実以のブログ -63ページ目

『パーマネント野ばら』

西原理恵子のファンでもなく、もともとマンガをあまり読む習慣もないのですが、この本は数年前に新聞の書評を読んで買い、時々開いています。

 

 

村に一軒しかないパーマ屋に子連れで出戻ってきたヒロインなおこ。 その親友のやはり村唯一のフィリピンパブのママみっちゃん、いわゆる「やりまん」だったけど普通の主婦におさまっているけい子ちゃん、「兄弟の中でいちばんぶさいくで強情にうまれてしまって」旦那にも野垂れ死にされてしまったともちゃん。

 

「フツ―の家の家具をどけてジュータンしいただけの」パブの超肉食系のゆきママの話、山奥にゴミをあつめて暮らしているじいさんとばあさんなど、まじめでやさしかったのに、旅芸人を追いかけて離縁されてしまうおばさん等々、小さな地域社会にありがちな諸々のエピソードのうち、私が最初に読んだ時、いちばん気になったのは「私はもうすぐ死んじゃうの」といって友人たちに形見わけしたり、婚約者を「彼、ジャニーズにいたの」紹介するなど、ウソをつく癖のあるけいちゃん。「小さなウソのせいでどんどん悪い方向へ」行き、ついには自殺してしまいます。

 

その頃、けいちゃんと同じ病ではないかと思われる友人がいたのです。たとえば―古い木造一戸建てに住んでいるらしいのですが、私には親から相続した持ち家だといい、別の友人には貸家だと話していました。さそった

観劇のチケットをめぐって彼女にさんざん振り回された私は彼女の悪口めいたことを言ってしまって…この物語の中のけいちゃんはやはり病気だと指摘され、入院し退院した後自殺します。なおことみっちゃんは「どうして彼女を遊園地から連れ出してしまった」―つまり病気を治療させてしまったことを悲しんでいます。私もこの友人に精神科に行くよう強く勧めました。彼女が精神の健康を取り戻せば、もっといい仕事にもつけるし、彼氏もできるし、私たちとも楽しく遊べるはずだと。

 

 

でも今思うとそれはこちら側の価値観の押しつけだったのではないかと思うのです。彼女は昔知り合った男性が自分をストーキングしていると信じ込んでいました。後で精神医学の本を何冊か読んで推定するに、彼女の言う「ストーカー」はおそらく若き日に彼女が恋した相手なのでしょう。その恋は実らなかったけど彼女は忘れることができない―私は当時、彼女が治療して「ストーカー」から解放されるべきだと、そう導いてやるのがよい友人だと思い込んでいました。でも今は「ストーカー」を抱えたまま生きる彼女をそのまま受け入れ続ける方が真の友人だったのかも?…そんな気がしています。彼氏にしても病気を治さない限りできないとも言えません。彼女の「ストーカー」話を面白がれる男性にめぐりあうかもしれませんしね。

 

今日、読みかえしてみて一番、気になったのはまぐろ解体業者のひろこちゃんがある日ダンナの腹を刺した話。犯行の動機はダンナから靴下を出せと言われたから。

 

「20年くらした六畳間のいっこのタンスがわからんてうちは20年くつ下をだすだけの女なんや」と思ったらたまらず―みっちゃんは「20年で満タンになったんや、女の心は

定期預金やからなあ、あははガマン一つのみ込むたびに金振り込んで」と言います。ひろこちゃんも「毎日ガマン飲み込んで自分でもこら永遠にいけるんかな思うてたら」いきなり満期が来たと。

 

実は私―男がらみではないのですが(笑)、ある年齢までは続けなくてはならないかと思っていたガマンを止めてみようかと考えているのです。これ以上無理するといきなり満期が来ちゃったりしそうで―ご安心下さい。刃物は用いませんから(笑)。でも言葉にしてみるつもりなのです。

 

私の生まれた土地は『パーマネント野ばら』の舞台よりは美容院の数もあり、また気候はずっと寒いですが、このマンガに描かれた風景、そして人間像、人間関係に既視感があります。よくも悪くも「あるある」なのです。ただ私はこの本の帯のように「どんな恋でもないよりましやん」とは思いませんけどね。

 

 

 

