亜美は静かな夜を過ごしていた。


奈穂は昼間よく遊んで夜は早く寝る。


そんな時、電話が鳴る。


「もしもし、俺、来週帰るから。」


「えっ?


元気なの?


休みなの?」


「仕事も少しはあるけど、ほとんど休みだから。


一年以上会えなかったからゆっくり時間作るから。」


智也はそう言った。


「私もね、話があるの。


今、父の別荘なんだけど、マンションに戻るつもりだから、連絡ちょうだい。


空港まで迎えに行くから。」


「ああ、それじゃあな。」




亜美は大勢の人の中に智也の姿を見つけた。


「お帰り。」


「ただいま。


亜美、少し雰囲気変わったな。


・・うん、キレイになった。」


「えっ?


帰ってくるなりいきなりお世辞?」


「その子は?」


「奈穂、十か月。


抱いてやって。」


智也は驚いた。


本当に驚いた。


その子を抱き上げた時、小さな可愛い手が智也の頬をなでた。


「パパ。」


そう言った。


顔を上げて亜美を見ると黙って笑顔を見せる。


その笑顔で全てを理解することが出来た。


亜美の心、深い確かな愛。


「ありがとう。」


智也はその場所で深く頭を下げてそう言った。


他の言葉は思いつかない。


泣きそうになる自分を何とか止めた。


「うん。」


智也は、いつもそう、亜美が聞いてホッとする言葉を大切な時に必ずかけてくれる。


だから、信じられる。


「『奈穂』っていう名前は亜美が考えたのか?」


「そうよ。


どう?


優しい音がいいなって思ったから。」


「おれ、すごく気に入ったよ。


一人で大変だっただろ?


不安だったんじゃないのか?


何も知らなかったなんて・・。


これからは三人で一緒に暮らそう。


一緒にフランスに来てくれるよな。」


「うん。」


「亜美と一緒にいて、二人の距離が近すぎて見えなくなっていたモノが離れてやっと見えたよ。


亜美と一緒にいる俺が一番俺らしい。


仕事が上手くいっても、仲間たちと名のしい時間を過ごしていても、いつも何か足りないんだ。


心が満たされないんだ。


やっと気が付いたよ。


意地張ってカッコつけている俺も、言わなきゃならないことがなかなか言えない俺も、亜美に負けないようなイイ男になろうとして悩んでいる俺も、情けないくらいダメダメな俺も全部『足立智也』だってこと。


弱い俺を否定しちゃいけないんだって。


誰だって、カッコよくばかりは生きられないってこと。」


亜美は黙って聞いていた。


智也の心のこもった言葉が涙を誘った。


「泣くなよ。


俺、明日は仕事だから、ホテルに送ってくれないか。」


「いつもの所?」


「ああ。」






Gyao!でGLAYのライブを生中継中です。


私が物語を書くきっかけをくれました。


原稿を書きながら、ライブも気になるし・・なかなか進みません。


新曲あり、古い曲あり・・会場盛り上がってますね。


『a boy~ずっと忘れない』が一番好きです。


今日、それやってくれるかな~?

