『戦国時代展』(江戸東京博物館)
片岡某様の歴史番組にまんまとおびき出されたような気もいたしますが…江戸東京博物館の『戦国時代展』に行きました。
博物館ロビーにあった大きな熊手がとても華やかで遅まきながら正月気分が盛り上がりました。
ずいぶん前に紀州徳川家の『川中島合戦図屏風』を見ましたが今回見たのは福井の勝山城博物館のこのテーマの屏風。信玄&謙信一騎打部分はこの展覧会のチラシ.に使われています。謙信が信玄の本陣に斬りこむのではなく、川の中で双方馬に乗っての戦い。この場面の謙信のいでたちは白布で頭を覆っているのが一般的ですがこれは武田系図像の謙信像で、この屏風のように坊主頭に鉢巻姿の謙信は上杉系図像なのだそうです。
「こっちの方が井伊直虎とまちがわれないわね」と我が脳内のマドモアゼル謙信が言いました。我が家のQP謙信も武田系です。
個人的に一番すてき、というか置く場所があれば家にほしいな(笑)と思ったのが「第3章・権威―至宝への憧れ」のコーナーにあった山形の上杉神社所蔵の『青磁牡丹唐草凸花文瓶』。南宋時代の青磁の色がきれいでしばらく見入っていました。
ぎょっとさせられたのが「第4章・列島―往来する人と物」のコーナーにあった高さ一メートル以上ありそうな大きな瓶に詰まった銭。ひもでつながれてくねくねとしているので見た瞬間には銭に見えず、何だか巨大な脳か小腸みたいな感じがしました。当時のお金で数百万円ほどになるとのことです。この状態で今に伝わっているということは、戦国時代にこのお金をコツコツと蓄えていた人はどうなったのでしょう。蓄えを捨ててどこかへ逃げなければならなかったのでしょうか。どんな人はわからないけれどこれをつかう機会がないまま亡くなったことは確かです。お金は大事だけどとらわれ過ぎないようにと遠い昔の誰かに語りかけられているようです。
年始の客…上杉謙信VS国定忠治?
国定: 女?
実以: ええ、中学の時に八切止夫という人の謙信女性説を読んで以来、私の頭の中に
限っては…女の人の姿で現れるの…
女謙信: 女だって説が知られたのは私が先よ! 名前に虎をつけたのも私が先なんだから! (国定に)よかったらマドモアゼル謙信と呼んでちょうだい。
忠次、???といった様子でマドモアゼル謙信を観る
実以: (忠治に)女の姿でしか現れないのはたぶん…男だったら…もしも世間で言われている通りの人ならあまりそばへ行きたくないタイプだからじゃないかしらねえ…たとえルックスが若き日の石坂浩二や柴田恭兵や榎木孝明に似ていても、なんか話にくそう…(注1)
女謙信: この間やってた片岡なんとかさんの歴史番組に出てた精神科医の先生の話じゃ
私、自己愛性パーソナリティだって…
実以: 有名な人ってたのみもしないのに有名な精神科医の人にただで精神分析してもらえるからいいわよねえ、私がカウンセリング受けるには結構大枚払わないとならないの。
忠治: それじゃおれはこれから幡随院長兵衛と清水の次郎長のところへ行って歌謡界に打って出るにゃ誰がセンターになるか折り合いをつけなきゃならないんで…
忠治、退散する。
実以: 国定忠治さんもただの乱暴者の博徒というばかりの人ではなくて、あの人の勢いが盛んな時はその支配下のところはとても治安がよかったし、博奕のあがりで沼を浚渫して故郷で日照りの害がないようにしたとも言われて人気もあったようよ。
女謙信: でも結構殺人事件は起こしてるわね。やはり奥にあがってもらわなくてよかったわね。
注1 念のために申し上げておきますと片岡なにがし様の歴史捜査の番組にも出演しておられた越後上越おもてなし武将隊の謙信公はとても紳士的でお話のしやすい方でいらっしゃいます。(この注要るのか?)
