微笑みの国タイランド場末探索 -42ページ目

モデル写真撮影

先日、新規事業の商品のモデル撮影を京都でやってきた。

事前に撮影場所となる京都のお寺を知り合いのツテでおさえてもらい、モデルも友達にお願いして準備万端で挑む。
天気は朝に雪がパラついてたので、どんなもんかと思ってたが、除々に晴れてきて、撮影開始時には晴れ。
モデルに商品を着てもらい、素人カメラマンの自分が慣れない一眼レフを説明書を見ながら撮影。
ノートパソコンを持っていってたので、映りを確認しながら200枚近く撮影。
デジカメはこういうチェックができるから便利である。

2時間ほどで撮影も終わり、昼飯を食って軽く打ち合わせをして解散。

次回は全商品の撮影が控えている。まだまだやることだらけで大変。。。

商標登録と疑問

ついこないだ正月と思ったら、もう1月も終わり2月に。一日過ぎるのが本当に早い。

とにかく寒い。夜はかなり冷え込んでる。
土曜夜に友達とスーパー銭湯に行ったが、露天風呂に一歩出たら凍え死にそうなくらい寒かった。露天風呂に浸かってても顔が寒く、耳が冷たくなってる。。。
これで周りが雪なら風情あっていいが、単に寒いだけだと辛い。

まだまだ寒さが続きそうだが、もうすぐ撮影もあるし、あったかくなってもらわないとモデルに風邪でもひかれたら困る。

先日、新規事業の商標登録申請が無事完了。思ったより早く登録できて良かった。
商標登録すると本格的とかハクがつくとか思われるが、本来の目的のコピー防止や、悪い人間が無断で自分らのロゴを商標登録し、権利を高く売りつけたり、ロゴを使えなくしたりすることを防ぐことが必須。

昔インターネットのドメイン名で、有名企業の名前のドメインを早いもの勝ちで、全然関係な人間が取得し、企業に法外な値段で売りつける商売があったが、それと似ているだろう。
ドメインの問題は今では企業名を無断で使えなくなってるが、それもあくまで一流企業に限定されてて、マイナーな中小企業だと、どちらに所有権があるかは認知度の問題で難しい。

今回、知り合いの特許事務所(森川淳特許事務所)にお願いして申請登録してもらったが、その時にいろいろ質問させてもらった。
著作権と商標権。デザインした人が申請なく自動的に守られる著作権と、特許庁に有料で商標として申請登録し、無断で使われないようにする商標権とでは、どちらが強いかという質問をした。

普通ありえないが、例えばデザイナーがデザインし、著作権を放棄しない状態で、そのデザインを会社が商標として登録する。その場合、デザインの著作権はデナイナーのもので、商標権は会社のもの。
それでデザイナーと会社がモメて、そのデザインの所有権がどちらになるか、ずっと疑問だった。

その答えを教えてもらって、やっとスッキリした。(答えは次回までジラす。。。)

普通に生活してて、なかなか商標登録するという機会がないので、今回はまたまたいい勉強経験になった。
他にも意匠や特許、ビジネスモデルなど、いろんな権利がまだまだあるし、勉強していきたい。

天然記念物を食す

天然記念物

写真をご覧の通り、タイでは、日本で天然記念物のカブトガニを食す国である。
昔テレビでも紹介されていたが、このカブトガニの卵が珍味だそうで、身はほとんどないので卵を食すと言ったほうがいい。
みるからにグロデスクな大きな虫にしか見えないものを平気で食すのには驚きだが、日本人も良く考えると外国では食べない魚の刺身や宇宙人みたいなタコ、カニなど平気で食べている。
食文化の違いはおもしろい。

そういやタイの田舎ではまだ犬肉を食す習慣がある。娘息子のように可愛がってる愛犬家にとったらとんでもない食習慣である。愛犬と一緒に旅行して、目を話した隙に調理されていたら卒倒するだろう。でも現実にそういう話を聞いたことがある。

中国ではことわざでは「4つ足のものはテーブル以外、空を飛ぶものはヘリコプター以外何でも食べる」というのがあるそうだ。
古くは食人の文化もあったと記録に残っているほど食に関しては抜きん出てる国。

