二月の客 その2―椿の陰で
ギターの青年: 小口太郎です。
キーボードの青年: 吉田千秋です。
小口/吉田: (実以に)去年はぼくたちの歌を歌ってくれてありがとう…
実以: 歌手の加藤某様のように低音がきれいにでなくてごめんなさい。
小口: もともと野郎がボート漕ぎながら歌ってた歌だからね。
吉田: しかしぼくたちの歌って言っても…小口君とは地上界で会ったことなかったっけ。
小口: 歌もメロディーも大正時代とは微妙にちがうしね。
実以: 吉田さん、あなたの書いた『人ごろし』という童話、たくさんの人に読んでほしいのだけれど、勝手にネットにアップしたらまずいわよね。
吉田: ぼくはかまわないよ。たくさんの人に読んでもらいたくて書いたんだから。
実以: あなたがそうおっしゃって下さっても、今生きているあなたの関係者の方々が
どう思うのでしょう…ところであなたがたが楽器を持ってお越しということは…あなたがたも歌手デビューなさるの?
小口/吉田: まあね。
小口と吉田、ギターとキーボードを弾きながら『琵琶湖周航の歌』の2番を歌う。
♪松は緑に砂白き 雄松が里の乙女子は
赤い椿の森陰に はかない恋に泣くとかや
小口: ここは「暗い椿の森陰」と歌われていた時期もあるんだ。
実以: 失恋した女の心理としては暗い椿の下で泣く方が自然だわ。わざわざ花をつけている木の下で泣くなんて何だかものほしげ、誰かがもしもし御嬢さん、どうしたんですかって話かけて来るのを待ってるみたいで…
マド: 古くて大きな椿の木には時々こわい話があるのよ。樹の精が美しい女性の姿で現れて通りかかる人に息をふきかけて虫に変えて殺してしまうとか。
二月の客―連結コタツの想い出
子供の頃、私が住んでいた寺では婦人会と呼ばれる集まりがありました。普段はいない住職が関東からやってきて近隣のご婦人たち―当時の私の祖母と同じ年代の女性たちを集めて講話と茶話会をするのです。婦人会の前には祖母と母が「佛教婦人会」と書いた大きなやかん、たくさんの湯飲みときゅうす、あられや最中をいれた菓子鉢を用意しました。今も売られているブルボンのルマンド(昭和49年発売)を初めて食べたのは、婦人会用のお菓子をおすそわけしてもらってのことです。中部地方の田舎町においてはおしゃれでおいしいスイーツでした。また買ってみようかな。
先月の「年始の客」のブログで紹介した「玄関の部屋」の隣には中の間と呼ばれる八畳、二の間と呼ばれる十畳の座敷がありました。婦人会などの人の集まる時には中の間と二の間の襖をはずし、一つの大きな広間として使います。寒い時期には豆炭こたつのやぐらを
いくつか並べ、それをつなぐようにこたつぶとんと上掛けをおき、一つの細長いこたつのようにします。幼い私はこの連結こたつが出来上がるとはしゃいで上に乗って遊び、祖母に叱られておりました。
実以の脳内の座敷。寒中。婦人会の客が帰った後。連結こたつの上にみかん、菓子鉢、急須、湯飲みなど。実以がこたつにあたって疲れ切った表情でお茶を飲み、みかんを食べている。マドモアゼル謙信がこたつ板のうちの一枚の上に載っているものをおろし、片付けはじめる。
マドモアゼル謙信: さっき諏訪御寮人と真田左衛門佐の最初の奥方が話していたわ。日曜夜8時の主役の人と若い頃につきあうとろくなことがないって
実以: たいてい早死にしちゃうのよね。いくさとか病気とか敵役が放つ刺客に襲われたりして…
マド: 男だってことになってる私が唯一人愛したことになっている人も肺病で死んだわ。永禄4年に私が川中島で戦っている間に…(注1)
実以: でもたいていの男の人は国営放送の日曜夜8時の主役にはならないから、あんまり心配する必要はないわよね。
マド: 来週は変身ヒーローと交際した方々の婦人会ね。
