「俺はこのリング。」


そう言って翔平は右手を見せる。


「やっぱりな。


そうだと思っていたよ。


望月さんがいつもしてたの知ってたからな。」


剛の何か言いたげな視線に気づかない振りをして続ける。


「望月さん、俺って人間をよく知ってた。


もしかしたら俺よりもわかっていたかもしれない。


足立さんは、二人はよく似ていると言った。


もっと自分を好きになれとも言った。」


「確かにずっと前と比べて翔平、変わった気がするよ。


見えてきたってことかな。


それまでだって一緒にやって来たんだから、ある程度のことはわかってたし、信頼していた。


だけど、誰にも踏み込ませない場所があった。


今は、翔平が何を思い、何を悩んでいるのか、少しはわかるようになった。」


隆の言葉に二人が首を縦に振る。


「俺だけが望月さんを好きだと思ってた。


お前たちも同じだったんだな。


足立さんが前に言ってたんだ、


『亜美を知ってるヤツはみんな亜美のことが好きなんだ。


男とか女とかそういうことで分ける必要のない特別な何かをアイツは持ってるんだ。』


今ごろになってやっとわかったよ。


望月さんは俺に心をくれた。


俺はずっと自分の気持ちを持たずに生きてきたんだ。


自分の気持ちを知ること。


人の気持ちを思うこと。


そういうのって、一番大事なことじゃん。」





亜美のファンは今でも増え続けている。


彼女が創る世界は今の若者達にも受け入れられている。


時代は変わり、今の子たちの考えていることは理解できない、と世の中の大人たちは言う。


確かに、そんなところもある。


だけど、心の一番奥の部分は変わっていないのかも知れない。


だから『高宮涼子』宛に手紙が届くのだ。


メールではなく『手紙』が・・。


その手紙を本人に渡すことも出来ず高橋は大きな箱に集めている。


それもいっぱいになりそうだ。


いつか亜美に会うことがあれば渡したいと思っているのだ。


封を開けられることもなく眠り続けている思いを、やっぱり届けてやりたいのだ。


『高宮涼子』の代りに自分が・・そうも思ったがそれは違う気がしてずっと預かり続けている。


フランスからたった一度一枚の絵ハガキが届いたきりなのだ。


どうしているのだろう・・。



「戻りたいのか、あの頃に。」


春樹が聞く。


「俺たち、こうなりたくて頑張って来たんじゃないか。」


隆が身を乗り出して剛に詰め寄る。


春樹が落ち着くように隆の肩をトントンとした。


「俺は剛の気持ちもわかるし、隆の言ってることもわかる。


でも、音楽で食べて行くことって、そういうことも含まれているんじゃないのかな。


仕事なんだから。


今は歌をうたう気分じゃないくらい大きな何かがあっても、ステージの上ではそんなところを見せちゃいけないんだ。


昨日と同じ様な今日や明日に追われながら・・、でもやりたいことを仕事に出来るヤツって幸せなんじゃないか?