タイは陸続きなので、その中国の影響も大きく、料理も似ているものが多い。
でもナンプラーや香草をふんだんに使うタイ料理は、中華料理より、どこかヘルシーで辛いが美味しい。

さすがに虫、犬、生などは遠慮するが、ほとんどの料理は美味しいと感じる。
日本のタイ料理はまだまだ高級料理扱い。もっと安価で手ごろに食べれるようになればいいなと願うので最悪実現できないなら、自分で料理の勉強してでももっとタイ料理を普及させたいと密かに企むのであった。

天然記念物や犬を食べたい人はタイへレッツゴー!

スローライフ、スローフード=タイランド

タイランドにハマって3年以上経った。
初めは普通に観光だけで終わると思ったが、気がつけばアジア雑貨サイトを運営したり、現在ではメンズブランドを立ち上げるべくタイで生産までしている。
中国も過去1ヶ月くらい滞在経験あるが、再訪問は考えていない。台湾は行きたいけど。

生涯日本で仕事して生活していくだろうなという、平凡で目標もたいしてない自分であったが、今や海外移住や海外で仕事も視野に入れてきている。というか仕事は今実践でしている。まだまだそれで生活できるレベルまでいってないが、確実に経験と知識レベルは上がってきている。
それもこれも友達のお陰でもあるので、感謝しまくりである。

日本が嫌になったというより、住みにくくなった。最近のニュースはとにかく悪い事件だらけで、内容もどんどん悪質で卑劣で複雑で、見てるだけでうんざり。
国の代表トップである政治家や官僚などの汚職や不正も毎日のように明るみになり、ホリエモンのように不正をしてまでお金を稼ごうとしたり、まともに真面目に働く人間がバカみたいに思える。
耐震偽装の証人喚問を見てても全員グルにしか見えないし、それを追求する政治家まで癒着や不正隠しを疑ってしまう。

ニートと呼ばれる若者が増えるのも、あながち本人だけのせいではないだろう。生きる為の環境も確実に悪くなってきた。若者が生きる希望をなくし自殺して、逆に高度医療のお陰で高齢者が長生きする。出生率も史上最悪で、離婚率は依然高い。100年後には今の半分の人口になるという計算まで出ている。

しかも今は安心して暮らせない。幼児誘拐殺人に保険金殺人、親殺し子殺しも珍しくなくなった。全くもって異常な国である。
とにかく嫌な話題ばかりで、日本人の質、国のレベルの低下には愛国心がどんどんなくなってくる。
日本古来の伝統文化は好きだが、現代の文化社会(環境)は好きではない。

そんな中、タイランドという何ごとにもスローでユルい国を体験すれば、今なら誰だって、日本よりタイを好きになるだろう。
タイには日本人にはなくななった純粋さや素朴さが残っている。貧富の差が激しく、お金に関わるトラブルは多いが、それはどこの国でも同じ。生きて行く最低限のお金さえあれば、楽しく笑って生きていける国。

東南アジアでトップクラスに人気があるのはそういう理由からだろうか。定年を迎えて年金暮らしの世代がリタイヤビザでタイに移住するのも納得である。
バンコクなら、適度な都会でありながら、田舎臭いところもまだまだ残っている。どんどん街は発展しているので、将来は日本みたいになって住みにくくなるのだとうかと心配もするが、今のタイ人の性格や気質を考えと、絶対日本と同じにはならないと思う。
根本的な考え方が違うし、これは揺るぎないだろう。サバーイ、サヌック、マイペンライはなくならないだろう。

規制や条件だらけで何事も自由に商売もできない儲け主義の国と、自由奔放に儲けを二の次にマイペースに楽しく仕事をする国。どちらがいいか答えるまでもない。
日本ではスローフード、スローライフを求める人が増えてきた。時代を逆行しているのか、はたして原点に戻ろうとしているのか、便利すぎる世の中に慣れすぎて、生きる為に本当に必要な物を見失いつつある日本人には、タイの生活を一度は体験して欲しいと思うのである。

タイの田舎で正月(ウルルン場末滞在記-お別れ編)

