ライブは始まった。


チケットも全て売れて会場は満員。


「今日は俺たちのライブに来てくれてありがとう。


一緒に楽しみましょう。」


なつみの心に残るライブになればイイと四人は強く思った。


「これが最後になります。


俺たちのラブソングの中の一曲、『ポートレイト(肖像画)』聞いてください。」


ここに居る人の中の何人がこの曲を知っているだろうか。


あの日、なつみが弾いてくれた曲。


彼女は一番後ろから四人の姿を見つめていた。


あの頃のことが昨日のことのように甦る。


楽しかった。


心地よい場所。


『なつみ』と呼んでくれたのも、この人たちが初めてだった。


この人たちのいない場所で本当に一人でやって行けるのだろうか。


涙が止まらない。


ずっと自分から一人になる道を選んできた。


だけど今・・。


隣にいる女の子がハンカチをスッ・・と出して手渡してくれた。


よく見ると、ずっと前によく会っていた人だった。


ガラガラのあの頃のライブで。


「ありがとうございます。」


なつみがそう言った。


「同じ音楽に胸をときめかせていた仲間でしょ。」


そう言ってにっこり笑った。


(ここにもいたんだ。


私を仲間だと思ってくれている人が・・。)


その言葉がとても嬉しかった。


「ホントにみんなイイ男になったよね。


私はね、もっともっとビッグバンドになると思うんだ。


翔平の瞳に人に対する思いやりが映るようになったから。


あなたのせいかもね。」


ライブは終わりみんな帰ってしまったが、なつみはまだ動けずにいた。


照明は落されて小さな明かりが申し訳程度に点いている。


しばらくここにも来れないと思うと感傷的になる自分がいた。


いつも見ていた・・。


その時、消えていたライトがパッ・・っと点いた


そしてステージに翔平が現れた。


「なつみ、一人でフランスなんか行って大丈夫か?


フランスには俺たちは居ないんだぞ。」


「一人でいることには慣れてますから。」


なつみにもそれは十分わかっていた。


だから迷っていたのだ。


四人が違った優しさでなつみを受け止めてくれた。


その中でも翔平と一緒にいることが多かった。


他のメンバーはライブの後で彼女と約束があったりとかで、いつも翔平に送ってもらっていた。


その道中にいろんなことを話した。


・・翔平だから話せたと言った方が正しい。


いつもなつみが話し、翔平は黙って聞いている。


ある日、なつみは言った。


「そのリングは彼女とお揃いですか?」


「違うよ。


これは俺のお守りみたいなモノなんだ。


彼女は、いないんだ。」


「そうなんですか?


