尊敬します
次男のスイミング。
私が日本にいる間に、彼は上のクラスに上がってレッスンも1時間半になり、更に練習が月曜から土曜まで毎日になっていた。。夕方6時半から開始。毎日来なくても、4日は通うように言われている。3時半に学校から戻り、TV観ながら早めの夕飯を食べ、宿題をしてからプールへ行く。10分で行けるところなのが救いだ。
このジム、15歳までは親無しでジムに一人でいることができないので、私かオットのどちらかが1時間半みっちりジムにいないといけない。プールサイドに待機していなくて良いのがせめてもの救いか。マシーンをやったり、ヨガクラスにいったり、今は外プールが寒いので、ジャグジーだけとかサウナとか、時にはカフェテリアでラップトップで遊ぶとか、時間つぶしx 4日をしている。
で、10月いっぱいは外プールで泳いでいる彼ら。
私はとにかくリスペクトします。
コーチ曰く「外プールの水はヒーターが入っています。ヒーターが水温25度(確か)まで温められなくなるか、11月1日になったら屋内プールに移ります。それまでは外で泳ぎます。それはなぜか。屋内は暑すぎて、長く泳ぐには辛いからです。息継ぎが辛くなるんです。吸い込む空気が冷たい方がスイマーにはベストなんです。」
って事らしい。へー
ここ2、3日は雨が降って寒かったので屋内だったけど、今日はまた外だ。現時点で外気温が16度あるけど、泳いでないと寒いと思う。先週はもっと寒くて、見ていて気の毒だった。
でも恵まれてるのが、コーチがタオルをサウナに入れといてくれて、それをレッスン後にみんなに手渡してくれ、あったかいタオルに包まってジャグジーに直行できる事。
子供達は皆、このお風呂を夢見て1時間半泳ぎまくるらしい。
冷たい水が苦手な私は、本当にこの子達を尊敬します。
里帰り’15
10月の2週間の里帰りは、近所の幼馴染から学生時代の友達、従妹、ブログのテニ友、それに母と姉との女子会@草津温泉、義理兄からの接待や、私の兄からの接待、最後には母の耳鼻科の通院への付き添いと、とにかく盛りだくさんのアジェンダだった。おかげでアメリカに戻ってから疲れがドッとでた。
2週間も母の所に滞在すると、普段独り暮らしの母が私のいる生活に馴れてしまって、私が日本を発つときはそれはそれは悲しんだ。これからは10日位がちょうどいいかなと思った。
80歳の母は、元祖職業婦人でキャリアのある人だったから、日頃私の様にお気楽にまっぴるまから友達とカフェでお茶して他愛のない事を延々としゃべるとか、どっかにランチに行くとかって事はリタイアするまでしたことがなかった。60で一度退職し、その後は数年他の機関で非常勤で仕事をし、彼女の悠々自適なお一人様定年生活が始まった時は、生活のリズムをつかむのにかなり手こずっていた。よく、ドイツやデンマークの私たちの所まで遊びに来ていた。
大学のシニアのクラスを取ったり、コーラスの指導やグラウンドゴルフなどなど、驚くべき行動力で80歳の今でもピンピンしている。
でも、車はそろそろ降りたほうがいいなとは思った。さすがに夜は運転しないらしいが、昼間ですら危ないなと感じた。
私はいつも日本でも運転するんだけど、2年前も思ったけど、自転車の逆走ってまだまだあるし、とにかく車道が狭いのにあの自転車の数!看板やら変なガードレールとかが無秩序にあふれていて運転しずらい。母ねは運転しないで欲しいなとおもったけど、車じゃないと不便なところにも行くみたいだし、『老人の運転』はとても深刻な問題だと思った。単に「危ないから運転するな」とは言えない。でも80才なんだよね。
叔母は85歳になった今年、彼女が運転をギブアップする前に、愛車(メルセデス)が15年めでギブしてしまい、家族に「じゃぁ軽自動車に代えれば?」って言われ、『私は軽に乗る位なら車をあきらめます!」って言って、バスとタクシー生活に入ったらしい。私の母もこの話を聞き、「そうか、お姉ちゃんが車から降りたんだったら私も考えようかなぁ」って言っていた。
母は5年前に軽に乗り換えているので、この車がダメになったらもう終わりだけどね。
とにかく、今回は母の身体の衰えをひしひしと感じた。肉でもチーズでもドンとこい!毎晩の晩酌もOK!って人で、どこまでも一緒に歩くし、階段の上り下りもまったく問題なしだけど、やっぱり背は縮んだし、疲れが2、3日後にでるし、朝も結構長く寝てるし、あらら~お母さん年取ったね~って思った。