いつもギリギリのところで音楽をやって来た翔平たちにとって、今が踏ん張りどころ。


四人でずっと一つの夢に向かって歩いてきた。


今までとは何かが少しずつ変わって来た。


生活が変わり周りの人たちが自分たちを見る目が変わった。


これまでずっと多くの人たちに自分たちの音楽を聞いてもらいたい、そう思いながら頑張って来た。


そして今、その先の伝えるということについてそれぞれが考えていた。


聴いてくれる人が、辛い時には寄り添っていたい。


落ち込んでいたらガンバレと応援したい。


ただ隣にいるだけで落ち着く友のようなそんな存在になりたい。


誰もがきっとそうだろう、楽しい時や、物事が調子よく運んでいる時は誰といても上手くやって行けるモノだ。


大切なのは、何をやっても上手くいかなかったり、辛い時は誰でもイイってわけにはいかない。


友人であったり、恋人であったり、そんな寄りかかれる場所の一つに自分たちの音楽があればと思っていた。


周りがどう変わってもこれだけは曲げずに続けたいと思っている。


翔平はこの時、亜美の気持ちがほんの少しわかった気がした。


彼女は、もう一人の自分に認められるように生きているのだ。


あんなに温もりのある音楽を届けている『高宮涼子』が自分のことが嫌いだったなんて信じられない。


人間はそう簡単に変わることなんて出来ない。


それでも自分を変えたかったのだと翔平は思った。


誰だって自分のことが大切なはずだ。


それは、自分が好きだからなのだろうか。


ラクに生きて行くためとか、面倒なことに拘りたくないとか、そういう事のために自分を安全な場所に置いておきたいのだ。


自分の嫌なところを含めた全部を受け入れられた時、やっと好きになれる。


亜美はそう思ってるのだ。



翔平はスタジオで曲を創り詩を書いていた。


一人の時はここにいることが多い。


仲間たちは、遊びに出かけたり、彼女とデートだったりと休みの日を過ごしている。


翔平は自分のことを真面目な人間だと思ってはいない。


遊ぶときは遊ぶし、騒ぐときは騒ぐ。


ただ、今は自分の中で大きく膨らんでいく感情と付き合うことで精一杯だった。


翔平は今まで生きてきた中で、好きになった人を無理やり諦めたことなど一度もない。


彼女を好きな気持ちを自分の心の中に閉じ込めるということは、頭で考えるよりずっと難しかった。


彼女を困らせたくないと言いながら、本当は自分のためなのかもしれない。


ボロボロになる自分を見たくないのかもしれない。


そんな自分を責めたりもした。


どうすることも出来ないまま、このまま歩いて行くしかないのか。


翔平はこれまで何人かの女の子と付き合ってきた。


時には嫌いでなければ付き合っている間に好きになるかもしれないと相手の女の子に言われて、渋々付き合い始めたこともある。


周りにいるカップルと大差はない。


でも・・、必死に誰かを追いかけたことも、無条件に誰かを信じたこともない。


誰かが傷ついたとしても一緒に居たいという熱い気持ちには不思議となったことが無い。


慣れていたのとは違う。


本当に人を好きになったことが無いのかもしれない、そう思った。


翔平の中でも少しずつ変わってきていた。


亜美に対する気持ちもその一つといっていい。


どれだけ頑張ってもどうにもならない恋があること。


それでも戻れない気持ちがあること。


今まで経験したことのない心の痛みを感じていた。


こんな気持ちを持たずに生きてきたのか?


恋の歌を歌いながら、わかったような顔をしていたのだろうか。


急に今の自分に自信が持てなくなった。


彼女はなぜ、こんな自分を応援してくれているのだろうか。



キミの告白を 黙って聞いているボク


本当は抱きしめたかったけど 


ゴメン それはできないんだ


キミがどれだけこのボクを思ってくれているのか


わからないわけないだろ


多分 それ以上に ボクはキミを大事に思っているよ




二人並んで歩くことができないと 最初からわかっていたボクだけど


キモチは言うことを聞かない


どんどんキミに向かっていく心を止められない


だけど 無理して背を向ける


ボクを忘れて・・ そう願ってる


そう願っている??


ゴメン 幸せにしてやれなくて


ゴメン 傍にいてやれなくて


ゴメン 傷付くような恋をさせてしまって


いつか・・


そう 長い時間が過ぎたら


二人の時間を懐かしむことができるよな


「こんにちは、八木です。」


「えっ?


八木君?」


急いで玄関のドアを開ける。


「望月さん、俺、やっぱり来ちゃいました。」


「どうぞ、中に入って。」


広いリビングに陽が入ってきていてポカポカ暖かい。


「元気だった?


