智也は亜美のマンションに向かう。


あいにく留守だ。


郵便物も新聞もそのままで、ここに戻ってないことはすぐにわかった。


一体どこへ?


誰と??


・・多分一人だ。


だとしたら海辺のあのホテル、あそこしかない。




暗く静かな海に抱かれる。


自分の存在の小ささを感じながら、それでも生きて行く決意を固めた。


しばらく智也はそんな亜美に声を掛けることが出来ず黙って見つめていた。


「亜美。」


大声で叫んでみる。


振り返った亜美は泣き顔と笑顔の混ざった何とも言えない顔で智也を見つめた。


智也は駆け寄って強く抱きしめ優しくキスをした。


「智也に会いたかった。


私、決めたから。


智也と一緒に生きて行きたい。


ダメ?」


「ダメなわけないじゃん、イイよ。」




亜美は、翔平と再び会う約束をした。


「八木です。


遅くなってすみません。」


「さあ、中にどうぞ。


食事まだでしょ。


一緒に食べましょう。」


スパゲッティー・ペスカトーレ、スープ、サラダ。


一人だと適当に済ませる食事が誰かと一緒だというだけで不思議と楽しくなる。


翔平は何でも美味しそうに食べる。


そんなところは智也と似ている。


「聞いてほしいことがあるの。


食べながら話すね。」


翔平は手を止めようとしたが、亜美はそのまま食べるようすすめた。


そうは言われても翔平にしてみれば気になる。


食べ終わってから話すことにしてまず食事を優先した。




「足立さんってカッコイイですね。」


「でしょ~。


私は大学に入ってから知り合ったのよ。


長く付き合っていたけど、彼のフランス行きが決まってから別れたの。


そして・・三年ぶりに会った。


ほら、八木君に会ったpp(ピアニッシモ)であの日。」


「夢のために?」


「えっ?」


「この前、足立さんが言ってました。


夢の途中で俺と出会った・・って。」


「せっかく夢中になれるモノを手放したくなかった。


それが音楽なの。


『高宮涼子』は私なのよ。」


翔平は亜美が思っていたほど驚きはしなかった。


「俺、大好きです。


CDだって全部持ってます。


まさか、望月さんだったなんて・・。


俺、『ありがとう~for your smile~』が一番好きです。」


ありがとう。


ずっと応援してくれていたんだね。


智也と出会えたことで私の生き方が変わった。


そんな彼と別れた時、現実の世界の出来事としてずっと覚えておきたかった。


そしてその気持ちを胸のずっと奥にしまい込んだ。


黙っててごめんなさい。


私、八木君たちの音楽、イイと思う。


言葉で上手く言えないことも、音楽でなら表現できることってあるもんね。


素直になれない私の代りに『高宮涼子』が真っすぐな気持ちを歌っていた。


でも、もう大丈夫。」


翔平はずっと黙って話を聞いていた。


「私、智也とフランスに行こうと思ってるの。


もし良かったらこの部屋使ってくれない?」


「えっ?


もう音楽止めちゃうんですか?」


「今みたいではいられないよね。


でも、音楽は止めない。


何だってそうだけど、楽しみ方は一つじゃない。


これからは別の楽しみ方を見つけるわ。


この場所でなきゃ出来ないなって思ってないから。」