泣けますが、さすがに長くて…)。

 

 

「火の鳥」(未来編)では、マサトという人物が火の鳥から永遠の命を与えられます。その前に、火の鳥は極小の世界へとマサトを連れてゆき、素粒子の上にも生物が生きている場面を見せます。続いて、極大の世界へと行き、宇宙がひとつの粒子にしか過ぎず、それが集まって生命(宇宙生命:コスモゾーン)を作っていて、全てが繋がっていることを教えます。

 

いまでは、①宇宙はひとつの「”ユニ”バース」ではなく、複数ある「”マルチ”バース」のひとつであること、②いまの世界と同じ現実が「パラレル・ワールド」として別に存在しうること、③素粒子を突き詰めると「ゼロ・ポイント・フィールド」という「場」に移行して全てが繋がること、などが量子学という新しい分野から立証されつつあります(量子コンピューターができると、過去に亡くなった方と会話ができるとも…)。

 

しかし、これらのことは、手塚治虫氏が生きていたころは考えられないことでした。漫画家でありながら漫画の世界にとどまらず、色々なことに思いを巡らせたのでしょう。手塚治虫氏は、漫画家を目指す若者にこう言っています。

 

  君たち、漫画から漫画の勉強をするのをやめなさい。

  一流の映画を見ろ、一流の音楽を聴け、一流の芝居を見ろ、一流の本を読め。

  そしてそれから自分の世界を作れ。

素っ頓狂な声を出して、見る人を惹きつける「ジャパネットたかた」の高田元社長。あの声のトーンひとつで、売上が大きく変わってしまうので、本番前は大変だったそうです。

 

 

高田氏は、話す際に、自分から目の前にあるカメラを見据え、その奥にいる消費者を意識しながら、少し引いて全体の場面がどう映るかも考えて話すとうまくいくと、ある人に語ったそうです。すると、その人に「それは、世阿弥の考えと同じですね」と言われ、早速、世阿弥の著書を購入。世阿弥は、能を舞うときには以下の三つの視点が必要と、まさに同じ内容を書き残していたのです。

 

 我見:   自分の側から相手を見る視点

 離見:   相手が自分を見る視点

 離見の見: 自分自身の姿を離れた場所から客観的に眺める視点

 

ということで、先週、どんなものかと「能」を見に行ってきました。ゆったりと流れる時間と、研ぎ澄まされた芸。ウトウトっとしそうになったところで急に盛り上がる場面もあり、さすが長らく続いた芸は違うと感銘を受けました。

 

プリゼンや人前で話すこともあると思いますが、「我見」「離見」「離見の見」をちょっと考えながらやるといいのかもしれません。

ダイバーシティの会合に、サクラで参加依頼があり、話を聞いてきました。米国では、1890年から研究が開始され、ダイバーシティは既に20年前(1990年代)には終了している由です。日本では、性別・年齢・国籍など「表層(見てわかる差)」部分を中心に論議されていますが、「深層(付きあってわかる差)」部分に移っており、「深層の多様性」が主眼だそうです。確かに、本当の人の違いとは、深層部分の違いなのかもしれません。表層部分ではない、個々の価値観・考え方の違いをうまく引き出し、どうシナジー効果を出すかという「インクルージョン」が旬な話題とのことで少し勉強になりました。

 

とはいっても、見えない深層部分の違いを見極めるのはなかなか大変です。そもそも、自分の強み・弱みなど自分が一番わからないとも言えます(弱みの矯正より、強みを伸ばすほうがよいですね)。

 

   才能を隠してはならない。

   それは、使うためにつくられたものだ。

   日陰に置かれた日時計に

   いったい何の意味があるだろう。(ベンジャミン・フランクリン)

 

「ストレングス・ファインダー」というのをご存知でしょうか。米国の調査会社ギャラップが世界中で調査を行っており、以下の本のWebアンケートに答えるとご自身の強み5つが強い順にわかります。

 

「さぁ、才能(じぶん)に目覚めよう」(トム・ラス著)

 

かつて部内でやってみてもらったことがあるですが、全員バラバラ。まさに「深層の多様性」でした。因みに、福本の強みとして出たのは以下の5つ(誰でも5つ出てきます)。

 

 1.包含

 2.着想

 3.収集力

 4.最上志向

 5.ポジティブ

 

「戦略性」とか「コミュニケーション」とかを期待したのですが、「包含」が1位でガッカリ。ただ、これ、英語では「インクルージョン」。結構、先端いっているんですね(笑)。

