ヘッドフォンのボリュームを上げて
イメージを膨らませる
そこに居る彼の生き方が
どことなく ボクと似ている
核心の迫る頃 気づかされる
ボクとは違うことを
彼は 傷ついても諦めず進んで行く強さを持ってた
ボクは 全部捨ててここで生きることを選んだ
そんなボクに彼女は言った
あなたの生き方も 決して間違いじゃない・・と
そんなあなたを私は愛している・・と
ヘッドフォンのボリュームを上げて
イメージを膨らませる
そこに居る彼の生き方が
どことなく ボクと似ている
核心の迫る頃 気づかされる
ボクとは違うことを
彼は 傷ついても諦めず進んで行く強さを持ってた
ボクは 全部捨ててここで生きることを選んだ
そんなボクに彼女は言った
あなたの生き方も 決して間違いじゃない・・と
そんなあなたを私は愛している・・と
「こんばんは~。
お一人ですか?」
マスターが穏やかな笑顔を亜美に向けて静かに言った。
「いいえ、待ち合わせです。
いつものを下さい。」
「足立さん?」
亜美は首を横に小さく振った。
「向こうのテーブルが良ければどうぞ。」
「ありがとうございます。
でも、ここで。
マスターの姿が見えるこの席が落ち着くから。」
こんな早い時間には客はまだ誰もいない。
こういう時でないと、マスターとはゆっくり話が出来ない。
「私がここに来るようになって随分になりますよね。
最初、智也が連れてきてくれたんです。」
「そうですね。
ちゃんと覚えていますよ。
もう十年くらいになりますかね。
望月さんたちは他のお客様たちとは少し違う雰囲気がありましたから。
もう二人とも立派な大人ですね。」
「大人・・って、あの頃も大人でしたよ。
マスターは、あの頃と少しも変わらない。」
「進歩が無いってことですか?」
冗談混じりにマスターは言う。
「そうじゃなくて、いいな~って思って。
褒めてるんですよ。」
そう言って亜美は笑った。
「それは、ありがとうございます。」
そんな時、翔平がやって来た。
「こんばんは。」
隣の席に座るように亜美がすすめた。
「同じモノを下さい。」
「忙しくしてるの?」
「はい。
こんなに大変だとは思ってなくて、今頃になって身に浸みてます。」
少し疲れたように言った。
「まだ始めたばかりでしょ、頑張って。」
「そうですよね。
俺たち、ライブハウスで歌ってるんです。
そこに最近よく来てくれる子がいて、今はその子のために歌ってるんです。
望月さんも一度来てください。
足立さんの所に行っちゃう前に。」
「そうだね。」
亜美は智也とのことを話せずにいた。
「望月さん?」
「えっ・・。」
「足立さんと何かありましたか?」
「何も・・。
どうして?」
「それならいいです。」
翔平はそれ以上聞くことはできなかった。
聞いたところで自分にできることは何も無いと知っていたから。
あの夜、智也と話したことが頭の中に浮かんで消えなかった。
二人とも、嘘のつけない人だから。
九年間、ずっと走って来た。
それも本当に終わった。
満足感が心をいっぱいにした。
その一方で、明日からの自分の毎日に不安を抱いた。
今までも予定は未定みたいな生活だったのだが、今はぼんやりと見える明日が無い。
しばらく旅行でもして、これから先のことを考えることにした。
まずは買い物に・・。
朝、いつもより早起きをしてマンションの近くの公園を散歩した。
朝食を摂り出かけた。
気に入ったモノがあれば・・そう思って出かけたのだが思ったよりたくさん収穫があった。
バッグ・靴まで買ってきた。
たくさんの荷物を落とさないように抱きかかえてマンションのエレベーターを待っていた。
そこへ智也がやってきた。
とても自然にソファーに身を任せる姿を翔平は見ていた。
「こんばんは~。」
二人は軽く挨拶を交わす。
亜美がキッチンに行くのを待って智也が言った。
「なあ、俺ってどう??」
突然しかも真顔でそう聞かれて翔平は困った。
「足立さんは足立さんでしょ。」
「それって答えになってないよ。」
「そうですか??
俺は、足立さん、イイと思いますけど。」
翔平は更に続ける。
「望月さんを今まで支えてきたのは足立さんでしょ。
遠く離れていても。」
「亜美の生き方を見ていると自分の生き方が正しかったのかどうかわからなくなる。
俺は、『自分』ってヤツを持っているんだろうか。」
「迷ってるんですか?
