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後悔のない親との付き合い

昨日、近所のシャンデールが急遽カナダに帰りました。お父さんが危篤なのです。

癌を患っていて、しかも末期。月曜に肺炎になってしまい緊急入院し、火曜日に彼女の所に他の家族から連絡が入り、昨日の朝、急遽あちらに飛びました。帰国は来年の1月4日に決めたそうです。という事は、このクリスマスは子供達とは別々に過ごす事になります。たまたま、夫方の家族がカナダから遊びに来る事になっているので、子供達はママがいなくても一応他の家族がいるので、少しは救われました。

しかし、それでもやっぱり子供達は物凄くがっかりしました。

「ママは、このクリスマスがパパと過ごせる最後のクリスマスになるかもしれないよね?ジョシュアとノアは来年も再来年も、これからずーっとママとクリスマスを一緒に送れるよね?一回だけ、おじいちゃんにママを貸してあげようよ」

といいましたが、彼らは今は分からなくても、ずーっと大人になってから分かってくれると信じています。

最近、親の最後の看取り方を彼女と話していました。家族を置いて海外に移り住んでしまった以上、避けては通れない事の一つですよね。シャンデールは早くに母親を亡くしていますから、父親の事はいかばかりかと思います。私の夫の両親も、既に亡くなっています。私達は彼らの最後を看取れなかったにせよ、数日前や数週間前にお別れには行けたので、私と夫、子供達の中に後悔の念はありません。日本にいる私の母は健在ですが、母ともいざという時の事は話しています。彼女も仕方のないことと、覚悟は出来ているようです。最後のその時まで、こちらから遠隔でも操作できることはしていくつもりですし、後悔のない母との付き合いをしていく努力もしているつもりです。

シャンデールも、『1月4日に彼が息を引き取ろうが引き取るまいが、私は帰ってくるわ。悔いもないし、後悔もしないと思う。現実をみないといけないからね』と言っていました。


こうやって、家族って機能していく物なんですよね。いろんな事を乗り越えて、家族を維持していくことって実に大変な事です。

ball machine

今日は昼間テニスをしましたが、午後の次男のテニスの時間にも、マシーンを借りて一人でストロークしてみました。この時間は普段、他のママ達とのソーシャルの時間なのですが(!)今日はタダ座ってくっちゃべってるのは寒かったので、マシーンに相手をしてもらうことに決めて次男とコートに出向きました。私がやったのは
 
       ↓ コレ ↓

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この使い方、ご存知ですか? 長短、テンポ、球出しをアットランダムにするか、同じ位置にするかのほかに、

     1│ 2 3 4 5 │6

って幅の調節もありまして、1と6がダブルスラインで、│ 線がシングルスラインなのです。で、始めは『所詮器械だ』と高を括っていた私、2と5を選択。そして早くも数分でドロップアウト(爆)慌てて向こうのコートに走って行き、3と4で再度開始しました。

コレはヒジョ~に疲れました

しかも、夕方5時の外の気温は3℃ほどに落ちていましたから、空気も冷たくて喉がヒーヒーいってきました。(※体の方は完全防備です。耳当てもしてましたし、義母に昔買ってもらった、ウールのパンツも履いていきました・笑)

結局のところこの器械、侮っていましたが、左右の出てくる回数が不規則なので見当がつかず、ちゃんと真ん中にステップして戻って構えなくてはいけないので、すっごい運動量は見込めます。それに、球の力が強いので(アレも調節できたのかなぁ)、ずーっと長男と打ち合いしているかのような錯覚に陥りました。たった30分でしたが、ママはクタクタになりました。次男は球拾いをしている哀れな私を見つけるや否や、かごをもって直ぐに手伝いに来てくれました…(涙)

帰りは腕がプルプル震えちゃって、車のハンドルを回すのも辛かったです(一瞬、キーを穴に差し込めませんでしたから・汗)家に戻ってご飯の支度…とか一応考えましたが、今夜は私と次男に夫だけだったので、外食することにしました。まったく情けない…

あれ、一体何球あったんでしょうかね。こんな↓

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かごで4-5回は満杯にしたのを、×2回しましたから、集めるのもラクじゃなかったです。

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クラブ、↑こんなの買ってくれないかなぁ~。値段は£470って出てました。八万円くらいって事ですか?これがあったら効率よく、時間短縮にもなるでしょうね。

抹茶と七味

昨日、母から久しぶりの救援物資が届きました。こっちでも和の食材は結構手に入りますし、もう日本のものにこだわらなくなった子供達なので、こちらからの要求はめっきり少なくなりました。今回お願いしたものは柿の種、七味唐辛子、ラー油、それに抹茶。(※ラー油だけはアジアショップで手に入りません)

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頼んだもの意外にもいろいろ、切り餅とかも入っていました。あれば食べるけど、なくても困らないんですけどね…。
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普通の切り餅と一緒に、小さな鏡餅が入っていました。私は日本のお正月、かれこれ12年味わっていません。来年は帰ってみるかなぁ~

お抹茶は、娘用です。彼女曰く、『羊羹はお抹茶とが一番』だそうです。夫が『チョコレートにはエスプレッソ』というのと同じですね。

七味唐辛子は私も使いますが、長男は何にでもコレをかけます。この夏の里帰りでは、浅草の唐辛子専門店にて「箱買い」をして、お店の人に驚かれたほど。なんと長男の友達も、タバスコやチリパウダーなんかより、断然この七味!と気に入ってしまったので、彼におすそ分けをしてしまいました。なので母にまた送ってもらいましたが、さすがに箱で送ってくれとは言えませんでした…。


さて、抹茶が来たのであんこでも煮て見ることにします。昨日もクッキーを作りましたが、いい加減もう飽きましたわ…。

お楽しみテニス

本日の天気、快晴。気温は47°Fだから、8℃くらいか?とっても寒いですが、思い立ってテニスしていきました(今日はリーグ戦ではなく、練習)。で、
また負けた!