参考文献 高橋敏『国定忠治』岩波新書 2000年
年始の客…国定忠次の巻 おもてなし侠客隊ジャパン?
実以:(ちょっとこわい人が来たというふうに)どちら様でいらっしゃいましょうか?
男: 忘れたかい、国定忠治だよ。去年、権堂の墓参りしてくれだだろうが…明けましておめでとうございます…言いてえところだが実以さんの時代はあんまりめでたくねえようだね。
実以:ええ、そうなんですの。あの地震があった年からお正月が来てもおめでとうございますなんて言うの、気がすすまなくなっちゃって。
国定:なんでも賭場を開いてもいいことになるっていうねえ…。
実以:カジノ法案のことですね。外国から来る客をおもてなしするためなんだそうです。
国定:お上が博奕を後押しするとなると…おれもその織田信長公だの真田幸村公だのみたいに現世によみがえっておもてなしってことになるかもしれねえなあ…
実以:新聞の投書でもそんなことを書いてる人がいましたねえ、江戸時代の賭場を再現して、着物を肌脱ぎにしてツボを振る色っぽい女の人がホステスになるとか…
国定:幡随院長兵衛と清水の次郎長をさそってトリオで歌手デビューでもするか…名付けて「おもてなし侠客隊ジャパン」。
実以:おもてなし武将隊の場合、お仕事をする時は「出陣する」って言うんですけど、
あなたがたの場合はどうなのかしら…出入りとかお礼参りとかかしらね
女武者、忠治にお茶と菓子を勧める。
国定:(女武者に)これはこれは国営放送の日曜夜の主役おめでとうございます。
女武者: やだ、またまちがえられちゃった! 私、井伊直虎じゃなくて長尾景虎です!
あなたの分骨したお墓のある街に信玄と私の銅像もあるのよ! 知らないのーっ!
実以: 今年はね、なんだかまぎらわしいけどこの人、上杉謙信なんです。
お正月の想い出
子供の頃、私の一家は寺に住んでいました。と申しましても私はいわゆるお寺の娘ではなく父はブルーカラーです。その寺の住職は二つ以上の寺の住職を兼務し、普段は都会の寺にいて、私の家族は留守番だったのです。
お寺のことですから玄関の三和土も大きく、父が通勤につかっていたバイクがおけるほどでした。玄関に面した十畳の座敷に大みそかになると祖母は年始の客を迎える準備をします。朱色の布をかけた座卓の背後に屏風をおき、座卓の上に白い陶器の大黒様をおきました。それから松や赤い実をつけた枝、ナンテンかセンリョウ、それから菊もあったかな、それらを重い金属製の花瓶に生けました。今でも切り花をいけていて花の茎の切り口のにおいをかぐと昔のお正月を思い出します。
今は集合住宅住まい、客を迎えられる座敷は…脳内にしかありません(笑)。そしてやってくるのは魔界?の人ばかり…これから脳内の家?の年始の客たちを紹介していきたいと思います。紹介しているうちに次のお正月が来てしまうかもしれませんが…
実以の脳内の座敷。玄関の三和土との間はガラス戸をはめた障子がある。座敷の隅に大黒様の像と松と赤い実の枝を生けた瓶をのせた台。小さな火鉢のそばに坐る実以。白い布を被った鎧武者と話をしている。
実以:子供の頃、祖母がこの大黒様を指さして言ったの。「これがオオクニヌシノミコトだよ」って。不思議に思ったわ。だってその頃読んでいた子供向けの日本神話の本の挿絵だとオオクニヌシノミコトはヒーローらしい若くてスリムな美形。でもこの大黒様はぽっちゃりしたお年寄り…。
女武者: 福の神ですもの。多少はぽっちゃりしてなくちゃ。
実以: そういえば今年、現世の家で生けた松、なんだか大きくてバサバサしていて怪獣の体の一部みたいね…どんな話に出てきた何という怪獣かなんてことは言えないけど、なんとなくこういうトゲトゲしか怪獣とかいそうだもの。