姉も兄も近くに住んでいるから、いざというときは安心だけど、なにせ、自分からは人に頼ろうをしないから、私ができるだけこちらから電話して状況を把握し、姉たちに知らせていかないとと思った。ある朝、キッチンの高いところにしまってあるものを、「よっこいしょ!」って、椅子に登って取ろうとした時はびっくりしたよ。まだあんなことしてんだ。猿みたいに軽々やってたけど危ないなー。
私が里帰りすると毎回するんだけど、母の行動範囲を観察し、移動した方が使い勝手がよさそうなところはテコ入れをしている。今回も、上にある物を下に移動し、扇風機をしまってホットカーペットを出したり、壊れていたランプを直し、掃除機のフィルターやシャンプーなどの備品の補充もしてきた。ついでに、ガスコンロの掃除と、すべての窓ふきもしてきた。これで、兄は年末の窓ふきをしないで済む。
お母さん、子供3人産んでおいてよかったねって思った。一番下の私は滅多に帰れないけど、やっぱり娘を生んでおいてよかったんじゃない?って思った。こういう細かい事は息子じゃ気づかないからね。
来年も少し帰ろうと思った。
2週間も母の所に滞在すると、普段独り暮らしの母が私のいる生活に馴れてしまって、私が日本を発つときはそれはそれは悲しんだ。これからは10日位がちょうどいいかなと思った。
80歳の母は、元祖職業婦人でキャリアのある人だったから、日頃私の様にお気楽にまっぴるまから友達とカフェでお茶して他愛のない事を延々としゃべるとか、どっかにランチに行くとかって事はリタイアするまでしたことがなかった。60で一度退職し、その後は数年他の機関で非常勤で仕事をし、彼女の悠々自適なお一人様定年生活が始まった時は、生活のリズムをつかむのにかなり手こずっていた。よく、ドイツやデンマークの私たちの所まで遊びに来ていた。
大学のシニアのクラスを取ったり、コーラスの指導やグラウンドゴルフなどなど、驚くべき行動力で80歳の今でもピンピンしている。
でも、車はそろそろ降りたほうがいいなとは思った。さすがに夜は運転しないらしいが、昼間ですら危ないなと感じた。
私はいつも日本でも運転するんだけど、2年前も思ったけど、自転車の逆走ってまだまだあるし、とにかく車道が狭いのにあの自転車の数!看板やら変なガードレールとかが無秩序にあふれていて運転しずらい。母ねは運転しないで欲しいなとおもったけど、車じゃないと不便なところにも行くみたいだし、『老人の運転』はとても深刻な問題だと思った。単に「危ないから運転するな」とは言えない。でも80才なんだよね。
叔母は85歳になった今年、彼女が運転をギブアップする前に、愛車(メルセデス)が15年めでギブしてしまい、家族に「じゃぁ軽自動車に代えれば?」って言われ、『私は軽に乗る位なら車をあきらめます!」って言って、バスとタクシー生活に入ったらしい。私の母もこの話を聞き、「そうか、お姉ちゃんが車から降りたんだったら私も考えようかなぁ」って言っていた。
母は5年前に軽に乗り換えているので、この車がダメになったらもう終わりだけどね。
とにかく、今回は母の身体の衰えをひしひしと感じた。肉でもチーズでもドンとこい!毎晩の晩酌もOK!って人で、どこまでも一緒に歩くし、階段の上り下りもまったく問題なしだけど、やっぱり背は縮んだし、疲れが2、3日後にでるし、朝も結構長く寝てるし、あらら~お母さん年取ったね~って思った。
姉も兄も近くに住んでいるから、いざというときは安心だけど、なにせ、自分からは人に頼ろうをしないから、私ができるだけこちらから電話して状況を把握し、姉たちに知らせていかないとと思った。ある朝、キッチンの高いところにしまってあるものを、「よっこいしょ!」って、椅子に登って取ろうとした時はびっくりしたよ。まだあんなことしてんだ。猿みたいに軽々やってたけど危ないなー。
私が里帰りすると毎回するんだけど、母の行動範囲を観察し、移動した方が使い勝手がよさそうなところはテコ入れをしている。今回も、上にある物を下に移動し、扇風機をしまってホットカーペットを出したり、壊れていたランプを直し、掃除機のフィルターやシャンプーなどの備品の補充もしてきた。ついでに、ガスコンロの掃除と、すべての窓ふきもしてきた。これで、兄は年末の窓ふきをしないで済む。
お母さん、子供3人産んでおいてよかったねって思った。一番下の私は滅多に帰れないけど、やっぱり娘を生んでおいてよかったんじゃない?って思った。こういう細かい事は息子じゃ気づかないからね。
来年も少し帰ろうと思った。
事故車のその後
そういえば、6月にオットがぶつけられた車のその後の経過の記録を残していなかった。夏、忙しかったし。とにかく、今後の参考になるから経過を載せておこう。
«事故から保険会社とのやり取り»
