砂場 -10ページ目

砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

インドで考えたこと (岩波新書)
堀田 善衞
岩波書店
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積読本を消化中。もう10年近く前に古本屋で買っていたもの。初版は1957年ということで、もう50年以上も前に書かれたもの。古本屋ではよく見かける書名なので当時のベストセラー&ロングセラーだったと思われる。

詩人・作家である著者は第一回アジア作家会議に出席するためにインドに半年ほど滞在することになる。会議の準備などをするなかでアジア各国の人たちと関わりつつ、さらにインド独特の価値観に触発され、「アジアの中の日本」という存在について思考の旅が始まる。インド旅行記としても、アジアにおける日本論としても地に足のついた切実な内容になっている。

アジアの作家たちは、お互い同志ではなんにも知らないでいて、そしてその一人一人は西欧の作家についてはよく知っていることになる。従ってアジアの作家たちがそこでお互いを知り合うには、話の対象を西欧の作家にもとめ、その作家論をやりあうことでなければならぬということになるのだろう。現に、ここで七人が話し合うためには英語が唯一の公用語であるように。P29

複雑な歴史の上に成り立っているアジアの国々。そしてインドから中国を伝わった文化を原型としながらも、アジアの国々なかで真っ先に西欧化をした日本という存在。いびつに歪んだ関係のなかで困惑する著者の前に、インドを覆う劣悪な環境と無慈悲な自然が立ちはだかる。

この本が書かれてからもう50年以上がたっている。インドは今では高度経済成長において世界経済を牽引するほどになっている。けれど、ここで描かれている問題は残念ながらまったく解決されていないだろう。

私はインドで、ときどきオキナワはどうなっているか、と聞かれた。
P178

インドはとても親日派の国だ。インド政府は沖縄の全主権の恢復を主張し、アメリカによる沖縄占領に反対もその理由のひとつしてサンフランシスコ条約調印の拒否をしている。50年近く前とはいえ、複数のインド人が沖縄のことを気にかけて著者に声をかけてくれていたようだ。だが、現在の日本人は沖縄の全主権恢復を主張するどころか国会議員が沖縄を「パンドラの箱」だと平気な顔をしてテレビで言っている。

(前略)青年が私に云う。
「われわれは貧しい。しかし五十年後には――」と。
五十年後の日本――私はそんなものを考えたこともないし、五十年後の日本について現在生きているわれわれに責任があるなどと、それほど痛切な思いで考えたこともない。われわれは日本の未来についての理想を失ったのであろうか。P53


今がその五十年後。理想を失った日本が低迷し、未来を描いていたインドが躍進しているのは当然なのかも知れない。そして僕も五十年後の日本のことを痛切に考えたこともない。
詭弁論理学 (中公新書 (448))
野崎 昭弘
中央公論新社
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古本屋で105円で買って10年近く積読本だったのを思い立ってついに読破した。初版は昭和51年で当時ベストセラーだったのか、古本屋ではよく見かける書名だ。議論に勝つことは難しいが、議論を「論理のパズル」として楽しみましょう、というゆるいコンセプトで書かれている。僕も圧倒的に「あの時、こう言えば・・・」派なので、このスタンスはとても有難い。

まずは、無理矢理自分の意見を押し通す「強弁」の紹介。論じる前にお互いの力関係ですでに勝敗は決していて、あとは怒鳴り倒すか泣き落とすか、とにかく自分の主張を曲げず相手を認めなければ負けることは無いという恐ろしい力技。そして詭弁もまたこの強弁と組み合わされていて、強弁のなかに相手に妥協を許すような詭弁を織り交ぜて自分の意見を認めさせる。

詭弁の分析としては、複雑な問題を単純な二極化にして決断を迫る「二分法」や、「・・・とも考えられる」「・・・とも思われる」など検証しにくい他の可能性を提示して問題点をかく乱させる「相殺法」。論点をすり替え、主張を置き換え、感情に訴え、部分の問題を全体に当てはめたり、色々な技が紹介されている。

そしてベトナム戦争の時にアメリカで使われたという「ドミノ理論」。「よい人生をおくるために、よい大学に入り、そのためよい高校に入り、そのためによい中学に入り、そのためによい小学校に入り・・・」という論法で、一定の説得力を持ちながらも硬直した思考に陥りやすい。

そして普段の生活でも、討論番組でもよく見かけるのがこれ。

若者たちを悩ませる煙の代表は、「ほんとうの」「絶対的」「本質的」などという、深遠でしかもどこにでも使える言葉であろう。これらがいかに詭弁的であるかは、言葉の意味がぼかされて、結局は「いいように」あしらわれてしまうことからわかる。P71

(この例文として「ほんとうの愛っていうのは、そんなものではない」という言い回しを紹介している)

詭弁のロジックを知るだけでなく、論理学の入門書としても役に立つ本書。討論への心構え、それぞれの詭弁の論法への対処法や、論理パズルの練習問題などもあり実用度は高いけれど、それでも僕の弁論能力だと議論の最中に相手の詭弁の矛盾を突いて反論はできそうもない。だがそんな時は、「健全な常識、健全な判断力」を持ってして、無茶な結論には「あなたの考え方には、ついていけません」とキッパリと言えばいいとのこと。実生活では詭弁よりも健全な常識が大切とはまさに正論。これで105円はお買い得。
クォンタム・ファミリーズ
東 浩紀
新潮社
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この小説で重要なテーマになっているのが35歳問題だ。