なんなんでしょうね、アレ。1セット目は競っててギリギリ落とし、2セット目はもうボロボロ。久しぶりにお向かいに住むレクシーとしましたが、彼女の球はすっごい低球!私のも一応低いんですけど、お互いどっちが始めにネットに引っ掛ける?って感じのラリーもあって、まぁ面白かったことは確かです。彼女もまた、第一第二のサーブをちゃんと使い分けてるし、私のヘナチョコ第二なんて、バシッと容赦なくリターンで叩き込まれました。

彼女は私と同じ身長、158cmしかないのに早いんだよな~。では、相手の欠点メモ:

・バックのロングボール。サイドラインギリギリに押し込めれば、まずボールが浮く。
・真ん中ロングのラリー。
・ってことは、たぶんバックハンドにいきなり変えないといけなくなると、まごつくんだろうな。

私の反省点:

・またまたサーブ。かなりバラつき、ダブルフォルトも何回かあった。
・フォアの低く早い球への走りこみが一歩遅い。今日は膝にキタ~ッ!


やっぱり、いち早く相手の欠点を見つけて、そこを徹底的に叩くってのは大事ですね。彼女は左右に振られてもボールに追いつくし、スライスしても、ゆっくりと待って落ち着いて返してくるしで手こずりました。バックの角だけは不意をつくと取れなかったんだから、早くコレに気づいてればよかったなぁ~。練習試合は相手を見極める速さを身に付けるためにも大事ですね。もっと積極的にやるぞ。

旧ユーゴの人々

先日車をぶつけられ、メキシカンの修理工になおしてもらった件。

週末、近所のスコットランド人夫婦の家で夜ご飯を共にした際、経験談としてこの話に触れた。ジム曰く、

君はそのメキシカンの彼女にはいいことをしたには違いないけど、とっても危ない事をしていたかもね。(奥さんのリンに向かって)君は間違ってもマネしちゃだめだからねっ!と言っていた。常識として、そういう『デトロイトのハズレにあるような修理工』へは、女性が行くものではないそうだ(って、そんなの知ってるケドさ)。私はこういう、後から考えてみると危ないんではなかろうか?って事を結構しているかも。

娘がお腹に居るときに(かなり大きかった)、晴海ふ頭のハズレのコンテナーに、税関で引っかかった荷物を取りに行き、そういえば後で夫に怒られたことがあった。あれは、行った先でもオジサンに「えっ、おネエちゃん一人で来たの?って言われたなぁ。

勢いで行動すると、コワさが出るゆとりがなく、周りが見えなくなったりする。


次は気をつけよう。

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最近、次男のテニスの見学中に、セルビア人のママと知り合いになった。ママはエレーナ、娘の名はアナ。苗字は忘れちゃったけど、××ビッチ(典型ユーゴ系)だった。エレーナ曰く、娘には、イワノビッチみたいに強くなってもらいたい(笑)そうだ。この夏、彼女達がセルビアに里帰りした際は、テニスが盛んな国に生まれ変わっていて驚いたらしい。やはり、『ジョコビッチ・効果』だろうか。セルビアの彼女、話しているととっても感じの良い「野心」を感じた。東欧女性って独特の「野心」を感じるね。結構すきかも。

そこで、セルビアときて、以前住んでいた家の外壁の仕上げをお願いした「しっくい工」の面々が、モンテネグロ人の家族だったのを思い出した。ドイツでマイスターになった彼「コロビッチ氏」は、自分の兄弟から従姉妹までもドイツに呼び寄せて、彼らに仕事を分け与えていた人だった。気前が良くて、ウチの娘の誕生日にはお小遣いをくれたし(笑)とっても人懐っこくて、今思うとジョコビッチみたいだったかも(爆)でも、モンテネグロにセルビア、彼らは敵同士なのよね。

で、また思い出した。むかーしむかし、私がドイツに移り住んだ当時、どこの語学学校に行くか見当がつかなかったので、手始めにVHSが行っている市民講座に足を運んでみた。そのクラスにはコソボからの難民の20歳の女の子がいた。なんせ、日本でドイツ語を習っていたにも関わらず、使い物にならなかった私のドイツ語、クラスメートとのコミュニケーションはまだまだ英語だったのだが、このコソボの彼女は英語もダメだったので、身振り手振りで悪戦苦闘したのを今でも覚えている。

ある日、休憩時間に2人で身振り手振りで話したことがあった。ここで初めて、彼女には1歳になる娘が居ることが分かった。夜の授業なので、自分の母に娘を面倒見てもらっているというのも分かった。家族みんなで「コソボから逃げてきた」ってことも分かった。そして『旦那さんは?』の私の問いに、

「バーンッ!」って、鉄砲で頭を打つマネをした彼女。


私は日本からドイツに来たばかりで、まるっきりの平和ボケ人間だったし、戦争は海を渡った遠い国で起きているもの…という考えだったが、彼女のあの一言、あの日、あの教室での会話から、物事の感じ方が変わった。

セルビア、モンテネグロ…って耳にすると、今でもコソボに話しが繋がってしまう私。彼女の事は一生わすれないだろうなぁ。どうしてるかなぁ~


そういえば、アメリカに越してきてからあっちの諍いのことはサッパリ耳にしない。今はどうなってるんだろう?