- 信号待ちで後ろから追突。
- そして前の車にも玉突きって事で、オットの乗っていたミニバンは前後のダメージで、車の価値から割り出した結果、修理せず、全損扱いとなる。
- 次の日、念のためオットはカイロプラクティックにいく。問題はなかったが、その後6回くらい通ったハズ(忘れちゃった)
- 加害者の保険会社となんどかやり取りした結果、こちらで考えていた値段そのものの$4000の提示があった。しかし、ミニバンのタイヤは全て数か月前に買ったばかり!とオットが主張し、レシートも見せた結果、$4500 に上げてくれた(笑)
- チェックはすぐに送られてきた。確か、事故日から2,3週間以内だったと思う。
- カイロプラクティック通院が終わったころ(約1か月)、「治療が終わったそうなので、このケースを終わりにしたいと思います」という、電話と手紙があった。つまり、「後々、身体に何か不調が現れた時、このケースを持ち出さない」って書類にサインしてくれって事。さすがアメリカだ。
- 病院が直接保険会社とやり取りするから、通院費はもちろんノータッチだったが、この費用とは別に、慰謝料として、$1500の提示があった。オットはピンピンしてるから、もちろんこの金額でOKした。因みに、長男がぶつけられた時、なんともなかったから医者に行かなかったので、この示談金はなかった。へぇ~、アメリカでもあるんだ慰謝料って。
- ということで、保険会社からの支払いは、1か月以内ですべて決着。他と比べようないけど、対応が早かったんじゃないかな。
«車の購入»
- 事故後、2日目からはレンタカーが支給された。しかし、オットは直ぐに出張でいなかったし、帰って来てからは、ドイツに行っていて留守な長男の車、今では渦中のディーゼル車があったので、レンタカーはワリとすぐに返した。
- 長男が戻る8月中旬までは脚があるってことで、焦って購入しなくてよかったのは幸いだった。
- ここで、新車か中古かの見極め会議(夫婦間で)が連日行われ、新車ならディーゼルだよねって、ここでも話していた。(あーもうひとつVW買わないでよかった!)
- 結局、長男の学費があと一回あるし、娘の来年の学校も決まっていないという最中で、新車をかう時期じゃないんじゃない?ってことで中古車の購入に決めた。そもそも、走行距離の多かったミニバンを、タイヤ交換であと2年くらい持たせようって考えていたワケだし。
- ここからオットの苦悩の日々が始まった。ネットでサーチ掛けてたんだけど、無限大なんだよね、中古車って。なので、「まずはメーカーを絞ろう」って事に落ち着く。が、実際に見に行くと、状態のよい車は、やっぱり結構な値段がする。こうなると、『やっぱり新車かな...』って思っちゃうオットを引き留めるのが大変だった…
- ある日、オットは一日休みを取り、「Car dealer's street」と呼ばれる、大通りの両脇に新古車両方のディーラーで埋め尽くされている通りまで、意を決して物色しにいった。私に『何か買って来い!』って、チェックブックも持たされて(笑)
- すると午後3時位かな、「ダメ、ギブアップ!決められない!何時に仕事終わる?」って、泣きの電話があった。
はい、ここからは私の出番。
サッサと仕事を終わらせ、急いで家に帰るとオットも帰宅して私を待っていた。
オット:「今、帰り道に「Don(オットご贔屓の車修理屋さんのオーナー)の所に寄ったんだ。彼に事情を話したら、『xxってディーラーに行ってみな。俺からの紹介って名前を言えば悪くは扱われないハズだよ』って言われたんだ。一緒にこれから行ってくれる?」
ってことで、4時過ぎだったけど、急いでこの『小さなディーラー』に行くことに。家族経営のディーラーで、私達だけでは思いもよらないような場所にあるようだ。はは~ん、オットは一人じゃ行きにくいから、私を盾に使いたかったのね。こういうヤツなんだよ、あいつは。
Google mapを頼りに行ってみると、日本車とアメ車だけのディーラーだった。20台位しか陳列していないから物色も簡単。オットはちょっと「え~ここ~?」って顔(笑)
私:「ねぇ、これは、あなたの«Comfort zone»から抜け出せってことなんじゃない?日本車にしてみようよ。日本車は持ちが良いよ!ほら、これなんかいいんじゃない?」
と、ある車がすぐに目に留まった。これ、ホントに見つけるの早かった!オフィスの窓からセールスマンが私たちの車を目にし、彼が外に出てきたときに、私は既にこの獲物(車)の前に立ってたからね。
この車、よく見るとオットにはパーフェクトな車だった!