昼間、学校行ってバイトして、それでも俺たちが頑張って来れたのはこうなりたかったからだろ。


たくさんの人に、聞いて欲しかったんじゃないか。


確かに、忙しくて自分が無くなってしまいそうな時がある。


だから、あの頃の気持ちを忘れず持ち続けて歩いて行かなきゃ。」


春樹は頭の中でいろんなことを考えている。


欲しかったモノを手にしたような気もする。


でも、失ったモノもあるような気がしていた。


それが何なのかはっきりとさせて、それを言葉にするのを自分自身がストップをかけているのではないかと・・。


翔平は黙って聞いていた。


剛が、


「こんな時、望月さんだったら何て言うんだろう。


今ごろフランスで何やってるんだろうな。」


「そうだな。


俺は望月さんの音楽が好きだ。


いつも元気をもらってるよ。」


春樹が自分に言い聞かせるように言った。


「フランスでも何かを見つけて新しいこと始めてるぜ・・。」


絶対そうだというように隆が言った。





「実は、俺、望月さんに曲書いてもらったんだ。


ほら、前に足立さんがフランスから戻って来ていた時があっただろ。


俺が一人スタジオにいた時に。


その辺の紙に走り書きした詩を見てこう言ってくれたんだ。


『イイ詩だね。


素直なところがそのまま出てる。


二人で曲付けちゃおうよ・・。』・・て。


朝までかかって曲を創ったんだ。


CD作るわけでもないし、誰かに聞かせるためでもなく、こんな俺のためだけに。


その時思ったんだ。


音楽が好きって、きっとこういうことなんだって。


俺はあの時の望月さんの姿を今でもはっきりと覚えている。」


剛は小さなことをくよくよ考えるタイプの人間ではない。


いつも自分の都合の良いように考えて前に進んで行ける明るい性格の持ち主だ。


そんな人間でもたまには落ち込むこともある。


そんな時にはあの時の彼女の顔を思い出していた。


走り続けているこの毎日に疑問を感じた時も、その姿を思い浮かべると答えがぼんやりと姿を現す。


音楽が好きなこと、聞いて欲しいと思う気持ち。


「じゃあ、俺も話すよ。


俺は絵を貰った。


引っ越しの手伝いに行った時、部屋の隅にあったんだ。


それまでは玄関に飾ってあったんだ。


最初、その絵を望月さんが描いたモノだとは知らなかったんだ。


何度か四人でマンションを訪ねた時から心惹かれる何かがあった。


今まで絵に興味を持ったことなんて無かったんだけどな。


その絵の前に立つと気持ちが軽くなる、そんな絵だったんだ。


『望月さん、この絵、俺すごく好きだったんです。


もう見られなくなりますね。』


友だちと別れるようなそんな感じだよ、わかるだろ?


『これ、私が描いたのよ。


よかったら持って行って。


私の絵を褒めてくれたのはあなたで二人目だわ。』


そう言って。」


「・・そんなことがあったのか・・。」


三人が頷く。


「疲れて部屋に戻ってベッドに横になるとちょうど目に入るんだ。


声が聞こえてくる気がする。


『ガンバレ!』ってな。


望月さん、いつも言ってただろ。」


目を閉じたまま静かにそう言った。


「望月さん、俺たちのことが心配だったんだよ。


この世界の大変さを知ってるから・・。


俺は詩を貰った。


『自分が見えなくなったら心を静めて自分を探してね。


逃げることは簡単。


でも、一度逃げてしまうとこの次何かあった時、向かっていくことが面倒に思えてまた逃げる道を選んでしまう。


だから、時間がかかってもいいから、ちゃんと自分を見つけてね。


そしたら、この曲に詩をつけてやって。』ってな。


あの頃の俺にはこの詩の意味を深く理解することはできなかったよ。


これから先もまた違う意味を知ることになると思うんだ。


どの時の俺もこの俺なんだよな。


いつも笑ってばかりはいられない。


それでいいんだ。


そう思うことでいくらか気持ちは軽くなる、


素直になることもできた。」


隆がこんなに一生懸命に話す姿を久しぶりに見た気がしていた。


「俺は全然知らなかったよ。」


翔平が言う。


「俺はあの曲を貰った時、お前らにも何か・・って思ったよ。」


隆はそう言った。








~誰もが嘘つきのまま 最後に愛につかまる~


歌詞の内容を無視して 1行が何度も頭の中をグルグル回る


こういう表現の仕方が好き




最後の砦


大事なモノを一つでも手にしたら 人は変われる


何も持たないでいれば  いつまでもずっと 怖いもの知らずでい続けられる


守りたいモノが出来た時 人は


強くなれるし 弱くなる


何も考えず 飛び出していた昨日の自分ではいられなくなる


一度つないだ手は 離さない


自分の命を掛けてでも・・ そんな気持ちが生まれた時


新しい自分に 出会うことができるのかもしれない







「あっ、高橋さん。」


剛が驚いた顔でガラスのドアを開ける。


「少しイイかな?」


「はい。」


中に入ってきてみんなに声を掛ける。


「高橋さん、久しぶりですね。


今までどこに行ってたんですか?


前はライブにだってよく来てくれてたのに、最近はちぃっとも・・。」


「遊んでたわけじゃないぞ。


それに、ちゃんと見てたよ。」


「気づかなかったです。」


「今日は、イイ話を持って来た。


お前たちを応援したいと言ってる人がいるんだ。


どうだ、一度会ってみるか?」


突然の話に返事をするのも忘れていた。


「おい・・。」


「あ・・。


お願いします。」


四人が声をそろえてそう言った。


「じゃあ、話を進めるから。」


そう言うと高橋は急いでその場を後にした。


一緒に喜んでいたい気持ちはあったが、四人だけにしてやりたかった。


亜美が彼らのことを頼むと言ってフランスに発った時から・・いや、彼女がとても嬉しそうに翔平たちの話をする笑顔を見た時から、いつの日かよい知らせを持って四人を訪ねたいと思っていたのだから。


