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元介護職員のかなちんです。
母の介護を通して、
娘としての気持ちと
介護の経験のあいだで
揺れながら綴っています![]()
同居嫁の顔を持ちながら、
がんばりすぎず、
ひとりで抱え込まないことを
大切にしています![]()
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ゴールデンウィークが終わり、
通常モードになりましたね。
私のゴールデンウィークは、
5月前半の長女宅での留守番と、
次女家族の帰省以外は、ゆっくり過ごすはずでした。
というのも、
母を見送り、納骨、四十九日と、
ひとつひとつ区切りを終えて、
ようやく少し落ち着くかな…と思っていたところでした。
そんなタイミングで、喉の違和感。
「ちょっと怪しいな」と思いながら、
早めに薬を飲みました。
連休中は学童保育もお休みだったため、
長女夫婦が勤務の日は、
朝から娘の家で孫たちとお留守番。
食事の準備をしたり、
孫たちの習いごとの送迎をしたり。
午前中、散歩がてらにドラッグストアへ。
お昼の焼きそばと好きなアイスを選びました。
お天気がよかったので、
アイスはウッドデッキで食べる約束♡
食べる場所が変わるだけでテンションがあがる孫's
夕食の配膳の準備を始めた頃に、
娘夫婦が帰宅。
みんなで一緒に食事をして、
ほっと一息ついて自宅に戻ると、
まさかの38.5度の発熱!
その後、上がったり下がったりの熱が3日ほど続き、
以前処方してもらった薬を飲みながら、静かに過ごすことに。
楽しみにしていた次女家族のお泊りも見送りとなり、
結局、ゴールデンウィークは、
ほぼ何もせずに終わりました。
実は私、
こうやって
「強制的に休まされるモード」に入ることが、
これまでも何度かあります。
顔面神経麻痺のときもそうでしたが、
自分の意思とは関係なく、
「動けない時間」がやってくるんです。
本当は動きたいのに動けない。
この“じれんま”が、
正直ちょっと苦痛だったりします。
でも、不思議なもので、
最初は落ち着かなくても、
何もしない時間が続くと、
だんだんと「こういうものか」と思えてくるから不思議です。
私は少しのことだと無理しちゃうから
半強制的に
体を休めてと言っているサインなんだろうな、と。
思い返せば、ここ最近は
気を張る時間が続いていました。
ひとつの区切りを終えたタイミングで、
少し遅れてやってきた「休みなさい」のサイン。
動けるようになったら、また少しずつ…
そんなふうに思えた、
今年のゴールデンウィークでした。
納骨や四十九日のことは、
また改めて、ゆっくり書けたらと思っています。
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