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砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

SOSの猿
SOSの猿
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伊坂 幸太郎
中央公論新社 (2009-11-26)
売り上げランキング: 354

救急車が通るだけで「誰かがどこかで痛いと泣いている」と胸を痛めてしまう主人公。学生の頃に留学したイタリアで偶然にもエクソシストの助手を務めたことから、家電販売員のかたわら副業としてエクソシストをすることになる。幼馴染のお姉さんの依頼により、引きこもりの青年とかかわることになる。

平行して、ちょっと仰々しい口調で語られる物語。こちらは、株取引の入力ミスによって300億近い損害が起きた事故原因を究明することとなったサラリーマンが主役。全てを現実的・論理的に考えるクールな男。ときおり西遊記の物語が入り混じったような幻想的な世界に巻き込まれるが、それも何かの錯覚だろうと現実的に受け止めてしまう論理的人間。

感傷的にくよくよ悩む男と、論理的に全てを割り切る男。ファンタジー的な要素も交えつつ、「悪といかに戦うか」という最近の伊坂のテーマをまた違った角度から描いていく。伏線や洒落た会話・警句などは少なめで、特徴的な語り口や物語の構造自体をテーマに繋げていくなど、どうやら伊坂は「モダンタイムス」以降あきらかに別ステージに入ったような印象を受ける。旧来の伏線や洒落た会話が好きなファンには申し訳ないが、僕は今の路線はかなり好きなので、このまま突っ走って欲しいと思う。
アンダルシアの肩かけ
エルサ・モランテ
河出書房新社
売り上げランキング: 38176

20世紀イタリア最大の作家らしい。タブッキ(こちらもイタリア)に似ているようなと思ったら、やっぱり須賀敦子さんも好きだったそうな。カフカ的な不条理世界に近く、現実と幻想が繋がっていく。

どこか社会に適応できない人たち。彼らは現実と折り合いを欠いたまま、非現実の世界へと流れ込んでいく。そこには救いはない。人間は誰もが現実&非現実の世界を生きているということ。現実と夢が入り混じり、夢と夢が折り重なり、幻想が現実に打ち砕かれ、現実が非現実に支えられる。

三人称で書かれながらも、語り手は意思があるような奔放な口調で、やがてそのまま登場人物の意識のなかまで描きだす。主観と客観の区別も消えるその語りが、現実と虚構を描く物語とあいまって魔術的な効果を生みだしていく。ここには、小説でしか描けない世界、小説でしか味わえない魅力が溢れている。
思考の整理学 (ちくま文庫)
外山 滋比古
筑摩書房
売り上げランキング: 43

某書店員さんのPOPがきっかけでベストセラーとなり、そのPOPのおかげで東大・京大にて年間売り上げ1位ちなり、さらに「東大・京大で一番売れた本」というPOPでさらに大ベストセラーとなって現在も売れ続けている。

25年ぐらい前に書かれた本だけど、今をときめく茂木先生の好きな「セレンディピティ」も紹介しているし、勝間和代さんイチオシの読書術の本『本を読む本』の翻訳者はこの外山滋比古。茂木&勝間も昔でいう「知的生産術」の流れからきているのだなと今更ながらに思う。

その主張もまったく古びておらず、情報を「忘れる」ことや「寝かす」ことの重要性を説くなど、情報過多な現在にこそ有効だろう。思考術、発想法や読書術に情報のインプットにアウトプットなど、その多岐にわたる内容は現在のビジネス書で書かれていることに通じるものばかり。逆にいうとビジネス書・知的生産術系の本を読み込んだ人は新たな発見は少ないかも知れないが、こういう本を読んだことの無い人には格好の入門書としておすすめできる内容だ。

■表紙がとてもキャッチーな茂木先生の本

セレンディピティの時代―偶然の幸運に出会う方法 (講談社文庫)
茂木 健一郎
講談社
売り上げランキング: 4997


■勝間さん批判をした香山りか『しがみつかない生き方』への反論をする勝間さんの新刊

やればできる―まわりの人と夢をかなえあう4つの力
勝間 和代
ダイヤモンド社
売り上げランキング: 52


昔の知的生産術の人たちに比べて最近の人たちはキャラが立っているような。
藝術とは何か (中公文庫)
福田 恆存
中央公論新社
売り上げランキング: 17811

中心となるのは演劇だが、小説についても多く触れている。芸術は無用であるとしながらも、芸術の意義は「カタルシス」を生み出す力ににあるとして、現在の芸術が「カタルシス」ではなく、芸術家と鑑賞者の「ナルシスム」でしかない現状を鋭く指摘していく。

従順な鑑賞者は作品の自我意識に同化し、反撥する鑑賞者はそれに対立して自分の内部におのれの自我意識を凝縮せしめる。今日では、ひとびとは芸術作品に自我意識の確立を求め、それを完全にはたしてくれる作品を偉大なる芸術と呼んでいます。芸術の効用はカタルシスではなく、ナルシスムに堕してしまったのであります。
P139-P140

劇場においてさえ、ひとびとは堅く殻をとざして自分のうちに閉じこもり、舞台から他人が得られるなにものかを自分だけが手にして帰りたいと願っている。自分がいちばん上等なものを、いちばんたくさん、貯蔵庫から盗みだしたいともくろんでいる。(中略)そしてそれは小説において――すなわち書斎において――もっともきわまれるものとなっております。
P109

カタルシスがじゅうぶんにはたされぬがゆえに、鑑賞者はどんな芸術作品を鑑賞しても、そのあとではけっきょく自我意識にもどってゆくよりしかたがないのであります。近代芸術においては、人間一般が英雄になるのではなく、個性が、自我が、英雄になるのであります。そこでは鑑賞者の自由は失われる。劇場における観客は、英雄になることではなく、英雄崇拝を強いられるのだ。
P130


著者は芸術の意義はカタルシスによって精神をゼロの状態にすることだとする。芸術から何かを得て、「なにものかになる」のではなく、精神を解放して「なにものでもなくなる」こと。そして「なにものでもなくなる」ことにより、「なにものにもなりうる」自分になること。

こうして読むと僕はカタルシスではなくナルシスムで本を読んでいるのだなと思う。この本は1950年に書かれたようだが、現時点で考えるとカタルシスが味わえるのは小説よりもマンガやアニメだ。自意識に絡めとられナルシスムに陥った小説よりも、カタルシスを追求してきたマンガ・アニメのほうが世界的にも芸術性を認められているのは、当然の帰結なのかも知れない。
$書店員失格

大門玉手箱、無事終了しました。昔ながらの市場の中の一角に即席の古本屋さんが並ぶ不思議な光景。本だけでなくポストカード・雑貨もあり、さらには珈琲店まで出店していて、なかなかの賑わいとなっていました。

美味しいコーヒーの匂いのなか、他の出店者さんの本も見て回っていたら、僕の好きなジャンルの本をたくさん出していらっしゃる方がいて、3冊買わせていただきました。ミシェル・ウエルベック『素粒子』、スティーブン・ミルハウザー『マーティン・ドレスラーの夢』、J・G・バラード『コカイン・ナイト』。読みたかった本ばかり。

その片隅に家族3人でお邪魔して、レジャーシートを敷いた上に本を並べ、市場で買った惣菜と持参のおにぎりを食べながら本を売るというピクニック気分の古本販売。人見知りが激しい我が子は、お客様が来るたびに固まって凝視していましたが、そんな視線も優しく受け流していただき、お蔭様で計16冊も買っていただけました。有難うございます!

次回の開催は来年1月の23日ということで、また参加できたらいいなと思います。

大門玉手箱ホームページ