わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
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カズオ・イシグロ
早川書房
売り上げランキング: 1912
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(この書影は松尾たいこさん限定カバーのもの)
全編を包み込む不穏な空気。この世界はどこか違う。全寮制の学校。どうやら、この生徒たちは特別な理由のもとに集められている。「介護人」とは何か、「提供者」とは何なのか。彼ら彼女らが迎えることとなる過酷な未来の姿を巧みに覆い隠しながら、この物語は進んでいく。
大人の視点から子供時代が語られる。あの頃は理解できなかった友人の感情、うまく説明できなかった自分の衝動、その真意が理解できなかった保護官たちの言葉。子供の頃は、全てを分かっているつもりで、考えて行動している。けれど、本当は知らないことが沢山あり、自分のことも他人のことも、思っているほど見えていない。些細なすれ違い、偶然のいたずら。考えていることの違いや、その見ている方向の角度の差。その積み重ねは、やがて取り返しのつかない亀裂をつくっていく。
特殊な運命に生きる主人公とその友人たちの人生。この物語の素晴らしさは、その特殊さがまるで普通であるかと思えるまで深く深く細部まで丁寧に語られていくところにあるのだろう。人が生きていく人生に「特殊な人生」も「普通の人生」もなく、そこにあるのは圧倒的な存在感を持つ「自分の人生」であるということ。
読み終えて、深い余韻に包まれる。何かを学んだとか、何かを得たというものではなく、ただここに懸命に生きる人たちがいたということが、僕の心を満たしていく。「わたしを離さないで」という言葉が僕の中に深く残る。
わたしを離さないで。
