sunset diary -666ページ目

raise the children



月曜から子供達の学校が始まった。


次男は一年間通ったKindergartenと同じ学校に通うが、こちらも晴れて一年生にあがった。あっさりしていたドイツの入学式を経験したので、アメリカのそれにはまったく期待していなかったが、案の定、一日目だがいたってふつー。まだ夏休み中の先週、Meet the teacher dayという、「初日に先生に会えないから、先に面通ししときましょ・Day」でクラスの皆とも会っていたので、1年生初日は本当にフツーに始まったのだった。


先生は去年と同じMs. F!。なんと一番の仲良しのエマも一緒だ。他に仲の良かった次男の良き英語理解者の男の子、ルークは残念ながら隣のクラスになってしまったが、彼もまた、仲の良かった女の子と一緒だった。これはたぶん学校側の配慮と思われる。誰もが仲良し一人とは一緒になれたようだった。次男の場合は誰とでもOKなので、2日目で既に他の友達を開拓したようだ。


このMeet-Dayの日、担任の先生との会話は適当にして他の新しいお母さん達に時間を譲り、私は次男のESL/英語補習クラスの先生、Ms. R の所に行った。この先生はオバちゃん先生で、他のアメ人先生の多くに見られる、うわべだけのやさしさの面々とは違って、プロの教師を感じさせる人だ。彼女は多数の外国人の子を受け持っているだけあって、観察力が鋭い。甘いだけじゃなくて、こういうプロの教師は話していて気持ちが良い。


結果、マークはもうESLのクラスには行かない事になった。彼の話そうとする意識・競争心・興味、ついでに集中力が人一倍高いので、今後の彼の英語の先生は、クラスの皆になってもらいましょう、という事だった。


今考えると、長男・長女がそれぞれ5歳・3歳で日本からドイツへ越してきた時は、私もまだまだ青かったので、必死の育児をしていた。いつも私と夫は不安と自身とを交互に味わい、子供達と一緒に悩んで学んできた。その都度全力投球で私達夫婦なりにやってきた。


小さい時はひっぱり、時には背中を押す。成長するにあたり、パラレルに歩き、時には彼らの後ろに回って、ひっくり返らないか、恐る恐る見守るって事の繰り返し。子育ては答えが一つではない。しかし、夫と二人でこの子達の一番の支えとなるよう、これからも一歩下がって見守る努力をしようと思った。



長男、晴れて運転免許習得する

2週間前に18歳になった長男。海へ旅行に行った週末明けの月曜日、父親と一緒にDMV(教習所)に出向き、一発で試験に合格して帰ってきた。もちろんその日からエンジンの休まる時はない…。


州によって若干決まりは変わるものの、15歳から親と一緒に1年間運転を練習し、それを過ぎれば、夜九時過ぎの運転と、学校への乗り入れを除けば親なしでも運転できるようになる。


息子は冬にPermit(※親と一緒に運転できる許可証)を習得したので、それからはしょっちゅう親と一緒に運転していた。以前は原チャリを運転していたので、公共道路を運転するコワさはまったくなかったのはよかった。


さて、18歳になった彼。親と一緒の練習は1年間していないが、18歳になったという事だけで、親との教習からは無罪放免。とたんに一人で運転していいことになった。折りしも彼の友達が3週間遊びに来ている。

彼は普段オートマを運転していたが、友達が来るにあたって、もちろん彼のスポーツカー/マニュアル車も練習し始めていた。がしかし、我が家の近所は坂がめちゃくちゃ多いので、マニュアル車泣かせである。彼は免許取りたて、しかも慣れない車に乗って、焦って事故でも起こされたら、この子達の親に申し訳が立たない。ってことで、私はイジワルをした。


彼らが到着した次の日、息子に先ずマニュアル車を運転させた。私が隣、後ろに友達二人を乗せてBlockbuster(ビデオ屋)に行く道中、息子はオートマなら縦横無尽だが、マニュアルなのでエンストしまくり。友達を乗せているので、余計緊張してまたエンスト…。いい加減息子が切れそうになるところでやっと家に着いた。


この日を境に、私が口をすっぱくして注意するより、もう友達の前で恥はかきたくないので、彼らがいる間のマニュアル運転は諦めた。友達滞在期間中は慣れたオートまでおとなしく運転し、サウス・カロライナのビーチへも、Lake Gastonへも、ちゃんと私達の後ろにぴったりくっ付いて来た。


