「戻りたいのか、あの頃に。」
春樹が聞く。
「俺たち、こうなりたくて頑張って来たんじゃないか。」
隆が身を乗り出して剛に詰め寄る。
春樹が落ち着くように隆の肩をトントンとした。
「俺は剛の気持ちもわかるし、隆の言ってることもわかる。
でも、音楽で食べて行くことって、そういうことも含まれているんじゃないのかな。
仕事なんだから。
今は歌をうたう気分じゃないくらい大きな何かがあっても、ステージの上ではそんなところを見せちゃいけないんだ。
昨日と同じ様な今日や明日に追われながら・・、でもやりたいことを仕事に出来るヤツって幸せなんじゃないか?
昼間、学校行ってバイトして、それでも俺たちが頑張って来れたのはこうなりたかったからだろ。
たくさんの人に、聞いて欲しかったんじゃないか。
確かに、忙しくて自分が無くなってしまいそうな時がある。
だから、あの頃の気持ちを忘れず持ち続けて歩いて行かなきゃ。」
春樹は頭の中でいろんなことを考えている。
欲しかったモノを手にしたような気もする。
でも、失ったモノもあるような気がしていた。
それが何なのかはっきりとさせて、それを言葉にするのを自分自身がストップをかけているのではないかと・・。
翔平は黙って聞いていた。
剛が、
「こんな時、望月さんだったら何て言うんだろう。
今ごろフランスで何やってるんだろうな。」
「そうだな。
俺は望月さんの音楽が好きだ。
いつも元気をもらってるよ。」
春樹が自分に言い聞かせるように言った。
「フランスでも何かを見つけて新しいこと始めてるぜ・・。」
絶対そうだというように隆が言った。
「実は、俺、望月さんに曲書いてもらったんだ。
ほら、前に足立さんがフランスから戻って来ていた時があっただろ。
俺が一人スタジオにいた時に。
その辺の紙に走り書きした詩を見てこう言ってくれたんだ。
『イイ詩だね。
素直なところがそのまま出てる。
二人で曲付けちゃおうよ・・。』・・て。
朝までかかって曲を創ったんだ。
CD作るわけでもないし、誰かに聞かせるためでもなく、こんな俺のためだけに。
その時思ったんだ。
音楽が好きって、きっとこういうことなんだって。
俺はあの時の望月さんの姿を今でもはっきりと覚えている。」
剛は小さなことをくよくよ考えるタイプの人間ではない。
いつも自分の都合の良いように考えて前に進んで行ける明るい性格の持ち主だ。
そんな人間でもたまには落ち込むこともある。
そんな時にはあの時の彼女の顔を思い出していた。
走り続けているこの毎日に疑問を感じた時も、その姿を思い浮かべると答えがぼんやりと姿を現す。
音楽が好きなこと、聞いて欲しいと思う気持ち。
「じゃあ、俺も話すよ。
俺は絵を貰った。
引っ越しの手伝いに行った時、部屋の隅にあったんだ。
それまでは玄関に飾ってあったんだ。
最初、その絵を望月さんが描いたモノだとは知らなかったんだ。
何度か四人でマンションを訪ねた時から心惹かれる何かがあった。
今まで絵に興味を持ったことなんて無かったんだけどな。
その絵の前に立つと気持ちが軽くなる、そんな絵だったんだ。
『望月さん、この絵、俺すごく好きだったんです。
もう見られなくなりますね。』
友だちと別れるようなそんな感じだよ、わかるだろ?
『これ、私が描いたのよ。
よかったら持って行って。
私の絵を褒めてくれたのはあなたで二人目だわ。』
そう言って。」
「・・そんなことがあったのか・・。」
三人が頷く。
「疲れて部屋に戻ってベッドに横になるとちょうど目に入るんだ。
声が聞こえてくる気がする。
『ガンバレ!』ってな。
望月さん、いつも言ってただろ。」
目を閉じたまま静かにそう言った。
「望月さん、俺たちのことが心配だったんだよ。
この世界の大変さを知ってるから・・。
俺は詩を貰った。
『自分が見えなくなったら心を静めて自分を探してね。
逃げることは簡単。
でも、一度逃げてしまうとこの次何かあった時、向かっていくことが面倒に思えてまた逃げる道を選んでしまう。
だから、時間がかかってもいいから、ちゃんと自分を見つけてね。
そしたら、この曲に詩をつけてやって。』ってな。
あの頃の俺にはこの詩の意味を深く理解することはできなかったよ。
これから先もまた違う意味を知ることになると思うんだ。
どの時の俺もこの俺なんだよな。
いつも笑ってばかりはいられない。
それでいいんだ。
そう思うことでいくらか気持ちは軽くなる、
素直になることもできた。」
隆がこんなに一生懸命に話す姿を久しぶりに見た気がしていた。
「俺は全然知らなかったよ。」
翔平が言う。
「俺はあの曲を貰った時、お前らにも何か・・って思ったよ。」
隆はそう言った。