「観光編」続きで最終話。

田舎出入り口

シゲくんを人質?の残し、一人だけ一足先に村とはお別れして市内のホテルへ。
ウルルンのように感動の別れというより、「またいつでも来てな」と言うような、ほのぼのした感じでお別れした。
この時には村にも少し愛着が湧いていて、また機会があれば来てみたいと思う自分がいた。でももし次行く時は飛行機で、しかも村には遊びにいくだけで泊まりはホテルかな(-_-;

送ってもらう車内で、日本語タイ語を英語を介して単語で言い合う会話で盛り上がり、基本的な単語だけなら十分通じたのでいい時間潰しになった。
コーンケン市内のホテルに到着して、空室を確認してすぐにチェックイン。部屋に入って速攻シャワーを浴びる。やっぱタイの田舎生活は自分にはまだまだ無理。シャワーやトイレの設備がちゃんとしてないと辛い。

ホテルの部屋でくつろいで、なんだかホッとした。怪我も病気もせず楽しく過ごせて良かったと安堵の溜息。
翌日は昼前にバスターミナルでシゲくんとナローンと待ち合わせして、バンコクへ戻る予定だったので早めに就寝。

2泊3日のウルルン場末滞在記もあっという間だったが、生涯記憶に残る良い思い出になったので、この機会を与えてくれたナローンとシゲくんには本当に感謝しまくりである。

さてさて、バンコクへと帰るバスは、どこもかしこも満員。グレードの高い行きのバスはチケットがとれず、格下のバスで出発。これがまた乗り心地は良くなく、トイレが隣にあって、誰がトレイに行くたびに悪臭が漏れ出て最悪だった。
しかも予定到着時間を大幅に遅れて、なんと帰りは9時間もかかった!!
バンコクから日本への帰りのフライト時間は5時間だから倍近い時間を車内で無駄にした計算。。。
同じくバンコクに遊びにきていた友達とも帰り時刻に間に合わず、会えなかったのでかなり残念であった。

さすがに自分もシゲくんも疲れきって、二度とバスを使うのはご免と意見が一致したのは言うまでもない。
バンコクに到着して、やっぱこの熱気や活気みなぎる街並が自分に合うと再認識した。
リゾート地のプーケットより、場末大都会バンコク。何かわからんが生きてると実感できる生命力あるこの国が一番好きだ。

以上、タイの田舎場末体験は終了。タマには場末でなく豪華リゾートも体験してみたい気が。。。

タイの田舎で正月(ウルルン場末滞在記-観光編)

「危機一髪編」からの続き。

さて、村の探索も一通りし、今度はこの地方の観光に出かける。
ナローンの兄弟だったか親戚だったかに車の運転手をお願いし、いざ村を出発。
どこに連れていってくれるかも知らずに、まず到着したのが、この地区で有名なお寺。
名前は「ワット・パパート」だったかな。小高い丘の上にあるお寺で、見晴らしは最高!

ワットパパート

てっぺんのお寺に参拝して、おみくじをひく。
内容はあまり良くなかった。タイのおみくじは日本のと同じように凶みないな悪いこも平気でサラっと書いてるので、多分「凶」だったのだと思う。
今思い返すとあながちハズレではなかったかも。ちなみに今年は日本で見事「大吉」だったので、それに期待してる。

お寺も満喫して、次は近くにある湖へ。
初め見た時は海かと思うほどの大きな湖で、ひたすら湖に沿って車を走らせていたが、途中から眠くなって軽く寝てしまった。
フと目覚めて外を見ると、湖のほとりにちょっとした草原があって、そこにバッファローが何匹が放し飼いでいるのを発見。
ちょっと珍しいので、車を泊めて記念撮影。大人しいから触っても大丈夫と言うので、恐る恐る近づいて角に触ってみた。あんな角に突かれたら大けがすると思いながらだったのでかなりビビった。

バッファロ-02

動物の触れ合いも楽しみ、引き続きドライブ。遅めの昼食を食べる為に湖のほとりにあるというレストランへ。
到着すると、ここらで人気の場所なのか、地元の人が多く来ていた。
湖の上に木製の場末な建物。なかなか場末リゾート風でいい感じだ。
早速そこでタイ料理を堪能する。ここで食べたソムタムは激辛で、でもクセになる味で美味しかった。