女武者:私にはお線香の束みたいにみえる…
実以: お正月早々、いやねえ…。
ガラス戸に人影がさす。江戸時代後期の博徒の親分らしき男。
白梅とヤドリギ
先週行った公園で白梅が咲いているのに気がつきました。梅の花というのは桜に比べて控えめで、地面に花びらが散っていなかったら気づかなかったかも。
まるで雪のように見えます。深呼吸するとあの梅のかぐわしい香りも味わうことができました。
昨日午前、お正月の松飾りを納めるために母と神社にいきました。鳥居のところで母を車椅子からおろして歩かせながらお参りしました。車椅子は手押しの歩行補助車兼用なのです。
境内にある大木のヤドリギを写真に撮ってみました。葉のなくなった樹の枝の丸い緑。いくらか不気味でもありますが美しくもあります。
ヤドリギの花言葉は『困難に打ち克つ』『克服』『忍耐』…冬でも緑を保っているから西洋では縁起の良い植物とされていてクリスマスの飾りにもするそうです。アメリカのドラマでクリスマスのお話ではヤドリギの下にいる人にはキスしてもいいとかいうことで恋の展開なんてのもありましたね。
ちなみにこれは同じ樹の午後の写真です。どちらがうまく撮れているのか?よくわかりません。
ともかくもヤドリギの花言葉の通り、忍耐して、困った事を克服したいものです。
初詣
1月2日、母を車椅子に乗せて近所の神社へ初詣に行きました。1日だと混みそうだったので。
母は大腸がん手術後、肺転移があります。抗がん剤治療は2015年6月に中止したにも
関わらず、一年半(足掛け3年)、自宅で元気に過ごしております。心からの感謝をこめてお参りを済ませた後、破魔矢と御札、だるまを買いました。
その時参道から車椅子をおろしたのですが、その後再び参道へ戻すのがちょっと大変。通りかかった若いご夫婦に助けていただきました。ご親切にしていただいたあの方々に今年、よいことがありますように。
鳥居の脇にマンリョウの木がありました。母が赤い実のなる植物が好きなので写真を
撮ってやりました。
それからこれは写真がうまく撮れないけれどこの神社にあるケヤキの大木の枝にはヤドリギがいくつも育っています。ケヤキの葉のないこの季節、ヤドリギの丸い緑が美しく見えます。私はこのケヤキに触れてみました。。樹のパワーをもらって昨年よりも積極的に生きられることを祈って。
『宇野信夫戯曲選集3 一幕物』 シアタークラシックスで上演しないかしら?
この緑の布装丁のいかにも年代を感じさせる本は『宇野信夫戯曲選集3 一幕物』
です。12月の歌舞伎座の『吹雪峠』を観る予習のために借りたのですが、面白くて他の作品も読んでしまいました。
一幕の中に表現される人間のさまざまな姿。『吹雪峠』は一人の女をめぐる二人の男の物語なので明らかに歌舞伎の伝統の上にある作品ですが、男女の愛憎だけでなく、親子、友人などの間に起きる問題が描かれています。討ち入りの日の昼間、こたつにあたっている吉良上野介のお話『枯野』や四谷怪談の新解釈、お岩に恋した小平が彼女にむりやり迫って川に落ちてしまう―『隠亡堀』などの時代物もありますが、宇野信夫(1904-91)自身が生きた時代の人々を活写した、つまり現代劇にあたる作品に特に興味をおぼえました。
町の映画館のスタッフたちが愛欲メロドラマ映画を毎日観にくる老人について考察する『春の風船』。人力車夫それも客を色街へ誘う朦朧車夫を生業とする男と亡くなった息子の嫁、奉公に出た娘の物語『俥』(くるま)。娘の結婚資金捻出のため、長年育てた万年青(オモト)の鉢を植木屋へ売る男の迷いを描いた『小鳥のくる日曜日』。