実以: 巨大ヒーローに変身する地球防衛隊の人とつきあわない方がいいという話で盛り上がるわね。
マド: 宇宙人にさらわれたり、襲われたしてあげくの果てに…
実以: 死んじゃうのよね。今までにない新しいタイプの宇宙生物が来た時とかに。なんとかジャックさんの場合は演じていた美人女優さんのスケジュールが取れなくなったのかなって気もするけど。祖母が視てた昼メロでも主役をやってた。
玄関座敷につづく木戸が開く。大正時代の学生風の青年が二人入ってくる。一人はギターを抱え、もう一人はキーボードを運んでくる。
注1)海音寺潮五郎作 『天と地と』参照
乾燥いちごのゼリー、長崎土産のガラスの小皿、そしてバブルの思い出
ゼリーや寒天系のお菓子が大好きで家でも時々作ります。
粉ゼラチンを熱したミネラルウォーターに溶かしてブランデーグラスに注ぎ、ファミマの乾燥いちごをいれたらこんなきれいな色になりました。甘味ははちみつを少し入れただけです。
サイズがぴったりなので、ガラスの小皿(あるいはコースター)をラップがわりにグラスにかぶせています。この皿は20代のころ、職場の同僚だった菜穂さん(仮名)が新婚旅行先の長崎から送ってくれたものです。「これから長崎の観光に行ってきまーす」という手紙も添えられていました。ピンクにブルー、黄色のガラスの花が見る度に気分を明るくしてくれます。
菜穂さんは女優の飯島直子にいくらか似た顔立ちで、あらゆる男性を惹きつける人でした。給料日前のお金のない時でも六本木に飲みに行ったとか熱海で温泉に入ったとか話していました。そう自分のお金は出すことなく、取り巻きの殿方がみな払ってくれるのだとか? そうまさにバブル期ですから、可愛い女の子のためなら皆さん出費を惜しまなかったのです。しかも取り巻く方々の中には有名テレビ局の社員やマリリン・モンローを売り出したことで知られる男性雑誌のカメラマンもいたとか…。
菜穂さんは同僚の石田さん(仮名)と交際していましたが、そこへ出入りの業者の安村さん(仮名)が熱烈にアプローチしてきて何やら歌舞伎の『鞘当』みたいな騒ぎになったことも…年がら年中誰かからお誘いの電話がかかるから電話線をひっこぬいておかないと安眠できないと愚痴っていました。
そんな華やかすぎる?暮らしがたたったのか体を壊して退職し、帰郷した菜穂さんは石田さんでも安村さんでもない男性と結婚しました。送られてきた披露宴の写真で文金高島田に打掛の菜穂さんに寄り添うその人は眼鏡をかけた堅実な人相。都会生活で菜穂さんのそばにいた人々とはちがうタイプでした。
この可愛くて夢をさそうガラスの小皿を眺めると、愛らしい菜穂さんのルックスと話し声、そして景気がよかったころの思い出が浮かんできます。
宮部みゆき 『本所深川ふしぎ草紙』 新潮文庫
いわゆる「本所七不思議」をモチーフに人生経験豊かな初老の岡っ引き回向院の茂七とその子分が活躍するお話。巻末解説を書いている池上冬樹氏にとっては宮部みゆきのベストワンとのこと。確かに粒ぞろいの短編集でした。
「置いてけ堀」であやしい声で釣り人に呼びかける岸涯小僧は魚で暮らしをたてていた者の生まれ変わり?…「それならうちの人の生まれ変わりかも?」魚屋だった夫を何者かに殺されてしまった女は幼子を抱いて夜中にくだんの堀へ…その夫恋しさの行動が事件を解決に導きます。
お静は、おみよが寝起きしている小さな座敷までついてきてくれた。部屋の片隅にお静がこさえてくれた綺麗な手鞠が転がっている。行灯に火を入れ、その手鞠を膝に抱いておみよは声をひそめた。(第六話『足洗い屋敷』より引用)