 

「私もやりたいので貸してください」とか「図書館で借りよう」とかは不可。一冊ごとに別のアクセスコードがついて、本を買わないとチェックできません。お金をもらえて、世界中のデータを収集・分析するとは(さらにこうして宣伝も)、米国のビジネス・モデルって凄いです。

 

連休は、「新・北斎展」を見に行ってきました。NHK「日曜美術館」で美術展が放映されると、その後は、いつも激混み。よって、2月10日(日)の放映前日、雪の予報で人出もまばらと踏んで出かけてみました。雪のパラつく中、窓口に行けば「50分待ち」。かといって今さら引き返す気にもなれず、約40分待って入場してきました。外国人や若い方も多く、本物の人気なのだとよくわかりました(ゴッホなども浮世絵を取り入れています)。

 

 

数々の浮世絵や肉筆画があり、どれも繊細・精緻なうえ、彩色も鮮やか。よくこれだけ描いたものだと感心しました。20歳ころから90歳で亡くなるまで描き続けたそうですが、

 

 86歳になればますます腕は上達し、

 90歳ともなると奥義を極め、

 100歳に至っては正に神妙の域に達するであろう

 

と、書き残しています。織田信長が「人生、わずか50年」と謡っていた少し後の時代にありながら、100歳を視野に絵を極めようとしたその気魄には頭が下がりました。いま、「人生100年時代」と言いますが、これだけの気概が必要なのだと別の意味でも感銘を受けた展示会でした。

 

PS

因みに、日本画家は長寿の人が多いです。指に膠を溶いて色を作るのが体に良いという人もいますが、真偽は定かではありません。

私事で恐縮ですが、先週、ようやく母の弔事関係が終了しました。法要、口座の閉鎖、遺品処分、住宅の売却交渉、相続問題、仏壇移動、などなど…、鳥取とのやり取り中心で、結構大変でした。昨年5月の他界から8カ月もかかり、人ひとり亡くなるのは大変なことだと痛感しました。みなさまには色々とご迷惑をおかけいたしました。

 

随分前ですが、父の他界の際には、母が全部やってくれ、大変さがわかりませんでした。それより、父の人生を振り返って、「人は泣きながら生まれ、苦しみながら生き、落胆のうちに死ぬ」(トーマス・フラー)という言葉どおりだったと、しばらく鬱々とした日々を過ごしていました。そんなとき、ある雑誌でお薦め本No.1を見つけ、試しに以下の本を発注。急に気分が軽くなった覚えがあります。

 

「成功の実現」 中村天風 著

 

いまでも150版以上を重ねています。周りがどうあろうと、心を積極的に保ち、ネガティブな言葉を使わないというトーンです。

 

  絶対に消極的な言葉は使わないこと

  否定的な言葉は口から出さないこと

  悲観的な言葉なんか、断然もう

  自分の言葉の中にはないんだと

  考えるぐらいな厳格さを

  もっていなければだめなんです

 

自分がお墓に入る時には、お棺に入れるよう家族には伝えてあります。1冊1万円くらいするのですが、いまは図書館でも借りられるので、気持ちが弱ったときなどにどうぞご一読を(分厚いですが、漫談のようで読みやすいです)。

かつて、貨幣には、「金」が決められた分量含まれていました。改鋳の際、通貨の発行母体が金を手元に残しておきたいため、額面金額をそのままにして、金の含有量を減らしたことがありました。市場には、規定の金が含まれた通貨と、少ない金の含有量の2つの通貨が流通することになります。やがて、人々も、2種類の通貨が流通していることを知り、金がきちんと含まれる貨幣は自分で保有し、それ以外のものは市場に放出します。その結果、市場には「悪貨」のみが出回るという現象が起きます。

 

 「悪貨は良貨を駆逐する」

 

これを、当時のイギリス財政顧問の名前にちなんで「グレシャムの法則」と呼びます。この「悪貨」と「良貨」はさまざまなに置き換えられます。
 

仕事では、重要な業務遂行のために練り上げる時間が必要です。しかし、往々にして緊急性のある業務や会議のアレンジなどに時間を費やされます。「重要性」を縦軸、「緊急性」を横軸として4象限に区切った場合、最初に手をつけなければならないものは、「重要性」かつ「緊急性」の高いもののはずです。しかし、現実には、「重要性」より「緊急性」が優先されるのではないでしょうか。その結果、バタバタと仕事をして一日が終わるというのが実態です。「緊急性は重要性を駆逐する」のです。

 