中でも読みながら「えーっ!」と言ってしまったのがアパート住まいの老人の暮らしを描いた『置き忘れた荷物』。姑の加津を怒鳴りつける嫁りえ子が登場します。りえ子は加津が新潟へ行くことを決めると愛用している手あぶり(小さな火鉢)を自分によこせと要求。夫の唯一の形見だからと断ってもむりやり持って行こうとします。
このりえ子のような人=人があげるとも言っていないものをくれろと言い、断ってもひきさがらない人が実際に母の知人にいました。母は田舎に住んでいた頃、園芸をよくしていて観葉植物などの鉢も縁側に並べていました。その女性は美しく育っていたブライダルベールの鉢を「これ、もらっていくね」の一言で自分の車に積み込もうとしたのです。さすがに母ははねつけましたが、自分にそんなことを要求する権利があると信じて疑わない態度にあきれていました。こんな人はそうそういないと思っておりましたが、ちゃんと戯曲にも登場しているのですね。
そこへやってきてりえ子に火鉢を返せと言うのが、加津と同年代で隣に住む彦太郎老人。この彦太郎は行きつけの喫茶店で働く娘マリに入れ込んで家から金を持ち出すようになり、息子夫婦にこのアパートに押し込められたのです。三十で妻を亡くして以来、働きづめで子供も育ててきた彦太郎のセリフ。
「あれ、おれは六十三か。そうすると、急に、こう、なんともいえない気持ちになっちゃった。まア、なんていうのかな、電車に乗ってて、終点が近くなってきた、もう直ぐ下りなきゃならねえ、下りる前に、棚にのっけた荷物をおらさなけりゃいけねえ、見ると、これが無い。大変だ、どっかへ置き忘れた…」
彦太郎にとって若く美しいマリこそ「置き忘れた荷物」なのです。でもマリには男がいて失望を味わうことになります。
こんなふうに人生の様々な場面を短い上演時間で見事に捉えている戯曲を読んでいてシアタークラシックスの『MINI COLLECTIONS』を観た時のことを思い出しました。三田地里穂先生が海外で選んで翻訳した一幕劇の公演です。こういう劇が日本で多く創られ、上演されたらいいのにと思っておりましたが、とっくに日本にもあったのですね。『MINI COLLECTIONS』のような劇が上演され、観客を集めていた時代が。シアタークラシックスで日本の一幕劇も上演してくれないかしら?
謹賀新年―正月に楽しむモノとお菓子
アメンバーの皆様、ブログを読んでくださっている皆様、謹んで新年のお慶びを申し上げます。旧年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。
我が家の正月飾り?です。センリョウの枝がさしてあるのは今は昔、お金と体力に余裕があった頃、イタリアを旅した時に買ったミニサイズの酒の瓶です。木苺のお酒でした。手のひらサイズですがおしゃれな形であの国の雰囲気を伝えています。
互いに労をねぎらっている真田幸村とサンタクロースがくつろいでいるクッション?は20年程前に亡くなった祖母が作ったもの。本来は仏壇のリンを置くためのものらしいですが、祖母はひじつきと呼んでおりました。ほおづえをついてテレビを視る時や手のツボにお灸をする時便利に使っています。
赤と白のガラスの花瓶は子供の頃に祖母が駅前通りの瀬戸物屋で買ってきたもの。松を入れてみましたが何だか松のように見えず、バサバサした不思議な植物に見えますね。同じ松でももっと葉と枝が小ぶりのものの方がかわいいのですが、コンビニで一本500円の束ですから不足は申せませんね(笑)。実は買ってきた時センリョウは
松といっしょにこの大きい方の花瓶に生けたのですが松の方が水を吸う力が強いらしく、センリョウはクタッとなってきてしまったのですね。これはまずいと思って洗面器で水切りをしてそのまましばらくおいたら幸いにもしゃんとなってくれたので別に
生けたのです。
