
サンクスギビング2025
今年も家族皆がバラバラに過ごした。
娘たちは今年こちらにいるけど、友達家族何組か誘って祝うと言われ、私たちは参加しなかった。ごめん、もう一度にたくさんの乳児や幼児と一緒に居るのは辛いお年頃なんです。私は気がついちゃうから自分が動いて手を出しちゃって後でがっくり疲れるタイプなのよ、オットと違って。ああやってどーんと椅子に座ってなにもしない性格って得だよな。って事で不参加。
長男は今仕事が忙しくて、リモートとはいえ実家に戻ってきちゃうと気が散って捗らないから、次男も水曜と金曜はフツーに仕事だから家族持ちの人たちに休みは譲ったと。うちはサンクスギビングに重きを置いてないからね。クリスマス🎄がメインだし。
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で、いつもの様にそれを聞きつけた近所の友達が誘ってくれたんだけど、今年はそれも断った。何故ならオットが週明け12/1月曜の大腸がん検査の予約を入れてしまったから。予約を入れたのがだいぶ前で、その時にピンと来なかったらしい、ったく…
5日前当たりから食事制限があり、ちょうど感謝祭の宴は全部食べられないって事で友達に要らぬ気遣いをかけないため。我が家でひっそりと鍋にした。
感謝祭に鍋、豆腐と鱈満載で🍲🤣
そしたらその友達、私が好きな彼女が作るフルーツサラダ(フローズンヨーグルトベースで甘酸っぱくてお肉と食べると美味!)だけ届けてくれた😍
凍ってるから10分置いて少し解凍し、
小分けして冷凍庫へ
今年もありがとう、J😋
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この週末に孫とデコレーションで遊ぶ為、夜はジンジャーブレッドハウスの家づくりにおじいちゃんに参加してもらった。10年以上ぶりに土台から作った。出来合いのキットって必ず割れてたりするし、香りが余りしないしね、今年は孫の為に一肌脱いだ。
ワイン飲みながら😆
この生地って普通のクッキー生地より固いから私には無理なのよ(モラシスが入ってるから)。背が足りないのもあるな。体重かけて踏ん張れない。
クーパーは😴
で、割れちゃった。冷めて固まってから動かすってのつい忘れちゃってこの始末…
缶詰め総動員
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おまけ
非常用に買って存在を忘れてたお稲荷さんの皮の缶詰めの注意書きにギョッとした。
私はお揚げから煮て作ってるけど、やっぱり日本のこういうのって保存料満載なんだね。。。
世界共通、親の事に頭を悩ますお年ごろ
私の周り、アメリカだけでなく、日本でもドイツでもみんな親の世話や気苦労が生活の一部になっている。
先日、スコットランドの実家から戻った友達と約2か月ぶりにキャッチアップした。私と入れ違いに彼女も実家へ親の事で戻っていて、帰って来てお互い話すこと満載だった。
彼女は二人兄妹で、お兄さんがすでに他界しているので心配は尽きない。両親が健在だけど、お父さんは糖尿、白血病、そしてパーキンソンと三重苦。はじめはお母さんの方が先天性の病気があってお父さんが運転していたけど、彼のパーキンソンが加速してきて、あれよあれよという間に実家の一階リビングにレンタルベッドが入り、この夏にはhoist(ベッドから人間を持ち上げて座らせる機械)も搬入され、一日3回の看護師訪問がある。朝ベッドから起こして身支度してくれる人、午後にもう一人、そして夜の介護と、日本でいえば要介護5くらいか?老々介護の典型パターン。
今年の1月にレンタルベッドが搬入、4月にHoist搬入、夏には看護師の訪問が3度に変更など、その都度友達はUKに戻っていた。今年は4回帰省したことになる。
ご存じ、UKの医療制度はいま正念場を迎えていて、医師と看護師が足りないなど、聞くところによると日本よりかなりひどいと感じる。毎年酷くなってる。ゆえに、この友達は『今のアメリカに不満だらけだけどUKよりマシ。アメリカの医療が高いっていうけど、お金払えば医療を受けられる。UKはそれもないからね。だから私たちは引退してもUKに帰ろうをは思わない』ってずっと言ってる。
UKの医師は労働条件のよいオーストラリアに移住しちゃって、代わりにUKには南アフリカから医師が入ってきているんだって。いま彼女の実家に来てもらってる訪問看護師も南アフリカ人とニュージーランド人だと。で、お父さんはベッドから自力で起き上がれないってことで横たわったままで尿瓶で用を足すわけで、お母さんが四六時中介助している。今回は初めて友達がしたと。しれっと普通に話した彼女に対して、私は感極まって手を取って泣いてしまった。老いていく母を見るより、強かった父親の変わり果てた姿をみた彼女の思いが痛いほど伝わってきた。コーヒー飲みながら二人で泣いたよね。。。