今更、そんなこと・・。
望月さんはもう決めてるんですよ。
チャンスは何度もあるわけじゃないですよ。
今その手を離したら、この次は無いかもしれないんですよ。」
以外と言いにくいことをズバズバ言ってくるヤツだと智也は思ったが、それは正しいことだとも思った。
だけど、今の気持ちのまま一緒にいて、亜美と笑い合えるだろうか。
全てを解決して向かい合おうとする亜美の目を真っすぐに見つめることが出来るだろうか。
「美味しい紅茶を入れたからどうぞ。」
亜美の笑顔をそれぞれの思いを抱いて見つめる二人だった。
智也は迷っている自分の内側の気持ちに気づかれまいと努めて明るく見せた。
この時亜美は智也の迷いを敏感に感じ取っていた。
「智也、いつまでこっちに居るの?」
「明後日。月曜日の夕方の便で。」
「わかった。」
「あの、俺はこの辺で失礼します。」
「うん。
これ、私の携帯の番号、何かあったら連絡ちょうだい。」
「はい。
それでは、おやすみなさい。」
翔平はそう言って部屋を出た。
「ねえ、智也、この次はいつ帰ってくるの?
私ね~、なんでもない。」
「しばらく戻れないかもしれないけど、必ず連絡するから。」
亜美は迷っていた。
智也の本当の気持ちを聞こうか、やめようかと。
結局、言い出せなかった。
いつかまた彼と同じ時間を過ごすことがあるのだろうかと思いながら、今こうして隣で眠っているその寝顔を見つめていた。
こんなに近くに居るのに、触れることだってできるのに、今までで一番遠く感じた。
二人の乗った黒いGT-Rは成田へと向かう。
智也が静かに話し始める。
「俺はずっと考えていた。
俺には一体何があるのだろうか・・って。
亜美、気づいていただろっ。
そういうとこ、鋭いからな。」
「智也、いつか言ったよね、
『亜美は自分を持っている。』
『好きだって気持ちの下にちゃんとした土台が必要だ。』・・って。」
私は、こう思う。
智也と生きて行きたいと思った気持ちの他には何もない。
好きだって気持ちが土台になる。
そこから始まる。
でも今、智也が迷ってるなら、その答えが見つかるまで待ってる。
今日の別れは、あの時の別れとは違うよね。」
「ああ。」
双六の『振り出しに戻る』みたいに三年前に戻ったのだろうか、亜美はそんなことを思った。
智也はフランス、亜美は日本、それぞれ忙しく働いている。
智也は亜美のマンションに向かう。
あいにく留守だ。
郵便物も新聞もそのままで、ここに戻ってないことはすぐにわかった。
一体どこへ?
誰と??
・・多分一人だ。
だとしたら海辺のあのホテル、あそこしかない。
暗く静かな海に抱かれる。
自分の存在の小ささを感じながら、それでも生きて行く決意を固めた。
しばらく智也はそんな亜美に声を掛けることが出来ず黙って見つめていた。
「亜美。」
大声で叫んでみる。
振り返った亜美は泣き顔と笑顔の混ざった何とも言えない顔で智也を見つめた。
智也は駆け寄って強く抱きしめ優しくキスをした。
「智也に会いたかった。
私、決めたから。
智也と一緒に生きて行きたい。
ダメ?」
「ダメなわけないじゃん、イイよ。」
亜美は、翔平と再び会う約束をした。
「八木です。
遅くなってすみません。」
「さあ、中にどうぞ。
食事まだでしょ。
一緒に食べましょう。」
スパゲッティー・ペスカトーレ、スープ、サラダ。
一人だと適当に済ませる食事が誰かと一緒だというだけで不思議と楽しくなる。
翔平は何でも美味しそうに食べる。
そんなところは智也と似ている。
「聞いてほしいことがあるの。
食べながら話すね。」
翔平は手を止めようとしたが、亜美はそのまま食べるようすすめた。
そうは言われても翔平にしてみれば気になる。
食べ終わってから話すことにしてまず食事を優先した。
「足立さんってカッコイイですね。」
「でしょ~。
私は大学に入ってから知り合ったのよ。
長く付き合っていたけど、彼のフランス行きが決まってから別れたの。
そして・・三年ぶりに会った。
ほら、八木君に会ったpp(ピアニッシモ)であの日。」
「夢のために?」
「えっ?」
「この前、足立さんが言ってました。
夢の途中で俺と出会った・・って。」
「せっかく夢中になれるモノを手放したくなかった。
それが音楽なの。
『高宮涼子』は私なのよ。」
翔平は亜美が思っていたほど驚きはしなかった。
「俺、大好きです。
CDだって全部持ってます。
まさか、望月さんだったなんて・・。
俺、『ありがとう~for your smile~』が一番好きです。」
ありがとう。
ずっと応援してくれていたんだね。
智也と出会えたことで私の生き方が変わった。
そんな彼と別れた時、現実の世界の出来事としてずっと覚えておきたかった。
そしてその気持ちを胸のずっと奥にしまい込んだ。
黙っててごめんなさい。
私、八木君たちの音楽、イイと思う。
言葉で上手く言えないことも、音楽でなら表現できることってあるもんね。
素直になれない私の代りに『高宮涼子』が真っすぐな気持ちを歌っていた。
でも、もう大丈夫。」
翔平はずっと黙って話を聞いていた。
「私、智也とフランスに行こうと思ってるの。
もし良かったらこの部屋使ってくれない?」
「えっ?