12月の歌の発表会の時、先生から出演者にプレゼントされたお菓子を元旦の今、たまった録画番組を視ながら食べています。中身は皆チョコレート。卵型のには金のひもがついていてツリーにも吊るせたのですね。
これは昨年味わったスイーツの中で印象的だったもの。食べたころブログに書きたかったけど時間がとれなくて。10月の新潟物産展で翁飴のお店で買いました。寒天系のお菓子は大好きなので。『瑠璃飴』という美しい名がついています。
今年はささやかな幸せを味わいつつ、前を向いて歩んでいくつもりです。
母とバラを楽しむ(話はさかのぼりますが)
今年、母と見た花をもう一つ。
ずいぶん話はさかのぼりますが11月20日、高島屋の『横浜バラ展』に母を連れて行きました…歌の発表会で大変でブログにアップできなかったのです。(笑)
私一人の介助で車椅子のバス利用は初めてでしたが、運転手さんも乗客の皆さんにも
親切にしていただきました。
会場に着くとバラ、バラ、バラ! もともと園芸が好きで50代のころは自分もバラを育てたことのある母は「きれいだねえ!」と大興奮。バラ園に植えてあるものとちがって台の上にアレンジされていますから車椅子に乗ったままでも楽しめてラッキーでした。
とりわけすてきだったのは香りを楽しむバラのコーナー。手にとって匂いをかぐことがゆるされていましたので思いきり花とふれあうことができました。
下の写真のバラは花びらや葉が繊細でヨーロッパの聖母像に描かれている
ものに似ています。
花や香りと共に興味をそそるのがバラの品種名。これは白バラの中で一番きれいだ
と思った『マダム・サチ』。このサチさん、きっと絶世の美女なんでしょうね。
これも白バラですが『プリンセス・オブ・ウェールズ』だそうです。
これは『モーリス・ユトリロ』。ピカソとかダリとかいうバラがあったらすごそうですね。
この紫の強い濃いピンクのバラは『流鏑馬』(やぶさめ)。
そしてこの赤いバラは『篤姫』
今年あたり『真田丸』とか(紅バラ?)、『直虎』(白バラ?)とかいう品種できてないかしら?
どなたか『南夕子』というバラ作りませんか?
母とめでる水仙の花
やっと仕事が休みに入った三十日、老母を車椅子に乗せて散歩兼買い物に
連れ出しました。
毎年、この季節に水仙が咲く公園へ行ったのですが残念なことに工事で閉鎖中。でも幸いなことにフェンス際に咲いている株があり、たっぷりと母に楽しませてあげることができました。
日本水仙は花は小さいけれど香りもよくて魅力的な花です。
老齢な上にガン(今のところあまり自覚症状はないらしいけど)をわずらっている母は
近所への外出もままなりません。そのせいか外へ行くと今のように特に花も紅葉もない季節であってもすべてが新鮮な、注目したいものに感じられるようです。
神社にある大木の葉がすべて落ちてしまった枝に丸く葉をつけているやどり木が巨大なボンボンのようにくっついていること。
公園に行く途中にある家の前のプランターに咲いている紫やピンクのパンジーの花も、ドウダンツツジの垣根にいくらか残っている赤い葉も、青い草の上に散っている濃いピンクのサザンカの花びらさえも。
往きの道では南に向かって進むので冬の太陽の光があたたかいこと。帰りの道では北風が向かってくること。
今日、大みそかの朝も杖を持たせて家の前の公園を歩かせました。母があずまやのベンチで休んでいる間、私はブランコに乗ってみました。ブランコをこぎながら空を見上げるととても気持ちがいいのですが普段は遊んでいる子供たちに遠慮して乗れないことがあるのです。今日は皆どこかへ出かけてしまったのか親子連れが公園にいませんでした。
ブランコを数えながら80回以上こぎました。母が80代も生きられるよう祈りつつ。





