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先週、時を同じくしてドイツの友達とも電話で長話した。ドロテアのお母さんは私の母より年上で98歳。彼女は85歳の頃に両股関節置換術の手術をし、88歳でスキーに戻っていたツワモノ。しかし90歳を超えた頃から目が見えなくなった。手術したけどほとんど回復することなく、コロナ渦で年下だったご主人を亡くしてからというもの、ドロテアと兄弟と代わる代わる病院の付き添いなどしている。家の掃除などはヘルパーさんを頼んでいる。彼女からの助言もあって私は今回母にもセットアップしたわけで。
で、ドロテアのお母さんの元に、この夏からは夜泊まりがけのヘルパーさんをアレンジしたと。夜のトイレに行くときに転んだことがきっかけ。日中は違う東欧のナースが来てくれるけど、夜の泊まり込みのみのヘルパーさんはポーランド人。そう、ドイツは農場のヘルプも昔から東欧人に頼っている。
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先週は近所の友達Jennも、フロリダに居た両親を古巣のコネティカットまで飛行機郵送する旅をしてきた。10年ほど前にフロリダに悠々自適に移り住んだ両親だったけど、こちらは父親の方がアルツハイマーを5年ほど前に発症し、他の持病と相まって今年に入って車いす生活になっていた。
お母さんの方もリューマチの持病があるけど、娘のJennと同じく強い女性で、この5年ほど頑張って老老介護をしていたけど、見ている周りがもう無理と判断。しかし、フロリダの介護施設に入るより、慣れ親しんだコネチカットに戻りたいとお母さんが言い出したので、今回の『両親まとめて大移動大作戦』と相成った。
お父さんは医療機器が付いた特別運搬。飛行機には付き添いが必要ということでNP(特別看護師)のJenn夫婦が同行し、コネチカットの方では兄弟が大型車を手配して待機。着いたらそのまま介護施設へ運搬。Jenn夫婦はホテルへ。お母さんの家はほかの兄弟が手配。すでに入居できるようにすべてアレンジしてあった。
ここまで3か月かけて綿密に計画を練って遂行されていた。で、聞いて驚いたのが施設の月額。$20.000だと!ばかげているけど、これをしないとお母さんの方が先に倒れてしまうとおもっての決断。でも、他の友達の家は同じ状況でお父さんが5年間施設で過ごしたので遺産はゼロ。Jennの家は裕福ではあるけど、お母さんの分までお金は残るのか?って不安だと。
まだまだいろんな話があるけど、みんな親の事で翻弄されているお年頃だ。
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もっと悲惨な話。私の日本にいる幼馴染。彼女のお母さんはコロナ前の2019年から植物人間状態。遺言を残しておかなかったからいままでずっとこの状態。この間にお父さんの方に大腸癌が発見され、3年前に亡くなっている。つまり、私の幼馴染が実家の家業を継ぎ(バツイチで実家に戻っていた)、それだけではお母さんの医療費を払えないのでダブルワークしている。この6年間での金額は家一軒分くらいいってるかも、と。
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アメリカはヒスパニックのヘルパーさん、ドイツは東欧から、UKは南アフリカと、どの国も自国民ではなく他国に頼っているのが現状。そうそう、アメリカは現大統領によってヒスパニック系が迫害されているって言われるけど、実際のところ、この州を見ている限りまったく問題なく、相変わらず彼らにほとんどの労働を頼っている。
つまり、日本も外国人労働力を毛嫌いする身分ではないってことを言いたい。今回の里帰りでもここを母にも強調してきた。日本は他国の労働力を受け入れざるを得ない状況なのを理解していない人が多いし(特に老人!)、バブルはとっくに崩壊しているのに30年前のサービスの質を求めていることが時代遅れ。甘い考えの人がいまだに多いのを、自分の家族も含めてとても感じた。
話はズレたけど、私世代はみな親の事で翻弄されている。
自分の子供たちに極力世話を掛けないよう、身の振り方を真剣に考えさせられている今日この頃。
Ptosis 術後2週間経過・問題なし
2週間ほどまえに受けた眼瞼下垂手術(Ptosisi-英語はトーシスと発音)のその後。今日は術後2週間のFollow-up検査だった。
問題なし。心配した両目のバランスもほぼ正常。手術した右瞼は上がりすぎず自然な出来栄え。いじっていない左瞼もだんだんと軽くなってきた。
縫い目の糸もポロポロと解けてきた。今日は術後初めて先生にまぶたの傷口の上からグリグリってこすられたけど痛くなかった。いきなりきたからこっちはびっくりしたけどね。