黄色のチューリップ、バロックいちご?、ローハニー

今、我が家のリビングではテーブルには黄色いチューリップが咲いています。

買った時は先のとがったつぼみでしたが、暖房のせいか開きました。

おやゆび姫は出てきませんが(笑)、片方の花びらになぜか濃いピンクの

筋が入っています。

チューリップは子供の頃を思い出させる花です。 保育園で習ったあの

♪咲いた~咲いた~という童謡のせいもありますが、私が生まれ育った

田舎町ではチューリップの栽培が盛んで春になると

「チューリップ祭り」がありました。 母に連れられて「チューリップ狩り」に

行ったことがあります。バケツとヘラを渡されて、畑からチューリップを球根ごと掘り取り、家に持ち帰れるのです。

 

最近、野菜や果物がとても高いです。みかんが高いので同じ個数パックで

みかんより100円ほど安いポンカンをよく買います。 いちごは税込で

1パック500円前後のものしか見当たらず買えません。 今日12日、めずらしく300円台のものが手に入りました。 

 

小さかったり、妙な形だったりしますが、これで十分。母にビタミンCが摂らせてやれればいいのですから。 

 

ところで建築や音楽の世界で使われる「バロック」という言葉はもともと「ゆがんでいる」とか「いびつ」だという意味なのだそうです。 そう思うと―

 

とある有名な建築家が映画女優だった奥さんに「君の美しさはバロックだ」と

言ったとのことですが……何か微妙(笑)。

 

完全な球形でなく、ゆがんだ形になった真珠をバロック真珠という

そうです。

 

今年は「バロックいちご」を楽しむことにいたしましょう。

 

我が家で常食している小松菜もとても高いので同じ量で50円ほど安い

「江戸菜」を買いました。 あまり味にちがいはないようです。

 

話はちがいますが(笑)。 友人の一人からローハニーをもらいました。

フレーバーはライチ。 タイに単身赴任している旦那様のところへ行った

旅のお土産。 木製の容器に入っていてハニーディッパーもついています。

 

母に毎朝飲ませている冷たい牛乳ベースの栄養ドリンクに入れています。

友人に感謝しつつ、自分でも時々なめるけど。

 

ローハニーはいろいろと効能があるそうで、母の体力が増すと

いいなと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

葉ボタンの宝石、純白の椿

2月11日午前、母を車椅子に乗せて散歩兼買い物に出ました。

近くの公園の花壇の葉ボタンに前の晩に降った雨のしずくが

宝石のように輝いています。母と一緒にしばらくうっとりと見ていました。

 

八重咲の日本水仙も相変わらずきれいです。

 

あまり他でみかけない純白の椿。写真がなかなかきれいにとれません。マンションの前に咲いていて建物の配管のような無粋なものがいっしょに写ってしまうのでトリミングしました。

 

しかも白い花の宿命か、あるいは今年は雪が降ったり、寒すぎたりするせいなのか咲いたばかりらしき花なのにふちがすでに変色したりちぢれていたりするのです。

 

 

葉影に隠れていたり、少しピンボケなのは幻想的だということにしておいて

いただきましょう。

 

母が元気なうちになるべく一緒にお日様の光をあび、いっしょに

花を見ておきたいと思います。 そうすればこの先、一人ぼっちに

なっても、太陽と花を見れば母といっしょにいると感じられるでしょう。

 

紫外線がちょっと気になりますが(笑)。

『偉人たちの健康診断』という番組によれば、若い頃は明るく人懐こい性格だった豊臣秀吉が晩年、千利休や甥の秀次を死に追いやるようなことを

するようになったのは天下人になって日光をあまり浴びなくなったのが

原因の一つだとか―秀吉が亡くなった歳に近づきつつある私、

これからば「美白」より心身の健康を大事にすべきかもしれません。

 

 

遠藤周作『真昼の悪魔』―小説とドラマ

そう。悪魔は埃に似ています。部屋のなかの埃には私たちはよほど注意しないと絶対に気がつきません。埃は目だたず、わからぬように部屋に溜っていきます、目だたず、わからぬように…(新潮文庫『真昼の悪魔』より引用)

 

 

 

 

 

昨年、田中麗奈主演で放送されたこのドラマ化を視た時から原作を読んでみたいと思っておりました。美しく優しく評判の良い女医が実は悪魔のような人で、いたいけな児童患者に友達に危害を加えるよう催眠術にかけたり、寝たきりのおばあさんの点滴に劇物を入れたりするお話。現実に同様の事件が起きている21世紀の現在を予言するような小説を遠藤周作は1980年に書いていたのですね。