水上レストラン

食べてると次々行商が売り込みにくる。適当にあしらってると、蜂蜜売りがきた。
身なりもボロボロのその行商は、カゴの中に取りたての蜂蜜がどっさり。しかしよく見ると、ハチの巣の残骸やハチの死骸もまじってる。こんなの食べれないと思ったら、ちゃんとこしてビン詰めしてくれるとのこと。
安いので土産にどう?とシゲくんがプレゼントしてくれるというので、それに甘えて買う事にした。
で、ビン詰めをする為にその残骸タップリの蜂蜜をこすのを見てると、全然こされてない。。。
網の目が大きいので細かな残骸がいっぱい入ってる!!!

こういうおおざっぱなところがまたタイらしいというか、妙に納得してしまう自分。日本だと絶対買わない。
家に持ってかえって、改めてこしたのは言うまでもない。

昼ご飯も堪能し、休憩も終わったので、後は市場に夕ご飯の買い出しに行って村に帰るだけ。
市場で何か仕入れできるようなものがあればと思ったが、何も無かった。
夕ご飯は親戚集めてパーティーするとかで、食材をどっさりと買い込むナローン。後で請求が全部こちらにくるとはその時は思わなかったが、タイではお金を持ってる人が出すのが当たり前なので、ケチなことは言わないでおこう。

村に戻って親戚の家(パイくんの家)で食事の準備をしている間、タイ式マッサージを受けることにした。日も暮れてすっかり暗くなり、また冷え込んできた。そんな中のマッサージは寒さで耐えれなくなり、毛布をかけてもらって続行。村の人は薄着でも平気みたいだ。ここらの人は暑さにも寒さにも強いのか。

晩ご飯の準備も出来て、親戚の家に移動し、パーティー開始。といっても皆普通にもくもくと食べてるだけで、とりたてて客人をもてなすといった感じでもなかった。まぁ会話が成り立たないので仕方あるまい。

ご飯も終わって、今日もまた恐怖のベットで寝るのは無理と思ったので、一人市内のホテルに逃げることにした。シゲくんは招待されてる手前、一緒に逃げるわけにもいかず、人質として残して。。。(-_-;

いよいよ次回でラスト「お別れ編」。

月曜の屋台禁止令

バンコクでは去年7月から始まった月曜日の屋台禁止令。
美化の為に月曜日は屋台を一切なくし、道路の清掃や街を綺麗にしようという試み。

で、一般のタイ人からしたら大迷惑。毎日屋台で食事をしている人にとっては、月曜は気軽に食事もできないのだ。屋台でなくちゃんとした店舗はやってるので、月曜はどこも満員。そういう店舗の人にとったら売上倍増でうれしいとは思うが、屋台収入で生活してる人にとったら大きな痛手だろう。

大半の観光客は有名レストランなどお店で食べるので、慣れない屋台はあまり関係ないと思うが、すっかり屋台の味にハマってしまった自分にとっては月曜が嫌だった。
まぁ規制をしても、なかなか定着しない国なので、ほっといたら自然とこの制度もなくなりそうだ。

日本だと祭りの時の屋台以外に屋台のラーメンなんかは生涯で2、3回しか経験がない。日本でほとんど利用しない屋台は、タイでは日常のものとして欠かせない、毎日が祭りのように見える国。
そういう感覚はやっぱ日本では味わえないので、タイにハマる要因の一つかと。

最近ラーメンの屋台や石焼き芋もめっきり減った。豆腐も昔は屋台で売ってたような。竿竹売りや廃品回収なんかも見かけない。
チャルメラの音や石焼き芋の呼び声も、ほとんど見かけなくなった今では何か風情がある感じがする。
タイの屋台が何か懐かしい感じがするのは、そういう日本の屋台と重なるものがあるからだろうか。

日本も、また昔のように毎日屋台の音が聞こえるようになればいいのになぁ。。。

タイ人の足の裏は汚い!