料理屋を手堅く営む大野屋六兵衛が迎えた若く美しい後妻お静を、先妻の娘おみよは心から慕い、あこがれています。このおみよの幼な心が手鞠の描写から伝わってきます。こういう文章が大好きです。ちなみに著者が現代の社会との関係を意識して創作しているのかわかりませんが、このお話でかの福田和子事件を思い出しました。
第五話『馬鹿囃子』には相手の心変わりで縁談が壊れたために精神を病んだ娘が登場します。彼女いわく「男なんかみんな馬鹿囃子なんだ」。どこからともなく聞こえてきて、遠くなったり、近くなったり、でもどこで誰が奏でているのか決してわからない馬鹿囃子。それは恋愛に似ています。あらゆる人にとって気になるのが恋愛。人生の幸せのカギとも言われ、みんな振り回されて、時にはひどく消耗させられるけれど正体不明。恋愛ばかりでなく、世の中で言われて流れているさまざまなこと―こういう仕事を選べば成功するとか、どこに不動産を持てば将来高く売れるとか、何を食べれば若さが保てるとか(笑)…それらは馬鹿囃子なのかもしれません。私にも馬鹿囃子を追いかけてさまよった時期がありました。
第六話『消えずの行灯』のヒロインおゆうは回向院近くの足袋屋市毛屋に奉公することに。永代橋崩落事故で娘を失った現実を受け入れられずにいる内儀のお松を落ち着かせるため、その娘が生きていれば同じ年頃になるおゆうが代わり?を勤めるというのですが…。注目させられたのはおゆうの自立心。大店の御嬢さんを演じて同じようないい着物を着て習い事をさせてもらうことなど喜びません。妻の正気を保つためなら金に糸目をつけない市毛屋にはあきれています。お琴やお花なんか習ってたまるかとおゆうは思うのです。でもみかねた番頭が読み書きと足袋の仕立てを教えようと提案すると、それなら世渡りに役立ちそうだからと学び始めます。若い頃、小さい時からピアノやヴァイオリンを習わせてもらっている人が死ぬほど羨ましかった私はおゆうの気骨に敬服します。
この本を図書館の返却ポストに入れた後、中華料理店に入りました。さほど高級店ではありませんが、天井から中国風の赤い燈籠をさげていて中国の風景画も壁にかかっているふんいきの好きなお店です。家では作ることのない五目やきそばをオーダーしました。今の私にはこんなささやかなぜいたくも命の洗濯のように感じられます。
年始の客―あべこべな人々
紳士: リヒャルト・ワーグナーです。先程の話ですが…(夜の女王に向かって)
私もあべこべなことを言われたんですよ、この人に。
実以: 申し訳ありません。あなたの『ワルキューレ』が流れてきた時、友達と
「何だかウルトラマンが怪獣と戦っている時の曲みたいね」なんて言ってしまって・
ワーグナー: 私がウルトラマンの曲みたいなのを作ってるんじゃなくて、ウルトラマンの曲作った人が私の影響を受けてるんですよ!
実以: ついでにあの曲に歌がついていて、九人の女神が歌うことも最近まで知りませんでした。私がオペラの演出家だったら…女神たちに地球防衛軍のつなぎの隊員服で歌わせちゃおうかな?
ワーグナー: 君にオペラに携わる音楽の才がなくて本当によかった。
実以: 斬新な演出ってものですよ。先日、音楽番組に出てたあなたの『トリスタン』は
うちの弟が工場で着る作業服みたいなのを着てたんですから。
また玄関の戸が開く。気難しそうな和服の老人が入ってくる。
老人: 二代目河竹新七です。いや河竹黙阿弥と言わないとこの人にはわからんか?
実以: 黙阿弥先生、ごぶさたいたしております。
黙阿弥: 先ほどの話ですがね…この人、私の『白波五人男』を初めて観た時、「何だか
ゴレンジャーみたい」言ったんですよ。いいですか! 私がゴレンジャーみたいな芝居を
書いたんじゃなくて、私の五人男にヒントを得てゴレンジャーが創られたんですからね。あとそれから通信制の大学院に入って歌舞伎で修論書くって話はどうなったんですか?