まだ中身は子供なのに、18歳になったというだけで自由になった気分になってしまうので、この年頃は一番扱いが大変だと友達が話していたのを思い出した。18歳の子供に言い聞かせはまったく通用しない。しかも体で覚えさせ、理解させるのが大変だからだ。


そして今日、いよいよ新学期が始まった。息子は放課後そのまま学校に残り、サッカーの試合へと出向いたので、帰宅したのは夜9時前。クタクタのハズなのに、ご飯を食べたらさっそく彼のマニュアル車で近所へ練習に出かけて行った。…ホントにこの子は、サッカーと車の事になると腰が軽いヤツだ。30分ほどグルグルして帰ってきて、「やっぱ夜は交通量が少ないし、後ろからせっつかれないからいい。しばらく夜練習するよ!」と来た。


まだまだ私の子育て(心配)は続くのだった…。

また一人…

今日、友達がドイツに帰っていった。

これまた別の便で、彼女の息子や他の子供達も帰っていった。夫は子供達をシャーロット空港へ見送り、今度は娘の違う友達を拾い(来客ばっかり…)先ほど帰ってきた。娘は姉妹のような友達を見送り、涙もそこそこ違う親友を家に迎え入れたので、悲しさ半分、うれしさ半分といったところだろう。


私と次男は友達夫婦を近くの空港に送り届た。別れが嫌なので、タクシーの運転手の様に、彼らを空港前で降ろしてパーッと帰ってきた。泣きじゃくる次男につられ、クラウディア→彼女の旦那→私、と次々泣きまくった…。これでまたしばらくお別れだ。


昨日から何度もクラウディアに抱きついたり、あれこれ難題を突きつけてわがまま言って困らせていた。彼女は、私が次男を妊娠したときからこの子の誕生を心待ちにしていたおばちゃんの様な存在。去年の別れの際も大変だったが、今回も大変だった。私はと言えば、去年の別れの時は吐くほどの悲しさを味わったけど、今回は少し和らいだかも。また会えるんだ、どんなに離れていても、絶対に友情は変わらないっていう自身をお互い確認したからだろう。


と同時に、いろいろ問題を抱えている彼女を、私が何が何でも守ってあげようと心に決めた。






Mamma mia !



昨夜はやっとMamma mia !を観にいった。


とにかく楽しい映画だった。公開からだいぶ経っていたのと、夜9時からの映画だったので、劇場はたったの5人だけ!大きな劇場なのに、申し訳ない気もしたが(ホントかよ)、おかげで映画と一緒に歌う事ができた!


メリル・ストリープはすごい!の一言につきた。プロの女優だと思った。彼女の親友役の二人も抜群に上手かった。コリン・ファースがゲイだったってオチにも笑ったが、ピアース・ブロスナンも、決して上手いとは言えないが、こぶしを利かせてよく歌っていたと思う。


久しぶりにプロのエンターテインメントを観て、楽しい夜だった!

RVでキャンプする


日本でもヨーロッパでも、私達はテントでキャンプをよくしていたが、ここへ来て友達の影響もあってか、キャンピングカー、RV(※Recreational Vehicleの略)を借りてみた。夫は休暇が余りない為、片手でケイタイを握りながらの3泊4日の旅行だった。



中はこんな感じ…

キッチン



ベッドルーム1



ダイニング



この奥にトイレ、シャワールーム、マスターベッドルームと繋がっていて、かなりのスペースだった。トイレの排水をBlack water、キッチンやシャワー等の汚れた水をGray waterといい、インディケーターを常にチェックして、タンクがこれらの水で一杯にならないように注意しなければいけなかった。

Lake Gastonに着いた金曜の午後はストームになってしまい、車内に閉じ込められてしまったが、クーラーはあるし、ガス電気があるっていうのは快適だった。'・・・テントとは大違いだ。


二日目、ボートを借りた。大喜びの子供達は、大・飛び込み大会。




最後は子供達6人そろって飛び込みの練習



余りにも疲れたクリストフは、キャンプ場に戻ってから眠りこけてしまった、17歳なのに…。


3日目。娘達ふたりは、ゴムボートに乗っかり、バタ足で↓に見える島まで挑戦した!


キャンプ場から私はヤキモキしながら望遠鏡で観察。途中何度もジェットスキーやらモーターボートが彼女達のそばを通りかかるのを見かけたが、どの人も「Do you need help???」と親切に声を掛けてくれていたらしい。


ヘトヘトになって帰ってきたが、かなり満足した顔をしていた。この娘達は今までスキー旅行にしても、海にしてもいっつも面白い事をしていた。アメリカに来てもこんなことしていて、いい思い出になっただろう…。