- 牽引するHookupが既に付いている。-我が家には牽引するトレーラーがあるから。
- ミニバン(7人乗り)ほどスペースはないが、5人乗りのクロスオーバータイプで十分なスペースがある
- タイヤが4つとも新品。
- 4WDなので、雪山もOK。
- マイレージが多いので、値段も$10,000以下!
- ボンネットを開けてみると(これ、オットには一番重要!)、エンジンルームの場所が広いので彼にも直しやすいことが判明。
- ブレーキパッドも、交換しやすい場所にある。
直ぐにテストドライブに出た。変な音もしないし、クーラーも利く。
私:「これだね。運命だよ。私を買って!って声が聞こえない?」
ってことで交渉が始まる。ここからはオットの出番。今払うからってことで値引きもしてもらい、SOLD! 早かったー!
この時点で確か午後5時だったけど、この日は木曜日で、銀行は7時まで営業している。近くにあるウチの銀行の他の支店に出向き、*Cashier's check を発行してもらった。
*大きいものを購入する場合、自分が切るチェックではなく、銀行から受け取り主の名前を入れたチェックを発行してもらわないといけない場合がある。
チェックを手にしディーラーに戻ると、既に仮のナンバープレートが出来ていた。
速攻で家に戻った私たちに、次男はびっくり。
私:「買い物はね、さっさとするのが基本なの」
結局、保険会社からのお金だけではもちろん購入できず、私たちがお金を足さないといけなかったけど、今のところ、この車は機嫌が良い。ダメになったミニバンだって、あと2年持てばいいじゃんって思っていたんだから、この車もあと2年持ってくれれば御の字だ。
オットの車、最後はあっさりと決まった。迷った時は、まったく興味のない人(今回は私)を連れていくべきだねってのが結論。
«事故から保険会社とのやり取り»
- 信号待ちで後ろから追突。
- そして前の車にも玉突きって事で、オットの乗っていたミニバンは前後のダメージで、車の価値から割り出した結果、修理せず、全損扱いとなる。
- 次の日、念のためオットはカイロプラクティックにいく。問題はなかったが、その後6回くらい通ったハズ(忘れちゃった)
- 加害者の保険会社となんどかやり取りした結果、こちらで考えていた値段そのものの$4000の提示があった。しかし、ミニバンのタイヤは全て数か月前に買ったばかり!とオットが主張し、レシートも見せた結果、$4500 に上げてくれた(笑)
- チェックはすぐに送られてきた。確か、事故日から2,3週間以内だったと思う。
- カイロプラクティック通院が終わったころ(約1か月)、「治療が終わったそうなので、このケースを終わりにしたいと思います」という、電話と手紙があった。つまり、「後々、身体に何か不調が現れた時、このケースを持ち出さない」って書類にサインしてくれって事。さすがアメリカだ。
- 病院が直接保険会社とやり取りするから、通院費はもちろんノータッチだったが、この費用とは別に、慰謝料として、$1500の提示があった。オットはピンピンしてるから、もちろんこの金額でOKした。因みに、長男がぶつけられた時、なんともなかったから医者に行かなかったので、この示談金はなかった。へぇ~、アメリカでもあるんだ慰謝料って。
- ということで、保険会社からの支払いは、1か月以内ですべて決着。他と比べようないけど、対応が早かったんじゃないかな。
«車の購入»
- 事故後、2日目からはレンタカーが支給された。しかし、オットは直ぐに出張でいなかったし、帰って来てからは、ドイツに行っていて留守な長男の車、今では渦中のディーゼル車があったので、レンタカーはワリとすぐに返した。
- 長男が戻る8月中旬までは脚があるってことで、焦って購入しなくてよかったのは幸いだった。
- ここで、新車か中古かの見極め会議(夫婦間で)が連日行われ、新車ならディーゼルだよねって、ここでも話していた。(あーもうひとつVW買わないでよかった!)