実以: その希望した先生に指導してもらえないし、親は厄介な病気になるし、歌舞伎で修論なんてご時世でもなくなりましたし…お世話になった黙阿弥先生には申し訳ないけれど、もしも研究のようなことをするチャンスが与えられたらもっと何と申しましょうか…社会的なテーマにしようと思っております。
黙阿弥: それならブログのプロフィールに歌舞伎を勉強中と書いているのを直しておきなさい。
実以: そうですね、忘れておりました。
マド: 皆さん、ここは寒いですから茶の間へどうぞ。
実以: こたつにおあたり下さい。あ、夜の女王様はこたつに入れそうもありませんね。スツールを持ってきますね。
一同、隣の部屋へ行く。
年明け早々、扱いにくい人がやってきて、今年は先が思いやられます。やれやれ。
年始の客―夜の女王
今年はウルトラセブン放送50年とのことで、私の脳内の玄関にもモロボシダン様がご年始にみえました。「今年はしばらくの間、週2回、私に会えるからよろしくね」とあたりのやわらかいセールスマンのようにおっしゃっておられました。セブンは確かに名作ですが、週2回もおつきあいできるかどうか…。
さてウルトラセブンが本放送されたころ、私の家では年始の客を迎える玄関先の部屋では小さな棗型の火鉢を二つほどおいて暖を取っておりました。火鉢は陶器で青と白だったか茶と白だったか記憶はあいまいですが縦じま模様でした。火鉢の上には大きなやかんが載っていました。ひょっとすると火鉢に網を載せて餅を焼いたりもしたかもしれません。私が小学校3年生ぐらいの頃にはダルマストーブに変わっていましたが。
実以の脳内の玄関座敷。年の始めの日の夕方。火鉢の一つの上に載ったやかんがしゅんしゅんと音をたてている。マドモアゼル謙信と実以がもう一つの火鉢に網を載せ、餅を焼いている。
マドモアゼル謙信(以下マド): 今日はもう誰も来ないかしらね?
実以: (醤油をいれた皿を持って、餅をみつめながら)今日は疲れちゃったからお餅が夕飯代り…
玄関の戸があいて黒いロングドレスとマントにやはり黒いベールのついた王冠を被った女が入ってくる。ドレスにもマントにもベールにもぎらぎらした飾りがついている。
実以: あの、失礼ですが戦隊ヒーローと戦う悪の女王様でいらっしゃいますでしょうか?
女、威厳をもってじろりと実以を見る。
実以: 申し訳ございませんが、私、5人とかで戦う方々のお話は数回視たばかりであまり詳しくないのです。1,2回、サンなんとかというバリカンみたいな名前の番組でそのようないでたちの方をおみかけしたような…ずいぶんセクシーな服装の敵役だなと。
それを演じていらした芸達者な女優さんが亡くなられた時、中東やアジアの物産を扱うお店をなさっていたと伺って、そんな店があったのなら行ってみたかったなどと…
女: 何をたわけたことを申すか! そのバリカンみたいな番組の敵役の女みたいな装いをしておるのではない! その悪の女王がわらわの装いを手本としておるのじゃ!