ちょっと待ってて。」


向こうの部屋から赤ん坊の声が聞こえてくる。


しばらくして・・、部屋の入り口で顔だけを覗かせて、


「会わせたい子がいるの。


奈穂、ヨロシクね。」


翔平は何がどうなっているのかわからなかった。


ヨロシクって言われても、返す言葉が出てこない。


「望月さんの?」


やっと探し当てた言葉だったが、何ともバカげたことを言ってしまったとすぐに後悔した。


じっと小さな可愛い赤ん坊を見ていた。


何から何まであの人を小さくしたような・・。


これまで小さな子供を見ても、誰に似ているかなんて全くわからなかったのに、今度ばかりははっきりとわかった。


亜美はここで一人で智也との子どもを産み育てていたのだ。


その理由も翔平には理解できた。


智也のためなのだと。


それを言うと亜美は自分のためなのだと言った。


「一人で大丈夫ですか?


困ったことはありませんか?」


「ありがとう。


本当に心配しないで。」


「驚いたな~、望月さんがお母さんになっていたなんて。」


「黙っててゴメンね。


奈穂との時間は私に元気をくれる。


忙しいのは忙しいけど、嫌な忙しさじゃないのよ。


新しい発見もあるし、自分を見つめることも出来る。


私はね、ずっと自分のことが嫌いだった。


何でも無難にやってのけるけど、いつも心の中は冷めていた。


ずっと、ず~とね。


智也と出会って彼を好きになって自分のことが少し好きになった。


誰かを好きになるって楽しいことばかりじゃないよね。


可愛くないことを言ってしまったり、嫌な人間になってしまったり。


そんな気持ちの変化が私は嫌じゃなかった。


多分、それなでそんな感情を持ったことが無かったんだと思う。


いつも、私を一歩後ろから見ている自分がいた。


そのもう一人の自分が、(そんな亜美も良いんじゃないの)そう言ってる気がした。


音楽を始めた時も、智也と別れることを選んだ時も、私を認めてくれた。


そう、この子を産むと決めた時もね。


奈穂が生まれて私はまた少し自分が好きになった。


何だってそうだけど、辛い時ってたくさんあるよね。


そんな時、寄りかかれる人が出来た。


八木君は自分のことが好き?」


亜美にそう聞かれて翔平はハッとした。


自分のことが好きか嫌いかなんて考えたことは無かったから。


身勝手な生き方をしてきたとは思っていないが、こんな自分と一生付き合って行かなくてはならないことを不安に思ったこともあった。


「そんなこと、考えたこと無いです。


人のことはいろいろ言ってきたかもしれないけど。


俺はどうだろう・・、今の自分って結構頑張ってるって思うんです。


どちらかと言えば好きかな。


音楽のことだって、ずっと迷ってきたけど、今こうして続けている。


望月さんが足立さんに出会ったのと同じように、俺にとっては望月さんが・・。


あの夜あの店で出会ってなければ、音楽は諦めてサラリーマンやってるかもしれない。」


「それはそれで別の人生があるわよ。


ただ、何かを諦めた時、あの時続けていたらどうなっていただろう。


そういう思いが心に残っている。


それも、自分にとって都合の良い結果を想像してしまう。


自分には何かあるはずだ、今とは別の生き方が出来たかもしれないってね。


夢が無残に破れて傷痕だけが残ったなんてこと考えもしない。


だけどね、もし~なんて存在しないんだよ。


過去には戻れない。


今を未来に向かって歩くだけ。


頑張ろうね、お互いに。」


今までのいろんなことを翔平が話していると時間はアッという間に過ぎる。


それほど遅い時間でもないのに日が暮れかかっている。


毎日寒い日が続いていたが、いつもに増して寒かった。


明日の朝は雪が降っているかもしれない。


「望月さんの元気な笑顔を見て安心しました。


帰ります。」


「私のことは大丈夫だから、休みの日くらいは身体を休めてね。


今日はありがとう。


気を付けて帰ってね。」


家の前から亜美は翔平を見送った。




翔平は駅に向かバスの中で考えていた。


ここにやてきた理由。


その答えはぼんやりと浮かんでいる。


正直に言えば、はっきりさせることを自分自身の意志で避けているのだ。




それからも翔平は忙しい毎日を送っている。


身体は確かに疲れているのに、少しもキツイと感じない。


キモチはいつも元気だった。