宮部みゆき 『本所深川ふしぎ草紙』 新潮文庫 | 実以のブログ

宮部みゆき 『本所深川ふしぎ草紙』 新潮文庫

いわゆる「本所七不思議」をモチーフに人生経験豊かな初老の岡っ引き回向院の茂七とその子分が活躍するお話。巻末解説を書いている池上冬樹氏にとっては宮部みゆきのベストワンとのこと。確かに粒ぞろいの短編集でした。

 

「置いてけ堀」であやしい声で釣り人に呼びかける岸涯小僧は魚で暮らしをたてていた者の生まれ変わり?…「それならうちの人の生まれ変わりかも?」魚屋だった夫を何者かに殺されてしまった女は幼子を抱いて夜中にくだんの堀へ…その夫恋しさの行動が事件を解決に導きます。

 

お静は、おみよが寝起きしている小さな座敷までついてきてくれた。部屋の片隅にお静がこさえてくれた綺麗な手鞠が転がっている。行灯に火を入れ、その手鞠を膝に抱いておみよは声をひそめた。(第六話『足洗い屋敷』より引用)

 

料理屋を手堅く営む大野屋六兵衛が迎えた若く美しい後妻お静を、先妻の娘おみよは心から慕い、あこがれています。このおみよの幼な心が手鞠の描写から伝わってきます。こういう文章が大好きです。ちなみに著者が現代の社会との関係を意識して創作しているのかわかりませんが、このお話でかの福田和子事件を思い出しました。

 

第五話『馬鹿囃子』には相手の心変わりで縁談が壊れたために精神を病んだ娘が登場します。彼女いわく「男なんかみんな馬鹿囃子なんだ」。どこからともなく聞こえてきて、遠くなったり、近くなったり、でもどこで誰が奏でているのか決してわからない馬鹿囃子。それは恋愛に似ています。あらゆる人にとって気になるのが恋愛。人生の幸せのカギとも言われ、みんな振り回されて、時にはひどく消耗させられるけれど正体不明。恋愛ばかりでなく、世の中で言われて流れているさまざまなこと―こういう仕事を選べば成功するとか、どこに不動産を持てば将来高く売れるとか、何を食べれば若さが保てるとか(笑)…それらは馬鹿囃子なのかもしれません。私にも馬鹿囃子を追いかけてさまよった時期がありました。

 

 

第六話『消えずの行灯』のヒロインおゆうは回向院近くの足袋屋市毛屋に奉公することに。永代橋崩落事故で娘を失った現実を受け入れられずにいる内儀のお松を落ち着かせるため、その娘が生きていれば同じ年頃になるおゆうが代わり?を勤めるというのですが…。注目させられたのはおゆうの自立心。大店の御嬢さんを演じて同じようないい着物を着て習い事をさせてもらうことなど喜びません。妻の正気を保つためなら金に糸目をつけない市毛屋にはあきれています。お琴やお花なんか習ってたまるかとおゆうは思うのです。でもみかねた番頭が読み書きと足袋の仕立てを教えようと提案すると、それなら世渡りに役立ちそうだからと学び始めます。若い頃、小さい時からピアノやヴァイオリンを習わせてもらっている人が死ぬほど羨ましかった私はおゆうの気骨に敬服します。

 

この本を図書館の返却ポストに入れた後、中華料理店に入りました。さほど高級店ではありませんが、天井から中国風の赤い燈籠をさげていて中国の風景画も壁にかかっているふんいきの好きなお店です。家では作ることのない五目やきそばをオーダーしました。今の私にはこんなささやかなぜいたくも命の洗濯のように感じられます。