マド: (実以に耳打ちする)ほら、歌の先生が今年はあの曲を歌ってみたらって
言ってたでしょ。
実以: あの曲? もしかしてあなたはオペラの『魔笛』の夜の女王様で! これは失礼いたしました。
参考サイト モーツァルト『魔笛』夜の女王のアリア
https://www.youtube.com/watch?v=-32Ha3XLlBg
https://www.youtube.com/watch?v=463jDvbw3LQ
マド: (夜の女王に)プロのソプラノ歌手だって引き受けられる人とそうでない人がいるような曲、実以には無理ですよね。
夜の女王: まずは歌ってみよ。
実以: え、あのアリアの原曲は無理ですよ、私には。今使っているテキストに4度下げた初心者向けの楽譜が載っているから、それならなんとかなんとかごまかして歌えないかなあとか…(キーボードに向かって音を取る)
♪ デルへルラーフェ! コホト…ゴホゴホゴホ…
マド: ああ咳き込んじゃって…
実以: 先生にはその初心者向けの楽譜でも最高音を出すにはそれより高い音まで練習しないとだめっていわれるんですけど。もうそこにあるキーボードの鍵盤の高い方が足りないんです。でもピアノじゃなくてもっと高音の楽器、フルートに設定して3オクターブ歌えるように練習すれば、ひょっとしてひょっとして…
夜の女王: あの歌は怒りと憎しみの歌であることは心得ておろうな。わが宿敵ザラストロの名が歌い込まれておる。(マドモアゼル謙信に)まあ、戦国武将の方ならあの部分に
信玄とか信長とか入れていただくとわが心持をご理解いただけるであろうのう。
マド: ♪フュールニヒデュルヒディッヒ、武田信玄トーデッシュメルツェン
武田信玄トーデッシュメルツェン
夜の女王: (実以に)そなたの心には今、思い煩いがあろう、悔いがあろう、怒りもあろう。そなたがあの歌を人前に歌えるようになるかはわからぬが、少なくともあの歌はそなたの心の中にあるものを吸い込むであろう。
実以: もやもやっとしているものをまずはあの歌にぶつけて歌うということですね。人に聴かせていいものかどうかわからないけど。
玄関の戸が開く。気難しそうなヨーロッパ人の初老の紳士が入ってくる。
アイリッシュ・パブに国木田独歩?
実以の脳内のアイリッシュ・パブ。テーブルにカフェラテ。実以が国木田独歩の『富岡先生』を読みながらクスクス笑っている。テーブルの向かい側に独歩(アニメキャラじゃない方)が座っている。
実以: 江藤直文(ちょくぶん)さんが三輔って…サンスケじゃなんだか銭湯で背中流す人みたい…井下聞吉って…(クスクス)。
国木田: 現役の政治家を実名で茶化すのはまずかったからね…君も何か書く時は気をつけたまえ。
実以: 今は政府高官となったお歴々が若い志士だったころの名前で呼び捨てにするプライドの高い、でも自分自身は栄達しているわけじゃない…こういう人、私の時代にもいますよ。ええ、そういう人の被害に私も遭いました…。
実以、『酒中日記』を読む。
実以: 題名からユーモラスな作品なのかなと思っていたけど…悲惨なお話…欲が深すぎる親族のために幸せな家庭を失って地方へ放浪してしまうなんて…
国木田: 家族のことでは私も苦労したからね…そんな放浪の先にも大河今蔵(おおかわいまぞう)にとっての「可愛いお露」のように幸せな出会いもあるものだ…ところで君も欲が深くなりすぎないよう注意した方がいいよ。
実以: わかりました。父がハリ治療につかうお金についてはガミガミ言わないことにします。
実以、『竹の木戸』を読む。
そのうち磯が眠そうに大欠伸《おおあくび》をしたので、お源は垢染《あかじみ》た煎餅布団《せんべいぶとん》を一枚敷いて一枚|被《か》けて二人一緒に一個身体《ひとつからだ》のようになって首を縮めて寝て了った。壁の隙間《すきま》や床下から寒い夜風が吹きこむので二人は手足も縮められるだけ縮めているが、それでも磯の背部《せなか》は半分外に露出《はみだし》ていた。(本文より引用)
実以: いったいこの植木屋夫婦はどんな家に住んでるのよ! 家って言えるのかしら?