 

 

原作とドラマは時代もちがっていますが、ストーリーも異なっています。小説ではヒロインの標的となる老人や子供は死亡しません。またヒロインの父や被害者老人の娘、ヒロインの恋人の父など原作には登場しない人物も創られています。

 

あまり自覚症状がないのに肺に空洞があると診断され、入院した学生難波。彼の治療にあたるのは浅川、渡来、大河内、田上の4人の美人女医。映像と文章の表現のちがいを感じさせて興味深いのは、心に「白けた空虚感」を抱え、病院内で密かに悪事を行っているのが物語がかなり進むまで「女医」とのみ記され、4人のうちの誰か特定できないことです。これは小説でのみ可能な手法ですね。

 

読んでいて一番面白かったのは悪魔の「女医」と交際する有名時計店の息子大塚の「俗物のプレイボーイ」ぶり。画家のアトリエで催されたホームコンサートの後のビュフェパーティで出会い、高級ホテルのロビーで待ち合わせて最上階のレストランでディナー、ベンツで箱根や軽井沢へドライブ。日生劇場のミュージカルへ誘い、頼んでもいないのに主演俳優と面会させる一方、日本のミュージカルは踊りのセンスがだめだとか、エリートだけの別荘地だった昔に比べて今の軽井沢は堕落していると述べ、京都へ行けば常照皇寺へ案内して歴史のウンチクを語る男。

 

そうしてそうしたデートの間中、会話の中にチラチラと自分の教養を伝えるような言葉を入れたり、自分の能力や未来が普通のサラリーマンとは違うのだと言うことを暗示した。(新潮文庫『真昼の悪魔』より引用)

 

私は幸か不幸か大塚のような男とつきあったことはありません。でもこの手の交際が多くの人のあこがれの的であり、こういう男がある程度かっこよく見えた時代があったことをおぼえています。

 

小説の後半、この「女医」はチームで研究中の抗癌剤を寝たきり老人に与えて秘密裡に生体実験を行い、難波の見舞いに来たウッサン神父にも語ります。

 

「目的のため、どんな手段をとってもいいと言えません。たとえその目的が善であっても」

「でもわたくしがその人体実験をやらなければ……うちの病院の三人の患者はおそらく手術もできず衰弱していったでしょうね。一匹の羊を犠牲にして九十九匹を助けるほうをわたくしを選んだのですけれど」

 ウッサン神父は咽喉もとにこみあげてきた吐き気を怺えた(こらえた)。巧妙な理窟。その巧妙な理窟はその上、人間にたいする善の定義をひそかに覆している。善を質で測ろうとせず、量で測ろうとしている。愛のかわりに効果だけしか考えていなかった。(新潮文庫『真昼の悪魔』より引用)

 

ドラマ版のヒロインはその悪行のゆえに一応は破滅的な結末を迎えます。たぶん物語をわかりやすいものにするために(笑)。小説は大塚との結婚式で終わります。彼女に疑いを持った難波は「精神に異常をきたしている」とされたままなのです。「女医」と対話する神父の「悪魔も何でも利用して我々を自分のほうに引きずりこみます。非常に多くの場合、彼は外見は善きこと、正しきことにみえるものを使ってくるのです」という言葉こそ、著者がこの小説を通じて世に語りたかったことなのでしょう。

 

 

読み終えて思うこと―この「干からびていて何をやっても良心の後悔は起きない」という

女医の「いやらしい悪事」が露見せずに行われ続ける理由―それは彼女が美しいルックスと大病院の医師になるだけの能力に恵まれているからです。もし彼女がぱっとしない容姿で、医師になりたくてもその学力や家庭の経済力がない存在だったらどうなるのでしょう?

