砂場 -9ページ目

砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

絶叫委員会
絶叫委員会
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穂村 弘
筑摩書房
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穂村弘が持つ言葉に対する並外れた嗅覚をいかんなく発揮したエッセイ集。電車内での若者の言葉の独自の世界に打ちのめされ、美容室では「おかゆいところは、ございませんか」という質問に戸惑い、その優雅さを台なしする「噛みつきますから、白鳥に近づかないで下さい」という動物園の張り紙に目を疑う。なんといっても秀逸なのは、表紙にもある「でもさっき、そうおっしゃたじゃねぇか」というサラリーマンの叫び。

世界の片隅にうもれている、不可思議な言葉たちを拾い上げ、そこに自らに人間性をぶつけ正面から向きあっていく。読んでいて穂村弘は本当に言葉が好きなんだなと思う。ただ笑えるフレーズを見つけて喜んでいるのではなく、ここまで深く潜っていけるのは言葉に対する強烈な愛情があるからだろう。既存の世界を打ち壊し、独自の世界を作り上げる言葉たちへの羨望と、世界から切り離され打ち捨てられた言葉たちへの共感が相まって、まさに穂村弘にしか書けない独特の脱力感のある世界が生みだされる。
授乳 (講談社文庫)
授乳 (講談社文庫)
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村田 沙耶香
講談社
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第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞した「授乳」と「コイビト」「御伽の部屋」の3篇からなる著者デビュー作。『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞を受賞し、今年の三島賞にも『星が吸う水』でノミネートされるなど、今後の活躍が期待される新人作家。僕も前回読んだ『ギンイロノウタ』に衝撃を受けたいきなりファンになってしまったので、今回のデビュー作の文庫化を迷わず購入して速攻で読んだ。

表題作の「授乳」。父親を嫌悪しながらも従順で神経質な母親の姿にいらだち、同級生なら虐めているなと思う娘が主人公。家庭教師としてやってきた大学院生の青年は無口で無機質で自傷癖がある。どこか病的な空気が蔓延する世界観。大人と子供の中間に位置する思春期の不安定さ。母親からの支配を嫌悪することの裏返しに、弱い存在である青年を支配しようとする。

「コイビト」は『ホシオ』と名付けたぬいぐるみを恋人として愛し中学時代から全てを捧げてきた女性が、同じようにぬいぐるみを愛する小学生の少女と出会う物語。「御伽の部屋」は女子大生が男性とまるでドラマのワンシーンのような出会い方をする。そして、そのままお互い自分に求められる恋人像を演じていく二人の物語に、彼女が小学生の頃に知り合った女装をする性同一性障害の男子中学生の記憶が挿入される。

周りではクラス中の人間が一斉に咀嚼をしている。四十二個の口が整列して、同じ食物を唾液にまみれさせていると思うと気分が悪くなった。
p30「授乳」

普段は窓際で日にあたるホシオのことを考えながら一日を過ごす。余計な体力を消耗したくないので、ほとんど動かないし、できれば眠る。
p65「コイビト」

まともで健康的な普通の人間だなんて漫画やドラマの中にしかいないものかと思っていたのに、それが目の前で動きまわっているのであたしは苦しかった。
p182「御伽の部屋」

村田沙耶香の小説を読んでいると、この世界がゆがんで見えてくる。僕が自然だと思っていることは不自然で、不自然で病的な感覚だと思っていたこそが正常なのではないか。正常と異常という価値基準が意味を無くし、剥き出しで生々しい人間がそこに現れてくる。その姿はとても病的でありながらも、生き生きとした生命力が溢れている。僕はその迫力にただただ圧倒され、物語の余韻からなかなか抜けられなくなる。
ツイッターにかまけて長い間さぼっていた気になる本の4月と5月をまとめて「砂場書店」にて更新。今まではけっこう幅広く良書を選ぼうという意識はあったのだが、もう自分が欲しい本だけでいいかなという気になってきた。今のところはそんな方針で。

ということで、がぜん気になる一冊はこちら。この形状の奇抜さとバリエーションの豊かさ、そしてポップなカラーリングの数々。驚きと嫌悪が入り交じり、欲しいような欲しくないような…。そんなツンデレ(?)なインパクトで僕の心を鷲掴みです。

イモムシハンドブック
安田 守
文一総合出版
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ひとり暮らし (新潮文庫)
谷川 俊太郎
新潮社
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詩人というのは僕などとはまったく違ったところに立っている。研ぎ澄まされた感性で、僕には感じることのできない、世界の断片を鮮やかに切り取り、時には真実の欠片をがさりと拾い上げ、言葉にする。そんな特殊能力を持った別世界の住人。

というのが僕の詩人に対するイメージだった。けれど、このエッセイ集での谷川俊太郎は特別な人間ではなく「日常を過ごすひとりの年老いていく男」だった。人はやがて年老いて死ぬのだということをネガティブではなく、かといってポジティブでもなく自然体に向き合っていくその姿勢。詩人を職業として選んで生きてきた、ひとりの人間の姿が丁寧に描かれていた。

等身大の日常。詩人を特別視していた僕にはちょっと寂しいところもあるけれど、よくよく考えたらこちらのほうが凄いことに気付いた。特殊能力を持った別世界の人が素晴らしい詩を生み出すよりも、普通の生活を営む普通の感覚を持った人が素晴らしい詩を生み出すほうが魔法みたいだ。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
カズオ・イシグロ
早川書房
売り上げランキング: 1912

(この書影は松尾たいこさん限定カバーのもの)

全編を包み込む不穏な空気。この世界はどこか違う。全寮制の学校。どうやら、この生徒たちは特別な理由のもとに集められている。「介護人」とは何か、「提供者」とは何なのか。彼ら彼女らが迎えることとなる過酷な未来の姿を巧みに覆い隠しながら、この物語は進んでいく。

大人の視点から子供時代が語られる。あの頃は理解できなかった友人の感情、うまく説明できなかった自分の衝動、その真意が理解できなかった保護官たちの言葉。子供の頃は、全てを分かっているつもりで、考えて行動している。けれど、本当は知らないことが沢山あり、自分のことも他人のことも、思っているほど見えていない。些細なすれ違い、偶然のいたずら。考えていることの違いや、その見ている方向の角度の差。その積み重ねは、やがて取り返しのつかない亀裂をつくっていく。

特殊な運命に生きる主人公とその友人たちの人生。この物語の素晴らしさは、その特殊さがまるで普通であるかと思えるまで深く深く細部まで丁寧に語られていくところにあるのだろう。人が生きていく人生に「特殊な人生」も「普通の人生」もなく、そこにあるのは圧倒的な存在感を持つ「自分の人生」であるということ。

読み終えて、深い余韻に包まれる。何かを学んだとか、何かを得たというものではなく、ただここに懸命に生きる人たちがいたということが、僕の心を満たしていく。「わたしを離さないで」という言葉が僕の中に深く残る。

わたしを離さないで。