国木田: 家から背中がはみ出してはいないようだが、君のお宅も狭くて困っているようだね。
実以: はい母の訪問診療を始めなきゃならないのですが、父が母とリクライニングベッドを並べている部屋に他人が入るのを嫌がって「こんな狭いところに来てもらっても困るじゃないか」と…でできれば二人で入れる老人ホームに行きたいなんてとんでもないことを言いだして…二人で快適にすごせるホームに入れるお金があれば…もっと広い家に引っ越せますから……ところで…あなたの作品、あまり読んでないなあ…なんて思っていたけお源さんが夫の持ってきた炭を見て「まア佐倉炭《さくら》だよ!」と叫ぶ場面、記憶があるわ。
国木田: 君が通っていた中学校の図書館にハードカバーの日本文学全集があったでしょう。それで読んでいるはずだ。『非凡なる凡人』も『忘れえぬ人々』も。
実以: 記憶ってあてにならないものですね。ところで、『竹の木戸』には人が貧しさを痛感する姿が生々しくてつらくなります。別に大金持ちでもないけれどそこそこの収入と財産のある大庭真蔵の家の女中お徳と大庭家の井戸を借りるために生垣に作った竹の木戸から出入りする植木屋の女房お源が一見打ち解けた様子で世間話をしながら、内心では相手を泥棒だと疑ったり、図々しい女とあきれたり…短編小説なのに登場する人物がどの人も
鮮やかに心に浮かんできます。
国木田: よかったら他のも読んでみたまえ。
シェパーズ・パイ
勤め帰りにアイリッシュ・パブに寄ってみました。アイリッシュ・ミュージックの生演奏が聞こえてきたので。
カフェラテとシェパーズパイを注文しました。シェパーズ・パイとは家にある『メアリポピンズのお料理教室』(文化出版局1977年)によれば炒めたひき肉と玉ねぎの上にマッシュポテトを重ねてオーブンで焼いたものですが、この店のそれはグラタン皿に入っていてポテトの上にかなりたっぷりチーズが載っています。チーズがブツブツと煮立っているのを眺めて何とも幸せな気分になりました。いささか野菜不足ではありますが、寒い夜にはうれしい夕食です。
アイルランドへは前世紀末、つまり90年代後半に行きました。天候にも恵まれ、同じツアーの方もいい方ばかりで人生の宝物になる旅でした。今でも料理でも音楽でも出れ美番組でもアイルランドに関するものに触れると懐かしくなり、ほっとします。だからこの店にも時々立ち寄るのです。
シェパーズパイを食べた後、フィドルやアコーディオン、アイリッシュフルートの音に
耳をかたむけつつ、国木田独歩の短編集を読みました。生演奏の音楽は心身をほぐして
くれます。
時々視ていた深夜アニメ『文豪ストレイドッグス』では長い金髪を束ね、眼鏡をかけた
美形キャラとして登場する国木田独歩。そういえばこの人の作品、あまり読んでないかもと思い、図書館で借りてみたのです。
年始の客 サムソンと芸者?
年明けからカルチャースクールの歌のクラスでサン・サーンスのオペラ『サムソンとデリラ』でヒロインの歌う『あなたの声に心は開く Mon coeur s'ouvre à ta voix』を学んでいます。とても美しく聴き心地のよい歌ですが、デリラがサムソンの弱点である髪を切ってしまうために誘惑する、つまり男を陥れる歌なのです。
ユーチューブ日本語付映像(最後の「♪ジュテーム!」は歌っていませんが)
https://www.youtube.com/watch?v=n0IkncrfzOU
ちなみに最後の「♪ジュテーム!」部分には二通りの歌い方があります。さらりと終わるのが下記。歌の先生の話ではもともとはこちらなのでそうで。
https://www.youtube.com/watch?v=1QkgpdMUyjw
個人的には下記のサイトの歌手のように曲の最後でサムソンの名を呼んだ後の呼びかけを思い切り高音にする方が好きですし、自分もできたらこちらで歌いたいなと。
https://www.youtube.com/watch?v=05yUZnpeQZ8
ともあれ、もしも発表会などで歌うことがあれば、聴衆の皆さんに「時代劇の水戸黄門の由▽か○るの役が歌いそうな歌です」と紹介しようかと…
実以の脳内の玄関座敷。南天と松の花瓶や大黒様の載ったテーブルと反対の隅にキーボード。実以が楽譜を見ながらまゆをひそめている。
実以: やだ~フラットが五つもある。メロディー弾くの面倒だな~。
実以、たどたどしくキーボードを弾きながら『あなたの声に心は開く』を歌う。
実以: ♪モンクェー(オの口でエと発音)、スーヴルタヴァオワ~ コムスーヴルフレール~クタヴォワ~、ああくたびれちゃった…
玄関の戸が開いて、女優の由▽か○るに似た芸者が三味線を抱えて上がりこんでくる。
芸者: (実以に)ちょっとあんた、そんな歌じゃサムソンが逃げ出しちまうよ。
実以: どうもこのフランス語のよくいえばきれい、悪く言えば気取っている感じが苦手で~。
芸者: いきなりフランス語が無理なら、はじめは日本語の歌詞で歌ったらどうかって先生も言ってたじゃないか?