 

というのは私はたまに「いい人」と評価してもらうこともあります。 そういう評価を受けると素直にうれしい一方、首をかしげています。自分は生まれながらの善良な人間ではなく、善良な人間に世間が与えるとされる何か、仕事、友人などがほしくて部分的に善良なふりをしているだけではないのかと。

 

私は美貌でも有能でもないのでいい人になる、いくらかかっこいい言い方をすると人格を磨かないと社会に居場所が与えられないという危機感から不器用ながらいい人らしくして来たような気がします。もし『真昼の悪魔』のヒロインが美貌や才知を持たなかったら、あるいは年を取るなどしてそれを失ったら、悪魔的なままでいられるのでしょうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お日様色の花たち

1月下旬は雪が降ったり、寒すぎたり。2週間ぶりに母を車椅子に乗せて買い物兼散歩に出ました。日光を浴びて母はゴキゲン。空に向かって「お日様!ありがとう、カワイイ」と手を振っていました。

 

近所の公園の黄色と八重咲の日本水仙が見ごろでした。


 

 

 

最近家の近くに出来たレンガ造りの花壇。少し高めに作られているので車椅子から間近に花が見られて母は喜んでいます。とりわけ母の大好きなお日様の色そのままのオレンジのパンジーがお気に入り。

 

白いレースのようなイベリスは母も私も大好き。

 

寒い季節なので部屋の中にかざる花も暖色が多くなります。近所の花屋で買った淡いオレンジのミニカーネーションはまるで花びらの奥に小さな太陽がひそんでいるようです。一本70円でお値段も手ごろでした。

 

 

 

これは赤い実の好きな母に好評だったヒペリカムと黄色い菊。


 

 

銀河?のようにうねる黄色い金魚草とフリージア。

 

今、わが家のリビングで咲いているのは勤め先近くのミニスーパーで買った赤とオレンジのミニバラ。「値下げしました」で200円の花束。

 

 

以上、切り花節約物語?でした(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦国武将と読む? 『王の挽歌』遠藤周作著 その2

 船には白緞子に真紅の十字架をそめ、金糸の刺繍をした大旗をたて、更に多くの十字架の旗が飾られていた。(中略)彼の耳の奥にはひとつの旋律が流れていた。それは昔、府内の教会に宣教師たちに招かれた折、白い服を着た日本人切支丹の子供たちが奏いてみせたビオラの調べだった。(新潮文庫『王の挽歌・下』より引用)

 

 

マド: 「山紫水明にして戦もはやなく、人心、和かに天を尊び、道を守り」、ああ、私もそんな天下にしたかった…。

 

実以: 本当?

 

マド:意気揚々と理想の国を作ろうと旅立ったのに、配下の武将が島津に敗れて命からがら…それであの足軽あがりに頭を下げる羽目になったの…この人、国営

放送の夜8時の主役になるにはいくさが下手すぎるわね。

 

 

実以:物語の前半では主人公のライバルは毛利元就なんだけど、この人の考えだと元就とか信玄とかあなたみたいな人は「小競り合いの戦に慣れた地侍」に過ぎないんですって。

 

 本当の武将とは戦わずとも近隣を圧し制する大才覚を持つ者を言うのだ。

 自分は九州をすべて治める九州探題である。だが毛利元就は朝廷や将軍から許された

 称号はひとつもない。(新潮文庫『王の文化』上より引用)

 

マド:(憮然として)私だって関東管領になったわよ。

 

実以:そんなところもあなたと宗麟は似ているわね。宗麟があなたと同じくらい戦上手だったら……もしかすると九州はカトリック国? それとももし、ザビエルが豊後じゃなくて越後に来ていたら…ひょっとしていたらあなたもキリシタンになったんじゃないかって―我は天使ミカエルの化身なり…とか。(マドに)あなたは都に行った時、パードレとかに会わなかったの?

 

マド: さあね。記憶が定かじゃないわ。でもうちの家臣にもキリシタンになったのがいるわ。

 

実以: 日本のキリシタンの最北端はあなたの甥御さんが治めた米沢だものね。私はそこへ行ったわ。きれいなマリア様の像があったわ。

 

 矢文がまた飛んでくる。マド、それを読む。

 

マド: 「もしまた我が本陣へ斬りこんでくるつもりがあるなら、今度はなるべく胸の開いた、丈の短い着物で来てくれるとうれしい」ですって! このセクハラ野郎!!

 

 マド、烈火のごとく怒り、刀を抜いて茶の間から退場。

 

実以: (マドを見送って)がんばってね! 私も今、とあるセクハラめいたことについて皆に話そうかなって思ってる…大友宗麟は日曜夜8時の主役になるのは難しいかもしれないけど…あの時代に世界に眼を向けて、理想を求めたということは、川の中州みたいなところで五回も大激戦したとかいう人たちより視野が広くてスケールの大きい人物なのかな?