生きるとは、なしとげられるはずのことの一部をなしとげたことに変え、残りすべてをなしとげられる《かもしれなかった》ことに押し込める、そんな作業の連続だ。
(中略)
そして、その両者のバランスは、おそらくは三五歳あたりで逆転するのだ。その閾値を超えると、ひとは過去の記憶や未来の夢よりも、むしろ仮定法の亡霊に悩まされるようになる。それはそもそもがこの世界に存在しない、蜃気楼のようなものだから、いくら現実に成功を収めて安定した未来を手にしたとしても、決して憂鬱から解放されることがない。P28

平行世界から届いたメールがきっかけとなり、主人公はこの「かもしれない」世界へと飲み込まれていく。鬱屈した自分。幸せに包まれた自分。狂気を孕んだ自分。ある時はDVの夫であり、ある時は愛妻家で子煩悩な父、ある時はテロリストの首謀者。そして妻や子供たち家族もまた様々なカタチで主人公の前に現れる。

高度情報化社会の行き着く果てと、家族それぞれの強い感情が、物語を遥かな地平へと駆り立てる。崩れ落ちていく現実世界はまるでディックのようでもあり、そのナイーブな内面世界は村上春樹のようでもある。現在と過去と未来と平行世界に分断され拡散した家族の姿は、今までとはまったく違った家族のカタチであるにもかかわらず、やはり家族以外の何者でもない。

そして物語は壮大なカタストロフィを乗り越えて、トゥルーエンドへ流れ込んでいく。この平行世界のどこかでは登場人物たちが幸せに生きるハッピーエンドも可能性としては存在するだろう。けれど、幸福と不幸が重なり合い過去と現実と未来を真っ直ぐに繋ぎとめる、このラストシーンはどんな幸せのカタチよりも大切なものをもらった気がする。
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山田 かおり 山田 まき
リトル・モア
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尼崎出身ファッションデザイナーによるエッセイ集。僕も尼崎在住なので、うちの家族ほうが絶対面白いと対抗意識を持ちながら読んだが、完敗だ。バカバカしくも哀愁漂う強烈エピソード満載で、どこか同じく尼崎出身の中島らもを彷彿とさせるものがある。写真なども一緒に綴じるなどお洒落な装丁も魅力。

空想のゴルフで上達し続ける父親、ぼろぼろ状態の犬や猫をどんどん拾ってくる母親、寝顔が荒俣宏そっくりの妹(この本の挿絵も描いている)。ギリギリ放送禁止ではないかと思われるネタも挟みながら、脱力系・爆笑系・シュール系などその笑いの幅は多彩だ。さらにはミステリー系やホラー系など縦横無尽な展開もあり、特に「おじいのこと」は長編小説でも書けるのではという空前絶後のエピソードで万人に読んで欲しい衝撃度。

そして何よりもこの小説の魅力となっているのが仰天エピソードの中に垣間見える家族の強い繋がり。お互いにけなしあっている部分も含めて、この家族としか呼びようのない一体感は近頃なかなかお目にかかることはできない。感動エピソードの小説もいいけれど、こういうバカバカしい日常のの中から浮かび上がってくる家族愛というのも、とても魅力的なものだなと思う。

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僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 (集英社文庫)
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尼崎出身。中島らものエッセイの代表作はこれ!
人間の建設 (新潮文庫)
小林 秀雄 岡 潔
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数学者・岡潔と小林秀雄との対談。寡聞にして知らなかったが岡潔氏はプロフィール欄によると「日本数学史上最大の数学者(中略)多変数解析函数論において世界中の数学者が挫折した「三つの大問題」を一人ですべて解決した(後略)」というもの凄い人だった。帯にある「史上最強の雑談」とある通り、二人で流れるままに興味のある事について話しているのだが、その切れ味たるや恐るべし。

岡 世界の知力が低下しているという気がします。日本だけでなく、世界がそうじゃないかという……。小説でもそうお思いになりますか。
小林 そうでしょうね。
P23


世界の知力について判断が下せるということは、世界最高レベルのかしこい人たちの言っている内容を掴んだ上でしか言えないわけで、なんだか雲の上の話だ。岡氏の専門の数学の話題など、当然難しい内容もあるが、僕のような凡人でも興味深く読める部分は多い。

岡 勘というから、どうでもよいと思うのです。勘は知力ですからね。それが働かないと、一切がはじまらぬ。それを表現なさるために苦労されるのでしょう。勘でさぐりあてたものを主観のなかで書いていくうちに、内容が流れる。それだけが文章であるはずなんです。P24

小林 高みにいて、なんとかかんとかいう言葉はいくらでもありますが、その人の身になってみたら、だいたい言葉がないのです。いったんそこまで行って、なんとかして言葉をみつけるというのが批評なのです。P140


今まで「勘」は「なんとなく」でマイナスイメージが強かったのだが、この本の岡潔は「勘」というものがいかに大切な感覚なのかを多く語っている。「勘は知力」という言葉は覚えておきたい。小林秀雄の「その人の身になってみたら、だいたい言葉がない」という部分にもとても納得した。言葉を操る人は多いけど、本当に心に響くのは、きっと言葉をみつけたり生みだしたりする人なのでしょう。

今まで対談本にはあまり興味はなかったが、こんなに面白いのなら積極的に読んでいきたいと思わせる内容だった。小林秀雄の本も今までは難しくて敬遠していたけれど、今後は挑戦していこうかなと。

蛇足

表紙の写真をみて「二人ともボサボサ頭だな…」と思っていたら、なんと解説は茂木先生! 天才の系譜はしっかりと受け継がれているようです。