実以: どうもこの日本語歌詞が今一つで…
芸者: しょうがないねえ~じゃああたしが『あなたの声に心は開く』オリジナル日本語ヴァージョンを歌ってやろうじゃないか。
芸者、三味線をかまえ、『あなたの声に心は開く』の前奏を弾き、下記の歌詞で弾き始める。
(2番まである曲ですが1番までで最後の「♪ジュテーム」になるよう編曲された楽初心者向けの譜で勉強しております)
♪もっとおそばで聞かせてほしい、おえらい殿方
(バックコーラス:♪肩で~風切る)
湯水のようにつかうお金は いったいどこから?
(バックコーラス:♪絞っているの?)
見慣れ~ぬ芸者とおっしゃいま~すか?
はじ~めまして、私は~新入りの~銀奴
あーあでもね~、本当は~くの一
あ~あどうして~、悪事をする人は~
いつ~もお風呂に 証~拠を持ち込むの?
と~ても不思議だ~けど、同じ手を~使~うわ
殿様! 旦那! いっしょに湯で~え~も。
『戦国時代展』で思い出した『北条新三郎の甲冑』=リアルな戦国
『戦国時代展』の展示物を見ていて気づいたのですが武将の肖像画や合戦図、甲冑などで多くの本やテレビ番組などにも出てくるものには実際にこの時代(応仁の乱から室町幕府消滅)に作られたものは少なく、江戸時代以降のものが多いということです。特に美しいとかかっこいいと感じさせるものはたいてい後世、つまり戦国が過去のものになってからのものが多いようです。だからドラマや映画で描かれる「戦国」と実際のこの時代にはかなりのへだたりがあるのではないか―歴史の専門家でもないのにちょっと生意気ですがそんなことを考えます
私が今までみた甲冑の中でいちばん本当の戦国時代を感じた、つまり実際に使われていたのだと感じさせられたのは小田原城天守閣で見た『北条新三郎の甲冑』です。下記のサイトに写真が出ています。
祐泉寺様サイト
http://www.geocities.jp/pycbb333/framepage15.html
何の華やかさもない鉄のかたまり。この兜を見て私は妙なものを連想してしまいました。田舎の古い家の土蔵や物置にころがっている遠い昔に使われた真っ黒になった鍋や釜です。しばらく見ているとぞっとしてきました。この甲冑の持ち主は武田信玄との戦いで亡くなったのだそうです。
私事ですが、父も母もガンで開腹手術を経験しています。手術後の集中治療室に行った時、私の脳内にですがマドモアゼル謙信がお見舞いに来てくれました。彼女は患者の腹につないだ管から出る血がベッドの下の瓶に流れていくのを見ておくようにと言います。私は血をまともに見るとふらふらとなってしまうのですが。
「いいこと、私たちがいくさに出るとこれが飛び散ったのよ。メスの化け物みたいな刀や槍で突き刺しあったのよ。しかも集中治療室も救急車も消毒液もなかったのよ―頼むから私たちが胸躍る時代を生きていたなんて思わないで」
核兵器の心配をしなければならない時代に生きておりますと「狙うは○○の首一つ」などと言って血を流しあっていた時代が何だか牧歌的に思えてしまうのですから困ったものです。