 

 実以: 本を閉じてみかんをむき始める。

 

実以: 秀吉の朝鮮出兵の経過についても、こんなに詳しく書いてある小説を読むの初めてかも…大友一族が朝鮮での惨敗を責められて山口から常陸にまで送られながら、関ヶ原の戦いをチャンスと捉えて最後の最後まで豊後奪還のために戦って散って行くくだりも、兄と弟がそれぞれ徳川方と豊臣方に別れてどっちが勝っても何とかなるようにするとかいう人たちよりも、物語としてはロマンがあるというか、悲劇的でオペラとかにしやすいというか…。

 

 襖が開いて、赤の甲冑を身につけた真田幸村が茶の間をのぞく。

 

幸村: 何か言った?

 

実以: ううん、何でもないの。私、オペラの練習をしなくちゃ…

 

 実以、『恋ってどんなものかしら?』を歌ってごまかす。

 

幕?

 

 

 

 

                    

戦国武将と読む? 『王の挽歌』遠藤周作著

実以の脳内の茶の間

 

 実以がこたつで『王の挽歌』(遠藤周作)を読んでいる。こたつの上にはみかんの籠。ふすまが開いて甲冑を来て頭に白い布を巻いたマドモアゼル謙信(以下、マドと記す注1)が入ってきて実以の背後から本をのぞき込む。

 

 

実以:ねえ、この人、享禄3年生まれですって。あなたと同い年ね。

 

マド:何よ、この人、秀吉に挨拶してるの?

 

実以: そうよ、あなたの甥御さんと直江兼続も秀吉には挨拶に行ってたじゃない。

大河ドラマでやってた。

 

マド: 実以がこの間視ていた番組によれば、私は若い頃からの深酒のせいで糖尿病に

なってやせこけた挙句、脳の病気で死んだっていうけどそれもよかったかもね。

 

実以:腺病質で運動神経は今一つ、弓馬より詩歌が好き、武人より公卿になりたい少年だったんですって。私の時代で言うところの文系タイプね。

 

マド:公卿になりたいってその気持ち、わかるわ。私も武将がいやで春日山を抜け出した

ことがあるの。

 

切実感は自決した大内義隆が母の弟であるということからも来ていた。おなじ血をわけあっているせいか義隆は宗麟と同じように文雅を愛し、その風流な館によき庭とよき建物を作って多くの文人を招き、自らも連歌を作り、能を楽しみ、儒学や漢詩を学んでいる。

 それだけに宗麟はこの叔父の多彩な才能に自分のそれを重ねあわせ、二人の境遇の相似たことを思わざるをえなかった。ひとしく名家の嫡男として生れ、それそれ数ヶ国の守護となるという運命を持っている。

 だから義隆の悲惨な末路が現実となった今、感受性の強い宗麟にはそれが他人ごととは思えない。(新潮文庫『王の挽歌・上』より引用)

 

実以:(声をひそめて)年も同じだけど、わりとよく家臣に謀反を起こされてるとこも宗麟とマドはちょっと似てるなあ。

 

マド:(本をのぞきこんで)、えっ菊池義武の妻、つまり義理の叔母さんを弄ぶ?

周防に渡って大内家の後継者になった弟が毛利に攻められるままに見殺しにするし…

何だか信玄みたいなことする人ね。

 

 その時、手紙をさした矢が飛んできて畳につきささる。マド、それを抜く。

 

マド:あら、武田の陣から矢文だわ。「私は弟を見殺しにしたことなんかない」ですって。

四回目の川中島の合戦の時、弟さんが亡くなったじゃない。

 

 再び矢文が飛んでくる。マド、それを抜く。

 

マド:「あれは君が斬りこんで来たから弟も山本勘介も助けるどころじゃなかったんだ。

それから、君は私が諏訪頼重の娘を側室にしたのにあてつけてるんだろうが、あれは

親が決めた政略結婚だからね。だいたい戦国大名が側室を持つのなんか普通のことだったんだから、私が浮気性だったなんて言われちゃうのは、君みたいな、堅物で女を寄せ付けないっていうか、自分自身が女だったんじゃないかみたいな奴といつも比べられるからんなんだからって」って、私、あの時武田の陣に斬りこんだかどうかちょっと記憶があいまいなのよね。