ちょっと意外です。


こんなにカッコいいのに。」


「本当だよ。」


翔平はにっこり笑って言った。


彼とこんなやり取りの中で、自分はこの人が好きなのかもしれないと思っていた。


だけど、もう一歩が踏み出せないでいた。


こんな気持ちに今までなったことが無かったから。


恋に対して臆病なのは仕方がない。


今のままで十分幸せだと思っていたし、それ以上を望んで全部を失うのが怖かった。




「なつみには驚かされてばっかりだな。


でも、今日のが今までで一番驚いたよ。


突然現れたと思ったら、雨でずぶ濡れで、明日フランスに発つと言う。


俺たちに送別会をさせる時間も与えないなんて。


…家まで送るよ。」


雨は上がっていた。


二人はゆっくり並んで歩き始めた。


「私は、今まで傍にいてくれる誰かがいてくれる喜びを知りませんでした。


一人が好きだったわけじゃなかったけど、一人の方が良かったです。


フランスに行こうと思ったのも、こんな自分を変えたいと思ったからです。


私のことを知らない人ばかりの中で、ゼロから始めたいと思いました。」


なつみは自分の生き方を考え始めていた。


周りから守られていることに何の疑問も持たずにいれば、温室の中で暮らせたのに。


「そうか・・、頑張れよ。


俺たちは、ここで頑張るから。


何かあったらいつでも連絡してくれよな。


あっ、何も無くてもたまにはメールとか・・な。」


「はい。」


「これから・・デートしようか?」


「ごめんなさい、両親が待ってるので、帰らないと・・。」


「そうか。


明日は、送れないんだ、ゴメンな。」


それから二人は黙ったまま歩いた。


これから一年間会えない分、いろんなことを話したいと思いながら、何も話せないままなつみの家の前までやって来た。


「じゃあな、気を付けて行けよ。


元気で頑張るんだぞ。」


「ありがとうございます。」


夏の暑い日、外は夕立ち。


その中を駆けてきたのだろう、なつみはビッショリだった。


剛は自分のバッグの中からタオルを取り出しなつみに手渡した。


「どうした?」


四人は同時に聞いた。


「明日の午後、成田からフランスに発つことになりました。


黙って行こうと思ったけど、最後にもう一度会いたくて、歌が聞きたくて・・。」


「翔平は驚いて何も言えない。


隆がやっと・・、


「何しに行くの?」


と聞いた。


「ピアノの勉強に。


今まで、三度、落ちてて、今回もまたダメだろうと諦めていました。


でも、合格もらえたんです。


嬉しかったけど、行くことを迷っていました。


以前の私だったら、きっと迷わなかった。


私にはピアノしか無かったから。


上手く弾くことが全てだったから。


だけど今、みなさんがいる。


ここに居るのもいいかな・・って気持ちが生まれました。


何も持たない人間て、ホントウに何だってできるんです。


私がそうだったからよくわかります。


でも、何か一つでも大切なモノを手にしたら、失いたくないと思うんです。


今、フランスに行けば、また一人になってしまう・・それを怖いと思いました。


すごく悩んで決めました。


行こう・・って。」


「迷ってるなら、俺たちに相談してくれたら良かったのに。


まあ、俺たちじゃ頼りにはならないかもしれないけど、話くらいだったら聞けたのに・・。」


そう春樹は言った。


「翔平なんて、最近なつみが来ないことを気にしていたんだぞ。」


隆はそう言いながら翔平を見た。


「そうですか?


最近はライブにたくさん人が集まるようになってるし、私のことなんて気づいていないと思ってました。


「そんな淋しいこと言うなよ。


なつみは俺たちをずっと見ててくれたじゃないか。


今度は俺たちが見ててやるよ。」


剛がそう言うとなつみは小さく笑った。


「なつみ。しっかり聞いて行けよ。


いつも俺たちを見ててくれたあの場所で。」


翔平の言葉に涙が出そうになるのを堪えてなつみは後ろに向かって歩いて行った。


初めてなつみがここへやって来た頃は、全員で十人とかだったからキョリなんて無かったし、一人一人と向かい合えた。


会場の人が増えるにつれて、なつみは後ろで聞くことが多くなった。


それでも、なつみがどこにいるのか四人はそれぞれに知っていた。


春樹は翔平に言った。


「なあ、このまま、なつみを行かせてもいいのか?


俺たちはお前の気持ちを知っているけど、あの様子じゃ、なつみは気づいてないぞ。」


翔平は実際のところ、今、自分がどうするべきか判断できない状態だった。


突然、フランスに行くと言われ、頭の中は整理できない。


「お前って、昔からそうだよな。


俺たちの相談にはこれ以上ないような最高のアドバイスしてくれるのに、自分のこととなるとまるで初心者みたいになってしまう。」

同じ思いを抱きながら 抱き合うことができない


二人歩幅を合わせるように ゆっくり歩く


見つめる先は同じ


並んでゆっくり歩く


手をつなぐこともできるくらい 近くにいるのに


どうかしたら触れてしまいそうなのに


こうやって並んで歩くことはできても


手をつないで見つめ合うことはできない



離れて過ごすよりは 辛くても傍にいたい・・


そんな彼女の思いに ボクの心はひどく締め付けられる


どんなに辛くても 知り合わなかったよりはマシ・・


涙をいっぱいにためて笑顔をボクに向ける



いつの頃だろう 彼女を愛しいと思い始めたのは


彼女の笑顔が好きだった


いつも一生懸命なところが好きだった


砂漠のようなボクの心に 彼女の涙が落ちた


彼女に向かう気持ちを 抑えるのは大変だった




ボクは思うよ


こうやって同じ未来を見つめられるなら


このままでもイイんじゃないかって


彼女の気配を感じられない毎日なんて 考えられないから

会社社長、沢田大造の一人娘。


いつも周りの人は娘であるなつみにも何かと気をつかっていた。


父のことが嫌いだったわけではないが、父の娘であることをいつも意識していた。


周りの人が自分に気をつかっているのが嫌でも伝わってくる。


だから、一人でいることが多くなった。


「もともと、ピアノは好きでした。


だけど、ずっと続けてきた理由は、他に何も無かったからです。」


今まで誰にも話したことのないこんな話を何の迷いもなく翔平に話した。


誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


心の中に積み重ねてきたいろいろなことを。


「沢田さんにも、いろいろあるんだね。


金持ちには悩みなんて無いと思ってた。


やりたいことは何でも出来るって思ってた。」


「お金持ちって、そんなに羨ましがられるようなことですか?