もう音楽止めちゃうんですか?」
「今みたいではいられないよね。
でも、音楽は止めない。
何だってそうだけど、楽しみ方は一つじゃない。
これからは別の楽しみ方を見つけるわ。
この場所でなきゃ出来ないなって思ってないから。」
受け取ったUSBをパソコンに差し込む。
全部で3曲入っていた。
歌っているのはきっと彼だ。
優しさや切なさや情熱が上手く表現されていてバランスも良い。
ただ一つ何かが足りない。
彼の想いは聞いている人に届くだろう。
でも、気持ちが重ならない。
歌が上手いとかそうでないとか、そういうこととは違う。
その人の中にあるモノ。
翔平に足りないモノが何なのか亜美にはわかっていた。
今のままでもチャンスに巡り合えば飛び立てる。
誰かの目に留まれば世界は広がる。
そうではなくて、自分たちの力で登って欲しいと思った。
亜美は、自分が『高宮涼子』だということを告げようと思った。
一つのウソはまた次のウソを生む。
そんな付き合いをしたくないと思った。
亜美は車を走らせる。
こんな時、一人はいい。
必要なモノをバッグに詰めればすぐに出発できる。
行き先は決まっている。
智也がガンバレと言ってくれた海。
一緒にフランスに行こうと言ってくれた海。
余計なモノを脱ぎ捨てて望月亜美に戻る。
いつの間にか時は過ぎ、太陽は沈みかけている。
半日もここでこうしていたのかと我に返って思う。
この場所はいつも変わらず亜美を快く迎えてくれる。
思い出の場所で亜美は智也のことを考えていた。
会いたい・・。
素直な気持ちがある。
近くに居ると思うと気持ちが緩む。
もうこの辺で決めなければならない。
彼と生きて行くのか、別の道を歩むのか。
あの時は躊躇った。
今は、一緒に生きたいと思っている。
だけどこれは亜美の気持ちで智也の心はわからない。
別のところにあるとするなら、今度こそ一人で生きて行く道を選ぼう。
こんな気持ちになったの智也の突然の帰国と彼らの音楽を聞いたからかもしれない。
真っすぐで正直な音楽。
待ち合わせの場所に着くと彼女は待っていた。
クリーム色のワンピースが大人っぽく見えた。
(良かった、スーツ着てきて。)
素直にそう思った。
クラッシクをこんな風にして聞くのは初めてのことだった。
オーケストラ演奏の迫力は素晴らしい。
心に響いてくるその音色が智也の心深くに浸みこむ。
この感動を言葉で表現するのは難しい。
「足立さん、今日はありがとうございました。」
いつも智也は思っていた。
彼女に正直な気持ちを伝えなければ・・と。
だけど、それは智也が一番苦手とする部分なのだ。
今日こそは・・。
「神崎さん、俺には好きな人がいる。
だから、キミとは・・。」
「私、知ってました。
でも、自分の気持ちにウソはつけませんでした。
足立さんが困っていることも、わかってました。
ゴメンなさい。
これで終わりにしようと決めていました。」
彼女はどうにか笑って見せたが目から大粒の涙がこぼれた。
神崎カオリは智也より四つ年下。
仕事も丁寧で正確で、人柄もよく課の人気者。
そんな彼女を泣かしてしまっている。
自分のはっきりしない態度のせいだ。
「ごめん。」
「謝ったりしないでください。
人を好きになることに臆病だった私が、こんなに真っすぐに向かって行けたのは足立さんだったからだと思います。
片思いだったけど、あなたを好きになってよかった。
私、この次もステキな恋ができそうです。」
そう言うと小さく頭を下げてこの場を去った。
智也は深く息をした。