線路沿いの道 -4ページ目

こころの疲労

以前、心理学に凝ったことがある。

さまざまな文献を読みふけり、興味を満たしては次の本を読んだ。

そうしているうちに、心理学や精神病理に興味を持つということは

自分自身にそういう傾向があることを理解した。


多かれ少なかれ、こころの「病み」は誰にでもある。

それがあったうえで、生活に支障をきたすかきたさないかが

病気がどうかのボーダーなのだ。


今、俺は異常に疲れている。

体ではない。

こころが、疲れてクタクタなのだ。


外出はしているけれど、特殊な引きこもり状態と云えるだろう。


こういうとき、どうすればよいのか、知識は俺に教えてくれる。

再起しようと心底思えるまで、こころを癒すしかない。

だけどもし、再起しようとずっと思えなかったらどうだろう?


不安とあせり。

結局、堂々巡りのフレームワーク。


ひどい自己嫌悪との戦いがまた続く。

雪とけんか

付き合いだして最初の冬だった。

ひょんなことでケンカになり、俺は車をそこに捨てて

歩いて去ったことがある。


その日は大雪で、街は雪景色だった。

家までの道のりは、15キロくらいだろうか。

なぜか腹が立って、どうしようもないくらい頭に来て

凍った道をひたすら歩いた。


えらく早足で歩いた記憶がある。

子供のように意地になって、白い息を吐きながら歩いた。

そうやって歩いているうちにやっと

自分がなぜ腹を立てているのか分からなくなり、

途中からはスポーツ気分で家まで歩ききった。


玄関の前まで来て、体がとても冷えていることに気付いた。

全身が強ばり、ぎくしゃくしていた。


風呂に入ろう。

そう思い、バスタブに湯を張り、適温になるのを待った。

脱衣所で服を脱ぎながら、まだ帰って来ないみほを思った。

こんなに寒いのに、まだなにをしているのだろう。


みほが帰って来たのは、その少し後だった。

月ときんぴらとおはぎ

夕方、ふと空を見上げると月が出ていた。

半月、くらいだろうか。

空を眺めていると、まるでなにも心配なんかないような、そんな気がした。


俺はそのまま部屋に戻り、夕食の支度をした。

支度と云っても、買ってきたものをただ並べるだけだ。


自分のためだけにお湯を沸かし、コーヒーを入れた。

みほは良く、緑茶を煎れていたことを思い出す。

コンビニ弁当の付け合せにきんぴらごぼうが入っていた。


きんぴらか。

みほのお母さんがよく作ってくれた。

俺も料理をするが、あの味にはとてもかなわない。


それに、みほのお母さんが作ってくれたのは

手作りのおはぎだ。


みほの待つ家に戻ったら、きんぴらが食べたい。

暖かいお茶を飲み、テレビをつけて。


でも今は、苦くて酸っぱいコーヒーを飲む。