それに、私はお金持ちじゃないですよ。


あなたには自由があるじゃないですか。


やりたいと思うことを自分で見つけて、それに向かって進む自由。」


翔平は言葉にはしなかったが、喉のところまで出かかっていた。


学校行ってバイトしてバンドして、こんなギリギリに時間を使って暮らす毎日。


こんな苦しい思いしなくて済むならそうしたかった。


バイトしなきゃ、お金が続かないし、学生だから学校にも行かないといけなかった。


なつみの考えは違っていた。


お金が無ければ手に入れることが出来ないモノはたくさんある。


それは十分わかっているつもりだ。


でも、お金が無くても手に入れられるモノを自分は何一つ持ってはいない。


「私は整備された道路を走っている車。


いえ、線路を走る列車みたいなモノです。


今までずっとそれでいいのだと思うようにしてきました。


考えないようにしてきました。


選んで生きるってことを・・。


だけど、あの日、初めてここに来た日、私も選んで生きる道を行きたいと思いました。」


翔平はなつみの心の美しさが信じられなかった。


金持ちのお嬢様のイメージは、偉そうで我儘で最悪だったから。


「これまで私はいろんな音楽を聴いてきました。


CDだけじゃなくて、生演奏を特別席で聴いたことも一度や二度のことではありません。


何気なく入ったあのライブハウスで世界が広がっていくのを感じました。


白黒だった世界に彩りが加わった。」


自分たちの音楽をこれほど真面目に受け止めてくれているなんて・・。


「時間があったらいつでも遊びにおいでよ。


ライブのある日はあそこにいるから。」


翔平たちはいつの間にか、彼女が来るのを待つようになっていた。


今まで出会ったことのない女の子。


ある日、翔平たちはなつみにピアノを弾いてくれと頼んだ。


ステージにあるキーボードで少し難しそうに『PORTRAIT(肖像画)』を聞かせてくれた。


ライブを始めた頃からずっと最後の曲はこの曲だと決めているその曲だった。


四人そろってその演奏に感動を覚えた。


自分たちの音楽が別の人の心にどんな風に広がっているのかを知ることが無かった四人が初めて経験した喜びであり充実感だった。


「言葉では伝えられないことも、音楽になら出来ることってあるよね。」


亜美の言葉が心をいっぱいにした。


ライブのチケットを売ることに必死になって来たが、それが全てでないことを知った。


それからも当たり前に毎日は過ぎた。


翔平たちのライブは少しずつファンも増えて毎回盛り上がりを見せていた。


それから一年が過ぎようとしていた。


なつみは最近来なくなった。


今一つ元気のない翔平に春樹は言った。


「なつみは自分の世界に戻ったんだよ。


隆はこう言った。


「そうだよ、自分のピアノを見つけたんだよ。」


剛は、


「会いに行ってみろよ。


一緒に行こうか?」


「大学の前で待ってれば・・。」


三人はそう言った。


(本当イイヤツらだ。


まあ、そうでなけりゃ、八年も付き合ってられない。)


誰も自分たちのことを認めてくれていない頃からずっとお互いを認め合ってきた。


そんな話をしていた時、彼女はやって来た。

誰もが一番愛した人と 歩いているの?


もしかして 私だけ?


苦しくて寂しくて 近くにある手を取ったのは


いけないことだったの?


こんな私を誰も責めたりはしない


ただ・・


ただ 私がいつもでも引きずっている


忘れられない あの人のことを・・




彼のことも好きなのよ


一緒にいて楽しいし 私のことを大切に思ってくれているのがわかる


あの人に感じたモノとは どこか違うけど


彼のことを愛している




誰もが心の中にしまったままの思いがあるよね?


もしかして 私だけ?


これは 裏切りなの?


彼に対して そして 私に対して・・