翔平たちは突然舞い込んだ夢みたいな話に心は躍っていた。


喜びに浸っている暇は無く、それからの毎日は予想を超えるほどの忙しさだった。


朝早く出かけて行って、夜遅く帰宅。


そんな毎日が続く。


今まで一度も経験したことのない場所にいた。


何がどうなっているのかわからないままその日がやって来た。


十二月二十四日、クリスマス・イヴ。


CD売り場に並べられた『それ』を見たとき、走り始めたのだということを感じた。


テレビだったりラジオだったり雑誌の取材だったり。


ドキドキが収まらないうちにまた次のドキドキに襲われる。


そんな風にして記念すべきその日が終わった。


その次の日も、またその次の日も駆け足で一日が過ぎていく。


その努力が四人のところに成果として戻ってくる。


初めてのツアーが決まり新曲のリリースも決まった。


翔平たちには夢のような毎日。


ずっと心の中で描きつつけて来た場所。


初めての世界で次々と決まっていくスケジュール。


実力が伴っているのか、不安が押し寄せてくる。


でもそう望んだのは自分たちなのだ。


精一杯頑張ることで足りない部分がどれだけ補えるかはわからないけど、立ち止るわけにはいかない。




そんなある日、剛がポツリと言った。


「あのライブハウスが懐かしいな。


人なんかほとんど入っていなくて、なつみがいて望月さんがいた。」

翌朝、スタジオに入ると三人は声をそろえて言った。


「昨日はどうだった??」


「どうだった・・って言われても、いつも通り家まで送って行ったさ。」


「えっ、それだけ?


もう会えなくなるんだぞ。


翔平、それでイイのか?」


「二度と会えないわけじゃないさ。」


「そりゃそうだけど・・。


キスくらいはしたんだろ?」


「しないさ。


なんですぐそうなるわけ?」


「はっ?


小学生じゃあるまいし、キスくらいするだろうが。


なつみに好きだってことくらいは言ったよな?」


「いや・・。」


「何で言わないんだ?


言わなきゃ伝わらないことだってあるだろうが。」


「まあ、そうかもしれないけど・・。」


翔平と剛の会話に隆と春樹は入っていけない。


黙ったまま二人の顔を交互に見ている。


「翔平、お前ってどうしてそうなんだ?


肝心なこと言えてないじゃん。」


「じゃあ、どうしたら良かったんだ?


なつみに行くなとでも言えというのか?


そんなこと言えるわけないだろ。」


「なつみは翔平にそう言って欲しかったのかもしれないだろ。」


「なつみの人生だ。


俺がそこまで言う権利は無い。」


「翔平、権利とかそういう事じゃないんだ。


キモチの問題なんだよ。


人を好きになるってことは、多かれ少なかれその人の人生に拘ってるんじゃないか?


これから先、ずっと付き合っていくか、どこかで別れちゃうか、そんなことはわからないけど、お前たちの場合、十分拘ってると思うんだけどな。」


「なつみは自分を誰も知らない所でゼロから始めたいんだと言った。


アイツはいつも一人だったんだよ。


俺は、それがわかったから、行って来ればいいと思った。


確かにここに居れば俺たちがいるさ。


だけど、俺たちがいればそれでイイなんて思って欲しくないんだ。


間違ってるか?」


「いや・・、深いところまで考えてるんだな。」


そこでやっと春樹が口を開く。


「俺が言うのも変だけど、翔平、イイ男になっていくな。


女でなくても、男の俺でも惚れちゃうよ。」


「やめてくれ。


俺はそんな気はないぞ。」


翔平とのこんなやり取りの中で春樹は今まで見たことのない翔平の姿を見ていた。


今までだって翔平のことを悪いヤツだと思ったことはない。


翔平となら思い描く世界が創っていける気がしていた。


ただ、自分は自分、人は人、そういう感じがしていた。


いつもどこか冷めていて素の翔平の姿を自分は知らない気がしていた。


勿論、プライベートまで干渉するつもりは無い。


相談を持ちかけると真面目に考えてくれる、今までだってそうだった。


今は何か違った感じがする。


「見送りに行かなくていいのか?」


「昨日ちゃんとガンバレって言ったから。」


「そうか。


一年なんてすぐに過ぎるさ。


今日一日、頑張ろう。」