次の日の昼過ぎ、亜美は戻ってきた。
翔平はその日、朝からずっとマンションの前で待っていた。
「ただいま。
私の心配なんてしなくていいのに。
自分のことだけで精一杯でしょ。」
亜美はそう言って翔平を見た。
あの夜、初めてあの店で言葉を交わしたあの時に、翔平は亜美に対して無意識に何かを感じていたのかもしれない。
そうで無ければ初対面の人に、あんなことを話したりしないだろう。
翔平にはわかっていた。
勝ち目のない恋だと。
気持ちよ、止まってくれ。
頭でいくらそう思っても感情は思うようにならない。
いつでも一生懸命、全力投球の亜美がほんの一瞬見せた弱さに気づいた時、切ない気持ちでいっぱいになる。
自分が守れる相手でないことも、彼女が求めている腕が自分の腕ではないことも全部わかっている。
でも、戻ることはできない。
彼女がいなくなって探し回ったのは自分のためだったのだ。
こんな内側の気持ち、誰にも話せやしない。
翔平たちの音楽は、ずっとずっと向こうに明かりが見えてきた感じだった。
ライブに少しずつ人が入るようになった。
翔平たちを目当てに足を運んでくれる人が増えたということだ。
そのことが、次の元気を生み出すエネルギーになった。
練習していても今までと少し違う気がするのは、そういう目に見えることが変わってきたせいだろうか。
これから先も続けて行けそうな気持ちになれた。
翔平の心には亜美がいる。
彼女は今頃何をしているのだろうか。
外は寒い。
それもそのはず、もうすぐクリスマス。
『足立智也』という人を知らなければ彼女に向かって行けだろうか。
自分の気持ちを告げることができただろうか。
遠慮とは違う。
翔平は彼のことも好きだった。
学歴とか職業とかそういうモノじゃなくて『足立智也』という人間が好きだったのだ。
通りの向こう側に亜美の姿を見つけた。
「望月さん。」
大きな声でそう呼んだ。
「・・・。」
辺りを見回す亜美にそこで待つよう合図して歩道橋を走って駆け付けた。
「一人ですか?
一緒に飲みませんか?」
「そうね、外で飲むのもたまにはイイね。」
二人の行き先は決まっている。
pp(ピアニッシモ)そう、マスターがいるから。
扉を開けると静かな笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。」
「こんばんは~。」
二人はカウンターの席に座った。
他に客がいなかったので三人はしばらく話していた。
珍しく今日はゆっくり話せそうだと言っていた矢先、数人の客がやって来た。
二人になった。
翔平は思い切って言ってみた。
「足立さんのこと、聞いてもイイですか?」
亜美が首を縦に振る。
「あの日、智也がフランスに戻った時、三年前の別れとは違うって言ったけど、自信が無くなってきたよ。
待ってるって言ったけど、最近は智也が恋しくてどうしょうもないの。
近くに居てくれたら・・って思うことが多くなってきた。
私、もう電池切れかな。
もう頑張れないのかな。」
いつに無く亜美の弱気な言葉。
その言葉に翔平の心は激しく波打つ。
溢れ出てしまいそうになる気持ちを必死に沈めようとしたのに・・。
「望月さん、俺じゃ、ダメですか?
足立さんの代わりにはなれないけど、俺じゃ、ダメですか?」
どうにも止められず言ってしまった。
「八木君、そんなこと簡単に言ったりしたらダメよ。」
「簡単なんかじゃありません。
俺は望月さんのことが好きです。
こんなこと言ったら困られると思ったから黙っていましたが、ごめんなさい、言ってしまいました。」
「ありがとう。
だけど、八木君の気持ちには応えられない。
智也を大切に想う気落ちとは別に八木君のことも大事だと思ってる。
自分を誰かの代りでイイなんて思ったりしないで。」
「・・・。」
翔平は黙ったまま首だけを縦に動かした。
「私が、あんなこと言ったからだね、ごめんね。」
この時、亜美は翔平の気持ちが嬉しかったのだ。
「ねえ、彼女いないの?」
「ええ、今はいません。」
「そっか・・。
どんな人が好き?
理想が高かったりするの?」
「俺ですか?
別に特に無いです。
自分から好きだと告白したことは無いし、彼女がいなくても別に欲しいと思わないです。」
「私は、智也に出会ってなければ本当に誰かを好きになるなんてこと無かったかもしれない。」
頷きながら黙って聞いている。
「俺も、足立さんのこと好きです。
初めて会った時、カッコイイなって思いました。
何も知らないのに、この人は俺の今まで知ってる人たちとは何か違うって思いました。」
「男の八木君が見ても魅力的ってことね。
不思議な人でしょ。
あのね、私しばらくまた留守にするけど心配しないでね。
この前の所だから、何かあったら連絡して。
これがそこの電話番号。」
「俺、遊びに行ってもイイですか?」
「ダメ。
しっかり音楽やってね。」