 

実以: 長い矢文ねえ…とにかく遠藤周作の宗麟の描き方は海音寺潮五郎があなたを描いたやり方とはちがうわね。理想化してないの。

 

注1)マドモアゼル謙信 八切止夫氏の『上杉謙信女性説』を読んで以来、

実以の脳内に時々現れる自分は謙信だと称する女。

 

遠藤周作『王の挽歌』

写真はモーツァルトの歌劇『フィガロの結婚』の『恋ってどんなものかしら』を発表会で歌った時に

自作した衣装です。戦国武将の陣羽織の形をいくらか取り入れた…つもり。

 

その後、とあるおもてなし武将隊のお屋形様にお会いした時、記念にその舞台写真にサインをして頂きました。その時、お屋形様は「何だか大友宗麟とかキリシタン大名のようじゃのう」とおっしゃいました。中学生ぐらいのころ読んだ少年向けの歴史の本で大友宗麟というキリシタン大名の名前は知っていました。でも詳しいことは忘れちゃったなと思い、この本を読んでみました。

 

 

ケルビーノのアリア

 

物語は天正14年4月6日、56歳の主人公が豊臣秀吉に謁見するところから始まります。この旅先での夜、宗麟は幼い頃に死に別れた母の夢を見ます。この優しかった母は周防の大内義隆の姉でした。大内氏が自分に背くおそれのある弟の菊池義武と組んでいるらしいと考えた宗麟の父大友義鑑は大内氏の血をひく主人公を廃嫡し、寵愛する側室の子塩市丸

を後継者にしようとしますが、それを望まない家臣たちに側室母子と共に殺されます。

この凄惨な「二階崩れの変」によって大友家を継いだ主人公。

 

二階崩れの変以来、宗麟の心には人間不信の感情がうす黒い膜をはっている。信じていた腹心の家臣に父も殺されたが、それ以上に宗麟を教育してくれた入田親誠までがひそかに裏切工作をしていた事実が「誰も信じられぬ」という意識を胸中に作りあげたのだ。

 彼の死の怯えもそこから生れていた。今日は忠誠を誓っている同紋衆や重臣たちも明日は反逆の弓ひいてくるやもしれぬ。叔父も菊池義武も兄に兵を起したし、大内義隆は家老格の陶晴賢のクーデターのため自決せねばならなかった。(新潮文庫『王の挽歌・上』より引用)

 

誰も信じられないし、自分で自分のこともよくわからない、そんな彼がザビエルに出会ってキリスト教と西欧の文化に心ひかれていきます。

 

異国の、痩せた神父、ザビエル神父だけはなぜか信ずることができると宗麟はいつか思うようになっていた。彼がザビエルのことをその後も忘れず懐しく思うのは、あのみすぼらしい神父が宗麟たちとは生きる世界を異にしているからだった。家形である限り自分がおそらく決して一員にはなれぬ世界。しかし宗麟の心のどこかでは手の届かぬその世界を夏の日に純白な雲をみるように羨むものがあった。(新潮文庫『王の挽歌・上』より引用)

 

しかし宗麟はキリシタン大名ではあっても聖人になるタイプではありません。寺で静かに暮らしていた大内一族の生き残り輝弘をかつぎあげて闘いに利用したあげく死に追いやります。謀反を起こして成敗した家臣の妻をレイプして、その直後に空しさを感じ、ザビエルのことを考えたりするのです。

 

物語の後半、キリシタンを敵視する妻をつき放し、妻の侍女で「母に似た女」と結ばれた宗麟は家督を嫡男にゆずり、日向の国に切支丹国を創ろうと旅立ちます。

しかし日向に攻め込んだ大友軍が耳川で島津軍に大敗したため、「理想の基督王国」を建てるために用意した多くの宝物も捨てて逃亡せざるを得なくなります。この敗北のため、領内は反切支丹的なムードになり、さらに竜造寺にも攻め込まれ、五十六歳、当時としては老人の宗麟は関白秀吉に助けを求めるため大坂へ行くのでした。

 

物語は宗麟の死では終わらず、その後継者義統が秀吉の朝鮮出兵での敗北の責任を取らされて豊後を没収されること、秀吉の死後、毛利輝元の誘いに応じて豊後奪還のために戦い敗れていく姿も描いています。