 

これを防ぐ方法はぱっと思い浮かばないのですが、これを踏まえて、「良貨」を駆逐しないよう心掛けるしかないのかもしれません。

 

「イノベーションのジレンマ」という本の著者であるハーバード大学のクリステンセン教授は、久しぶりに大学の同窓会に出て、ある疑問を持ちました。「何十年もたって再会し、かつて輝いていた友人がそうでもなくなり、あいつがというのが生き生きとしているのは何故だろうか」。

 

人は、何かの「差」をもって生まれてきます。性別、貧富の差、体の具合などなど。しかし、等しく平等に配られているものもあります。「時間」です。すべての人に、一日24時間は均等に与えられています。そして、その時間をどう使うは本人の意思であり、投下した時間に対するリターンがいまの自分を形作ると考えたのです。

 

「私たちが自分の戦略に対して行う投資(それが積もり積もって人生になる)はこう考えるとわかりやすい」と、彼は著書「イノベーション・オブ・ライフ」で記述しています。

 

  

 わたしたちはプライベートな時間や労力、能力、財力といった資源をもっていて

  これを使ってそれぞれの人生のいくつもの「事業」を育てていく

  たとえば伴侶や恋人と実り多い関係を築く

  立派な子どもを育てる、キャリアで成功する

  教会や地域社会に貢献するといったことだ

  残念ながら資源には限りがあるため

  それぞれの事業は資源を得ようとして競い合う

  つまり、わたしたちも企業とまったく同じ問題を抱えているのだ

  それぞれの事業を追求するのに、どの資源にどれだけ配分すべきだろう?という問題だ

 

如何にも経営学者的な考えですが、投下資本(時間)とリターン(自分)という分析は面白い考えではないでしょうか。

この連休は少し渋い映画をDVDでみました。

 

 

ナチス将校、アドルフ・アイヒマンは、アウシュビッツ収容所へユダヤ人たちを移送する指揮官。戦後、アルゼンチンに逃亡したものの、イスラエルの情報機関によってエルサレムに収容され、「人道に対する罪」で裁判にかけられました(これは、「アイヒマン・ショー」として、全世界にTV中継されました)。マフィアの大ボスのような極悪人を予想していたところが、TVに映ったアイヒマンは普通のオジサン。世界中がガッカリしたといいます。裁判では、「言われたことを忠実に実行しただけだ」と一貫して主張。しかし、最終的には求刑通り死刑判決が下り、1961年に処刑されました。

 

この一部始終を、ユダヤ人女性哲学者ハンナ・アーレントは追跡。

 

 完全な無思想性

 それが彼をあの時代の最大の犯罪者の一人にしたのだ

 

と、彼がごく普通の小役人であったこと、逆に、ユダヤ人幹部こそ、自分が助かるために他のユダヤ人を告発したものがいたことを指摘し、人間の「陳腐性」を論じました。アーレントは、次のように言っています。

 

 悪は悪人が作り出すのではなく

  思考停止の凡人が作る

 

言われたことをこなす「思考停止の凡人」になると、場合によっては、それが「最大の犯罪者」になるというのでしょう。しかし、閉ざされた社会で過ごすうち、いつ自分がそうなるかもわかりません。ただ、自分の頭で考えなければいけないと自戒しながら見ていました。

新年、あけましておめでとうございます。いよいよ、新元号となる年を迎えました。小さいころに自分に「似ている」と言われた皇太子(九州を旅行中にも間違えられた)が、新天皇に即位されるので、何となく他人事ではない感じがしています。新天皇の「お言葉」もいま色々と検討されているのでしょう。

 

最近では、タイやブータンで国王の交代がありました。ブータンは雷龍の国とも呼ばれますが、前・雷龍王4世は国民から絶大な支持を得た名君としての誉れ高く、これを継いだ現・雷龍王5世は奥様と新婚旅行で来日されました。若き雷龍王5世が就任時に国民に語ったスピーチは以下のとおりです。

 

  私がこの地位にいる間、王としてあなたを支配するつもりは決してありません

  親としてあなたを守り、兄としてあなたを慈しみ、息子としてあなたに仕えます

  私には、自分のための目標はありません

  私は、あなたの夢を自分の夢とし、それが叶うように働きます

  ですからみなさんは、この国に対して、大きな志と希望を、持っていなくてはなりません

 

もし、自分が新年のスピーチを依頼されれば、「国」を「組織」に変えて、これと同じことを語るものと思います。

 

本年もよろしくお願いいたします。