今後4週間ほど、毎日朝晩二回ほど軟膏を指に付けて目頭から目じりにかけて5回ほど指です~~っとマッサージをするようにと指示された。まぶたの筋肉は寝ている以外は休むことなく働いているからマッサージしなくても大丈夫だけど、するに越したことないですよ、とのこと。
ってことで一件落着。
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左まぶたもいつか手術が必要になった時のため、術後の経過を備忘録に残しておく。
指示された通り、真面目に20分Ice On 20分Ice Offって2日間、夜寝ている時以外はきっちりアイシングに勤しみ、Arnica(ホメオパシー)も2日間1日4回の服用を続けた結果、あざがほとんどできなかったし、腫れも2日目からはほぼ感じなかった。やっぱり1にアイシング、2にアイシング、ついでにアニカも大事だなって体感した。
手術当日はさすがに両目が腫れている感じがしたし、麻酔が少し残っているのかほとんど寝ていたけど(つまらないかったのもある)、翌日からは問題なし。面白いのが、ケガを治そうと涙がひっきりなしに出たこと。寝ていても涙が流れる。しかも両目。身体が頑張って治そうとしているのを感じて自分が愛おしくなった
すごいな、自然の摂理って。
私の眼鏡は車の運転重視で作ってあるから、いくらプログレッシブ(遠近両用)といってもPCでの仕事はきつかった。いま、このブログはPCから。コンタクトレンズと老眼鏡ですこぶる調子が良い。膝の手術の時『下半身は上半身の手術より辛いなー(ほぼ同時期に長男が肩の手術をしていたから)』って思ったけど、目が見えるってのは基本中の基本だと思った。
術後10日目あたりから傷口がかゆくなってきた。腫れがひいて傷口が縮んできたから糸が浮いてきたのかもね。
気を付けてシャワーしていたけど、シャンプー時に少し顔が濡れて(10日目あたり)傷口を拭いたあと、糸の切り口が少しほつれたような感じがした。これって、おそらく素材がゼラチンとか、液体に溶けるものだからなのかな。あまり濡らさない様にって言われたのは術後の感染症を起こさないようにっていうのと、糸が溶けちゃうことを避ける理由もあるのかなと思った。
そんなわけで、今日から向う4週間はマッサージを続け(膝の手術の時もしたなー)、両目のバランスは6か月くらいで正常になるらしい。
瞬きがラクになり、視野も広がって本当に手術して良かった!!!
要支援段階の母 2025秋
備忘録として。
・入れ歯の状態が悪い
・怒ってカッカすると物凄い剣幕で自己防衛に入る
・疲れからの回復に去年より時間がかかる
・自分のルーティン、例えば毎朝服用する薬とかは覚えているけど、今朝あったランダムな出来事は平気な顔して忘れる。
・思い込みが激しい
90歳。こうやって痴呆の道に入っていくのかなと感じた。
母はかなり前から入れ歯だ。上下数本しか自分の歯はない。
コロナ渦初期に上下とも新しい入れ歯を作ったけど、どうもしっくり来なくて使えないままその歯医者が廃業してしまい、歯医者難民になってた。そこで、以前使っていた入れ歯を使いだしたけど、やっぱり今年に入って調子が悪く、だんだんと気持ちが沈んて来た時に長男へSOSをもとめ、兄家族ががお世話になっている歯医者に母を連れていった。この歯医者さんは良心的で、まだほとんど使っていない母が持ち込んだ既存の入れ歯を調整してくれて、とりあえず状態をみましょうって事だった。それがこの夏あたり。ここまで兄担当。
母は自分で医者にあれこれ説明できない。あの年齢って医者を崇めすぎていて、先生の前では不具合をはっきり言えないのに、家に戻って家族にはあーだこーだ言えるってパターン。
てなわけで、ちょうど私の秋の帰国に歯医者の予約を合わせて何度か付き添った。この夏、兄は母と一緒に診察室に入らなかったらしいし、それはやっぱり駄目。今まで姉はどの病院でも診察室には必ず一緒に入ったらしいけど、やっぱり兄はこの辺慣れていない。
それと、年寄りは話が長い。外来の医者だと患者との時間は一人20分くらいだろう。歯医者はもうちょっと長いかな、おそらく30分単位で予約を入れているはず。だから、母の説明が長くなりそうになったらストップをかけ、私が掻い摘んで代弁しないと肝心な処置の時間がなくなってしまう。
歯槽膿漏のせいで、月1/4ヶ月ぐらい通院するから、この辺を兄にしっかり説明してきた。
近くにいる兄と姉は母が1日をどうやって過ごしているかよく把握してないし、母はいつまでも一人暮らしができると思ってるように感じた。よく会うから変化を感じにくいのだろう。
長きにわたる一人暮らしの秘訣って、いかに自己管理を自らできるかって事だと思う。同居して他の家族が手を出してくれるに越したことはないけど、それだとサッサとボケるし足腰弱るなと、良いことも悪いことも母を長年見ていて教わることが沢山ある。
しかし、何度も言うけど90歳。来年私が帰省する頃にはどうなってるかなぁ。