只今タイ田舎ウルルン場末滞在記を連載中だが、一息入れて違うネタを一つ。

タイトルの通り、タイ人の足の裏は汚いというか、常に真っ黒。
なぜかというと理由は簡単。そこらを素足で歩くから。といっても裸足で歩いてるわけでなく、靴は穿いている。でもスーツ族以外は普通はスリッパや草履。なので素足が多い。

タイの一般的な家は土禁だが、特に土間や玄関があって、そこで靴を脱ぐという感じでなく、玄関ドアを開けたらすぐにリビングで段差もなく石畳が玄関直結という感じ。
なので、靴は玄関外に置いたり、中のドア側で脱いだりといろいろ。
ということで、ほとんど土足と土禁の境界線がなく、あいまいなので、そこらを素足で平気で歩く。
だから足の裏は常に真っ黒になるのである。

家の中だけならまだしも、お店でも同じ。お土産屋に行けば分かるが、客は靴をはいて土足だが、店員は素足なのをよく見かける。日本人の感覚だと、店員の素足を見たらすぐに土禁と分かるが、別に土禁でもないらしく、土足で店に入るのが一般的。
この妙な感じが最初はカルチャーショックだった。

靴下を穿いてたらすぐに足裏が真っ黒になる。でもスニーカーで素足はムレるので靴下は必要だが、あまりに真っ黒になるので、白の靴下はタイでは向かない。紺や黒などにすべきと学習した。

欧米など家の中でも靴を穿く習慣も信じられないというか、絶対真似できないが、タイのどこでも素足感覚もちょっと不潔でついていけない。

日本人は足も綺麗な人種だと改めて認識したのであった。

タイの田舎で正月(ウルルン場末滞在記-危機一髪編)

「村人接触編」から続き。

さて、今夜は早めに寝ることにして、といっても寝る場所はキングサイズくらいのベット一つしかない。
もちろん布団も一組。お客様用のものなぞある分けない。
想定はしてたが、仕方なく大の大人男3人は一緒のベットで寝ることに。
暑かったら床の上でも寝るのだが、正月のイサーン地域の夜は冷え込む。とても布団なしでは寝れず仕方なしだが、自分は寝相がとても良いので、寝たら身動きしない。
他の二人も大人しく寝てくれてたので良かったが、寝相の悪い奴が一人でもいたら最悪だっただろう。
イビキも歯ぎしりも誰一人しないので、静かに寝れるはず。。。。



と思った大間違い!!
なんと深夜であるのにニワトリはずっと鳴いている。通常ニワトリは早朝に鳴くものと相場が決まっているのだが、タイではその常識が通用しないのか、朝だけでなく、昼間も夜も延々鳴き続けてるのである。
起きている時には気にならないのだが、いざ寝るとなったら騒音以外なにものでもない。
すぐにでもニワトリの首を絞めてカラアゲにでもしてやりたいくらいムカつく鳴き声だった。

それでも旅の疲れが勝って、なんとか寝た。。。



が、また寝静まった深夜にとんでもない出来事が!!!






「バキッ!ドコッ!!」と何かが壊れた音と共に地震のような震動!

え!!!!地震か???
地震には敏感なのですぐに飛び起きた!

隣の二人は何事かと寝ぼけた様子。

いや、地震ではなかった。ふぅ、良かった。こんなところで地震があったら、村全部倒壊を免れないはず。
と安心して、原因を確かめることもせず寝入る。朝になってその原因が分かるが、背筋が凍る思いがした。
というのも起きてからベットの床を見たら、ベットの足の一つが床を突き破ってたのだ。もちろん床の下は地面でここは高床式の2階。もし全部床が抜けてたら、確実に大ケガコースだった。おそるべしタイ建築。
この恐怖から、2日目はここで寝れなかったのは言うまでもない。自分だけ市内のホテルに逃げた(-_-;


話は戻って、それから何時間寝ただろうか、ナローン母親がまだ夜も明けてない早朝に起きてガサゴソしてる。
ここらは夜明けと共に起きて、夜更けと共に寝るというようなところだし、おそらく5時とかそこらかと思って、まだまだ寝れると思い、そこからさらに数時間寝る。