 

ネットの読者レビューでは宗麟を「クズ武将」と評している方もいらっしゃいますが

私はクズとは思いません。

「海の外にも眼を向けよ。南蛮の国々に追いつかなければならぬ。宣教師たちを邪教を広める徒と思うな。あの者たちから我らが知らぬ国々の有様など十分にきくがよい」

(『王の挽歌・下』より引用)

 

 あの時代にこういう考えを持ち、実現させようとした宗麟は、悪にまみれた面も含めて

宣教師たちに「王」と言われるにふさわしい人物だったのでしょう。また関東や甲信越とちがい、古代から海外、世界の波を受けている九州という土地についても考えさせられます。まだ九州に行ったことがないのですが。

 

脇のエピソードではアルメイダ修道士の医療活動を妨害するために招かれた京の医師和田強善が、瀉血されそうになっていたぜんそくの子供を見かねて煎じ薬を処方したことからアルメイダに心服し、協力して治療にあたるようになる話が感動的でした。人種、宗教がちがっても、治療家として患者によい治療をしたいという思いは一つだったのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年の読書より―深沢七郎『笛吹川』

読書についてのブログをもっと書きたいのですがなかなか思うようにできません。

2017年もたくさん本を読みました。映像を見るのは場所も限られるし、疲れるので通勤電車の中で立ちながらも楽しめる読書は私にとって一番手軽な娯楽と言えます。

 

昨年読んだ本でいちばん心に印象的だったのが深沢七郎著『笛吹川』。「生まれては殺される、その無慈悲な反復」という裏表紙の言葉にひかれて図書館で借り、読んだ後買いました。

 

 

笛吹川の土手の下から四本の丸太でささえた「ギッチョン籠」と呼ばれる小さな家に住む一家の物語。お屋形様こと武田信虎に後に信玄と呼ばれることになる男児が生まれ、その後産つまり胎盤を決められた場所に埋める役目を仰せつかった主人公一家。ところが長老のおじいは穴を掘る時にあやまって自分の脚を傷つけて出血。おめでたいものを血で汚した罪で夜中に呼び出されて斬られます。冒頭から残酷で圧倒されました。でももっと驚くのはこの一家がおじいの死を嘆いたり、信虎を恨んだりする様子もなく、淡々としていること。

 

おじいの娘ミツは子供を連れて勝手に嫁ぎ先から出戻ってしまいます。おじいの孫の半蔵がいくさで手柄をたてたので、もっとよいところへ嫁げるはずだと。半蔵の父で婿の半平はいくさに怖さを感じていますが、ミツはその野心の通り、甲府一番の絹商人山口屋の後妻におさまります。「お屋形様がいくさに勝てば勝つほど納める絹織物も多くなる」―武田家が隆盛に向かう時代。

 

ミツがおいて嫁いだ定平はギッチョン籠の主となります。定平の嫁おけいはなかなか子供が恵まれません。悪い噂をたてられ、「ボコ」(子供)がほしいといったりほしくないといったり、精神的に不安定になりつつも三十五で初めて妊娠。息子三人、娘一人を生み育てます。

 

おけいはときどき、「ボコなんてものは、でかくなれば手前勝手のことしかしないもんでごいす」と、云ってみたり、「この家のことを思っていくさに行きたがるのでごいす」と行ってみたり、「いくさにいけば殺しにやると同じでごいす」と、云ってみたり、「いくさにでも行かなきゃ、一生オヤテット(雇人)でごいす」と云ったりしていた。(本文より引用)

 

戦争など世の中の動きに対する庶民の意識の複雑さがおけいを通じて描かれている部分ですね。

定平の長男惣蔵は戦さに行き、長篠の合戦で夫を亡くした女をめとり、土屋惣蔵という名を与えられて甲府に屋敷を持ちます。娘のウメも御台所の侍女に取り立てられ、美しい着物をまとって御姫様のようになります。ギッチョン籠一家にはお大尽になるチャンスが

与えられたかのように見えますが、それは領主の武田家が衰退していくこと、つまり世界そのものが崩壊しつつあるからでした。

 

登場人物の名前と親子関係などが時々ごちゃごちゃに

なってしまったので系図を書きながら読みました。

 