- 結局、長男の学費があと一回あるし、娘の来年の学校も決まっていないという最中で、新車をかう時期じゃないんじゃない?ってことで中古車の購入に決めた。そもそも、走行距離の多かったミニバンを、タイヤ交換であと2年くらい持たせようって考えていたワケだし。
- ここからオットの苦悩の日々が始まった。ネットでサーチ掛けてたんだけど、無限大なんだよね、中古車って。なので、「まずはメーカーを絞ろう」って事に落ち着く。が、実際に見に行くと、状態のよい車は、やっぱり結構な値段がする。こうなると、『やっぱり新車かな...』って思っちゃうオットを引き留めるのが大変だった…
- ある日、オットは一日休みを取り、「Car dealer's street」と呼ばれる、大通りの両脇に新古車両方のディーラーで埋め尽くされている通りまで、意を決して物色しにいった。私に『何か買って来い!』って、チェックブックも持たされて(笑)
- すると午後3時位かな、「ダメ、ギブアップ!決められない!何時に仕事終わる?」って、泣きの電話があった。
はい、ここからは私の出番。
サッサと仕事を終わらせ、急いで家に帰るとオットも帰宅して私を待っていた。
オット:「今、帰り道に「Don(オットご贔屓の車修理屋さんのオーナー)の所に寄ったんだ。彼に事情を話したら、『xxってディーラーに行ってみな。俺からの紹介って名前を言えば悪くは扱われないハズだよ』って言われたんだ。一緒にこれから行ってくれる?」
ってことで、4時過ぎだったけど、急いでこの『小さなディーラー』に行くことに。家族経営のディーラーで、私達だけでは思いもよらないような場所にあるようだ。はは~ん、オットは一人じゃ行きにくいから、私を盾に使いたかったのね。こういうヤツなんだよ、あいつは。
Google mapを頼りに行ってみると、日本車とアメ車だけのディーラーだった。20台位しか陳列していないから物色も簡単。オットはちょっと「え~ここ~?」って顔(笑)
私:「ねぇ、これは、あなたの«Comfort zone»から抜け出せってことなんじゃない?日本車にしてみようよ。日本車は持ちが良いよ!ほら、これなんかいいんじゃない?」
と、ある車がすぐに目に留まった。これ、ホントに見つけるの早かった!オフィスの窓からセールスマンが私たちの車を目にし、彼が外に出てきたときに、私は既にこの獲物(車)の前に立ってたからね。
この車、よく見るとオットにはパーフェクトな車だった!
- 牽引するHookupが既に付いている。-我が家には牽引するトレーラーがあるから。
- ミニバン(7人乗り)ほどスペースはないが、5人乗りのクロスオーバータイプで十分なスペースがある
- タイヤが4つとも新品。
- 4WDなので、雪山もOK。
- マイレージが多いので、値段も$10,000以下!
- ボンネットを開けてみると(これ、オットには一番重要!)、エンジンルームの場所が広いので彼にも直しやすいことが判明。
- ブレーキパッドも、交換しやすい場所にある。
直ぐにテストドライブに出た。変な音もしないし、クーラーも利く。
私:「これだね。運命だよ。私を買って!って声が聞こえない?」
ってことで交渉が始まる。ここからはオットの出番。今払うからってことで値引きもしてもらい、SOLD! 早かったー!
この時点で確か午後5時だったけど、この日は木曜日で、銀行は7時まで営業している。近くにあるウチの銀行の他の支店に出向き、*Cashier's check を発行してもらった。
*大きいものを購入する場合、自分が切るチェックではなく、銀行から受け取り主の名前を入れたチェックを発行してもらわないといけない場合がある。
チェックを手にしディーラーに戻ると、既に仮のナンバープレートが出来ていた。
速攻で家に戻った私たちに、次男はびっくり。
私:「買い物はね、さっさとするのが基本なの」
結局、保険会社からのお金だけではもちろん購入できず、私たちがお金を足さないといけなかったけど、今のところ、この車は機嫌が良い。ダメになったミニバンだって、あと2年持てばいいじゃんって思っていたんだから、この車もあと2年持ってくれれば御の字だ。
オットの車、最後はあっさりと決まった。迷った時は、まったく興味のない人(今回は私)を連れていくべきだねってのが結論。

