あれから二年が過ぎた。
大学を卒業して生活の舞台は音楽とバイトに変わった。
翔平たちは今日も歌っている。
あの頃と変わったことがあるとしたらそれは、なつみがいることくらいだ。
人のそう入らないライブをやっている頃から彼女はよくやって来ていた。
ある時彼女は言った。
「私は、ベートーヴェンやモーツァルト・シューベルトの世界の中にいました。
それもピアノ。
自分一人だけで創りだせる世界ですから。
初めてここに来て皆さんの演奏を聞いた時、気持ちが軽くなるのを感じました。
優しさに触れた感じがしました。
私の世界とは違うけど、身近に感じられました。」
ピアノの楽譜を両手で大事そうに抱えていたから、きっと音大の学生だろう。
言葉づかいも丁寧で、見るからにどこかのお嬢さんという感じがした。
それから彼女は翔平たちのライブに顔を見せるようになった。
少しずつ親しくなっていった。
そんなある日、彼女は手作りの弁当を持って現れた。
「初めて、お弁当を作りました。
家のモノに習いながら一緒に作ったので味はきっと大丈夫だと思います。
突然のことで四人は驚いて顔を見合わせた。
それもそのはず、これが弁当?豪華と言う言葉が恥ずかしがるんじゃないかというような・・。
こんな料理をいつも食べているというのか?
生活の違いを見せつけられる。
「どうぞ。」
彼女はそう言った。
「ああ。
じゃあ、遠慮なくいただくよ。
ねえ、名前は?」
「沢田なつみです。」
「そう。
じゃあ、沢田さんも一緒に食べませんか?」
「いえ、私はお腹空いてないので。」
三段重ねの弁当を四人はアッと言う間にキレイに食べつくした。
「本当に旨かったよ。
ありがとう。」
満足そうな笑顔がそこに五つ存在した。
「今日はもう終わりなんだ。
遅くなったし、帰り家まで送っていくから。」
翔平はそう言った。
なつみは帰り道で自分のことを話し始めた。
「私は、今まピアノだけを弾いてきました。
友だちもいなかったわけじゃないけど、親友と呼べる人はいませんでした。
こんなだから、恋愛もしたことないし、好きな人もいませんでした。
大学の教授は、私のピアノには命が無いって言われました。
技術の問題じゃないんですって。
その意味がずっと理解できませんでした。
あの日、ここに来るまでは。」
なつみの話を翔平は黙って聞いていた。
穏やかな素顔の奥で孤独と向き合っている。
今までそうやって一人で生きて来たにしては、純粋さが溢れている。
それは彼女を取り巻く環境のせいかもしれない。
最近の子らしくないと言えば彼女は気を悪くするかもしれないが、真っ白い丈の長いワンピースに薄いブルーのジャケットを羽織っている。
こんな服、着ていて疲れないかと翔平は思っていたが、彼女はそれがとても似合っていた。
彼女の上品さがとても自然に感じられる服装だ。
自分たちとは別の世界の子だと思った。
全てに満たされている毎日の中で、なつみはただ生きてきた。
それで十分だった。
苦しい思いをして何かを探すことも、急いで何かを掴み取ることも無縁だったのだ。