最初の嫁ぎ先での子をギッチョン籠に残して絹商人に嫁ぐ野心家の女ミツは信虎と同い年、ミツの子定平は信玄と同じ日に生まれたことになっています。甲斐武田家つまり治める側の人間と同じ年齢のギッチョン籠の人間、つまり治められる側の人生を描く、とても巧みな物語世界の構築だと思います。大河ドラマの主人公になる人々に振り回される主人公になれそうもない人々の姿。とりわけ物語の後半、落ちて行く勝頼たちに従うギッチョン籠の人々が「先祖代々お屋形様のおかげになったから見捨てるわけにいかない」という心理に陥っている姿が衝撃的です。おじいを手討ちにし、定平の母ミツの嫁ぎ先を襲撃して殺した支配者なのに―誰かか何かのためには大きな犠牲もいとわないという気分になった時はちょっと注意した方がいいですね。

 

自分は結局大河ドラマの主人公みたいな人生は無理だったなあと痛感するこのごろ、この本に出会えたことはラッキーでした。と申しましてもいっても大河ドラマみたいな人生にしようとあまり努力したことはないのですが(笑)。深沢七郎の他の作品も読んでいきたいです。また『笛吹川』は木下恵介が映画化しているとのことですのでそれも鑑賞したいと思います。

 

 

 

 

秋から冬の信州の旅(今頃?)安楽寺八角三重塔、上田城址公園など

翌朝、宿の車で安楽寺へ送ってもらいました。キャリーカートなどの大きな荷物は別所温泉のサービスで上田駅へ送って午後4時ごろまで預かって頂けたので助かりました。

 

 

 

?十年前、髪をお下げにした高校生だった頃、訪れて以来の安楽寺。ここの八角三重塔は通訳ガイドの友人にはぜひ見せたいスポットでした。海外の人にもっと知ってほしいと申しましょうか。国宝の三重塔と言っても奈良や京都にあるような何十メートルもの高さ、大きさはありません。安楽寺の檀家さんたちの墓地と木立の中にひっそりと建っている「塔」というより「御堂」といった感じの建物ですが、巧みに作られた八角のカーブのついた形にスケールの大きさを感じます。どこなく広げた鳥の翼を思わせて眺めていると自分の心も広がる思いがするのです。日本で他に類がないこの形、中国に似た形の塔があるそうで、宋から来たもののようです。以前鎌倉に住んでいた友人がいうには塔の側壁の上に刻まれている「く」の字を並べたような彫刻は建長寺の建物にもあるのだそうで。

次に鎌倉へ行ったら確認してみたいと思います。

友人にガイドを頼む客の中にはヨーロッパやアメリカの資産家の方もいるそうです。そういう人をここへ連れてきたら自分の邸宅の庭にほしいから「この塔、買って持ち帰りたい」と言い出すのではないかと話しました。持ち帰りは無理でも広い日本庭園のあるお屋敷に住んでいたら模型を置きたくなるでしょう。

 

北向観音にお参りした後、別所線で上田へ。上田城址公園では私にとっては恒例になっている上田城おもてなし武将隊さんへのご挨拶。「こちらは京都からです」と紹介すると『幸村様』は「これはこれは、都よりようこそ」と喜んで下さいました。その後櫓門の中や西の櫓、そして昨年大河ドラマ館だったところで催されていた『甦る上田城』展を見学。

私はこの春にも見たのでさらりとでしたが友人はじっくりと。写真は春にはなかったか気がつかなかった『真田丸』の昌幸晩年の毛皮つき衣装。その後私も今まであまり行かなかった城址の東側の堀の辺りも歩きました。

 

その後、池波正太郎の御用達だったそば屋「刀屋」で昼食。実はこの刀屋、今回の旅の案内役である私が別のそば屋さんとまちがえておぼえていてたどりつくのに右往左往(笑)。

 

その後「池波正太郎真田太平記館」を見学。もうすぐ師走という季節柄か、池波の書いた年賀状が展示されていました。作品世界が映像で見られるシアターコーナーでは歩き疲れた足も休めることができてラッキーでした。

別所線上田駅で荷物を受け取り、お土産の買い物。今回の職場への土産は信玄、謙信、幸村、山本勘介がカワイメに描かれたパッケージのお菓子にしました。