外もすっかり明るくなって、かなり寝たしもう昼ころかなと思ってたら、まだ8時頃だった。
もう完全に目が覚めてしまったので、起きることにした。ナローンも起きたがシゲくんはまだ寝てる。
早速朝ご飯を準備してくれて、昨日スーパーで買ったインスタントコーヒーにパンを食べる。

その前に、顔を洗いに恐怖のユニットバス風タイ式トイレ(写真参照)の水をためてる水槽を使おうとするも、
何かいろんなものがプカプカ浮いてるので、洗うのは断念。飲み水用のペットボトルを大切に使って歯を磨いた。もちろん朝の用足しもタイ式トイレで終了。小はいいけど、大は。。。
ユニットバス

朝の準備も終わり、昨日の到着時には暗くて見えなかった村の風景も見えて、早く偵察に行きたくてウズウズ。シゲくんはまだまだ寝るといった感じだったので、一人でちょっとブラブラしようとチャレンジ。
外に出たらすぐに近所の人に見つかった。昨日焚き火の周りで飲んでいたメンバーだ。
そんで片言の英語で話かけてくる。こちらも片言の英語で対応。お互い通じてるかどうかもわからないコミュニケーション。それでも笑顔で楽しそうにくったくのない笑顔で話す村人の姿は、昔の人情味のあふれる時代の日本と同じような感じがした。今の日本の都会ではすっかりなくなった暖かい感じ。

そんなタイの田舎にとても居心地良く感じ、癒された。そこらをブラブラ歩くと塗装もされてない道に高床式の家々、放し飼いの鳥や犬など、まさに今やテレビでしか見る事ができないような風景に感動を覚える。

一旦ナローン宅に戻ってみると、シゲくんもやっと起きたみたいで、今日の観光スケジュールを決める。
今度はシゲくんと二人で、村を探索し、写真を何枚か撮って、村人と触れ合い、ウルルン体験を満喫して、昼前に観光に出発!!!

コーンケン02

機織り

写真は村の子供がドロ遊びしているところと、村のおばあちゃんが村特産の織物をしているところ。
いい素材写真がいっぱい撮れた。

「観光編」は次回に続く。

タイの田舎で正月(ウルルン場末滞在記-村人接触編)

「到着編」から続き。

お腹も一杯になって、時間はまだ寝るにも早いし、村を探索したいと思うも辺りはもう真っ暗。
街頭もない村を出歩くのも恐いし、誰も出歩いてなさそうなので諦めようかと思ったら、何か外が騒がしい。
音楽と謡声や笑い声が聞こえる。気になってシゲくんと見に行くと、隣の家の外でキャンプファイヤーのように村人が焚き火の周りを囲んで酒盛りカラオケ中。

そういや今は正月。こっちでも正月を祝って楽しんでる様子。それにつられて自分とシゲくんの日本人コンビはそこで初村人との接触を試みた。
人当たりも良く人なつっこい田舎のタイ人と打ち解けるのは容易い。
言葉も通じなくても笑顔やゼスチャーでなんとかなるもんだ。日本からもってきた日本のお菓子(カキピ-)など提供すると喜んでくれた。お返しに自家製のお酒をおちょこに入れてくれた。日本酒より濃いタイのお酒。喉がカァ~っと熱くなるお酒を2杯一気飲みさせられた。

そこに集まっているメンバーはほとんどがいい年のオヤジとオバサン。でも一人だけ若い男がいて、聞くと19歳。隣に座ってきて、初めて見るだろう日本人の自分に興味津々みたいだった。
乾杯して挨拶して、でも言葉は通じない。
まぁ雰囲気だけ楽しんだので、旅の疲れもあったし、一足先にその場から退散。

ところでトイレはどうなってるのか気になったので、確認をする。
昔の日本の家屋のように離れた場所にあったそこは。。。


これまた想像以上のタイの古式トイレ。
ユニットバス02

バンコクでこのトイレの経験はあるけど、やっぱ本場は違う。。。(-_-;
あまり使いたくはないが、郷に入ればということでちゃんと使った。

明日は村探索と観光やから早く寝た。深夜に起こる衝撃事件があるとは知らず。。。

次回「危機一髪&観光編」をお楽しみに。